PC:イカレ帽子屋、ウピエル
NPC:兵隊s、リーゼロッテ
場所:断崖の国コモンウェルズ "病院"~宿屋
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ウピエルはほとんど無意識に短剣を創り出し、切りかかってくる警備兵達をあしらい始めた。作り出したのは五指剣、チンクエディアと呼ばれる幅広を刀身を持つ短剣なのだが、装飾が通常のソレと大きく異なっていた。チンクエディアという短剣は鍔元から刃先に向かって三段階に分かれていてそれぞれに5本、3本、2本の溝が刻み込まれているのが特徴なのだが、そういう溝がまったくなく、銀色の刀身が輝いている。だから、正確に言えばそれは五指剣ではなく、ただの幅広い刀身を持つ短剣に過ぎない。
室内で取り回しの効き辛い長柄物は使わないという事くらいは考えているのか、襲い掛かってくる警備兵達は全員ショートソードとラウンドシールドと呼ばれる円形の盾で武装している。連携は常に左右正面の同時に三名。タイミングを合わせたりずらしたりしながらウピエルを狙ってそれぞれのショートソードが鈍色の線となり、幾何学模様の軌跡を残す。その全てを避け、あるいは弾きながら襲ってくる警備兵の腕を狙って刃を繰り出す。
腕――もっと言うと、筋肉の薄い関節部分、そこを通る腱を断ち切るのがウピエルの狙いだ。剣を繰り出し、腕が伸びきった所で悠々と腱をプツっと斬る。ショートソードよりもさらに短く、それだけ小回りが効く短剣の攻撃を攻撃を空ぶらせた直後の人間が避ける事なんてできはしない。次々と斬りかかる警備兵達が腱を切られて蹴り飛ばされ、あっというまに廊下の両隅に人山が築かれていく。ほんのすこし、余計な部分を切って付いた血が刀身に染み込み、赤く蝙蝠の模様を描き出す。肉眼ではよくみないと分からないくらいに浅く細く刀身に刻まれた溝に血が流れ込む事によって、蝙蝠の群が紅く浮かび上がるようになっているのだ。
この短剣はウピエルが鍛冶修行をしていた頃の末期に仲間と共同で創ったモノで、実物はウピエルの屋敷に保管してある。構造や装飾を手にとるように思い出せるこの短剣は、鉄器製造で創られる回数がもっとも多いモノの一つだ。
大体1分が経つと、鉄器製造で創った武器は消える。コレは全鉄製のショートソードサイズが目安の時間で、これよりもサイズが小さくなるほど時間は伸び、余計なものを追加すると時間は減る。
この短剣は短いが柄布などを使っているので、やはり1分くらい経つと消えてしまった。
生み出されては消えた武器が五本を数えると、最初の頃は短剣だったのが腱を狙って斬るのが面倒になったらしく、創り出される武器は打撃武器へと変わって行った。
今ウピエルがその手に握っているのは"微塵"と呼ばれる、三つの鎖付き鉄球を大きめの鉄の輪で一つに束ねている武器だ。本来は投擲して使うモノなのだが、やや変則的なヌンチャクとして使用しても十分に強力だ。遠心力を掛けられた鈍色の旋風はその範囲の中にあるものをことごとく弾き飛ばしていく。
結局、立ち塞がる全ての警備兵を殺さずに薙ぎ倒し、ウピエルと帽子屋は堂々と"病院"を後にしたのだった。
★☆◆◇†☆★◇◆
翌日、ウピエルは部屋のドアがノックされる音で目を覚ました。「おはようございます」という丁寧な挨拶と共にカーテンを閉め切った薄暗い部屋に入ってきたのは、彼にとってこの断崖の国における唯一の知り合いであるリーゼロッテだ。昨日と同じ装束に身を包み同じ鞄を提げている所を見ると、恐らくはまた広場に子供の面倒を見に行くところなのだろう。
「おはよう、何か俺様に用事か?」
少し呼吸が荒いリーゼロッテにこの部屋唯一の椅子と部屋においてあったお茶を勧め、ウピエルはベッドに腰掛けた。
言われるままに椅子に座ったリーゼロッテは深呼吸をして息を落ち着かせた。赤い頬といい荒い呼吸といいまるで走った後のような様子だが、そう言い切るには何故か違和感を覚える。ウピエルはその理由を探そうとして――息を整えたリーゼロッテが口を開いた。
「朝早くにごめんなさい。私がお勤めに出るのがいつもこの時間なので……」
「いや、むしろ早起きは三文の得っていうしな。起こしてくれてありがとよ」
「それならよかったのですけど……」
