キャスト:ジュリア イェルヒ
場所:魔法都市ソフィニア -公園
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何の脈絡もなく茨が燃え上がり、灰になって風に溶けた。
「魔剣が目覚めたぞ!」
と叫んだのは、誰だったかよくわからないが、なんとなく、チャーハン魔王の声に似ていたかも知れない。こいつも全力で走り続けたのか――いや、もういい。魔王を自称するくらいだし、その程度のことはできるのだろう。
「ひゃらははははははははっ!」
笑い声なのか奇声なのかよくわからない声が上がる。
クラークは極めて楽しそうな表情で、包丁を振り回している。魔剣に取り憑かれるという話は何度か聞いたことがあるが、そういうものではない。彼は、彼の基準で常に正気のように見えた。一般の基準ではノーコメント。
「――化け物め!」
硬直から立ち直ってとりあえず叫んでみた言葉は、我ながらひどく適確であるような気がした。ジュリアは危険な引き攣り笑いを口の端に刻んで、二度目の魔法を準備する。もういい手段は選ばない。止めればいいんだろ、止めれば?
今回は、茨なんかもう適当でいい。むしろ適当でないものを作ってもういちど裁断されたらプライドに響く。もう半ば無意識に紡ぐことができる魔法だ。別のことに集中しながら意識の端で構築していく。
その間にも馬鹿改め化け物は、やたら元気に公園の中を走り回っている。警邏や一般人を傷つける意志がなさそうなのは不幸中の幸いだろう。拘束を抜ける間に追いついてきた集団を引き離そうとしているらしい。
「おい」
魔法の尋常でないほつれ方にぎょっとしたらしいエルフに、さっさと援護しろと勝手なことを言い返しながらクラークを睨む。これで発動だけはできるはずだ。
そして、一瞬でも足を止められればそれでいい。止めを刺してやる。そのための呪文を早口に囁いていく。
「躍り踊ると形容され喰らい打ち倒す光は――」
魔法を解き放つ。実体の薄い茨がクラークの足に絡まっていく。
そんなことはどうでもいい。ジュリアはうろ覚えの呪文の最後を声高に叫んだ。
何をしようとしているのか気づいたらしいエルフが、すごい形相で振り返ってきた。
「待て、それはマズい!」
「――緋く赭く朱く赤くここにある!」
爆音。視界を灼く炎。
クラークのいた場所に火柱が立ち上がる。
「キャアアアアッ!!」
「今度は何だ!?」
いくつもの悲鳴が重なった。
追っていた人々が慌てて足を止め、熱に押しやられて遠巻きに囲んで呆然と見上げる。
警邏の一人が奇跡的に我に返り、「ちょっと君たち!」と言いながら近づいてきた。
それを見たエルフが即座に他人のフリをしようとするのを見て、ジュリアはその首根っこを力いっぱい掴んだ。逃がすものか。
「放せッ」
「他に方法はなかったんだ!」
「他人だ! 俺とこの女は他人だ!」
「往生際が悪いぞっ」
「本当に他人だろうが!」
そして目の前まで来た警邏が口を開こうとした瞬間――炎の中から雄叫びが轟いた。
誰もが驚愕して振りかえる。
悪魔の産声にも似た禍々しさ。炎は止まない。明らかにおかしい。そもそも、これだけ強力な魔術は扱えない。火柱が立った時点でおかしいということに今更ながら気づく。
もう事態に取り残されすぎた人々が見守る中で、雄叫びは朗らかな笑い声に変わっていった。ジュリアは本気で戦慄し、半ば恐怖しながら火柱を凝視する。
炎の中にうずくまる人影がゆらりと立ち上がるのが見えた。
「……まさか……」
ざん、と、振るわれた刃の軌跡を追って、炎が寸断された。
熱波を放出し散り消える炎。熱風が髪を揺らし皮膚がちりちりと痛んだ。
「びっくりしたんだなもし」
そしてクラークは、相変わらず無駄に爽やかな笑顔で立っている。その姿に、炎に包まれていたという痕跡はまったくない。彼の手に握られた包丁の腹で、ぼんやりと読めない文字が輝いている。
この場には似つかわしくない、爽やかな風が吹き抜けた。
それと共に人垣の中から進み出たのはチャーハン魔王。
「それは、肉を切ったときに断面を熱することにより旨みと肉汁を閉じ込める包丁!
封じられたあまりに強大な魔力ゆえ、総ゆる炎を制し、その料理に適した最高の火加減に調節するという」
周囲の空気が歪み陽炎が見えるほどの闘気を纏い、彼は不敵な笑みを浮かべた。
クラークは不思議そうに首を傾げている。
「その力を解き放つとは、ただものではないな!」
「そうなの?」
ただものどころか大馬鹿者だ。
そういえば馬鹿の数が足りないな、と思ったら、警邏に縛り倒されて猿轡まで噛まされてたルークとイマツが公園の隅に転がっているのが見えた。
それを見ながらジュリアは口を開く。
「……で、何の用だ?」
「え? ああ、目の前で殺人が起こったかなと思ったけど気のせいだったみたいだ。
確かに見たんだけどなぁ、おかしいなぁ、おかしいなあ!」
目の前で固まっていた警邏は、投げやりに喚きながら仲間の元へ戻っていった。
クラークとチャーハン魔王の二人は睨みあい、同時に動き出した。
そして。
米、葱、豚肉、人参、卵――あらゆるチャーハンの具材が宙を舞い、放たれた油が陽光を受けて輝き、炎と絡まる。究極の包丁と料理人による戦いが今、始まった。
場所:魔法都市ソフィニア -公園
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何の脈絡もなく茨が燃え上がり、灰になって風に溶けた。
「魔剣が目覚めたぞ!」
と叫んだのは、誰だったかよくわからないが、なんとなく、チャーハン魔王の声に似ていたかも知れない。こいつも全力で走り続けたのか――いや、もういい。魔王を自称するくらいだし、その程度のことはできるのだろう。
「ひゃらははははははははっ!」
笑い声なのか奇声なのかよくわからない声が上がる。
クラークは極めて楽しそうな表情で、包丁を振り回している。魔剣に取り憑かれるという話は何度か聞いたことがあるが、そういうものではない。彼は、彼の基準で常に正気のように見えた。一般の基準ではノーコメント。
「――化け物め!」
硬直から立ち直ってとりあえず叫んでみた言葉は、我ながらひどく適確であるような気がした。ジュリアは危険な引き攣り笑いを口の端に刻んで、二度目の魔法を準備する。もういい手段は選ばない。止めればいいんだろ、止めれば?
