キャスト:トノヤ・ファング
NPC:ワッチ・月見・リア・サジー・セバス
場所:ヴァルカン/古い屋敷内
___________________
「リア様、お客さまがいらっしゃいました」
開かれた扉の先は、およそ雑然としていた。
正面に大きめの窓、その前には装飾のない書斎机。
壁には美術書、児童書、辞書、小説など様々なジャンルの本が適当に
並べてあり、中には背表紙が逆さまになっているものさえあった。
致命的なのは正面を遮るように置いてある陳列棚だった。
どう見ても二束三文の価値しかないような一抱えほどもある翡翠の原石や、
一体なにを想定して作られたのかわからない奇妙なオブジェなどが
等間隔で飾ってある。というより、置いてある。
それらは腰の高さまでしかないので視界が遮られることはないが、
明らかに客を迎える応接室としてはふさわしくないだろう。
しかしそれ以前に、迎えに出てくるべきの当主の姿がどこにもない。
「おや?おりませんな…ははぁ、作業中ですな。ただ今呼んで参りますので、
そちらでどうぞ掛けてお待ちください」
特に驚いたふうでもなく執事はそう言うと、自分は扉の脇に控えたまま
ファング達を部屋に通し、扉を閉めた。
「…なんつーか工房って感じしないね」
種類がてんでばらばらなソファーに腰掛け、執事の足音が遠ざかって開口一番、
ファングはそう呟いた。
「かといって屋敷って感じも…しないよな」
書斎机の上にうず高く積み上げられた本と、注文書らしき手紙を
のんびり眺めながら、ワッチも頷く。彼だけ座高が極端に低いのは、
その巨体にソファーが耐えかねているからだ。
「あーあ。昼飯出してくんねぇかな。その前に茶。食後にも茶」
「はいはい!あたしもそれ賛成ですぞー!」
それまでうろうろと部屋の中を物色していた月見が、ファングの呟きに
無駄な元気の良さで同意してくる。
数十分前に二日酔いでダウンしていた事などはもう忘却の彼方へ
押しやったようだ。
「じじいかよ。茶って」
「俺の紅茶好きをなめんなよ」
「知るか」
不敵に笑って親指を立てて、口を挟んできたトノヤに突きつける。
彼はテーブルの上に組んだ足を乗せ、この場にいる誰よりも退屈そうな顔で
その身をソファーに沈めた。
「だりー。早く来いよ」
「お待たせしました」
「どぅわっ!?」
突然の執事の声に驚いたのはトノヤだけではなかった。
座ったまま振り返ると、そこには さきほどの執事が
直立不動で立っている。
「あんたどっから…」
「――お待たせ」
ファングの問いかけに執事が答える間もなく。あまりにも気軽な挨拶と共に、
一人の女が部屋に一つしかない扉を開けて入ってきた。
年齢は20代後半といったところだろうか。肩ほどまで伸びた金髪を
後ろでまとめているせいかだいぶ小顔に見えた。その中心に
やや太いフレームの眼鏡と、うっすらとそばかすの残った鼻がある。
「リアよ。よろしく」
そう名乗った彼女は、この屋敷の主だというのにこの場でいちばん
ふさわしくない雰囲気をまとっていた。
まず格好がいけない。脱いだ消し炭色のツナギの上半分を腰に結び、
上はタンクトップといういでたちで、まるで屋敷にあっていない。
「あ…ども。ファングです」
「月見ですッ!いやーお姉様ったら二の腕が眩しいッ!触りたい!」
「オイラはワッチってんだ。よろしくな」
慌てて名乗ると、それに被せてワッチと月見も自己紹介する。
トノヤはテーブルの上から足をどけて、「トノヤ」と一言いっただけだった。
「ドムじいの紹介だっていうから、トロールでも来るのかと思ってたけど。
違ったみたいね」
リアは手に持った瓶の中身をその場で飲み干し、肩にかけたタオルで
