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2024/05/21 15:34 |
ファブリーズ 2/ジュリア(小林悠輝)
キャスト:ジュリア (アーサー)
場所:モルフ地方東部
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 馬車を降りて御者に報酬を叩きつけると、相手はロクに挨拶もせず、馬に鞭を打って
あっという間に地平の彼方まで逃げ去ってしまった。砂漠の砂で薄汚れた馬車の後ろ姿
をぼんやりと見送った後、ジュリエッタ・ローザンハインは溜息をついて現在位置を確
かめた。

 ――確かめるも何も、平原だ。明け方の空の下、見渡す限りの。
 遠くには山や森が見えるものの、見晴らしはいい。ゆるやかな丘かも知れない。

 こんなところで馬車を帰したのは何か考えがあったわけではない。クッションの利い
ていない座席でがたがたと揺られ続けて、いい加減に腰が痛くなったから、というだけ
の理由だ。

 とりあえずソフィニアから遠ざかることが第一の目的だったので、実の所、ここがど
こなのかは割とどうでもいい問題だった。とはいえ感情的にどうでもいいからといって
現実的にもどうでもいいかといえばそうでもなく、自分が今、この広い世界のどこにい
るかということは、表面的な情報だけでも把握しておかなければならない事柄だ。

 まさか一晩で砂漠越えができるとは思わなかったので、今どこにいるのかさっぱりだ。
どの方向へ抜けたのか御者に確認してみればよかったと思い当たったころには、馬車の
影はとうに見えなくなってしまっていた。

 目を凝らせば、遠くに街らしき影が見えた。あそこまで歩いてみようと決め、少ない
荷物を片手に歩き出す。昼前までには辿り着くだろう。たぶん。
 街に着いたら宿を取ってさっさと寝よう。

 昨日の朝は――随分と大昔な気がするが、昨日の朝は早起きをしたし、それから一睡
もしていないのだ。いや、馬車の中で少しは微睡んだか? どうでもいい。大差ない。

 とにかく重要なのは、ここはソフィニアではないということで、つまり危機から首尾
よく逃げ出せたということだ。それを考えれば寝不足の頭痛も気にならなくなってくる
し、明け方の冴えた空気がおいしくも感じられる。


      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆


 背後から車輪の音が近づいてきたのを聞いて、ジュリアは足を止めた。
 もう早朝から朝になった時刻だ。目指していた影は、街のそれだとわかるまでに近づ
いていた。このまま歩き続ければ最初の見当どおり、昼になるまえには到着するだろう。

 平原を走る一本道の幅いっぱいを使ってがらがらと近づいてくるのは二頭立ての荷馬
車だった。轢かれたくないので道の端に避けると、馬車は目の前で止まった。
 手綱を握っていた、まだ若い男が声をかけてくる。

「やあ、お嬢さん。どこまで?」

「……とりあえずあの町まで」

 ジュリアは答えながら無遠慮に相手を観察した。
 短い赤土色の髪を後ろに撫でつけ、白いシャツをだらしなく着崩している。地方農家
の我侭息子、という、自分でもよくわからない第一印象にジュリアは内心で首を傾げた。
 男はよく日焼けした顔に人懐っこい笑顔を浮かべて話しかけてくる。

「乗っていかない?」

「いいのか?」

 問い返す。男は虚を突かれたような表情をして、それから快闊に笑った。

「乗りな。乗り心地は悪いけど」

 その言葉に一晩中馬車に揺られていた腰痛を思い出したが、今は歩くのに疲れてきて
いたので、遠慮なく誘いに応じることにした。ひらりと飛び乗り、礼を言う。
 男は「おうよ」と返事をして、馬車はがらがらと進み出した。

「こんなところを女が一人で歩いてるとは思わなかったな。どっから来たんだ?」

「昨日までソフィニアにいた」

「は? 一晩で砂漠を渡れるもんなのか?」

 普段なら他人と話をするのは面倒だと思うところだが、久しぶりの普通の会話だ。付
き合うのも悪くない。眠気にあくびを噛み殺しながら平坦な声で返事をする。

「私にもよくわからないが、そのようだ」

「へぇ、すごいんだなぁ……」

 ゆっくりと流れて行く景色は歩くのとあまり変わらない速度だったが、足を動かさな
くていいだけ楽だ。でも、動いていないと眠くなる。

「そういや、名前は?」

「ん?」

「ああ、悪い。オレはマイルズ・ファブリーっていうんだ。
 親戚が主催するパーティーに行く途中でさ」

「その格好で?」

 男は苦笑いした。

「後で着替えるとも。で、お嬢さんは?」

「そんな呼ばれ方する歳じゃないな」

「自分で言うかよ」

「……ジュリエッタだ」

「態度のワリに可愛いらしい名前」

「なんだって?」

 横目で見ると、男は振り返らないまま「空耳だろ」と言い訳した。
 空耳だと思うことにしよう。今は眠くて頭が回らない。普段だったら? ああ、普段
でも気にしないだろう他人に何を言われようが関心はあまりない。そうでなければこん
な格好――赤と黒のワンピースに長い黒髪、二十を過ぎた女――をしていられない。

「で、ジュリエッタちゃんは何してる人?」

「夢追い人」

「…………ああ、なるほど」

「なんだその妙に納得したような反応。魔法使いだ」

 言うと、マイルズは驚いた顔で振り向いてきた。
 変な具合に手綱を動かしたのか、馬が嘶いて馬車が急に早くなった。

「本当か!?」

「揺れる。馬を静めろ」

 苦笑いしてマイルズは馬を諌めた。がっしりとした農耕馬は元々温厚な性質であるら
しく、主人の命令によく従った。すぐに馬車はもとにゆったりとしたペースを取り戻す。

「で、本当なのか?」

「証拠を見たいなら、そこらへんの木でも首でもへし折ってやるが」

「いらない。オレまだ死にたくない。
 で、これから行くパーティー、魔法使いを集めてるんだけど」

 来ないか、という言葉は視線だけで続けられた。
 ジュリアは少しだけ考えてから答えた。考えたつもりだったが、ただ黙りこんだだけ
だったかも知れない。とにかく眠い。

「いつから?」

「今日の夕方から。モルフの羊は美味いぞ」

 そうか、ここはモルフ地方なのか。
 ようやく大雑把な地理は把握できた気がした。
 モルフのどこなのかはわからないが、もういい。満足した。

「寝てないんだ。仮眠を取りたい」

「無駄に広い家だから、部屋なんかいくらでも貸せる」



 なら行こう、と答えた直後、眠気に負けて意識が途絶えた。

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2007/02/12 20:04 | Comments(0) | TrackBack() | ●ファブリーズ

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