キャスト:ジュリア
場所:ソフィニア
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悲鳴が聞こえて何事かと思った途端、走ってきたらしい誰かにぶつかった。
小さく声を上げて蹈鞴を踏む。文句でも言おうとして睨みかけたが、相手は既に走り去って、追いつくのは面倒なくらいに距離が開いてしまっていた。
「誰か! あいつを捕まえてくれ!」
さっきの悲鳴と同じ声に振り向く。周囲の人々も何事かと騒いでいたが、捕まえてほしい“あいつ”とやらは、彼らの隙間を縫うようにして逃げていく。
「…………」
物取りの類だろうと検討はついた。関わっても面白いことはなさそうだったが、振り向いたところで、石畳に無様に倒れて前方に手を伸ばした男と目が合ってしまったので、仕方がなく問い掛ける。
「……大丈夫?」
「大丈夫じゃないっ! あれを取り戻さないと!!」
「とりあえず起きないと邪魔かも」
“あれ”って何かと問うてしまえばずるずると巻き込まれてしまいそうな気がしたのでジュリアは敢えて少しズレた返答をしたが、男の方は意外と潔く「そうだったな」と立ち上がって、服についた汚れをパンパンと掌で叩いて払った。
「そういうわけであれを取り戻さないと!」
「頑張って」
「あれを取り戻さないと!!」
なんだろうこの人。私に手伝えといっているのだろか。
それにしては誠意が足りない。というかそれ以前だ。
助けを求めたわけではないが無表情に周囲を見渡すと、何事かと思って立ち止まっていた通行人たちは、さっと目を逸らして早足で通り過ぎていく。
「……なるほど。これは貧乏クジというやつ……」
「あ・れ・を! 取り戻さないとッ!!!」
うるさい黙れあっち行け、とでも言うのが普通の反応だろうか。少なくともアルバートならばそうするだろうと検討をつけながら、ジュリアは男に視線を戻した。
くたびれた、という形容詞が最初に思い浮かんだ。くたびれた男。
少なくともどこかに定住しているといった様子ではなくて、旅人か浮浪者か、そんな印象。四十代といわれれば信じるが、二十代の後半かも知れない。
大きな背負い鞄が大都市の小奇麗な通りの風景に浮いている。それを言い出せば、勘違いした冒険家のような服装も含めて、男そのものが周囲から妙に浮いている。
ジュリアは、男の、色だけは綺麗な緑色の双眸を見返して、はっきりと言い放った。
「うるさい黙れあっち行け」
「酷っ」
「なんでいきなり普通の反応するかな……」
「普通の反応したら話を聞いてもらえるかなって」
正しいといえば正しい判断だろう。
叩いて駄目なら押してみろ。不審者の相手をするつもりなど毛頭ないが、普通の人を無下に見捨てるのは寝覚めが悪い、そんな心理をついた戦術だろうか。
別に見捨てても心は痛まないけれど。
不審者でも一般市民でも、他人であることには変わりがないのだから。
「というわけで、あれを取り戻さないと」
「結局、そこに戻るんだ」
「他に言うことないし」
ご尤も。
それにしても「取り戻さないと」とさっきからしつこいワリには自分で追いかけようという必死さが伺えない。
「慌てなくていいの?」
問うと男は、どうも薄っぺらい仕草で肩を竦めた。
ハードボイルドと茹で過ぎの、嫌な意味で中間くらいかな。正直な感想は胸の中だけにしまっておくことにする。
しかも次の言葉は更に情けなかった。潔かったというべきか。
「どうせ追いつけないから」
「…………ああ、そう」
思わず、さっきの物取りが逃げていった方を見るが、それらしい人影も、痕跡も、勿論ありはしなかった。ところで周囲の人々が、こちらを避けて通っているように見えるのは気のせいか。
避けられるのはどうでもいいとして、しかし、目の前の男と同類だと思われるのは気分が悪い。即座にここを後にするにはどうすればいいだろう。
蹴り倒す、という選択肢は例によって友人の影響で思い浮かんだのだが、生憎と、それなりに――あくまでそれなりに――体格のいい彼とは違って、ジュリアには無理そうだった。
「というわけで取り戻すのを手伝ってくれそうな人がいるところに俺を案内してみよう」
「……素直に私に頼まないのが、なんか腹立つなぁ」
じゃあ頼まれたいのかと問われればノーに決まっている。
「できれば男の浪漫がわかる人がいいな。
お姉さんにはわからないだろうけど一応説明すると、さっき盗まれたのは、」
「聞きたくない!」
珍しく声を荒げてジュリアは耳を塞ごうとした。
その直前――まるで狙ったように刹那の隙に男が早口で言い切った。
「宝の地図なんだよね」
場所:ソフィニア