口元を拭うと、ずかずかとワッチの座っているソファーの後ろから
大きく回りこんで書斎机の前で立った。
まるで職員室に呼ばれた生徒を叱る教師のように腕を組み、そっけない
口調で4人の顔を順々に見る。
「意外に早かったわね。もしかしたら今日中には着かないんじゃないかと
思ってたわ」
「ていうかここに来るまでどんだけ苦労したか!」
思わず立ち上がって、両こぶしを握る。力が入ったせいでまた腹の虫が
鳴くが、リアはそれにはとりあわずうなずいた。
「ええ。聞いたもの」
「え?」
「サジー」
呼ばれて――
後ろの扉がいきなり開き、ひとりの老人が歩み出てきた。
「うぉお!?……さっきの根暗なんとか!」
「ネクロマンサー、でしょ」
悲鳴をあげてのけぞるファングの指摘を静かに訂正して、
書斎机のふちに寄りかかるリア。
組んだ腕の一方で真後ろの窓を示してから、いまだ爪を噛むのをやめない
サジーとやらを指さす。
「裏の墓場、見たでしょ?サジーはそこの墓守なのよ」
「墓守…?」
「じゃ、あの変な鳥はなんなんだよ?骨で…できた」
「鳥?――あぁ、彼の使い魔よ」
礼儀の無さに関して言えば彼女を上回るトノヤのことばにも、
眉ひとつ動かさず答えるリア。
「ごめんなさいね。迎えに出せるのが彼しかいなくて…。
でも無事着いてよかったわ」
「こんなん迎えによこすなよ…」
頭を抱えてトノヤが沈黙する。それにはファングも同感だった。
月見とはいうと、さっそく話に飽き始めたのか足をばたつかせて
ソファーを揺らしていた。ワッチは話の内容より、いつ自分が座っている
場所が陥没しないかという事のほうに気を取られているようだった。
「セバスと私はここを動けないもの。それに、ドムじいが言ってた目印になる
剣っていうの、見つけられるのは彼ぐらいしかいないから」
「剣って…こいつのことか?」
リアの言葉に、ワッチが鞘に収まったままのンルディを剣帯から外して見せた。
一番の反応を見せたのはやはりサジーとやらだった。爪を噛むのをやめて、
ひときわ高い声で笑う。と、控えていたセバスが無言で老人を引っ張って
ずるずると引きずっていった。
「それがンルディ?…ふうん、普通ね」
執事と老人が出てゆくのを待たずに、リアが腰を屈めてワッチに顔を近づける。
そっけない台詞にワッチはにやりと笑みを浮かべて、ぐっと腕を伸ばして
得意そうに魔剣を掲げた。
「ところがどっこい、実はこいつは――」
「七色に光るんでしょ?それと、アンデッドを完全に葬り去る力を持っている。
――まぁ、サジーがなんでそんなのに興味を持ったのかわからないけど。
それはそれとして、本題に入りましょうか」
そう言って、さっとこちらを向いてくる。ファングは自分が何をすべきか
瞬時には判断できなかったものの、リアの問いかけるような視線でやっと
思い当たり、慌ててザックから菓子袋の包みと、布切れで包んだ棒状のものを
テーブルの上に置いた。
「これ…なんすけど」
「なによこれ」
「や、だから依頼の品。直してほしいんすけど」
いきなり眉根を寄せて不穏な声で言ってくるリアに、きょとんとして答える。
彼女はこわごわと菓子袋に手を伸ばしながら、それを真っ向から否定した。
「そうじゃなくて!このスナック袋はなんだって聞いてるのよ」
「遺産の欠片っす」
「ちなみにじゃがバタおでん風味ですッ★」
余計なちゃちゃを入れてくる月見にちらりと不審そうに目を向け、
リアは菓子袋を両手で広げた。
中身は最初に入れた時より数を増やした欠片が、スナック菓子の残りと
油と塩にまみれてなお、輝きを失わずにそこにあった。
がっくりとリアがその場に膝をつく。額をテーブルのふちにくっつけて、
わなわなと菓子袋の端を持ったままの両手を震わせている。
