キャスト:イェルヒ
場所:ソフィニア
------------------------------------
自警団からの、夜間出歩き警戒令があるものの、ここは魔術国家ソフィニアの中心部。夕方を過ぎ、あたりが暗くなっても、……いつもよりは少々少ないとはいえ、人足は多いといえる状態である。人が多ければ営業する店も当然多い。
恐らく、正規の治安維持隊が、外出禁止令を出しても、出歩く奴は出歩く。所詮、「他人事」としか思えれないのだ。
そういう自分も、他人事としてしか捉えらえられないということを、イェルヒは重々承知している。
「しょうがないじゃないか。殺人者を恐れて餓死でもしろというのか」
大きめに切られたキャベツの野菜炒めをフォークで突き刺しながら、自分に対する弁護……というよりも、世間に対する皮肉に聞こえるのだが……をする。
月に1度。魔術学院の食堂が空かない日がある。それが今日であった。
そんな日は、少し遠出になるが、イェルヒはいつもこの酒場を利用する。席も、カウンターの隅っこから3番目といつも決めているほどだ。……時々、そこに座れない時は、不機嫌そうに食事をしている。
そこまでその店に拘る理由は明白。安いからである。そして、その酒場のメニューの中でも更に一番安い、野菜炒めセットを必ず頼む。
野菜炒めのエルフのお客。
店員が影でそう呼んでいることを、イェルヒは知らない。そして知ったところで、店を変えることは無いだろう。この店並みに安い場所は、片道1時間ほど歩かなければならないからだ。
イェルヒは、貧乏なのだ。基本的に。
もとより、小食な性質(タチ)である。というよりも、エルフという種族は、ルーツを辿れば森の民族だ。その生活は、農耕は少々はしていたもの、森の生態系を崩さないような狩猟採集が主であった。その民族性により、エルフは一般的に小食である。
そして、イェルヒは、その未だに古い生活様式を行っている森で九十数年を過ごした。だから、イェルヒも、野菜中心の小食であったので、別にこの生活は苦にならなかった。
一度、同級生から聞いた大食家の「肉食エルフ」の噂を聞いたとき、イェルヒは即座に否定した。都市伝説だとしても、あまりに稚拙すぎる「おはなし」ではないか。
味付けのやけに濃いキャベツ炒めを味わいながら、昼に、事務員から渡された地図を取り出す。大量販売されている、市販の地図である。
赤丸印で示されている遺跡の場所は、ソフィニアの近くにある、知っている人ならばすぐにピンと来る遺跡である。近々、観光地化されると噂される場所なので、だいたいの大規模なモノは探索され尽くしており、このボランティアは、どうやら小物の取りこぼしチェックのようである。
その地図の右下には魔術学院の正式印が押されている。この判押しの地図が、身分証明書代わりとなり、ボランティアの遂行証明書の代わりとなる。
「これが最後の一枚ですからね。再発行はしませんから」と、あの事務員に念を押された。
大雑把なのか、それとも、厳密なのか。悩みどころのあるモノである、とイェルヒは思った。
野菜炒めが載せられているお皿を重石代わりにし、元の折り目に沿って4つお
りにし、地図を置いた。
外食時のイェルヒには、一つ、楽しみがあった。
アルコールである。
一杯だけ、いつも食後に注文する。(勿論、一番安い数種類の中から選ぶ)
今月は、甘い果実酒を選んだ。
その一番安い種類では、小さなグラスで出る。しかし、イェルヒにとって、それを啜(すす)る様に、チビチビ呑むだけで十分心地よく酔えるのであった。
そして、いつものように時間をかけ、舐めるように味わう。
途中、隣に座っている男が少し騒がしく探し物をしていた様子があり、少しだけ不機嫌になったものの、すぐにその男が席を立ったので、そんなには気にならなかった。
比較的満足し、席を立とうとしたとき、右手側に置いてあったはずの地図が無いことに気づいた。
皿を下げられたとき、落としたか、と思ったのだが、ありえなかった。そのときは、確かにテーブルの上にあったと、確認したのだ。
そう思いながらも、床下を確認する。
一枚の、4ツ折の紙切れが落ちており、安堵する。
幾分、汚れていたが、中身を確認する。先ほどと同じ場所が赤丸で印をされている。
しかし。
その地図の右下にあったはずの魔術学院の正式印が、無い。
その代わりに、右下部分の余白に、汚い字でこう書かれていた。
「男の浪漫、ここにあり」
酔いが、一気に醒めた。
場所:ソフィニア
