◆――――――――――――――――――――――――――――
人物 ジュヴィア
場所 ソフィニア近くの街道外れ→ソフィニア"消えゆく灯火"亭
NPC 追い剥ぎのようなちんぴら3名・"消えゆく灯火"亭の主人
◆――――――――――――――――――――――――――――
死の直前に人は何を思うのだろうか?
魔術国家ソフィニア。
そこへ向けて街道を歩いていく人影が一つ。
どこからどう見ても子供としか言えない、整った顔立ちの銀髪の少女。ただ、異様なのは背中に背負った巨大な斧である。明らかに少女の背丈よりも大きくひょっとすれば少女の体重と同じくらいの重さがあるのかもしれなかった。
一陣の風が、少女の真っ黒なスカートを翻して逃げていく。
「おい、あの子供…何だ?」
少し離れた木陰で、男は仲間たちにささやいた。全員が、小汚い服を着て顔や腕に傷跡のある、どう贔屓目に見ても育ちが良くて善人そうには見えない所謂ごろつきの類だ。彼らはやはりというべきか、追い剥ぎを生業としていた。獲物を待っていたところに、謎の子供が現れたのである。
「そんなのオレに解るかよ。いいじゃねえか、ほっとけば。どうせ子供だ、大した稼ぎにはならねえよ」
「いや、それは解らねえ。子供だが一人で旅をしている以上は路銀を持ってるだろ」
そう、確かに少女は一人で旅をしているようだった。まったくの無一文という筈はないだろう。仮にそうであったとしても、あれ位の美少女であれば女郎部屋に売り飛ばせば結構な金になる。ここ何日かろくなものを供給されていない彼らの腹に、少しでも利益をもたらすであろう可能性は十分にあった。だが、背中の巨大な斧がやはり襲撃をためらわせる。
「それはそうだが、あんな物を背負って普通に歩ける子供だぞ?」
「ヘッ!」
ばかばかしい、といった風に一人の男が笑った。
「どうせあんなもの、こけおどしに決まってるぜ。もし本当に武器として使っててもオレらは3人、向こうは子供一人じゃねえか。あんなでかいもんでこっちの動きについてこれるわけがねえよ」
「…そんならやっちまうか。早くしねえと、ソフィニアの入り口まで行かれたら面倒だ」
男たちは腰に提げた鞘から短剣を抜き出して、一斉に少女めがけて詰め寄った。騒々しい足音に、もくもくと砂煙が上がる。たちまち少女は行く手を阻まれた。
「身ぐるみ置いてきな、嬢ちゃん」
追い剥ぎの定番せりふである。普通の少女であれば、真っ青になってすぐさま持ち物を差し出す筈だった。
だが、少女は黙ったまま佇んでいる。
「耳でも悪いのか?嬢ちゃん。身ぐるみ全部置いてきな」
やはり動かない。
「こりゃ頭が足りねえんじゃねえのか?出さなきゃどんな目にあうか解らねえんだろ」
「それじゃしょうがねえな。オレらが剥いでやるしかねえ。安心しな、あんたみてえな別嬪の嬢ちゃんは殺しゃしねえよ」
その言葉を合図としたかのように、男たちは少女の真っ黒な服に手をかけた。否、かけようとした。
少女の姿は既に手を伸ばした先にはなかった。代わりに、少し離れた場所に斧を持った彼女が佇んでいる。彼女ははじめて口を開いた。
「…殺してしまいます。逃げてください」
見た目どおりの幼い声に、そぐわぬ不穏な内容。だが、男たちは彼女の言葉には従わなかった。
「なぁにが逃げてくださいだッ!殺せるもんなら殺してみやがれ!このガキが!」
一人の男が少女めがけて飛びかかる。と同時に彼女の持った斧が真一文字を描いた。
血しぶきをあげてごとり、と男の首が落ちる。
残りの二人の追い剥ぎは、みるみるうちに色を失った。がくがくと震えながら落ちた首を見つめている。怒りに任せ彼女に飛びかかったときのままの形相で、首は地面に転がっていた。
「ば…バケモノ…」
こんな小さな少女に、あの斧をまるで羽などの重さしかないかのように軽々と扱う力などない。
ならば考えられることは一つ、この少女が化け物であるという結論。
「そう…わたしは化け物です」
銀色の髪と真っ黒なワンピースが風に広がる。紫色の瞳が静かに閉じた。
「…あなた方には、わたしを殺せないのですね…」
少女は、名をジュヴィア・ニグデクトと言った。
ジュヴィアは一軒の宿の前に立っていた。安そうなその宿は、酒場も兼ねている様だった。扉を開けずとも、中から喧騒が聞こえてくる。
