キャスト:ジュリア イェルヒ
場所:魔法都市ソフィニア -公園
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落ちたパラソルが、風に吹かれて転がった。
崩れ落ちたベニ夫人。彼女を見下ろすチャーハン大王とクラークの目は痛々しい。
「知っていました――知っていましたわ!」
号泣のためにひきつって、喉が裂けるのではないかと思うような悲痛な声だ。
ベニ夫人は嗚咽を噛み殺そうと唇をきつく閉ざしたが、無駄な努力でしかなかった。肩が細かく震え、とまらない。それでも彼女は言葉にならない言葉を紡ごうと、必死に口を開く。
「紅生姜は…薬味です! だけどっ、だけど、だからといって……諦める、のは!
試しもしないで諦めるなんて……! できない、できなかったの。お兄様はわかってくださらない……」
「ベニー……」
「だからアタクシは家を出たわ!」
叫び声は高く谺した。
散りかけていた人々の興味を引き、また人だかりができ始める。
「伝説のチャーハンソード……その力さえあれば、紅生姜に合う、アタクシが追い求め続けた究極のチャーハンが、実現すると思ったのに」
ベニ夫人はキッと顔を上げた。涙に濡れた瞳はもう泣いていなかった。
睨んでいるのはクラーク。しかしその目は彼を通り越して、運命を呪っているようにも見えた。クラークが初めてうろたえる。
「すまない……ベニー」
「あなた……約束してくれたじゃない! 必ずチャーハンソードを手に入れて、アタクシのために、紅生姜に合うチャーハンを作ってくださると!」
一瞬の沈黙。
そして。
絶叫が空気を凍らせ、砕いた。
「――――あの約束は嘘だったのねッ!?」
「さっさと世界が滅びればいいのに」
ジュリアは至極真面目に言った。今日だけで何度そう思ったかわからない。
もう、こいつら消えてくれとかそういう問題ではなくて、こいつらを生み出した土台そのものに問題がありすぎる気がする。チャーハンがそこそこおいしかったからと言って、それはまた別問題だ。
「滅びればいいのに」
と、声が聞こえて自分の真横を見ると、いつの間にかエルフが立っていた。
たぶん、チャーハンファミリーが盛り上がっている間に、こそこそと移動してきたのだろう。彼は恨みがましくジュリアを見た後、またおなじことを小声で呟いた。
なんだかおなじくらい絶望しているようなので、聞いてみる。
「どうしようこいつら」
「ソフィニアの黒歴史がまた一つ、だな」
「隠蔽は?」
「俺はこの場から俺を隠蔽したい」
「…それが一番手っ取り早いか」
互いに頷く。
今なら逃げられる――むしろ今しかない、と。
エルフの方からしたらさっきの時点で逃げられたはずなのにどうして今俺はここにいるんだろうとかそういう心境だろうが、そんなのは知ったことではない。
一人で幸せになるのが許せなかっただけだ。巻き添えは多い方がいい。
ついでに逃走の供も多い方がいい。
いざとなったら蹴倒して生贄にできるから。
大丈夫、遺跡の奥でも逃げきれた。だから今回もきっと。
ゆっくりと体勢を低くして、クラウチングスタートで走り出す――その正に一瞬前に、チャーハンファミリーが一斉に振り向いてきた。あまりの不気味さに体が硬直する。その時点で負けだった。
「そういうわけで君たち!」
憎たらしいほど清々しく言ったのはクラークだ。
どういうわけだかさっぱりわからない。この馬鹿に関してはいつものことだが。
「今この場で、オレはベニーに愛の証を見せることになった!」
「素敵よクラーク!
ついに挑んでくれるのね。アタクシの夢、紅生姜チャーハンに」
フフフ☆ と夢見る瞳でベニ夫人はクラークを見上げた。
少し離れたところで、チャーハン大魔王が二人の様子をじっと見ている。慈愛に溢れた目で、彼が説得されて折れたのだと知った。ずっともめててくれればよかったのに。
クラークは、ジュリアとエルフの二人にズビシと指を――包丁ごと突きつけて片目をつぶった。殴りたいことこの上ない仕草にまで爽やかさを感じさせるところは、さすがといえばさすがだ。でもやっぱり殴りたい。
「見ていてくれ、オレが妻の願いを叶えられるかどうか!
チャーハン大魔王の称号を受け継ぐことができるかどうか!!」
ぶっちゃけどうでもいい。
でもそれを言ってもまったく相手にされないことは確信できた。
クラークが包丁を振りかざすと、その刃を追って炎がうず巻いた。野次馬がどよめく。それに背を押されたのか、クラークの表情に、今まで以上の自信がみなぎった。今ならできる、究極のチャーハンを、この世に生み出すことが!