------------------------------------
自警団からの、夜間出歩き警戒令があるものの、ここは魔術国家ソフィニアの中心部。夕方を過ぎ、あたりが暗くなっても、……いつもよりは少々少ないとはいえ、人足は多いといえる状態である。人が多ければ営業する店も当然多い。
恐らく、正規の治安維持隊が、外出禁止令を出しても、出歩く奴は出歩く。所詮、「他人事」としか思えれないのだ。
そういう自分も、他人事としてしか捉えらえられないということを、イェルヒは重々承知している。
「しょうがないじゃないか。殺人者を恐れて餓死でもしろというのか」
大きめに切られたキャベツの野菜炒めをフォークで突き刺しながら、自分に対する弁護……というよりも、世間に対する皮肉に聞こえるのだが……をする。
月に1度。魔術学院の食堂が空かない日がある。それが今日であった。
そんな日は、少し遠出になるが、イェルヒはいつもこの酒場を利用する。席も、カウンターの隅っこから3番目といつも決めているほどだ。……時々、そこに座れない時は、不機嫌そうに食事をしている。
そこまでその店に拘る理由は明白。安いからである。そして、その酒場のメニューの中でも更に一番安い、野菜炒めセットを必ず頼む。
野菜炒めのエルフのお客。
店員が影でそう呼んでいることを、イェルヒは知らない。そして知ったところで、店を変えることは無いだろう。この店並みに安い場所は、片道1時間ほど歩かなければならないからだ。
イェルヒは、貧乏なのだ。基本的に。
もとより、小食な性質(タチ)である。というよりも、エルフという種族は、ルーツを辿れば森の民族だ。その生活は、農耕は少々はしていたもの、森の生態系を崩さないような狩猟採集が主であった。その民族性により、エルフは一般的に小食である。
そして、イェルヒは、その未だに古い生活様式を行っている森で九十数年を過ごした。だから、イェルヒも、野菜中心の小食であったので、別にこの生活は苦にならなかった。
一度、同級生から聞いた大食家の「肉食エルフ」の噂を聞いたとき、イェルヒは即座に否定した。都市伝説だとしても、あまりに稚拙すぎる「おはなし」ではないか。
味付けのやけに濃いキャベツ炒めを味わいながら、昼に、事務員から渡された地図を取り出す。大量販売されている、市販の地図である。
赤丸印で示されている遺跡の場所は、ソフィニアの近くにある、知っている人ならばすぐにピンと来る遺跡である。近々、観光地化されると噂される場所なので、だいたいの大規模なモノは探索され尽くしており、このボランティアは、どうやら小物の取りこぼしチェックのようである。
その地図の右下には魔術学院の正式印が押されている。この判押しの地図が、身分証明書代わりとなり、ボランティアの遂行証明書の代わりとなる。
「これが最後の一枚ですからね。再発行はしませんから」と、あの事務員に念を押された。
大雑把なのか、それとも、厳密なのか。悩みどころのあるモノである、とイェルヒは思った。
野菜炒めが載せられているお皿を重石代わりにし、元の折り目に沿って4つお
りにし、地図を置いた。
外食時のイェルヒには、一つ、楽しみがあった。
アルコールである。
一杯だけ、いつも食後に注文する。(勿論、一番安い数種類の中から選ぶ)
今月は、甘い果実酒を選んだ。
その一番安い種類では、小さなグラスで出る。しかし、イェルヒにとって、それを啜(すす)る様に、チビチビ呑むだけで十分心地よく酔えるのであった。
そして、いつものように時間をかけ、舐めるように味わう。
途中、隣に座っている男が少し騒がしく探し物をしていた様子があり、少しだけ不機嫌になったものの、すぐにその男が席を立ったので、そんなには気にならなかった。
比較的満足し、席を立とうとしたとき、右手側に置いてあったはずの地図が無いことに気づいた。
皿を下げられたとき、落としたか、と思ったのだが、ありえなかった。そのときは、確かにテーブルの上にあったと、確認したのだ。
そう思いながらも、床下を確認する。
一枚の、4ツ折の紙切れが落ちており、安堵する。
幾分、汚れていたが、中身を確認する。先ほどと同じ場所が赤丸で印をされている。
しかし。
その地図の右下にあったはずの魔術学院の正式印が、無い。
その代わりに、右下部分の余白に、汚い字でこう書かれていた。
「男の浪漫、ここにあり」
酔いが、一気に醒めた。
PR
トラックバック
トラックバックURL: