PC:ギゼー (リング)
NPC:メデッタ 真実の鍵
場所:白の遺跡
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
「な!? だめだっ! 罠だ! メデッタさん、あぶな――」
ギゼーの発した声はメデッタには届かず、空しく虚空に消えた。
ギゼーが二つ目に開けた扉は、奇しくもメデッタと影の男との精神戦の最中
[さなか]だった。
ギゼーが扉を開けた時、メデッタはリングに扮した影の男に誘惑されてい
た。影の男が偽装したリングは、艶やかでどこか生々しい色っぽさを醸し出し
ていた。実物よりも、姿態も良く、色気も上回っているように思える。
ギゼーもリングのその艶めかしい姿態を目の当たりにし、そそられるものが
あったが、「あれはリングじゃない。リングの姿を模した影の男だ。影の男な
んだ」と自分自身に言い聞かせ何とか自分を持ち直すことに必死だった。
(あんなの、リングちゃんじゃない)
心に思っても、口に出せないでいるギゼー。例え出せたとしてもメデッタに
は聞こえないが。
そのリングもどきは身体[からだ]を淫らにくねらせると、メデッタを殊更に
誘惑しようとさらに艶然とした姿態でメデッタの方に近付いて行く。メデッタ
の手が、腕が、肩が、小刻みに震えているのを見逃すギゼーでは無かった。
(……? メデッタさん、何かを堪えている……?)
その、堪えているものが何なのか、ギゼーには薄々解った。解るような気が
した。
だが、メデッタが何かを堪えていられた時間はそう長くは無かった。
何かがぶち切れるそんな音を、ギゼーは聞いた気がした。
そして――。
◇ ◆ ◇
扉は閉められた。
「ここは違うヨ。真実の扉はココじゃナイ」
真実の鍵はそう言って、扉を閉めたのだった。
そう、そこは真実の扉じゃない。ギゼーだとて解っていた筈だ。そこは、現
実と心理が交差した場所なのだ。その扉の先にあったものは、影の男の幻惑に
彩られていた。例え、現実世界で起こっている事実だったとしても、その扉は
真実の扉とは違うものだと解った。
(今この時にも闘っているメデッタさんの為にも、早く真実の扉を見つけなき
ゃ)
自分の事を信じ、此処まで着いて来てくれた仲間の為にも。新たなる決意を
表すかの如く、自然とギゼーの右手は固く握られていた。
「さあ! 真実の扉はどこかな?」
少し声が上擦っているのは、動揺しているからだ。その動揺を隠すように、
ギゼーは強がって見せる。そんな事、真実の鍵の前では無意味だと言うのに。
石畳の上を歩き出したギゼーは、しかし目の前の扉には手を掛けなかった。
そこが真実の扉じゃないと解っているから。
「もっと奥に入った所かな?」
白々しく言って、石造りの階段に足を掛ける。古びた感はあるが、石造りな
だけあって錆びてもいないし腐ってもいない。一歩一歩上るにつれて砂が、小
石が、パラパラと下に落ちていくだけである。この迷宮に下という方向がある
かどうかは不明だが。
そこかしこに扉はあった。上にもあるし、左右にもあった。ギゼーが上って
いる階段の真下に位置する地面にも、扉は存在した。
だが、それらが全て真実の扉では無い事は、明白だった。
「ここでもない」とか「ここも違う」とか呟きながら、ギゼーは黄土色に彩
られた空間を延々と上って行く。
階段を上り詰めると、目の前に扉があった。
ギゼーは何の疑いも無く、それを無造作に開け放った。扉の先には回廊が続
いていた。左右に、幾何学模様の彫り込まれた木製の扉が無数に、等間隔に並
んでいる。それらは全て深緑色だった。
深緑色の扉群と黄土色の通路がただ延々と続く中、ギゼーはひたすら真っ直
