◆――――――――――――――――――――――――――――
人物 ジュヴィア、リング、ギゼー
場所 ソフィニア"消えゆく灯火"亭
NPC
◆――――――――――――――――――――――――――――
何もかも捨てるためなら何でもする、というのは矛盾していようか?
パン、と男は手を打った。
「解ったね?はい、じゃあ二人とも下に降りて行って良いよ」
今までの会話の流れで一体何が解るというのか。結局この男―――ギゼーと名乗っていたが―――は、自分が何故ジュヴィアを含蓄のある目で見ていたのかについて弁解をするでもなく、強引に部屋まで連れて来て、また強引に話を収束させようとしているようだ。
…怪しい。怪しすぎる。
だが、ジュヴィアには解っていた。何時ものことなのだから。
―――私は、化け物だから。
背中に背負った斧を――ずっと一緒に旅をして、片時も離したことのない戦友を少し疎ましく思うのはこんな時だった。
そんな彼女の感傷には全く気づいていないギゼーという男は、何でも良いからといった風に言った。
「俺たちはこれから、大事な話があるんだ」
彼は無理やりにでも部屋から追い出すべく、ジュヴィアともう一人の女性―リングといった筈だ―の背を押す。いや、背を押されたのはリングだけで、ジュヴィアは無意識のうちにその手から逃げていた。彼女の生来の男嫌いの産物である。
どの人も同じ。私は化け物で―そして、淫魔の血が流れているのだから―。
男に近寄ってはいけない。否、人に近寄ってはいけない。
ジュヴィアはいつもの結論を反芻した。
廊下にぽつねんと追い出されてしまったジュヴィアは、仕方なく階段を降りる事にした。この宿には泊まれそうもない。だが、ソフィニア中探せば、金さえあれば何も言わずに泊めるような宿もあることだろう。それを見つけるまでは野宿も致し方ない。
ふと、スカートが何かに引っかかっているのに気が付いた。見ると、謎の手が裾を引っ張っている。手の主は先ほどの女性、リングだった。知的な薫りのする黒い瞳が微笑んでいるように見えた。
「…何でしょうか」
彼女の言葉に、リングは驚いたようにため息をつくと、こう言った。
「何でしょうかって、あなたはお困りだったのではないんですか?この宿のご主人と揉めてらしたようですけど」
どうやらリングは先ほどの泊める泊めないの言い合いを見ていたようだ。
「…その通りですけれど、それが何か」
リングが、今度は心外だという風にため息をつく。
「こう言った場合、私のような者は手助けをするものだと本で読みました」
まるでジュヴィアが手助けを求めないのが不思議だといった風の口調である。本で読んだというのがちょっと引っかかったが、ジュヴィアは目を伏せて言った。
「私のような者には、関わらないのが道理です。手助けは要りませんから…」
だから、手を離してください、という彼女の言葉を待たずにリングが言った。
「そんなことはありません。ほら、言うでしょ?ええと…何でしたっけ。袖が何とか…するがどうとか…」
「袖擦り合うも他生の縁、ですか…?」
「そうそうそれです。だから、きっとこう知り合ったのも他生の縁というのです」
リングがにっこりと微笑む。だが、ジュヴィアには手助けを受ける気はない。
「でも」
「あ、そうだ!」
ぽん、とリングが手を打った。なぜかジュヴィアには彼女の頭上に裸電球の幻影が見えた気がした。
「あなたが手助けを受けたくないなら、私が手助けを受けましょう!」
…一体何のことか?