一応会話は成立しているが、リーゼロッテは目もぼうっとしていて意識もどこかうわのそらに見える。体調でも悪いのかと聞こうとして、ウピエルはようやく先ほどからの違和感の正体に気がつく。
突然、糸がプツンと切れたようにリーゼロッテの体から力がぬけ、テーブルに倒れこんだ。コップに入っていたお茶がこぼれたお茶がリズの腕に掛かり、ジュという音を立てて蒸発する。――なんてこった、間違いなく人間の体温じゃネェ。
彼女に何が起きているのか……考えるまでもない。昨日"病院"の奥で見た光景がウピエルの頭をよぎった。
体中の鳳凰の因子が活性化する事によって起きる発火現象。このまま体温が高まり続けるとそう時間を必要とせずにリズは炭素の塊へと成り果てるのだろう。むしろ、水が蒸発するような体温でもなお生存している今の状況が既に奇跡だ。
しかし、この世の中に奇跡などという都合のいいものはない。思いだせ、"病院"の子供達はけして炭にも灰にもなっていなかった。
自らの身を炎で焼き尽くす鳳凰なぞ存在しないというのなら。彼らの体が炎に屈しないと言うのなら。
その血肉を引き継ぐ人間もまた、引き継いだ分だけ火に耐性を持つのではないか。
そして、その事実は残酷な現実を物語る。
完全にではなく、ある程度までの火や温度に耐える体を持った人間は、本来ならばとっくに死んでしまうような高温でも死ぬことはできず、完全ではなくある程度までしか耐えない体は最後には結局熱に屈服してしまう。ソレが意図されたものかどうかはわからないが、結果としてそれは神殺しをやってのけた人間の一族に与えられた呪いだ。
殺された鳳凰の無念が、永い時を越えて今リーゼロッテの体を焼いているのだ。
完全に意識を失ったリーゼロッテをベッドに寝かすと、ウピエルは氷を確保するべく厨房へ向かう。焼け石に水だろうが、とりあえず意識が戻ればそれでいい。
岩壁に宿らせた精霊で状況を見守る女王はすでに配下のモノをこちらへと向かわせているだろう。その前に、ウピエルはどうしてもリーゼロッテに聞くべき事があった。
無事氷を手に入れ、自室へと戻るウピエル。
そして、その扉の前にはイカレ帽子屋が待ち構えていた。
NPC:兵隊s、リーゼロッテ
場所:断崖の国コモンウェルズ "病院"~宿屋
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ウピエルはほとんど無意識に短剣を創り出し、切りかかってくる警備兵達をあしらい始めた。作り出したのは五指剣、チンクエディアと呼ばれる幅広を刀身を持つ短剣なのだが、装飾が通常のソレと大きく異なっていた。チンクエディアという短剣は鍔元から刃先に向かって三段階に分かれていてそれぞれに5本、3本、2本の溝が刻み込まれているのが特徴なのだが、そういう溝がまったくなく、銀色の刀身が輝いている。だから、正確に言えばそれは五指剣ではなく、ただの幅広い刀身を持つ短剣に過ぎない。
室内で取り回しの効き辛い長柄物は使わないという事くらいは考えているのか、襲い掛かってくる警備兵達は全員ショートソードとラウンドシールドと呼ばれる円形の盾で武装している。連携は常に左右正面の同時に三名。タイミングを合わせたりずらしたりしながらウピエルを狙ってそれぞれのショートソードが鈍色の線となり、幾何学模様の軌跡を残す。その全てを避け、あるいは弾きながら襲ってくる警備兵の腕を狙って刃を繰り出す。
腕――もっと言うと、筋肉の薄い関節部分、そこを通る腱を断ち切るのがウピエルの狙いだ。剣を繰り出し、腕が伸びきった所で悠々と腱をプツっと斬る。ショートソードよりもさらに短く、それだけ小回りが効く短剣の攻撃を攻撃を空ぶらせた直後の人間が避ける事なんてできはしない。次々と斬りかかる警備兵達が腱を切られて蹴り飛ばされ、あっというまに廊下の両隅に人山が築かれていく。ほんのすこし、余計な部分を切って付いた血が刀身に染み込み、赤く蝙蝠の模様を描き出す。肉眼ではよくみないと分からないくらいに浅く細く刀身に刻まれた溝に血が流れ込む事によって、蝙蝠の群が紅く浮かび上がるようになっているのだ。
この短剣はウピエルが鍛冶修行をしていた頃の末期に仲間と共同で創ったモノで、実物はウピエルの屋敷に保管してある。構造や装飾を手にとるように思い出せるこの短剣は、鉄器製造で創られる回数がもっとも多いモノの一つだ。