ぐに歩いていく。左右に居並ぶ扉達には目もくれず、ただただ真っ直ぐに。
やがて、直角に交差する左右に伸びた通路が見えて来た。今まで来た通路は
更に真っ直ぐに伸びている。
十字路に差し掛かった所でギゼーは、ふと足を止めた。左右に伸びる通路に
も、そして前後に走る通路にも、等しく深緑色の扉が並んでいる。まるで、ギ
ゼーを待ち構えているが如く。
ギゼーは暫しの間考えると、徐に左へと進路をとった。
「おいおい。ちょっと、ちょっと。もっと良く考えてから行動した方が、良い
んじゃないかネ」
真実の鍵が焦って制止の声を上げる。その制止の声も聞かずに、ギゼーは左
の道を突き進む。
「最後に頼りになるのは、度胸と勘だ」
そう、力強く呟きながら――。
◇ ◆ ◇
ギゼーは一つの扉を前にしていた。
それは他の扉とは明らかに色が違う扉だった。
他の深緑色の扉とは違って、それは深紅色をしていた。まるで、何か大切な
ものが仕舞い込まれているが如くそれはギゼーの目前に立ちはだかっていた。
ギゼーは徐に、扉に手を掛け真実の鍵を鍵穴に差し込んだ。そして、そのま
ま重心を掛けていった。前へ、扉の奥へと――。
そこにはクロースが居た。
クロースが井戸端に腰掛け、歌を歌っていた。以前“子守唄”だとクロース
自身が言っていたあの歌である。
歌を歌っているクロースは、ギゼーの知っている年齢よりも成長していて、
美しく育っていた。銀色に霞む長髪は風になびいて、揺れている。どこと無く
翳りのある白磁の顔は上に向けられていて、丁度白んできた空を眺める格好に
なっている。ギゼーの居る辺りからは後ろ向きになっているので、その表情を
事細かに観察する事は出来ないが、顔は見ずとも顔貌は想像出来る。クロース
が子供の頃の顔を、良く覚えているからだ。口唇が微かに動いていて、僅かに
聞き覚えのあるメロディーが耳につく。それは儚くも物悲しい恋歌のようだっ
た。
(……“子守唄”……ねぇ……)
どう考えても子守唄には似つかわしくないその歌を、ギゼーは只の子守唄で
はないような気がした。
(それにしても……俺の記憶が生み出した迷宮ねぇ……。さっきのメデッタさ
んの戦いにしろ、今度のクロースにしろ、どう考えても俺の記憶外の出来事に
しか思えないけどな……実際のところ、どうなんだ?)
ともかく奴に聞いてみる必要があるなと、ギゼーは顎に手をあてがいながら
考えていた。奴――真実の鍵に。
「ここも違う。真実の扉じゃない」と扉を閉めた矢先、ギゼーは徐に口を開
いた。何かを考える仕草をしながら。
「…………なぁ。真実の鍵さんよ。さっきの扉にしろ、今の扉にしろ、どう考
えても明らかに俺の記憶に無い扉なんだけど。さっきの扉――メデッタさんの
戦いなんて、今、現在行われていることだろう? それに、今の扉だって……
俺は、クロースとは5年前に村を出て以来会ってないからな。どういうことな
んだ? これって――」
真実の鍵は、含み笑いを漏らすと、胸を張り堂々とのたまった。胸があった
ら、の話だが。
「ある特定の条件下において、憶測は記憶を凌駕すル。記憶は経験から生じる
ものであり、性格は経験から発達するものであル。また、事実に基いた憶測
は、時として経験や性格を反映すル。……ソウイウことだよ。ギゼー君」
「……だ、誰の言葉だ……?」
ギゼーの疑問に、無視して話を進める真実の鍵。
「ツマリね、君の憶測がこの迷宮に反映しているって事だヨ、ギゼー君」
最終的には、ギゼーの疑問に答えてくれた真実の鍵だったが、しかし――。
まだ疑問が全て融解した訳ではなかった――。
NPC:メデッタ 真実の鍵
場所:白の遺跡