ジュヴィアが尋ねる必要はないようだった。リングが言葉を継ぐ。
「ですから、あなたが私に手助けされる代わりに、私があなたに手助けされるんです。私、ソフィニアでいろいろ調べものがあるんですけど、こんな大きな街に来るのは初めてで、どうしたら良いのか解らなくて。それで、あなたに手助けして欲しいんです」
ね?といった風にリングが会心の表情を浮かべる。
「あの…」
「これなら、あなたも私に手助けされることなく宿に泊まれるでしょう?」
ジュヴィアが言葉を選んでいるうちに、リングは彼女の手を取った。
「よろしくお願いします!」
――ようやく浮かんだ言葉を、ジュヴィアは口に出さなかった。ここまで言っているのだし、それにこちらが損をするわけでもないし、あえて異を唱える事もないだろう。
「…こちらこそ…よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。何年ぶりにした行動か、すぐには思い出せない。リングはニコニコしながら見ていたが、やがて階段のほうへと足を向けた。
「さて、そうと決まれば部屋を取らなければなりません」
「あ、待って下さい」
ジュヴィアの呼びとめに、リングは不思議そうな顔をして振り向いた。
「どうしました?」
「部屋を取ることはありません…この人を使いましょう」
ジュヴィアは今出てきたドアを手で示した。中ではきっと「大事な話」とやらが繰り広げられているのだろう。だが、構うことはない。
「ギゼーさんを使うって?どういうことですか?」
「…つまり…先ほどの視線は少女嗜好者のモノだった、おまけに部屋に連れ込まれたと当局に訴えるぞ、と脅せばよいのです…そうしたら多分相手は焦りますから…部屋を共同で使わせろ、と言えば部屋代を三折半…もう一人いましたから、四折半にすることができます」
すらすらと脅迫の計画を並べるジュヴィアに、リングが言う。
「でも…それって、悪いことじゃないのですか?」
「そんなことありません…私もあの人の目で傷つけられました…それに、邪念は無くとも部屋に連れ込まれたのは事実です。それを考えれば、私たちの申し出は、むしろ軽すぎるくらいです…」
「そうなんですか?」
リングにはまだ思うところがあったようだが、ジュヴィアは彼女をドアの前に連れて来た。
「さ、どうぞ…私は被害者本人だからいえませんので…」
ジュヴィアの促しに、リングは意を決したようにノブを回した。
人物 ジュヴィア、リング、ギゼー
場所 ソフィニア"消えゆく灯火"亭
NPC
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何もかも捨てるためなら何でもする、というのは矛盾していようか?
パン、と男は手を打った。
「解ったね?はい、じゃあ二人とも下に降りて行って良いよ」
今までの会話の流れで一体何が解るというのか。結局この男―――ギゼーと名乗っていたが―――は、自分が何故ジュヴィアを含蓄のある目で見ていたのかについて弁解をするでもなく、強引に部屋まで連れて来て、また強引に話を収束させようとしているようだ。
…怪しい。怪しすぎる。
だが、ジュヴィアには解っていた。何時ものことなのだから。
―――私は、化け物だから。
背中に背負った斧を――ずっと一緒に旅をして、片時も離したことのない戦友を少し疎ましく思うのはこんな時だった。
そんな彼女の感傷には全く気づいていないギゼーという男は、何でも良いからといった風に言った。
「俺たちはこれから、大事な話があるんだ」
彼は無理やりにでも部屋から追い出すべく、ジュヴィアともう一人の女性―リングといった筈だ―の背を押す。いや、背を押されたのはリングだけで、ジュヴィアは無意識のうちにその手から逃げていた。彼女の生来の男嫌いの産物である。
どの人も同じ。私は化け物で―そして、淫魔の血が流れているのだから―。
男に近寄ってはいけない。否、人に近寄ってはいけない。
ジュヴィアはいつもの結論を反芻した。
廊下にぽつねんと追い出されてしまったジュヴィアは、仕方なく階段を降りる事にした。この宿には泊まれそうもない。だが、ソフィニア中探せば、金さえあれば何も言わずに泊めるような宿もあることだろう。それを見つけるまでは野宿も致し方ない。