―路銀に余裕がないわけではなかったが、出来る事なら無駄な金は使いたくはない。ここソフィニアなら、きっと母の施した「呪い」を解く方法が見つかる。その調査をスムーズにする為にも、所持金は残しておくに越したことはない。それに、彼女自身も安宿でも全く構いはしないのだ。
ジュヴィアは"消えゆく灯火"亭のドアを押し開けた。同時にがやがやと話し声の洪水に包まれた。入り口の近くに座っていた客の中には、この場に相応しいとは思えない少女の出現に驚いているものもいるようだが、彼女は気にも留めずカウンターへ向かった。酒場の主人が知り合いらしい吟遊詩人と親しげな会話をしている。吟遊詩人が立ち去るのを待って、彼女は主人に言った。
「…部屋を取りたいのですが」
彼女の申し出は酒場の主人を少なからず驚かせたようだった。
「何だい、嬢ちゃん。家出でもしたのかい?ここはあんたのような嬢ちゃんが来る所じゃあないよ」
「お金ならあります…それに、わたしは家出でもなんでもありません…冒険者です」
彼女はこれまでにも何度かこういう扱いをされたことがあった。どこから見てもただの少女にしか見えないジュヴィアを、普通の冒険者として扱ってくれる者は今迄に一人としていなかったのだ。
「お嬢ちゃん、冒険者ってのはね…」
酒場の主人がやれやれといった口調で話し始めた。世間知らずの女の子に説教を始めるという風に、カウンターからやっと出ているジュヴィアの顔に自分の視線を合わせた。
―どうやらジュヴィアに部屋を貸すつもりはないようだ。
彼女は話しつづける主人を遮って言ってみた。
「お願いします、泊めてください」
だが、主人は首を横に振った。
「あんたみたいな小さなお嬢ちゃんが、一人でこんなとこに泊まるなんて良くないよ」
「でも」
―――ガタン!
二人の会話は何かが倒れる音で遮られた。見ると、栗色の髪をした冒険家風の青年が椅子を蹴倒したようだった。ひどく驚いたような顔をしている。
―何があったのか。
思わず、ジュヴィアは口に出していた。普段なら決して関わらないのだが―
「…どうか…なさいましたか?」
人物 ジュヴィア
場所 ソフィニア近くの街道外れ→ソフィニア"消えゆく灯火"亭
NPC 追い剥ぎのようなちんぴら3名・"消えゆく灯火"亭の主人
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死の直前に人は何を思うのだろうか?
魔術国家ソフィニア。
そこへ向けて街道を歩いていく人影が一つ。
どこからどう見ても子供としか言えない、整った顔立ちの銀髪の少女。ただ、異様なのは背中に背負った巨大な斧である。明らかに少女の背丈よりも大きくひょっとすれば少女の体重と同じくらいの重さがあるのかもしれなかった。
一陣の風が、少女の真っ黒なスカートを翻して逃げていく。
「おい、あの子供…何だ?」
少し離れた木陰で、男は仲間たちにささやいた。全員が、小汚い服を着て顔や腕に傷跡のある、どう贔屓目に見ても育ちが良くて善人そうには見えない所謂ごろつきの類だ。彼らはやはりというべきか、追い剥ぎを生業としていた。獲物を待っていたところに、謎の子供が現れたのである。
「そんなのオレに解るかよ。いいじゃねえか、ほっとけば。どうせ子供だ、大した稼ぎにはならねえよ」
「いや、それは解らねえ。子供だが一人で旅をしている以上は路銀を持ってるだろ」
そう、確かに少女は一人で旅をしているようだった。まったくの無一文という筈はないだろう。仮にそうであったとしても、あれ位の美少女であれば女郎部屋に売り飛ばせば結構な金になる。ここ何日かろくなものを供給されていない彼らの腹に、少しでも利益をもたらすであろう可能性は十分にあった。だが、背中の巨大な斧がやはり襲撃をためらわせる。
「それはそうだが、あんな物を背負って普通に歩ける子供だぞ?」
「ヘッ!」
ばかばかしい、といった風に一人の男が笑った。
「どうせあんなもの、こけおどしに決まってるぜ。もし本当に武器として使っててもオレらは3人、向こうは子供一人じゃねえか。あんなでかいもんでこっちの動きについてこれるわけがねえよ」
「…そんならやっちまうか。早くしねえと、ソフィニアの入り口まで行かれたら面倒だ」
