キャスト:ジュリア
場所:ソフィニア
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友人曰く。或いは、良識のある人間曰く。
――“明らかに挙動不審な者には関わるな。”
至極尤もな見識だと思う。怪しい人とお付き合いすると、大抵においてロクな目に遭わない。遭ったという話も聞いたことはあるような気もするが……それは、例外中の例外だ。
最初に誰が言ったのかは知らないけど、それが誰であろうと関係ない。
誰もが同意し実践する。これほどまでにポピュラーな名言が他にあろうか。
ジュリアは半眼で男を見遣った。
この名言、問題なのは、遅かれ早かれ手遅れになってから思い出すという一点。
「――浪漫ってわかるかい? お姉さん。
浪漫。それは男の……いや違う。漢[ヲトコ]の生き様。
なんというか、たとえるなら空を駆けるひとすじの……」
「あのさ」
べらべらと喋り続ける男の話が、どうしようもなく危ない方向に向かっているのを感じ取って、それまで我慢していたジュリアは口を開いた。
「私は神ほど寛容じゃないよ」
「神さまの心の広さを知ってるのかいー?」
しばきたおしてしまおうか。
体格がいいとはお世辞には言えないとはいえ、相手はいちおう男。一撃で沈めるのは難しそうだ。
だったら、魔法で黙らせる?
それこそ却下だ。こんな人通りの多い場所で目立つことはしたくない。そして、犯罪者にもなりたくない。
「たとえば……お前が教会へ行って、いま私にしていたのと同じような調子で喋り倒したとしよう」
「たまに男みたいな喋り方するね、お姉さん」
明らかに相手の方が年上だ。
黙殺して、ジュリアは続けた。
「謎の落雷も、天井の剥離落下も、教会の倒壊もなしに、お前が無事に出てこられたら、神は寛容なんだろう」
「ふーん」
特別に皮肉めいた響きもない声で男は呟いて頷いた。
もしも、本当に納得したのだとしたら大物だ。
「私だったら天罰を下さずにいられないから」
「お姉さん、オレのこと嫌い?」
カンが鈍すぎるというわけでもないらしい。もう少し早く気づいてくれると常人並みなんだけど。
思うだけに留めておいて、口に出しはしなかった。
元々ジュリアは無口な方だ。必要以上に喋るのは、疲れるからあまり好きではない。もちろん、趣味の領域のこととなれば話は別であるが……
そんなことは関係なく、話をしていて楽しい相手ではないだろう。どう転んでも気が合うタイプではない。この男と仲良く談笑できるような人間(それ以外含)ともお近づきになりたくない。
さっきから自分の口数が多いような気がする。初対面の他人に対しては、に限定してではあるが。
溜息をつきかけてやめた。むかし誰かが「溜息の数だけ幸運が逃げる」と言っていた気がするから。
他人の言葉に踊らされながら日々を過ごすというのは悪くない。
「とにかく、そういうわけであの地図はとっても大切なものなのさー」
何が“そういうわけで”なのかよくわからなかったが、ジュリアは頷いておいた。これ以上ツッコミを入れても無駄だろう。ギルドにでも連れて行って、誰かにこの厄介物を押し付けてしまうのが最善だ。
タライ回しというよりは、バトンリレー。
「何の地図だか聞きたい? 聞きたいよね?」
「さっき、宝の地図って聞いたから、二度目はイラナイ」
「ノリ悪いねお姉さん」
しばきたおしてしまおうか。再度その思いが脳裏を掠めた。あまりに魅力的な誘惑に耐えるため――この男が石畳に沈むのは歓迎だが、目撃者がいてはマズい――、ジュリアは通りの向こうに目をやった。
昼間は騒がしかったが、夜になれば人通りはそれなりにある。
急ぎの馬車がトップスピードでやってきて男をお空の星にしてくれないかと物騒なことを考えかけながら歩を進める。隣でまた何か喚いているようだったが意図してすべて聞き流す。
すぐにギルドの建物が見えてきた。
これでようやく、この男とサヨナラすることができる。そう気を緩めたその一瞬、世界から乖離させていた鬱陶しいお喋りが甦り。
「――その遺跡には魔剣があるのさ」
「……なに?」
あまりに突拍子のない一言に思わず問い返す。即座に後悔したが、表情に出すことなくジュリアは男を見上げた。緑の双眸が見下ろしてくる。
自分の身長がこの男よりも低いということに意味のない苛立ちを覚えた。男の軽薄な声が自分のよりも低いということにも。
両方とも、当たり前であるのはわかっているが。
別に見下ろしたいわけではないし、ドスの利いた声で喋りたいわけでもない。ただ、男の存在そのものを気分よく思っていないからだろう。
「やっと反応したね」
ニヤリと、いたずらに成功した悪ガキのように男が笑った。
「昔の魔法使いが作った、恐ろしい魔剣があるのさ。
無理だと思うけどいちおう言ってみよう。聞いて驚け。さあ驚け」
「……私を無感動だと思っている?」
どうもさっきから会話が噛み合わない。噛み合わせたくないから意図的にズラしている分を差し引いても。
「なんと!
いちど手にすると、ことあるごとにチャーハンを作りたくなる呪いのナイフ!」
「さよなら」
「ちょ、ちょっと待とう! 氷水が氷になったみたいにならなくてもー」
即座に踵を返すが、よくわからないことを言いながら男は追いすがってきた。
ジュリアは毒虫でも見るような目で相手を捉えて……捕えて、
「何、そのくだらないもの」
場所:ソフィニア
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友人曰く。或いは、良識のある人間曰く。
――“明らかに挙動不審な者には関わるな。”
至極尤もな見識だと思う。怪しい人とお付き合いすると、大抵においてロクな目に遭わない。遭ったという話も聞いたことはあるような気もするが……それは、例外中の例外だ。
最初に誰が言ったのかは知らないけど、それが誰であろうと関係ない。
誰もが同意し実践する。これほどまでにポピュラーな名言が他にあろうか。
ジュリアは半眼で男を見遣った。
この名言、問題なのは、遅かれ早かれ手遅れになってから思い出すという一点。
「――浪漫ってわかるかい? お姉さん。
浪漫。それは男の……いや違う。漢[ヲトコ]の生き様。
なんというか、たとえるなら空を駆けるひとすじの……」
「あのさ」
べらべらと喋り続ける男の話が、どうしようもなく危ない方向に向かっているのを感じ取って、それまで我慢していたジュリアは口を開いた。
「私は神ほど寛容じゃないよ」
「神さまの心の広さを知ってるのかいー?」
しばきたおしてしまおうか。
体格がいいとはお世辞には言えないとはいえ、相手はいちおう男。一撃で沈めるのは難しそうだ。
だったら、魔法で黙らせる?
それこそ却下だ。こんな人通りの多い場所で目立つことはしたくない。そして、犯罪者にもなりたくない。
「たとえば……お前が教会へ行って、いま私にしていたのと同じような調子で喋り倒したとしよう」
「たまに男みたいな喋り方するね、お姉さん」
明らかに相手の方が年上だ。
黙殺して、ジュリアは続けた。
「謎の落雷も、天井の剥離落下も、教会の倒壊もなしに、お前が無事に出てこられたら、神は寛容なんだろう」
「ふーん」
特別に皮肉めいた響きもない声で男は呟いて頷いた。
もしも、本当に納得したのだとしたら大物だ。
「私だったら天罰を下さずにいられないから」
「お姉さん、オレのこと嫌い?」
カンが鈍すぎるというわけでもないらしい。もう少し早く気づいてくれると常人並みなんだけど。
思うだけに留めておいて、口に出しはしなかった。
元々ジュリアは無口な方だ。必要以上に喋るのは、疲れるからあまり好きではない。もちろん、趣味の領域のこととなれば話は別であるが……
そんなことは関係なく、話をしていて楽しい相手ではないだろう。どう転んでも気が合うタイプではない。この男と仲良く談笑できるような人間(それ以外含)ともお近づきになりたくない。
さっきから自分の口数が多いような気がする。初対面の他人に対しては、に限定してではあるが。
溜息をつきかけてやめた。むかし誰かが「溜息の数だけ幸運が逃げる」と言っていた気がするから。
他人の言葉に踊らされながら日々を過ごすというのは悪くない。
「とにかく、そういうわけであの地図はとっても大切なものなのさー」
何が“そういうわけで”なのかよくわからなかったが、ジュリアは頷いておいた。これ以上ツッコミを入れても無駄だろう。ギルドにでも連れて行って、誰かにこの厄介物を押し付けてしまうのが最善だ。
タライ回しというよりは、バトンリレー。
「何の地図だか聞きたい? 聞きたいよね?」
「さっき、宝の地図って聞いたから、二度目はイラナイ」
「ノリ悪いねお姉さん」
しばきたおしてしまおうか。再度その思いが脳裏を掠めた。あまりに魅力的な誘惑に耐えるため――この男が石畳に沈むのは歓迎だが、目撃者がいてはマズい――、ジュリアは通りの向こうに目をやった。
昼間は騒がしかったが、夜になれば人通りはそれなりにある。
急ぎの馬車がトップスピードでやってきて男をお空の星にしてくれないかと物騒なことを考えかけながら歩を進める。隣でまた何か喚いているようだったが意図してすべて聞き流す。
すぐにギルドの建物が見えてきた。
これでようやく、この男とサヨナラすることができる。そう気を緩めたその一瞬、世界から乖離させていた鬱陶しいお喋りが甦り。
「――その遺跡には魔剣があるのさ」
「……なに?」
あまりに突拍子のない一言に思わず問い返す。即座に後悔したが、表情に出すことなくジュリアは男を見上げた。緑の双眸が見下ろしてくる。
自分の身長がこの男よりも低いということに意味のない苛立ちを覚えた。男の軽薄な声が自分のよりも低いということにも。
両方とも、当たり前であるのはわかっているが。
別に見下ろしたいわけではないし、ドスの利いた声で喋りたいわけでもない。ただ、男の存在そのものを気分よく思っていないからだろう。
「やっと反応したね」
ニヤリと、いたずらに成功した悪ガキのように男が笑った。
「昔の魔法使いが作った、恐ろしい魔剣があるのさ。
無理だと思うけどいちおう言ってみよう。聞いて驚け。さあ驚け」
「……私を無感動だと思っている?」
どうもさっきから会話が噛み合わない。噛み合わせたくないから意図的にズラしている分を差し引いても。
「なんと!
いちど手にすると、ことあるごとにチャーハンを作りたくなる呪いのナイフ!」
「さよなら」
「ちょ、ちょっと待とう! 氷水が氷になったみたいにならなくてもー」
即座に踵を返すが、よくわからないことを言いながら男は追いすがってきた。
ジュリアは毒虫でも見るような目で相手を捉えて……捕えて、
「何、そのくだらないもの」
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