ふと、スカートが何かに引っかかっているのに気が付いた。見ると、謎の手が裾を引っ張っている。手の主は先ほどの女性、リングだった。知的な薫りのする黒い瞳が微笑んでいるように見えた。
「…何でしょうか」
彼女の言葉に、リングは驚いたようにため息をつくと、こう言った。
「何でしょうかって、あなたはお困りだったのではないんですか?この宿のご主人と揉めてらしたようですけど」
どうやらリングは先ほどの泊める泊めないの言い合いを見ていたようだ。
「…その通りですけれど、それが何か」
リングが、今度は心外だという風にため息をつく。
「こう言った場合、私のような者は手助けをするものだと本で読みました」
まるでジュヴィアが手助けを求めないのが不思議だといった風の口調である。本で読んだというのがちょっと引っかかったが、ジュヴィアは目を伏せて言った。
「私のような者には、関わらないのが道理です。手助けは要りませんから…」
だから、手を離してください、という彼女の言葉を待たずにリングが言った。
「そんなことはありません。ほら、言うでしょ?ええと…何でしたっけ。袖が何とか…するがどうとか…」
「袖擦り合うも他生の縁、ですか…?」
「そうそうそれです。だから、きっとこう知り合ったのも他生の縁というのです」
リングがにっこりと微笑む。だが、ジュヴィアには手助けを受ける気はない。
「でも」
「あ、そうだ!」
ぽん、とリングが手を打った。なぜかジュヴィアには彼女の頭上に裸電球の幻影が見えた気がした。
「あなたが手助けを受けたくないなら、私が手助けを受けましょう!」
…一体何のことか?
ジュヴィアが尋ねる必要はないようだった。リングが言葉を継ぐ。
「ですから、あなたが私に手助けされる代わりに、私があなたに手助けされるんです。私、ソフィニアでいろいろ調べものがあるんですけど、こんな大きな街に来るのは初めてで、どうしたら良いのか解らなくて。それで、あなたに手助けして欲しいんです」
ね?といった風にリングが会心の表情を浮かべる。
「あの…」
「これなら、あなたも私に手助けされることなく宿に泊まれるでしょう?」
ジュヴィアが言葉を選んでいるうちに、リングは彼女の手を取った。
「よろしくお願いします!」
――ようやく浮かんだ言葉を、ジュヴィアは口に出さなかった。ここまで言っているのだし、それにこちらが損をするわけでもないし、あえて異を唱える事もないだろう。
「…こちらこそ…よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。何年ぶりにした行動か、すぐには思い出せない。リングはニコニコしながら見ていたが、やがて階段のほうへと足を向けた。
「さて、そうと決まれば部屋を取らなければなりません」
「あ、待って下さい」
ジュヴィアの呼びとめに、リングは不思議そうな顔をして振り向いた。
「どうしました?」
「部屋を取ることはありません…この人を使いましょう」
ジュヴィアは今出てきたドアを手で示した。中ではきっと「大事な話」とやらが繰り広げられているのだろう。だが、構うことはない。
「ギゼーさんを使うって?どういうことですか?」
「…つまり…先ほどの視線は少女嗜好者のモノだった、おまけに部屋に連れ込まれたと当局に訴えるぞ、と脅せばよいのです…そうしたら多分相手は焦りますから…部屋を共同で使わせろ、と言えば部屋代を三折半…もう一人いましたから、四折半にすることができます」
すらすらと脅迫の計画を並べるジュヴィアに、リングが言う。
「でも…それって、悪いことじゃないのですか?」
「そんなことありません…私もあの人の目で傷つけられました…それに、邪念は無くとも部屋に連れ込まれたのは事実です。それを考えれば、私たちの申し出は、むしろ軽すぎるくらいです…」
「そうなんですか?」
リングにはまだ思うところがあったようだが、ジュヴィアは彼女をドアの前に連れて来た。
「さ、どうぞ…私は被害者本人だからいえませんので…」
ジュヴィアの促しに、リングは意を決したようにノブを回した。
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