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2025/04/27 04:49 |
ファブリーズ  12/ジュリア(小林悠輝)
キャスト:ジュリア アーサー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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 がらがらと、あまり揺れない馬車で悪い道を失踪することしばらく。

 降り立った捜索隊の目の前に立ち塞がるのは、巨大な木々の影だった。
 ランタンの灯りが陰影を濃く幹を照らす。“ダウニーの森”とだけ書かれた朽ちかけ
の立て札の横にぽっかりと口を開けた森道の入り口は深い暗黒。
 招くように、拒むように、森はざわざわと風の音を響かせている。
 ほぅ、どこかでふくろうの声。

 馬車の中で喋り続けていた自称騎士――名前は聞いたような気もするが忘れた――が
怖気づいたように口を噤んでいる。ジュリアはそれを横目に、口の中でぶつぶつと小声
の呪文を唱えた。ほんのりと、周囲の空間が光を帯びる。

 この場にいるのは、レノア、自称騎士、金髪の男、ジュリア――それに、ファブリー
家の使用人が二人、灯りを持って所在なさげに立っている。

 レノアはうち一人に馬車の番を任せ、もう一人には自分達に同行するよう言った。ど
ちらも浮かない顔をしている。こんな真夜中に森へ入るのは嫌だろうし、一人で待ち続
けるのは更に嫌だろう。それでも仕事だからか、或いは己の恐怖を鑑みないほどお嬢さ
んを心配しているのか、彼らは「わかりました」と頷いた。

 レノアは「光よ、我が手に集い」云々と難しい呪文で、丸い光の珠を頭上に浮かべた。
 灯りが多すぎる。いや、このくらいしないと不安なのか。彼の表情は強張っている。

 金髪の男だけは何とも言えない表情で森の入り口を眺めているが、怯えているように
は見えなかった。いや、勢いで「来い」と言ったが、まさか本当に来るとは思わなかっ
た。身の程知らずなのだろうか、それとも、少しは頼りにしてもいいのだろうか。
 思いながら見ていると、男は口を開いた。

「ジュリアさん、夜歩きは慣れていますか?」

「近眼のせいか鳥目でね」

 あまり噛み合わない返事をして、ポケットから眼鏡を取り出し、かける。
 具合を確かめるために夜空を見上げる。森が蠢く輪郭がくっきりと判別できた。星星
の光点がいつもより多く見つけられる。
 これなら大丈夫かと視線を降ろし、改めて周囲を見ると、普段は意識していなくても
視界はだいぶぼやけていたらしい。鮮明に見えた人間の顔は、寸前までと随分違ってい
るように思えた。

「なかなかの美形じゃないか」

「……お褒めに預かり至極光栄」

 男は茶化すような口調で切り返してきた。ジュリアはそれこそ貴族か何かのような鷹
揚な態度で頷いて、それから周囲を見渡した。当たり前だが、暗い。夜の森は不気味だ。
 なるほど魔女の一人くらいは住んでいそうだと今更ながらに納得して、ジュリアは一
人、小さく頷いた。

「い、行きましょう!」

 自称騎士が、あまり勇ましくない声を上げる。恐る恐るといった様子で森へ近づく彼
の後ろを、意外と平静に見えるレノアが続く。使用人の掲げたランタンが動くに従って
影が揺らめく様は、悪魔が踊っているように見えないこともない。

「ジュリアさん、テイラックさんも早く」

「行きましょうか」

「そうだな」

 テイラックと呼ばれた男を追い越して、光を連れて三人に続く。
 後ろから小声で何かをぼやくような声が聞こえたが、何を言ったのかは聞こえなかっ
たし興味もなかった。


      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆


「魔女というのはですね、悪魔に接吻し魔力を得た邪悪な女で、三日月の晩に、神の目
が届かぬ森の奥に集って生贄の儀式を――」

 自称騎士が喋り続けている。夜の森が恐いのはわからないでもないが、もう少し静か
にしてくれないだろうか。最初の内は相槌やら反論やらをしていたレノア少年も、話が
堂々巡りし始めると口を噤んでしまった。今では、返事をする者もいないのに喋り続け
る一人の声が白々しい。ほぅ、どこかでふくろうが鳴いた。

 びょうと吹き抜ける風の音。そのたびに言葉が途切れ、また再開する。おなじ言葉を
繰り返すのは、怯えのあまりかも知れない。自称騎士はまた言う。魔女とは――

 ああ、私も今は魔女と呼ばれている。
 二つ名を名乗ったことはない。気づいたら呼ばれていた。西の魔女。誰が考えたのだ
か知らないが、安易な名だ。それなのに的を射ている。西の。あの亡国の、魔法使い。
 あの麗しき国で私は――今は、そんなこと関係ない。この行軍は魔女狩りだろうか。

「おい、そこの騎士」

「な……何です?」

 返事の声は裏返りかけていた。反応があったこと自体が予想外だったらしい。ずっと
一人で喋り続けているつもりだったのだろうか。思いながらもジュリアは彼を黙らせる
ために口を開いた。

「あまり魔女を侮辱しない方がいいぞ。この森は魔女の領域なのだろう?
 調子に乗りすぎて呪いにでもかけられたらどうするんだ」

 ジュリアは当てつけがましく言ってため息をついた。
 ほぅ、近くでふくろうが鳴いた。翼のはばたき、かわいた音。

 自称騎士が「…う、」と、呻き声を発した。
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2007/02/12 20:31 | Comments(0) | TrackBack() | ●ファブリーズ

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