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2025/03/10 07:30 |
ファブリーズ  14/ジュリア(小林悠輝)
キャスト:ジュリア アーサー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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 梢のざめきは殆ど轟音となって一行を打ち据えた。

 誰かが小さな悲鳴を上げる。限界まで張り詰めていた緊張の糸がついに耐えかねて引
き千切れたが、その先にあったのもやはり緊張でしかなかった。ただし、空気は一瞬前
より遥かに濃い脅怖を内包し、痛々しいまでに鋭いものと化している。

「みんな、聞いたね?」

 少年猫が喉の奥でくるくると笑った。

「騎士様が来たよ。再び魔女を斃しに来たんだ――剣は研いだ? 鎧は磨いた?
 ダウニーの森へようこそ、魔女の領域へようこそ。僕らはあなたを歓迎するよ」

 金の巻毛に囲われた頬。無垢な瞳が細く歪む。
 無垢な笑顔で猫は続ける。

「老木の魔女は森の奥にいる。いつだって客人を待っている。
 ねじくれた根を踏み越え、茨の薮を抜けて、辿り着けるものなら辿り着けばいい」

「――!」

 観察に興じるつもりだったジュリアは、そこまでを聞くと自称騎士の腕を乱暴に掴ん
だ。驚いて振り返る彼が抗議か何か口を開くよりも早く、半ば怒鳴りつけるように言う。

「殺せ、魔法だ!」

「…何」

「早く! その剣が飾りでないなら」

 自称騎士は剣に手をかけ、抜き放つかと思えたが、そのまま躊躇の素振りを見せた。
 ジュリアが警告ではなく己が直接妨害すべきと気づいた時には手遅れだった。

「けれども心さなければいけない。
 魔女の森は、決して誰も逃しはしないのだから」

 猫が言い終えると共に、再び森がざわめいた――違う。蠢いた。
 大木がぎしぎしと音を立てながら枝を伸ばし、隣の木と絡み合う。
 どこかで響いた絶叫じみた声は、はぐれた使用人のものだろうか。

 テイラックが無言でジュリアを庇うように動いた。ジュリアは思わず苦笑する。
 剣の柄を握った自称騎士は、二人の前で猫と睨み合っている。その横顔は焦燥感に引
き攣っていた。

「……ジュリアさん、これは一体?」

「想像の通りだ。お前の頭はそう悪くないだろう」

「森そのものが我々に襲いかかろうとしているのだとしたら、絶望的ですね」

「まったくだ」

 猫が、にゃあおと、今度は猫の声で鳴いた。
 騎士がびくりと身を震わせたその隙に、小さな影はするりと闇へ滑り込む。

「あっ」

「追うな!」

 テイラック――確か、アーサー・テイラック、彼が鋭い声を発した。騎士は思わず踏
み出しかけていた足を止めたが、本気で深追いしようとしていたわけではなさそうだっ
た。騎士は首を横に振り、手は剣にかけたまま周囲を睨んだ。

「……襲ってくる様子はありませんが」

 木々はざわめいている。行く手の獣道は続いている。
 振り返れば、帰り道はなくなっていた。

 ぎしぎしと音がする。景色そのものが動いているのを一瞬だけ眩暈と錯覚した。
 ゆっくりと。植物が、根を地面から露出させて、這いずるように動いている。じいっ
と見つめてようやく気づくほどわずかな動きではある。それでも動けば方角を見失うに
違いない。

 行く手の獣道だけ、何事もないように続いている。

「誘われているのか」

「……」

 ジュリアはため息を吐いた。騎士の失策を責める気になれないのは、元々何の期待も
していなかったからだ。巻き込まれた面倒ごとが、更に面倒になってしまったが、この
森に訪れた時から予想していた範囲内。

 深夜、魔女の森に赴くというのに、悪いことが何も起こらない方が不気味ではないか。
 それでも面倒は避けたいが。あの依頼料では正直、ワリに合わない。合わないが――
ああ、そうか。“仕方なく巻き込まれる”状況を望んでいたのかも知れない。

 だけどやはり面倒は嫌だ。口元だけを吊り上げて呟く。

「“茨”よ、お前だけがあの光景を見知っている。
 滅亡の残滓、虚構たる尖塔。王国の亡骸を私に見せてくれ」

 足元で、ぼこりと土が盛り上がり、それきり何の変化も起こらなかった。
 何の意図もない干渉のためだけの呪文。反応が悪いことを確かめて、この森で、この
魔法は使えないと覚った。

「……先へ行きましょう」

 と言ったのはどちらだったか。
 ジュリアは顔を上げて頷いた。

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2007/02/12 20:36 | Comments(0) | TrackBack() | ●ファブリーズ

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