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悲鳴が聞こえて何事かと思った途端、走ってきたらしい誰かにぶつかった。
小さく声を上げて蹈鞴を踏む。文句でも言おうとして睨みかけたが、相手は既に走り去って、追いつくのは面倒なくらいに距離が開いてしまっていた。
「誰か! あいつを捕まえてくれ!」
さっきの悲鳴と同じ声に振り向く。周囲の人々も何事かと騒いでいたが、捕まえてほしい“あいつ”とやらは、彼らの隙間を縫うようにして逃げていく。
「…………」
物取りの類だろうと検討はついた。関わっても面白いことはなさそうだったが、振り向いたところで、石畳に無様に倒れて前方に手を伸ばした男と目が合ってしまったので、仕方がなく問い掛ける。
「……大丈夫?」
「大丈夫じゃないっ! あれを取り戻さないと!!」
「とりあえず起きないと邪魔かも」
“あれ”って何かと問うてしまえばずるずると巻き込まれてしまいそうな気がしたのでジュリアは敢えて少しズレた返答をしたが、男の方は意外と潔く「そうだったな」と立ち上がって、服についた汚れをパンパンと掌で叩いて払った。
「そういうわけであれを取り戻さないと!」
「頑張って」
「あれを取り戻さないと!!」
なんだろうこの人。私に手伝えといっているのだろか。
それにしては誠意が足りない。というかそれ以前だ。
助けを求めたわけではないが無表情に周囲を見渡すと、何事かと思って立ち止まっていた通行人たちは、さっと目を逸らして早足で通り過ぎていく。
「……なるほど。これは貧乏クジというやつ……」
「あ・れ・を! 取り戻さないとッ!!!」
うるさい黙れあっち行け、とでも言うのが普通の反応だろうか。少なくともアルバートならばそうするだろうと検討をつけながら、ジュリアは男に視線を戻した。
くたびれた、という形容詞が最初に思い浮かんだ。くたびれた男。
少なくともどこかに定住しているといった様子ではなくて、旅人か浮浪者か、そんな印象。四十代といわれれば信じるが、二十代の後半かも知れない。
大きな背負い鞄が大都市の小奇麗な通りの風景に浮いている。それを言い出せば、勘違いした冒険家のような服装も含めて、男そのものが周囲から妙に浮いている。
ジュリアは、男の、色だけは綺麗な緑色の双眸を見返して、はっきりと言い放った。
「うるさい黙れあっち行け」
「酷っ」
「なんでいきなり普通の反応するかな……」
「普通の反応したら話を聞いてもらえるかなって」
正しいといえば正しい判断だろう。
叩いて駄目なら押してみろ。不審者の相手をするつもりなど毛頭ないが、普通の人を無下に見捨てるのは寝覚めが悪い、そんな心理をついた戦術だろうか。
別に見捨てても心は痛まないけれど。
不審者でも一般市民でも、他人であることには変わりがないのだから。
「というわけで、あれを取り戻さないと」
「結局、そこに戻るんだ」
「他に言うことないし」
ご尤も。
それにしても「取り戻さないと」とさっきからしつこいワリには自分で追いかけようという必死さが伺えない。
「慌てなくていいの?」
問うと男は、どうも薄っぺらい仕草で肩を竦めた。
ハードボイルドと茹で過ぎの、嫌な意味で中間くらいかな。正直な感想は胸の中だけにしまっておくことにする。
しかも次の言葉は更に情けなかった。潔かったというべきか。
「どうせ追いつけないから」
「…………ああ、そう」
思わず、さっきの物取りが逃げていった方を見るが、それらしい人影も、痕跡も、勿論ありはしなかった。ところで周囲の人々が、こちらを避けて通っているように見えるのは気のせいか。
避けられるのはどうでもいいとして、しかし、目の前の男と同類だと思われるのは気分が悪い。即座にここを後にするにはどうすればいいだろう。
蹴り倒す、という選択肢は例によって友人の影響で思い浮かんだのだが、生憎と、それなりに――あくまでそれなりに――体格のいい彼とは違って、ジュリアには無理そうだった。
「というわけで取り戻すのを手伝ってくれそうな人がいるところに俺を案内してみよう」
「……素直に私に頼まないのが、なんか腹立つなぁ」
じゃあ頼まれたいのかと問われればノーに決まっている。
「できれば男の浪漫がわかる人がいいな。
お姉さんにはわからないだろうけど一応説明すると、さっき盗まれたのは、」
「聞きたくない!」
珍しく声を荒げてジュリアは耳を塞ごうとした。
その直前――まるで狙ったように刹那の隙に男が早口で言い切った。
「宝の地図なんだよね」
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