「なんでこんなことできるわけ…?」
「なかったんスよー袋が」
いやぁ、と照れるように頭の後ろを掻く。次いで、口々にほかの3人も
フォローを入れるように口を出す。
「慌ててその場で食べたんだよね!」
「オイラ、コンソメパンチのほうがよかったんだけどな」
「いや絶対ジャガバタおでん風味だって。わかっちゃいねぇなオヤジ殿」
「あーもー。これ使えないわよ?こんな不純物だらけのガラス…」
ようやっとそこで顔をあげて、無念そうにリア。立ち上がり、菓子袋は
そこに置いて布の包みを取り上げる。布をすぐ払おうとするが――ふと
手を止めて、じっとりとした目でこちらを見てくる。
「…この布は?」
「いや!それは普通の布っすよ!なんすかその目!」
「おう。間違ってもふんどしじゃないから安心しろや」
「力の限り推薦したら力で阻止されましたッ!なんという無念!」
「……」
明らかに不審さを拭えない顔でため息をついてから、さっと布を取り払う。
顔色はすぐに変わった。現れた透明の棒をあらゆる角度から観察しはじめる。
きら、きらと光の反射の違いによって輝く遺産をたっぷり時間をかけて見て、
ぽつりと一言。
「綺麗ね」
「…な、直せそうっすか?」
リアはおずおずと尋ねてきたファングへと視線を移すと、今までの挙動の
中で一番丁寧な所作で遺産を布に包みなおしながら、頷いた。
「時間はかかるかもしれないけれど、やってみるわ」
「まじっすか!?」
思わず立ち上がる。彼女は傷ついた小鳥を抱くように布の包みだけを
書斎机に静かに置くと、自分は回り込んで革張りの椅子に座る。
引き出しから一枚の紙を出し、ペンが刺さったままのインク壷を
押しやってきた。
「そこに名前書いて。あなたのだけでいいわ。あと依頼内容もね」
「よっしゃー!!」
書斎机に飛びついてインク壷から羽ペンを引き出す。長い間インクに
浸っていたペン先は見れたものではなかったが、加えてリアが
差し出してきたフェルトで拭きとってから、書き始める。
「ところであなた達。さっきから気になってたんだけど、もしかして
お腹減ってる?」
「減ってる!スゲー減ってる!なんか食わせろ!」
「よッ!副将軍ストレート!」
待ってましたとばかりにファングの後ろでトノヤが立ち上がる。
月見も同じく立ち上がり、大仰な手振りでそれを後押しした。
「じゃ、屋敷の裏で薪割りよろしく」
「あ"ぁ"!?」
「生野菜とか生肉が食べたいならいいけど?」
書斎机に肘をついてにっこりと笑うリアの顔に、ぐっと口をつぐむトノヤ。
するとワッチが指を鳴らしながら立ち上がり、なぜか楽しげにがっちりと
トノヤの肩を掴んだ。
「よっしオイラにまかせとけ!行くぞトノヤ!」
「おいコラ!ふざけんな!」
「あ。たまに変な音がしても幽霊の仕業だから気にしなくて大丈夫よー」
「ファイオーですぞ副将軍!これも皆の暖かいごはんの為!非体育会系の
自分はここでファング君の契約書作成を応援してますゆえー!」
人事のように遠くから声を張り上げて手を振る月見を睨み、トノヤは
引きずられながらファングを指差して怒鳴った。
「ファングおめー絶対来いよ!すぐ来いよ!じゃねーとどうなるか
わかってんだろうな!」
「へっへー。いってらっさいトノヤ君ー。俺はしーっかり3時間ぐらいかけて
から行くからよろしく♪」
「ぶっとばす!」
消えて行くトノヤとワッチに月見と同じようにぶんぶんと手を振り、
扉の閉まる音とトノヤの怒鳴り声を聴きながら、ファングは
満面の笑みで契約書にペンを走らせた。
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NPC:ワッチ・月見・リア・サジー・セバス