応えるように、黙したままだったチャーハン大王が進み出た。
湧きあがる歓声の中、伝説を生み出そうとする男達は向かい合い――
なんだかよくわからないまま、騒ぎは夜半過ぎまで続いた。
世界なんか滅べばいいのに。
場所:魔法都市ソフィニア -公園
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落ちたパラソルが、風に吹かれて転がった。
崩れ落ちたベニ夫人。彼女を見下ろすチャーハン大王とクラークの目は痛々しい。
「知っていました――知っていましたわ!」
号泣のためにひきつって、喉が裂けるのではないかと思うような悲痛な声だ。
ベニ夫人は嗚咽を噛み殺そうと唇をきつく閉ざしたが、無駄な努力でしかなかった。肩が細かく震え、とまらない。それでも彼女は言葉にならない言葉を紡ごうと、必死に口を開く。
「紅生姜は…薬味です! だけどっ、だけど、だからといって……諦める、のは!
試しもしないで諦めるなんて……! できない、できなかったの。お兄様はわかってくださらない……」
「ベニー……」
「だからアタクシは家を出たわ!」
叫び声は高く谺した。
散りかけていた人々の興味を引き、また人だかりができ始める。
「伝説のチャーハンソード……その力さえあれば、紅生姜に合う、アタクシが追い求め続けた究極のチャーハンが、実現すると思ったのに」
ベニ夫人はキッと顔を上げた。涙に濡れた瞳はもう泣いていなかった。
睨んでいるのはクラーク。しかしその目は彼を通り越して、運命を呪っているようにも見えた。クラークが初めてうろたえる。
「すまない……ベニー」
「あなた……約束してくれたじゃない! 必ずチャーハンソードを手に入れて、アタクシのために、紅生姜に合うチャーハンを作ってくださると!」
一瞬の沈黙。
そして。
絶叫が空気を凍らせ、砕いた。
「――――あの約束は嘘だったのねッ!?」
「さっさと世界が滅びればいいのに」
ジュリアは至極真面目に言った。今日だけで何度そう思ったかわからない。
もう、こいつら消えてくれとかそういう問題ではなくて、こいつらを生み出した土台そのものに問題がありすぎる気がする。チャーハンがそこそこおいしかったからと言って、それはまた別問題だ。
「滅びればいいのに」
と、声が聞こえて自分の真横を見ると、いつの間にかエルフが立っていた。
たぶん、チャーハンファミリーが盛り上がっている間に、こそこそと移動してきたのだろう。彼は恨みがましくジュリアを見た後、またおなじことを小声で呟いた。
なんだかおなじくらい絶望しているようなので、聞いてみる。
「どうしようこいつら」
「ソフィニアの黒歴史がまた一つ、だな」
「隠蔽は?」
「俺はこの場から俺を隠蔽したい」
「…それが一番手っ取り早いか」
互いに頷く。
今なら逃げられる――むしろ今しかない、と。
エルフの方からしたらさっきの時点で逃げられたはずなのにどうして今俺はここにいるんだろうとかそういう心境だろうが、そんなのは知ったことではない。
一人で幸せになるのが許せなかっただけだ。巻き添えは多い方がいい。
ついでに逃走の供も多い方がいい。
いざとなったら蹴倒して生贄にできるから。
大丈夫、遺跡の奥でも逃げきれた。だから今回もきっと。
ゆっくりと体勢を低くして、クラウチングスタートで走り出す――その正に一瞬前に、チャーハンファミリーが一斉に振り向いてきた。あまりの不気味さに体が硬直する。その時点で負けだった。
「そういうわけで君たち!」
憎たらしいほど清々しく言ったのはクラークだ。
どういうわけだかさっぱりわからない。この馬鹿に関してはいつものことだが。
「今この場で、オレはベニーに愛の証を見せることになった!」
「素敵よクラーク!
ついに挑んでくれるのね。アタクシの夢、紅生姜チャーハンに」
フフフ☆ と夢見る瞳でベニ夫人はクラークを見上げた。
少し離れたところで、チャーハン大魔王が二人の様子をじっと見ている。慈愛に溢れた目で、彼が説得されて折れたのだと知った。ずっともめててくれればよかったのに。
クラークは、ジュリアとエルフの二人にズビシと指を――包丁ごと突きつけて片目をつぶった。殴りたいことこの上ない仕草にまで爽やかさを感じさせるところは、さすがといえばさすがだ。でもやっぱり殴りたい。
「見ていてくれ、オレが妻の願いを叶えられるかどうか!
チャーハン大魔王の称号を受け継ぐことができるかどうか!!」
ぶっちゃけどうでもいい。
でもそれを言ってもまったく相手にされないことは確信できた。
クラークが包丁を振りかざすと、その刃を追って炎がうず巻いた。野次馬がどよめく。それに背を押されたのか、クラークの表情に、今まで以上の自信がみなぎった。今ならできる、究極のチャーハンを、この世に生み出すことが!
応えるように、黙したままだったチャーハン大王が進み出た。
湧きあがる歓声の中、伝説を生み出そうとする男達は向かい合い――
なんだかよくわからないまま、騒ぎは夜半過ぎまで続いた。
世界なんか滅べばいいのに。
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