人物:エンジュ シエル レイン
場所:どこかの島
エンジュSide5【夢見の巫女の受難】
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娯楽の少ないこの島は、街に比べてずっと夜が早く訪れる。
人が夢を見る時間も長いから、夢見の巫女などという信仰も生まれたのだろ
うか。
海岸からずいぶんと距離があるはずのこの家の窓にも、月の光と共に波の音
が運ばれてくる。
この月が完全に満ちたときに、儀式は行われる。
「レインは大丈夫かしら?」
窓の外を眺めながら、シエルが呟く。
彼女の色素の薄い髪は、月光と同化し、まさに月の光で出来ているようだっ
た。
美しい友人を満足げに見ながら、エンジュは答えた。
「大丈夫なんじゃらい?なんたって巫女様なんらもん、私たちよりよっぽど丁
重なもてなしを受けてるふぁよ」
言葉がはっきりしないのは、その口に甘蔗の茎をくわえているからである。
かじると甘い汁が出てくる、砂糖の原料でこの島で栽培されているものであ
る。
空腹で暴れださないようにと、ユークリッドが何処かから手に入れてきてく
れたものであるが、日照り続きの現状ではけしてこの島でも易く手に入る代物
ではあるまい。
そういえば、部屋を提供してくれたこの家の奥方がやたらユークリッドに意
味深な視線を送っていたような気がしたのだが・・・
――人妻には手を出すなって、先に釘をさして置くべきだったかし
ら・・・。
頭を悩ますエンジュをよそに、シエルが答えた。
「そうね、儀式は・・・3日後だったかしら?」
レインは今、島長の家に逗留している。
聖霊から伝えられた儀式を行うための準備を行う際に、再び巫女の力が必要
ならしい。
選考漏れしてしまった自分たちだから言えることだが、まったく難儀な話で
ある。
大事な呪符を取り返しにに来たハズが、あっというまに島の存亡をかけた、
儀式の巫女に祭り上げられてしまったのである。
それでもちゃんと役目を果たそうとしているところが、人が良いのか、押し
が弱いのか・・・・きちんとした教育を受けた娘なのだろう。
「私たちに手伝える事ってあるのかしらねー。天使像の効果を引き出せる巫女
が一人しかいないって、大変な事らしいじゃないの」
エンジュのベッドの枕元には、そもそも事件の発端となった天使像が置かれ
ている。
オーガスに結局返し損ねてしまったものだ。
悪夢から人々を守る天使の伝説はこの島に伝わるもので、刃物を扱える年に
なったらこの島の誰もが家族や自分の為に木彫りの天使像を彫る習慣があるそ
うだ。
重要な儀式に使うものだけが銀で作られ、大切に保存されてきたらしい。
この島に銀山などあるわけがないので、より巫女の力を高める為に、島の外
で作られ持ち込まれたのであろう。
「私のは・・・像じゃなくて、銀の羽飾りなのよね。これはどうやって使うの
かし
ら?」
シエルもまた、懐から白い布にくるまれたソレを取り出した。
綺麗な細工ではあったがさすがに自分につける気にはならないらしい。
「とりあえず、枕元にでもおいとく?いい夢がみられるみたいじゃないの」
「そう・・・ね」
寝る準備を整えたエンジュが潮風に当たった髪をいじりながり、口を尖らせ
る。
「それにしても。お風呂に入れないのは辛いわね…」
「しょうがないわ。今は飲み水すら不足してるんですもの。水を売ってくれる
船も週に一度しか来ないようだし・・・」
島は海に囲まれながらも、真水の確保が困難な場所である。
レインの話を聞くに、この島は水の流れから断ち切られた土地なため、雨が
降らないらしい。
それを聖霊の力で雨を降らせてもらうわけだが、途中で魔王が沸くというの
は一体どういう訳なんだろう…?
「ほんとに、何で魔王なんかに目を付けられてるのかしら?雑魚らしいけ
ど・・・」
島の人々には失礼だが、こんな島を一つ征服したところで一体何になろう。
魔王なら誰でも夢見る世界征服への足がかりにしても、小さすぎる気がしな
いか?