場所:ヴァルカン/古い屋敷内
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「リア様、お客さまがいらっしゃいました」
開かれた扉の先は、およそ雑然としていた。
正面に大きめの窓、その前には装飾のない書斎机。
壁には美術書、児童書、辞書、小説など様々なジャンルの本が適当に
並べてあり、中には背表紙が逆さまになっているものさえあった。
致命的なのは正面を遮るように置いてある陳列棚だった。
どう見ても二束三文の価値しかないような一抱えほどもある翡翠の原石や、
一体なにを想定して作られたのかわからない奇妙なオブジェなどが
等間隔で飾ってある。というより、置いてある。
それらは腰の高さまでしかないので視界が遮られることはないが、
明らかに客を迎える応接室としてはふさわしくないだろう。
しかしそれ以前に、迎えに出てくるべきの当主の姿がどこにもない。
「おや?おりませんな…ははぁ、作業中ですな。ただ今呼んで参りますので、
そちらでどうぞ掛けてお待ちください」
特に驚いたふうでもなく執事はそう言うと、自分は扉の脇に控えたまま
ファング達を部屋に通し、扉を閉めた。
「…なんつーか工房って感じしないね」
種類がてんでばらばらなソファーに腰掛け、執事の足音が遠ざかって開口一番、
ファングはそう呟いた。
「かといって屋敷って感じも…しないよな」
書斎机の上にうず高く積み上げられた本と、注文書らしき手紙を
のんびり眺めながら、ワッチも頷く。彼だけ座高が極端に低いのは、
その巨体にソファーが耐えかねているからだ。
「あーあ。昼飯出してくんねぇかな。その前に茶。食後にも茶」
「はいはい!あたしもそれ賛成ですぞー!」
それまでうろうろと部屋の中を物色していた月見が、ファングの呟きに
無駄な元気の良さで同意してくる。
数十分前に二日酔いでダウンしていた事などはもう忘却の彼方へ
押しやったようだ。
「じじいかよ。茶って」
「俺の紅茶好きをなめんなよ」
「知るか」
不敵に笑って親指を立てて、口を挟んできたトノヤに突きつける。
彼はテーブルの上に組んだ足を乗せ、この場にいる誰よりも退屈そうな顔で
その身をソファーに沈めた。
「だりー。早く来いよ」
「お待たせしました」
「どぅわっ!?」
突然の執事の声に驚いたのはトノヤだけではなかった。
座ったまま振り返ると、そこには さきほどの執事が
直立不動で立っている。
「あんたどっから…」
「――お待たせ」
ファングの問いかけに執事が答える間もなく。あまりにも気軽な挨拶と共に、
一人の女が部屋に一つしかない扉を開けて入ってきた。
年齢は20代後半といったところだろうか。肩ほどまで伸びた金髪を
後ろでまとめているせいかだいぶ小顔に見えた。その中心に
やや太いフレームの眼鏡と、うっすらとそばかすの残った鼻がある。
「リアよ。よろしく」
そう名乗った彼女は、この屋敷の主だというのにこの場でいちばん
ふさわしくない雰囲気をまとっていた。
まず格好がいけない。脱いだ消し炭色のツナギの上半分を腰に結び、
上はタンクトップといういでたちで、まるで屋敷にあっていない。
「あ…ども。ファングです」
「月見ですッ!いやーお姉様ったら二の腕が眩しいッ!触りたい!」
「オイラはワッチってんだ。よろしくな」
慌てて名乗ると、それに被せてワッチと月見も自己紹介する。
トノヤはテーブルの上から足をどけて、「トノヤ」と一言いっただけだった。
「ドムじいの紹介だっていうから、トロールでも来るのかと思ってたけど。
違ったみたいね」
リアは手に持った瓶の中身をその場で飲み干し、肩にかけたタオルで
