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2025/04/27 10:48 |
ファブリーズ  26 /ジュリア(小林悠輝)
キャスト:ジュリア アーサー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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「速やかにやるしかないということか」

 と言ってテイラックは一歩前に進みかけたが、すぐに立ち止まった。
 振り返って自称騎士を一瞥した意図は「お前が先に行け」に間違いなかった。ヴァンは生
唾を飲み込んでから、そろろそろと慎重な足取りで歩き始める。その後ろ姿には確かに武芸
を嗜んでいる者独特の風情があった。

 ジュリアはそれだけでは腕前までを測ることはできなかったのでテイラックの顔を横目に
したが、彼の表情に今まで以上の不安が上乗りされるようなことはなかった。ということは
騎士は不足を感じさせない程度には腕が立つのだろう。

 まさか、テイラックがジュリアとおなじくらい武芸に疎いということもあるまい。
 彼は上等のスーツを着こなしているが、その生地に誤魔化されたシルエットは鍛えられて
いるように見える。そして何よりこんなところまでついてきたのだから、実力に自負がない
ということはないだろう。

 では私は? と思いかけ、ジュリアは首を横に振った。
 意味のないことだ。確認するまでもなくわかりきっている。

 剣の柄を軽く握る。手首を返して刃を煌かせる動作だけは軽快だった。
 だからといって騎士と並んで獣相手に白兵戦をしようなどという気はまったくもってない。

 ジュリアは視線を上げ、黒い獣を見据えた。
 炎を吐き散らす竜の周囲は既に熱を帯びて燃え上がり始めている。森全体が燃えるまでに
は時間がかかるだろう。しかし放っておけば間違いなくいつかは焼け落ちるに違いない。

「先鋒は任せた」

「あ、ああ」

 自称騎士はためらいがちにうなずいた。腕はともかく度胸は据わっていないようだ。
 情けない。が、案外、化け物に挑む勇者というのはそういうものなのかも知れない。圧倒
的な脅威を前にして怖気づかない不敗の戦士など伝説の中にしか存在しない。少なくともジ
ュリアはそんなものにお目にかかったことはない。

 真しやかな噂に語られる英雄など当てにしてはいけない。
 とにかくここに揃っているだけで何とかしなければ――と、ジュリアはエンプティを横目
にした。

「お前は?」

「わたくしにできることならば何なりと」

 そう、と頷くだけにしておいた。指図などしなくとも自分の役目は承知しているだろう。
恐らくこの場の全員がそうであるだろうから、先ほどの騎士への言葉も、実際は、彼の士気
を高めるか揺さぶるかのどちらかの効果でしかなかった。

 騎士が、すっと息を吸った。
 次の踏み込みは深い。ほとんど音を立てず、しかし泉のほとりの土と草を蹴散らしながら
失踪する彼の腕の先で白刃が踊る。竜の雄たけびが轟いて血の飛沫が散るまで、ジュリアは
何が起きたのかほとんどわからなかった。

「ほう」とテイラックが感嘆の息をつく。彼は片腕を前に伸ばして、銃を獣に向けている。
油断のない目つきは標的のわずかな動きも捉えているようだ。彼は発砲せず、機会を疑って
いる。

「……一人でも十分そうだ。何せ弾丸は高価なものでね」

「経費の方はわたくしが手配いたしましょう」

 エンプティが囁く。
 テイラックは苦笑したが、獣からは目を逸らさない。

 自称騎士は竜の吐く炎を掻い潜り、爪を剣で弾き返し、わずかな隙で黒い毛皮に浅い傷を
つけていく。竜の体表はすぐに染み出した血液でじっとりと湿り、月の光をぬらぬらと照り
返すようになった。

 耳をつんざく咆哮は或いは悲鳴かも知れない。
 唸り声には紛れもない憤怒と憎悪が滴っている。

 腕に押され、のけぞって炎を避けた自称騎士を一飲みにしようと竜が口を開く。が、牙が
咬み合わさる寸前、ヂィンと鋭い金属音と共に獣の顎が後ろに跳ねた。
 その一瞬で騎士は体勢を立て直した。

 テイラックの掲げる銃から昇る硝煙が立ち上って酒の臭気に溶けていく。
 ジュリアは彼を横目にして、そろそろ自分も仕事にかかるかと剣を持ち上げた。細く鋭い
刃はエンプティに注文をつけるまでもなく鏡のように磨きぬかれた銀だった。切っ先を見下
ろし、唱える。

「潰えたる王国の瓦礫は茨に埋もれ、月だけが見下ろしている。
 皓々たる宮殿の屍骸は闇に葬られ、私だけが未だ覚えている」

 呪文の言葉に意味はない。刃に魔法を注ぎ込む。
 銀は魔力と相性がいいと言い出したのは誰だったか知らないが、その誰かのお陰でそうい
うことになっている。後で検証が行われたのかただの迷信なのかジュリアは知らなかったが、
広く浸透した概念は実際に力を持つことがある。
 となれば銀の刃は魔法を帯びる。そこに根拠の真偽は関係ない。

 刀身に巻きつかせた茨の蔓は、傷つけた肉に食い込み引きちぎるための魔法。
 さて問題は、小手先だけの技術はあるとは言え、目の前で繰り広げられる熾烈な争いにど
うやって手を出そうかという一点だけだった。

 ――ジュリアが余計な手を出さなくとも、片付けてしまえそうにも見えたが。




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2008/02/22 23:45 | Comments(0) | TrackBack() | ●ファブリーズ

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