大体1分が経つと、鉄器製造で創った武器は消える。コレは全鉄製のショートソードサイズが目安の時間で、これよりもサイズが小さくなるほど時間は伸び、余計なものを追加すると時間は減る。
この短剣は短いが柄布などを使っているので、やはり1分くらい経つと消えてしまった。
生み出されては消えた武器が五本を数えると、最初の頃は短剣だったのが腱を狙って斬るのが面倒になったらしく、創り出される武器は打撃武器へと変わって行った。
今ウピエルがその手に握っているのは"微塵"と呼ばれる、三つの鎖付き鉄球を大きめの鉄の輪で一つに束ねている武器だ。本来は投擲して使うモノなのだが、やや変則的なヌンチャクとして使用しても十分に強力だ。遠心力を掛けられた鈍色の旋風はその範囲の中にあるものをことごとく弾き飛ばしていく。
結局、立ち塞がる全ての警備兵を殺さずに薙ぎ倒し、ウピエルと帽子屋は堂々と"病院"を後にしたのだった。
★☆◆◇†☆★◇◆
翌日、ウピエルは部屋のドアがノックされる音で目を覚ました。「おはようございます」という丁寧な挨拶と共にカーテンを閉め切った薄暗い部屋に入ってきたのは、彼にとってこの断崖の国における唯一の知り合いであるリーゼロッテだ。昨日と同じ装束に身を包み同じ鞄を提げている所を見ると、恐らくはまた広場に子供の面倒を見に行くところなのだろう。
「おはよう、何か俺様に用事か?」
少し呼吸が荒いリーゼロッテにこの部屋唯一の椅子と部屋においてあったお茶を勧め、ウピエルはベッドに腰掛けた。
言われるままに椅子に座ったリーゼロッテは深呼吸をして息を落ち着かせた。赤い頬といい荒い呼吸といいまるで走った後のような様子だが、そう言い切るには何故か違和感を覚える。ウピエルはその理由を探そうとして――息を整えたリーゼロッテが口を開いた。
「朝早くにごめんなさい。私がお勤めに出るのがいつもこの時間なので……」
「いや、むしろ早起きは三文の得っていうしな。起こしてくれてありがとよ」
「それならよかったのですけど……」
一応会話は成立しているが、リーゼロッテは目もぼうっとしていて意識もどこかうわのそらに見える。体調でも悪いのかと聞こうとして、ウピエルはようやく先ほどからの違和感の正体に気がつく。
突然、糸がプツンと切れたようにリーゼロッテの体から力がぬけ、テーブルに倒れこんだ。コップに入っていたお茶がこぼれたお茶がリズの腕に掛かり、ジュという音を立てて蒸発する。――なんてこった、間違いなく人間の体温じゃネェ。
彼女に何が起きているのか……考えるまでもない。昨日"病院"の奥で見た光景がウピエルの頭をよぎった。
体中の鳳凰の因子が活性化する事によって起きる発火現象。このまま体温が高まり続けるとそう時間を必要とせずにリズは炭素の塊へと成り果てるのだろう。むしろ、水が蒸発するような体温でもなお生存している今の状況が既に奇跡だ。
しかし、この世の中に奇跡などという都合のいいものはない。思いだせ、"病院"の子供達はけして炭にも灰にもなっていなかった。
自らの身を炎で焼き尽くす鳳凰なぞ存在しないというのなら。彼らの体が炎に屈しないと言うのなら。
その血肉を引き継ぐ人間もまた、引き継いだ分だけ火に耐性を持つのではないか。
そして、その事実は残酷な現実を物語る。
完全にではなく、ある程度までの火や温度に耐える体を持った人間は、本来ならばとっくに死んでしまうような高温でも死ぬことはできず、完全ではなくある程度までしか耐えない体は最後には結局熱に屈服してしまう。ソレが意図されたものかどうかはわからないが、結果としてそれは神殺しをやってのけた人間の一族に与えられた呪いだ。
殺された鳳凰の無念が、永い時を越えて今リーゼロッテの体を焼いているのだ。
完全に意識を失ったリーゼロッテをベッドに寝かすと、ウピエルは氷を確保するべく厨房へ向かう。焼け石に水だろうが、とりあえず意識が戻ればそれでいい。
岩壁に宿らせた精霊で状況を見守る女王はすでに配下のモノをこちらへと向かわせているだろう。その前に、ウピエルはどうしてもリーゼロッテに聞くべき事があった。
無事氷を手に入れ、自室へと戻るウピエル。
そして、その扉の前にはイカレ帽子屋が待ち構えていた。
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