口元を拭うと、ずかずかとワッチの座っているソファーの後ろから
大きく回りこんで書斎机の前で立った。
まるで職員室に呼ばれた生徒を叱る教師のように腕を組み、そっけない
口調で4人の顔を順々に見る。
「意外に早かったわね。もしかしたら今日中には着かないんじゃないかと
思ってたわ」
「ていうかここに来るまでどんだけ苦労したか!」
思わず立ち上がって、両こぶしを握る。力が入ったせいでまた腹の虫が
鳴くが、リアはそれにはとりあわずうなずいた。
「ええ。聞いたもの」
「え?」
「サジー」
呼ばれて――
後ろの扉がいきなり開き、ひとりの老人が歩み出てきた。
「うぉお!?……さっきの根暗なんとか!」
「ネクロマンサー、でしょ」
悲鳴をあげてのけぞるファングの指摘を静かに訂正して、
書斎机のふちに寄りかかるリア。
組んだ腕の一方で真後ろの窓を示してから、いまだ爪を噛むのをやめない
サジーとやらを指さす。
「裏の墓場、見たでしょ?サジーはそこの墓守なのよ」
「墓守…?」
「じゃ、あの変な鳥はなんなんだよ?骨で…できた」
「鳥?――あぁ、彼の使い魔よ」
礼儀の無さに関して言えば彼女を上回るトノヤのことばにも、
眉ひとつ動かさず答えるリア。
「ごめんなさいね。迎えに出せるのが彼しかいなくて…。
でも無事着いてよかったわ」
「こんなん迎えによこすなよ…」
頭を抱えてトノヤが沈黙する。それにはファングも同感だった。
月見とはいうと、さっそく話に飽き始めたのか足をばたつかせて
ソファーを揺らしていた。ワッチは話の内容より、いつ自分が座っている
場所が陥没しないかという事のほうに気を取られているようだった。
「セバスと私はここを動けないもの。それに、ドムじいが言ってた目印になる
剣っていうの、見つけられるのは彼ぐらいしかいないから」
「剣って…こいつのことか?」
リアの言葉に、ワッチが鞘に収まったままのンルディを剣帯から外して見せた。
一番の反応を見せたのはやはりサジーとやらだった。爪を噛むのをやめて、
ひときわ高い声で笑う。と、控えていたセバスが無言で老人を引っ張って
ずるずると引きずっていった。
「それがンルディ?…ふうん、普通ね」
執事と老人が出てゆくのを待たずに、リアが腰を屈めてワッチに顔を近づける。
そっけない台詞にワッチはにやりと笑みを浮かべて、ぐっと腕を伸ばして
得意そうに魔剣を掲げた。
「ところがどっこい、実はこいつは――」
「七色に光るんでしょ?それと、アンデッドを完全に葬り去る力を持っている。
――まぁ、サジーがなんでそんなのに興味を持ったのかわからないけど。
それはそれとして、本題に入りましょうか」
そう言って、さっとこちらを向いてくる。ファングは自分が何をすべきか
瞬時には判断できなかったものの、リアの問いかけるような視線でやっと
思い当たり、慌ててザックから菓子袋の包みと、布切れで包んだ棒状のものを
テーブルの上に置いた。
「これ…なんすけど」
「なによこれ」
「や、だから依頼の品。直してほしいんすけど」
いきなり眉根を寄せて不穏な声で言ってくるリアに、きょとんとして答える。
彼女はこわごわと菓子袋に手を伸ばしながら、それを真っ向から否定した。
「そうじゃなくて!このスナック袋はなんだって聞いてるのよ」
「遺産の欠片っす」
「ちなみにじゃがバタおでん風味ですッ★」
余計なちゃちゃを入れてくる月見にちらりと不審そうに目を向け、
リアは菓子袋を両手で広げた。
中身は最初に入れた時より数を増やした欠片が、スナック菓子の残りと
油と塩にまみれてなお、輝きを失わずにそこにあった。
がっくりとリアがその場に膝をつく。額をテーブルのふちにくっつけて、