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「な!? だめだっ! 罠だ! メデッタさん、あぶな――」
ギゼーの発した声はメデッタには届かず、空しく虚空に消えた。
ギゼーが二つ目に開けた扉は、奇しくもメデッタと影の男との精神戦の最中
[さなか]だった。
ギゼーが扉を開けた時、メデッタはリングに扮した影の男に誘惑されてい
た。影の男が偽装したリングは、艶やかでどこか生々しい色っぽさを醸し出し
ていた。実物よりも、姿態も良く、色気も上回っているように思える。
ギゼーもリングのその艶めかしい姿態を目の当たりにし、そそられるものが
あったが、「あれはリングじゃない。リングの姿を模した影の男だ。影の男な
んだ」と自分自身に言い聞かせ何とか自分を持ち直すことに必死だった。
(あんなの、リングちゃんじゃない)
心に思っても、口に出せないでいるギゼー。例え出せたとしてもメデッタに
は聞こえないが。
そのリングもどきは身体[からだ]を淫らにくねらせると、メデッタを殊更に
誘惑しようとさらに艶然とした姿態でメデッタの方に近付いて行く。メデッタ
の手が、腕が、肩が、小刻みに震えているのを見逃すギゼーでは無かった。
(……? メデッタさん、何かを堪えている……?)
その、堪えているものが何なのか、ギゼーには薄々解った。解るような気が
した。
だが、メデッタが何かを堪えていられた時間はそう長くは無かった。
何かがぶち切れるそんな音を、ギゼーは聞いた気がした。
そして――。
◇ ◆ ◇
扉は閉められた。
「ここは違うヨ。真実の扉はココじゃナイ」
真実の鍵はそう言って、扉を閉めたのだった。
そう、そこは真実の扉じゃない。ギゼーだとて解っていた筈だ。そこは、現
実と心理が交差した場所なのだ。その扉の先にあったものは、影の男の幻惑に
彩られていた。例え、現実世界で起こっている事実だったとしても、その扉は
真実の扉とは違うものだと解った。
(今この時にも闘っているメデッタさんの為にも、早く真実の扉を見つけなき
ゃ)
自分の事を信じ、此処まで着いて来てくれた仲間の為にも。新たなる決意を
表すかの如く、自然とギゼーの右手は固く握られていた。
「さあ! 真実の扉はどこかな?」
少し声が上擦っているのは、動揺しているからだ。その動揺を隠すように、
ギゼーは強がって見せる。そんな事、真実の鍵の前では無意味だと言うのに。
石畳の上を歩き出したギゼーは、しかし目の前の扉には手を掛けなかった。
そこが真実の扉じゃないと解っているから。
「もっと奥に入った所かな?」
白々しく言って、石造りの階段に足を掛ける。古びた感はあるが、石造りな
だけあって錆びてもいないし腐ってもいない。一歩一歩上るにつれて砂が、小
石が、パラパラと下に落ちていくだけである。この迷宮に下という方向がある
かどうかは不明だが。
そこかしこに扉はあった。上にもあるし、左右にもあった。ギゼーが上って
いる階段の真下に位置する地面にも、扉は存在した。
だが、それらが全て真実の扉では無い事は、明白だった。
「ここでもない」とか「ここも違う」とか呟きながら、ギゼーは黄土色に彩
られた空間を延々と上って行く。
階段を上り詰めると、目の前に扉があった。
ギゼーは何の疑いも無く、それを無造作に開け放った。扉の先には回廊が続
いていた。左右に、幾何学模様の彫り込まれた木製の扉が無数に、等間隔に並
んでいる。それらは全て深緑色だった。
深緑色の扉群と黄土色の通路がただ延々と続く中、ギゼーはひたすら真っ直
ぐに歩いていく。左右に居並ぶ扉達には目もくれず、ただただ真っ直ぐに。
