忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/11/18 09:14 |
ファブリーズ  10/ジュリア(小林悠輝)
キャスト:ジュリア アーサー
場所:モルフ地方東部 ― ファブリー邸
--------------------------------------------------------------------------

「見つからないじゃないか」

 そう言って真っ先に諦めたのはジュリアだったが、咎める者は誰もいなかった。

 当時者たち――ファブリー家の人々――以外は、誰かが諦めようと言い出すのを待っ
ていたかも知れない。張り詰めていた空気が緩むのを感じた。

 部屋も、物置も、屋根裏も、噴水の下も、植木の影も、つまりは子供が隠れそうな場
所すべてを探した。普通ならば見つかっていて当然で、そうでないということはつまり、
少女は極めて巧妙に隠れているか、もうこの屋敷内にはいないということになる。

 もしも彼女が家の敷地の外へ出たのだとしたら、そしてそれが彼女の意思によるもの
でないという可能性が少しでもあるとしたら、一刻も早くしかるべき公的機関へ通報す
るべきだ。

 ジュリアがそう思ったときには他の魔法使いが言葉を継いでいた。

「すぐに使いを走らせるべきでしょう。
 もしも誘拐などであったら――」

 どこかおずおずとした進言に、この家の主人らしき男は頷く。
 取り乱した様子だったが、なんとかこの場にいて見苦しくないように態度を取り繕う
としているのが一目でわかった。

「そ、そうですね。これ以上みなさまをお引きとめするわけにもいきませんし……」

「いえ、犯人はこの中にいるかも知れない」

 言って一同の中心に進み出たのは、先ほど一緒にいた男だった。
 ジュリアは彼がまだここにいたことに初めて気づいた。彼は得意げな流し目を向けて
きたが、迷いなく他人のふりをした。

 それにしても何て頭の悪い発言だろう。
 ここには密室も変死体も存在しないというのに。

「だって、この屋敷には、パーティーに参加していた人しかいないのだから。
お嬢さんはこの屋敷で消えた。連れ去ることができるとしたら、ここに入ることがで
きた人間だけです」

 それ不特定多数って言わないか。

「し、しかし……参加者のほとんどはもうここにはおりません」

「犯人なら残るはずです! だって犯人ですから!」

 なんだそれ。

「これはぼくの推測に過ぎませんが……」

 男は勿体ぶった仕草でくるりと一同を見渡すと、傾聴を促すように咳払いした。
 確かに推理劇を披露する名探偵に見えないこともなかったが、滑稽でないようには見
えないということも確かだった。

 ジュリアは醒めた気分のまま他の聴衆の様子を窺った。ほとんどの者がしらけた顔を
している中で、主人らしき男が熱心に聞いている。きっと今は何にでも縋りたい気持ち
なんだろう、だからこんな馬鹿話も真に受けているに違いない、と、ジュリアは彼に対
して好意的な解釈をすることにした。
 だって、今夜の寝床の家主なのだから。

 ああ、そういえば眠いな。もう一眠りしたいところだが……
 深夜を過ぎるまで、そうだな、日付が変わるまでは我慢して付き合うことにするか。

 今、寝るなんて言ったらどれだけバッシング喰らうかわからない。
 それだけなら別に気にしない。でも追い出されたら困るから。

 男は“ぼくの推論”とやらを披露していたが、ジュリアはほとんど聞いていなかった。
片付けられずにいたワインを眠気覚ましにあおって、ため息。

 その間にも男は話し続けた。
 周囲ではざわざわと低い囁き声が交わされはじめていたが、誰も探偵気取りを怒鳴り
つけたりはしない。彼はほとんどの人間に相手にされていないにも関わらず、気取った
口調で話し続けている。

 興味を失って、視線を巡らす。
 少し離れたところで呆れ顔で立っている金髪の男が目に付いた。

「……飲むか?」

「ん…ああ、ありがとう、親切なお嬢さん」

「もう冷たくはないけど」

 言うと、男は苦笑した。ジュリアは彼に見覚えがあるなと思ってから、さっき、失踪
直前の少女の様子を証言していた男だと思い出す。獣化、と言っていたか。

「冷やし過ぎない方がおいしいワインもありますよ」

「覚えておこう」

 ジュリアはグラスを取り上げて、その上に瓶の口を傾けた。
 甘い香りの液体が零れ落ちる、こぽん、こぽんという音が耳に心地いい。

 集団の中心で、あの男はまだ演説していた。これは事件なのです。一刻も早く犯人と
お嬢さんを探し出さなければ大変なことになりますが、下手に場を掻き乱して、犯人に
証拠隠滅の隙を与えてはいけません――

 無闇に混乱を撒いているのはお前だ、と、思った。
 証拠って、何を隠滅するんだ? 誘拐に凶器は必要ない、いや、脅すのには使うかも
知れないけれど、それがたとえば少女の血で濡れることなんてよっぽど手際の悪い誘拐
犯でもないかぎり起こらない。それに、誰があの突風の中、彼女に近寄れたというのだ
ろうか。

 それに、本当に誘拐だとしたら。
 探偵の理論なんかでは立ち向かえない不条理が絡んでいる。たとえば、この町の御伽
話にあるように、魔女が彼女を使い魔にして連れて行ってしまったのだとか。


「お任せください。このぼくが必ず、事件の真相を暴いてさしあげましょう!」

 探偵気取りの高らかな宣言が白々しく場に響いた。

PR

2007/02/12 20:30 | Comments(0) | TrackBack() | ●ファブリーズ

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<ファブリーズ 9/アーサー(千鳥) | HOME | ファブリーズ 11/アーサー(千鳥)>>
忍者ブログ[PR]