わなわなと菓子袋の端を持ったままの両手を震わせている。
「なんでこんなことできるわけ…?」
「なかったんスよー袋が」
いやぁ、と照れるように頭の後ろを掻く。次いで、口々にほかの3人も
フォローを入れるように口を出す。
「慌ててその場で食べたんだよね!」
「オイラ、コンソメパンチのほうがよかったんだけどな」
「いや絶対ジャガバタおでん風味だって。わかっちゃいねぇなオヤジ殿」
「あーもー。これ使えないわよ?こんな不純物だらけのガラス…」
ようやっとそこで顔をあげて、無念そうにリア。立ち上がり、菓子袋は
そこに置いて布の包みを取り上げる。布をすぐ払おうとするが――ふと
手を止めて、じっとりとした目でこちらを見てくる。
「…この布は?」
「いや!それは普通の布っすよ!なんすかその目!」
「おう。間違ってもふんどしじゃないから安心しろや」
「力の限り推薦したら力で阻止されましたッ!なんという無念!」
「……」
明らかに不審さを拭えない顔でため息をついてから、さっと布を取り払う。
顔色はすぐに変わった。現れた透明の棒をあらゆる角度から観察しはじめる。
きら、きらと光の反射の違いによって輝く遺産をたっぷり時間をかけて見て、
ぽつりと一言。
「綺麗ね」
「…な、直せそうっすか?」
リアはおずおずと尋ねてきたファングへと視線を移すと、今までの挙動の
中で一番丁寧な所作で遺産を布に包みなおしながら、頷いた。
「時間はかかるかもしれないけれど、やってみるわ」
「まじっすか!?」
思わず立ち上がる。彼女は傷ついた小鳥を抱くように布の包みだけを
書斎机に静かに置くと、自分は回り込んで革張りの椅子に座る。
引き出しから一枚の紙を出し、ペンが刺さったままのインク壷を
押しやってきた。
「そこに名前書いて。あなたのだけでいいわ。あと依頼内容もね」
「よっしゃー!!」
書斎机に飛びついてインク壷から羽ペンを引き出す。長い間インクに
浸っていたペン先は見れたものではなかったが、加えてリアが
差し出してきたフェルトで拭きとってから、書き始める。
「ところであなた達。さっきから気になってたんだけど、もしかして
お腹減ってる?」
「減ってる!スゲー減ってる!なんか食わせろ!」
「よッ!副将軍ストレート!」
待ってましたとばかりにファングの後ろでトノヤが立ち上がる。
月見も同じく立ち上がり、大仰な手振りでそれを後押しした。
「じゃ、屋敷の裏で薪割りよろしく」
「あ"ぁ"!?」
「生野菜とか生肉が食べたいならいいけど?」
書斎机に肘をついてにっこりと笑うリアの顔に、ぐっと口をつぐむトノヤ。
するとワッチが指を鳴らしながら立ち上がり、なぜか楽しげにがっちりと
トノヤの肩を掴んだ。
「よっしオイラにまかせとけ!行くぞトノヤ!」
「おいコラ!ふざけんな!」
「あ。たまに変な音がしても幽霊の仕業だから気にしなくて大丈夫よー」
「ファイオーですぞ副将軍!これも皆の暖かいごはんの為!非体育会系の
自分はここでファング君の契約書作成を応援してますゆえー!」
人事のように遠くから声を張り上げて手を振る月見を睨み、トノヤは
引きずられながらファングを指差して怒鳴った。
「ファングおめー絶対来いよ!すぐ来いよ!じゃねーとどうなるか
わかってんだろうな!」
「へっへー。いってらっさいトノヤ君ー。俺はしーっかり3時間ぐらいかけて
から行くからよろしく♪」
「ぶっとばす!」
消えて行くトノヤとワッチに月見と同じようにぶんぶんと手を振り、
扉の閉まる音とトノヤの怒鳴り声を聴きながら、ファングは
満面の笑みで契約書にペンを走らせた。
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