今回は、茨なんかもう適当でいい。むしろ適当でないものを作ってもういちど裁断されたらプライドに響く。もう半ば無意識に紡ぐことができる魔法だ。別のことに集中しながら意識の端で構築していく。
その間にも馬鹿改め化け物は、やたら元気に公園の中を走り回っている。警邏や一般人を傷つける意志がなさそうなのは不幸中の幸いだろう。拘束を抜ける間に追いついてきた集団を引き離そうとしているらしい。
「おい」
魔法の尋常でないほつれ方にぎょっとしたらしいエルフに、さっさと援護しろと勝手なことを言い返しながらクラークを睨む。これで発動だけはできるはずだ。
そして、一瞬でも足を止められればそれでいい。止めを刺してやる。そのための呪文を早口に囁いていく。
「躍り踊ると形容され喰らい打ち倒す光は――」
魔法を解き放つ。実体の薄い茨がクラークの足に絡まっていく。
そんなことはどうでもいい。ジュリアはうろ覚えの呪文の最後を声高に叫んだ。
何をしようとしているのか気づいたらしいエルフが、すごい形相で振り返ってきた。
「待て、それはマズい!」
「――緋く赭く朱く赤くここにある!」
爆音。視界を灼く炎。
クラークのいた場所に火柱が立ち上がる。
「キャアアアアッ!!」
「今度は何だ!?」
いくつもの悲鳴が重なった。
追っていた人々が慌てて足を止め、熱に押しやられて遠巻きに囲んで呆然と見上げる。
警邏の一人が奇跡的に我に返り、「ちょっと君たち!」と言いながら近づいてきた。
それを見たエルフが即座に他人のフリをしようとするのを見て、ジュリアはその首根っこを力いっぱい掴んだ。逃がすものか。
「放せッ」
「他に方法はなかったんだ!」
「他人だ! 俺とこの女は他人だ!」
「往生際が悪いぞっ」
「本当に他人だろうが!」
そして目の前まで来た警邏が口を開こうとした瞬間――炎の中から雄叫びが轟いた。
誰もが驚愕して振りかえる。
悪魔の産声にも似た禍々しさ。炎は止まない。明らかにおかしい。そもそも、これだけ強力な魔術は扱えない。火柱が立った時点でおかしいということに今更ながら気づく。
もう事態に取り残されすぎた人々が見守る中で、雄叫びは朗らかな笑い声に変わっていった。ジュリアは本気で戦慄し、半ば恐怖しながら火柱を凝視する。
炎の中にうずくまる人影がゆらりと立ち上がるのが見えた。
「……まさか……」
ざん、と、振るわれた刃の軌跡を追って、炎が寸断された。
熱波を放出し散り消える炎。熱風が髪を揺らし皮膚がちりちりと痛んだ。
「びっくりしたんだなもし」
そしてクラークは、相変わらず無駄に爽やかな笑顔で立っている。その姿に、炎に包まれていたという痕跡はまったくない。彼の手に握られた包丁の腹で、ぼんやりと読めない文字が輝いている。
この場には似つかわしくない、爽やかな風が吹き抜けた。
それと共に人垣の中から進み出たのはチャーハン魔王。
「それは、肉を切ったときに断面を熱することにより旨みと肉汁を閉じ込める包丁!
封じられたあまりに強大な魔力ゆえ、総ゆる炎を制し、その料理に適した最高の火加減に調節するという」
周囲の空気が歪み陽炎が見えるほどの闘気を纏い、彼は不敵な笑みを浮かべた。
クラークは不思議そうに首を傾げている。
「その力を解き放つとは、ただものではないな!」
「そうなの?」
ただものどころか大馬鹿者だ。
そういえば馬鹿の数が足りないな、と思ったら、警邏に縛り倒されて猿轡まで噛まされてたルークとイマツが公園の隅に転がっているのが見えた。
それを見ながらジュリアは口を開く。
「……で、何の用だ?」
「え? ああ、目の前で殺人が起こったかなと思ったけど気のせいだったみたいだ。
確かに見たんだけどなぁ、おかしいなぁ、おかしいなあ!」
目の前で固まっていた警邏は、投げやりに喚きながら仲間の元へ戻っていった。
クラークとチャーハン魔王の二人は睨みあい、同時に動き出した。
そして。
米、葱、豚肉、人参、卵――あらゆるチャーハンの具材が宙を舞い、放たれた油が陽光を受けて輝き、炎と絡まる。究極の包丁と料理人による戦いが今、始まった。
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