やがて、直角に交差する左右に伸びた通路が見えて来た。今まで来た通路は
更に真っ直ぐに伸びている。
十字路に差し掛かった所でギゼーは、ふと足を止めた。左右に伸びる通路に
も、そして前後に走る通路にも、等しく深緑色の扉が並んでいる。まるで、ギ
ゼーを待ち構えているが如く。
ギゼーは暫しの間考えると、徐に左へと進路をとった。
「おいおい。ちょっと、ちょっと。もっと良く考えてから行動した方が、良い
んじゃないかネ」
真実の鍵が焦って制止の声を上げる。その制止の声も聞かずに、ギゼーは左
の道を突き進む。
「最後に頼りになるのは、度胸と勘だ」
そう、力強く呟きながら――。
◇ ◆ ◇
ギゼーは一つの扉を前にしていた。
それは他の扉とは明らかに色が違う扉だった。
他の深緑色の扉とは違って、それは深紅色をしていた。まるで、何か大切な
ものが仕舞い込まれているが如くそれはギゼーの目前に立ちはだかっていた。
ギゼーは徐に、扉に手を掛け真実の鍵を鍵穴に差し込んだ。そして、そのま
ま重心を掛けていった。前へ、扉の奥へと――。
そこにはクロースが居た。
クロースが井戸端に腰掛け、歌を歌っていた。以前“子守唄”だとクロース
自身が言っていたあの歌である。
歌を歌っているクロースは、ギゼーの知っている年齢よりも成長していて、
美しく育っていた。銀色に霞む長髪は風になびいて、揺れている。どこと無く
翳りのある白磁の顔は上に向けられていて、丁度白んできた空を眺める格好に
なっている。ギゼーの居る辺りからは後ろ向きになっているので、その表情を
事細かに観察する事は出来ないが、顔は見ずとも顔貌は想像出来る。クロース
が子供の頃の顔を、良く覚えているからだ。口唇が微かに動いていて、僅かに
聞き覚えのあるメロディーが耳につく。それは儚くも物悲しい恋歌のようだっ
た。
(……“子守唄”……ねぇ……)
どう考えても子守唄には似つかわしくないその歌を、ギゼーは只の子守唄で
はないような気がした。
(それにしても……俺の記憶が生み出した迷宮ねぇ……。さっきのメデッタさ
んの戦いにしろ、今度のクロースにしろ、どう考えても俺の記憶外の出来事に
しか思えないけどな……実際のところ、どうなんだ?)
ともかく奴に聞いてみる必要があるなと、ギゼーは顎に手をあてがいながら
考えていた。奴――真実の鍵に。
「ここも違う。真実の扉じゃない」と扉を閉めた矢先、ギゼーは徐に口を開
いた。何かを考える仕草をしながら。
「…………なぁ。真実の鍵さんよ。さっきの扉にしろ、今の扉にしろ、どう考
えても明らかに俺の記憶に無い扉なんだけど。さっきの扉――メデッタさんの
戦いなんて、今、現在行われていることだろう? それに、今の扉だって……
俺は、クロースとは5年前に村を出て以来会ってないからな。どういうことな
んだ? これって――」
真実の鍵は、含み笑いを漏らすと、胸を張り堂々とのたまった。胸があった
ら、の話だが。
「ある特定の条件下において、憶測は記憶を凌駕すル。記憶は経験から生じる
ものであり、性格は経験から発達するものであル。また、事実に基いた憶測
は、時として経験や性格を反映すル。……ソウイウことだよ。ギゼー君」
「……だ、誰の言葉だ……?」
ギゼーの疑問に、無視して話を進める真実の鍵。
「ツマリね、君の憶測がこの迷宮に反映しているって事だヨ、ギゼー君」
最終的には、ギゼーの疑問に答えてくれた真実の鍵だったが、しかし――。
まだ疑問が全て融解した訳ではなかった――。
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