男たちは腰に提げた鞘から短剣を抜き出して、一斉に少女めがけて詰め寄った。騒々しい足音に、もくもくと砂煙が上がる。たちまち少女は行く手を阻まれた。
「身ぐるみ置いてきな、嬢ちゃん」
追い剥ぎの定番せりふである。普通の少女であれば、真っ青になってすぐさま持ち物を差し出す筈だった。
だが、少女は黙ったまま佇んでいる。
「耳でも悪いのか?嬢ちゃん。身ぐるみ全部置いてきな」
やはり動かない。
「こりゃ頭が足りねえんじゃねえのか?出さなきゃどんな目にあうか解らねえんだろ」
「それじゃしょうがねえな。オレらが剥いでやるしかねえ。安心しな、あんたみてえな別嬪の嬢ちゃんは殺しゃしねえよ」
その言葉を合図としたかのように、男たちは少女の真っ黒な服に手をかけた。否、かけようとした。
少女の姿は既に手を伸ばした先にはなかった。代わりに、少し離れた場所に斧を持った彼女が佇んでいる。彼女ははじめて口を開いた。
「…殺してしまいます。逃げてください」
見た目どおりの幼い声に、そぐわぬ不穏な内容。だが、男たちは彼女の言葉には従わなかった。
「なぁにが逃げてくださいだッ!殺せるもんなら殺してみやがれ!このガキが!」
一人の男が少女めがけて飛びかかる。と同時に彼女の持った斧が真一文字を描いた。
血しぶきをあげてごとり、と男の首が落ちる。
残りの二人の追い剥ぎは、みるみるうちに色を失った。がくがくと震えながら落ちた首を見つめている。怒りに任せ彼女に飛びかかったときのままの形相で、首は地面に転がっていた。
「ば…バケモノ…」
こんな小さな少女に、あの斧をまるで羽などの重さしかないかのように軽々と扱う力などない。
ならば考えられることは一つ、この少女が化け物であるという結論。
「そう…わたしは化け物です」
銀色の髪と真っ黒なワンピースが風に広がる。紫色の瞳が静かに閉じた。
「…あなた方には、わたしを殺せないのですね…」
少女は、名をジュヴィア・ニグデクトと言った。
ジュヴィアは一軒の宿の前に立っていた。安そうなその宿は、酒場も兼ねている様だった。扉を開けずとも、中から喧騒が聞こえてくる。
―路銀に余裕がないわけではなかったが、出来る事なら無駄な金は使いたくはない。ここソフィニアなら、きっと母の施した「呪い」を解く方法が見つかる。その調査をスムーズにする為にも、所持金は残しておくに越したことはない。それに、彼女自身も安宿でも全く構いはしないのだ。
ジュヴィアは"消えゆく灯火"亭のドアを押し開けた。同時にがやがやと話し声の洪水に包まれた。入り口の近くに座っていた客の中には、この場に相応しいとは思えない少女の出現に驚いているものもいるようだが、彼女は気にも留めずカウンターへ向かった。酒場の主人が知り合いらしい吟遊詩人と親しげな会話をしている。吟遊詩人が立ち去るのを待って、彼女は主人に言った。
「…部屋を取りたいのですが」
彼女の申し出は酒場の主人を少なからず驚かせたようだった。
「何だい、嬢ちゃん。家出でもしたのかい?ここはあんたのような嬢ちゃんが来る所じゃあないよ」
「お金ならあります…それに、わたしは家出でもなんでもありません…冒険者です」
彼女はこれまでにも何度かこういう扱いをされたことがあった。どこから見てもただの少女にしか見えないジュヴィアを、普通の冒険者として扱ってくれる者は今迄に一人としていなかったのだ。
「お嬢ちゃん、冒険者ってのはね…」
酒場の主人がやれやれといった口調で話し始めた。世間知らずの女の子に説教を始めるという風に、カウンターからやっと出ているジュヴィアの顔に自分の視線を合わせた。
―どうやらジュヴィアに部屋を貸すつもりはないようだ。
彼女は話しつづける主人を遮って言ってみた。
「お願いします、泊めてください」
だが、主人は首を横に振った。
「あんたみたいな小さなお嬢ちゃんが、一人でこんなとこに泊まるなんて良くないよ」
「でも」
―――ガタン!
二人の会話は何かが倒れる音で遮られた。見ると、栗色の髪をした冒険家風の青年が椅子を蹴倒したようだった。ひどく驚いたような顔をしている。
―何があったのか。
思わず、ジュヴィアは口に出していた。普段なら決して関わらないのだが―
「…どうか…なさいましたか?」
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