「うーん、良いところに気がついたね、姉さん」
「!?ユークリッド君!」
「アンタ!どっから入ってきてるのよッ!!」
窓の外から割り込んできた声に、シエルは驚いて振り返った。
月光を背中に浴びながら、窓から侵入してくる長身の男は、紛れもなくユー
クリッド。
エンジュは手近にある枕をひっつかむと、その顔面に思い切り投げつけた。
「ぷはっ。ちょっと待った!待った!ちょいと外に用事があったからさ」
一体どんな用事があったんだか・・・。
二人の女性の冷ややかな視線に多少慌てながらも、ユークリッドは持ち前の
愛嬌で、二人の疑念を流した。
「今回のことでさ、少し不審な点があったから島について少し調べてたんだ」
「「不審なこと・・・?」」
二人の注意を逸らせたことに満足したのか、ユークリットは口の端を持ち上
げながら頷く。
「レインは、夢を操る大魔導師の祠に行っただろ?そして聖霊のご意見を伺っ
たわけだ」
「確か、そんなよーなこと言ってたわね」
それの一体どこがおかしいのだろう。
「しかし、本来この儀式に必要なのは天使像と聖霊、夢見の巫女なんだ。それ
が、いつの間にやら大魔導師とか、魔王とか、うんくさいのが現れた。それ
に、オーガスの能力にも気になってさ」
「そうよね、いくら天使像に力があるとは言え、私の魔力を奪ったり、尋常じ
ゃないわ。そもそもアイツは夢見の巫女でもないんだし・・・」
オーガスの巫女姿を想像したのか、エンジュは不味そうな表情をした。
「実は、オーガスはその、夢を操る大魔導師の子孫らしいんだ。この島に大魔
導師が訪れた時、ちょうど今と同じように夢見の巫女が一人も現れない事態が
起きたらしい。夢を操る力をもっていた大魔導師は、島の人々の懇願で、巫女
を介さずに聖霊と恵みの契約を結ぶことに成功したらしい。しかし、その儀式
は完全な成功でもなかった・・・・・・」
「それで、魔王が出たってわけ?」
「そう。んで、それ以来、大魔導師の子孫は、司祭として儀式を妨害する魔王
を抑える役目を担ってらしい」
「よくそんなこと島の人はユークリッド君に教えたわね・・・」
「これでも、一応情報屋だからね」
そういって、ユークリッドはシエルに軽くウインクしてみせた。
エンジュはその動作に、「なに色目使ってんのよ」とユークリッドの頭を殴
りながら、具合が悪そうに言った。
「ところで、この事レインに言った方がいいのかしら・・・・」
「・・・・・・言わない方が良いんじゃないか?」
オーガスの先祖のおかげで、聖霊と契約するどころか魔王まで何とかしない
といけないなんて・・・・いえるわけが無い。
三人は複雑な面持ちで顔をあわせた。
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「あ!エンジュさん!シエルさん!」
二人が歩いてくるのに気が付くと、巫女装束を身に纏ったレインが嬉しそう
に顔を上げた。
「よく似合ってるわ、その衣装」
「そうですか?有難うございます、シエルさん」
「意外に元気そう・・・・・・ってわけでも無いわね」
明るい表情を見せたのはつかの間。
すぐにレインの顔には隠していた疲れが出てきた。
「儀式の準備とか・・・あと、夢であの聖霊が毎晩ちょっかいかけて来てくれ
ちゃ
って、ちっともぐっすり眠れないんです!!」
「ちょっかいって・・・うちのバカみたいな聖霊なのね」
聖霊というイメージからだいぶ逸れたレインの言葉に、エンジュが呆れなが
らいった。
「聖霊様が夢に出てくるのは、巫女様が聖霊様に愛されてる証拠なんだよ!」
「愛されても困ります・・・」
心底嫌そうなレインに熱弁するのは、ブランジェという島の少女だ。
島長の孫娘で、彼女の家に泊まるさい、二人はかなり仲良くなったらしい。
まだ幼いこの少女が無事娘になれば、彼女が夢見の巫女としての役目を果た
せると人々は考えているらしい。
「とうとう今日が儀式の日ね、私たちも見守ってるから・・・」
「ほら、巫女様時間だよ!!」
「え!?ブランジェ!ちょっとまって・・・」
エンジュが励ましの言葉を言い終える間もなく、レインはブランジェに引っ
張られて、中央の祭壇へと連れられていった。
呆気にとられるエンジュの後ろでクスクスとシエルが笑う。
「あのブランジェって子ならきっと次代の良い巫女になりそうね」
「そうね、んでなきゃ、新しい巫女が見つかるまでこの島から出れないわ
よ・・・私たち・・・・・・というか、レインがね」
既に島の人々の多くが、この島の中央に開かれた儀式の広場に集まってい
る。
重要な儀式なのだから、島民の関心が高いのは分かるが、途中で魔王が出て
くるというのに、大丈夫なのだろうか?
エンジュが辺りを見回していると、ふと、真白い司祭の服を来たオーガスと
目があった。
合った所で、微笑むとか、手を振るとか、そんな関係でもないので無視を決
め付けようとしたエンジュだが、意外にも相手のほうから近づいてくる。
「お二人とも私がお渡しした品はお持ちですか?」
「えぇ、一応ね」
「それは良かった」
ほっとしたような男の表情に、だったら最初からもってこいと言えばいいの
にとエンジュは思う。
「それにしても、この人だかり大丈夫なの?あんたが魔王を抑えるんでし
ょ?」
「・・・そのことなのですが」
オーガスは実に申し訳なさそうな声で、実に無責任なことを言った。
「私は確かに大魔導師様の血を受け継いでいますが、島民との血が混じるにつ
れてその魔力は徐々に薄まり・・・・私には殆ど魔力などないのです」
「何ですってぇ!!」
掴みかかろうとしたエンジュの手からスルリと抜け出したオーガスは、ぬけ
ぬけと、二人に頭を下げる。
「私の能力は、モノとモノとの力を交換する力と、天使像の力を増幅させるこ
とだけです。貴女方に魔力をお返ししてしまった現在は、殆ど能力はございま
せん・・・どうか、この儀式を成功させるために、巫女様ともども力をお貸し
くださいませ」
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