キャスト:ジュリア イェルヒ
場所:ソフィニア近郊
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偶然などという話で済まされるものか。これは、あり得ない光景なのだ。
確率論などの話ではない。物理的な話で、この光景は在り得ない。
イェルヒは慄いた。
イェルヒは、あの古代文字の周囲に、簡易的な陣を描き、2つの細工をした。
ひとつは、残留魔力でも発動できるようにするための、強化の陣。
もう一つは、場所の変更。
物体の瞬間移動の魔法は、危険極まりないものである。移動物体の再構成ももちろんのことだが、それ以外にも、空高い場所に移動してしまい、そのまま墜落するという場合や、その逆として地中深い場所に移動させられ、そのまま圧死となる場合もある。
別種類の魔術が古代文字へ干渉しているので、効果が歪む恐れがあると思ったイェルヒは、どうせ歪むならばと思い、さらに魔法陣を加えた。
歪むならば、汎用性のある、つまり変化されやすい場所の指定の部分。そこを、「不定」にした。
通常、瞬間移動を使うのが難しいとされるのは、物体の再構成の部分。位置の指定はさほど難しくない。
最後の仕上げに、位置の指定の術式をタイミングを見計らい、直接魔力を陣へ送り込む。
イェルヒは、その場所の指定に、3つの条件を考慮した。
まずは、自分がよく見知っている場所。これが確かなイメージであればあるほど、場所のズレが少なくなる。
次に、広い場所。再構成場所にさまざまな物体があっては、失敗する恐れが高くなるからだ。
そして、安全な場所であるところ。
さて。今回の「安全」とは何か。
あの重度の躁病にかかっている人物達から一刻も早く遠ざかり、一般の世界に戻ること。
これ以外に無いとイェルヒは断言できる。
以上の条件からイェルヒが思い当たったのは、とある公園だった。買出しに出かける時、近道として通り抜けるのに利用する公園だ。これで第一条件はクリア。
今は昼過ぎ頃。通常ならば、そこは母と子供などが溢れ返って遊んでいる場所であろうが、昨日酒場で聞こえてきた話によると、昨日の昼ごろに街路樹に少女の死体が晒されるように放置されたという事件がその近くで起きたらしい。その翌日にその公園が賑わっている可能性は無い。第二条件クリア。
そして、この古代文字の移動は、通常は、上下にしか移動しない。つまり、普通に考えれば、あの短時間でこの遺跡から、ソフィニアの市街地まで、通常ならば到達できるはずがない。
これで第三条件もクリアのはず……だった。
目の前に繰り広げられる光景に、イェルヒは目を疑った。
「嘘だろう……?」
あまりの驚愕に、意識が遠のく。だが、ジュリアに服を引っ張られながらの「おい!」という声に我に返った。
公園になだれこむ、クラークを先頭とする有象無象達。
判断力が戻るのが少しだけ遅かった。クラークが、こちらの姿を認め、ニタリと笑みを作り、「ひゃへーい!」と叫びながらこちらに近づいて来る。
こんな恐ろしい光景は今まで100年近く生きてきたが、見たことが無い。イェルヒは底冷えするほどの思いに襲われた。
逃げなければ……!!
そう、生存本能が叫ぶ。しかし、その直後、理性がささやいた。
イェルヒは逃げようとするジュリアの肩を引っつかんでこちらを向かせる。
「離せ! あれが見えないのか!?」
「待て、アレを拘束するんだ!」
「はぁ? 何言ってるんだ、お前!」
そう言って、付き合いきれないとばかりに、ジュリアは再び逃げ出そうとした。
「関係者だと思われるぞ。
今なら口をふさぐことができる」
ジュリアの動きが止まった。
それ以上の言葉は何も必要なかった。
即座に、彼女は今までに無い本気の顔を見せ、魔力の構成を練りだした。強い意志のこもった彼女の目のふちには、キラリとなにか光るものがあったがイェルヒは気づかないフリをした。なぜならば、きっと今の自分も同じ状態だろうからだ。
イェルヒも即座に強化をつとめる。再び茨の魔法らしく、さきほどよりもサポートしやすかった。今度は戒めが目的であろうから、茨のしなやかさと強さの方向に流す。
ジュリアの魔法が完成し、こちらにせまってくるクラークの目の前に茨の壁が立ちはだかった。
さすがのクラークもそれには立ち止まる。茨の触手は更に伸びて分散し、クラークの体に巻きつき、口までもふさぐ。もがー、などという声が聞こえるが言葉にはなっていない。
突然の茨の出現に警邏たちも驚いていたが、包丁を振り回す狂人が拘束されるのをみると、「おぉ」などとどよめき、クラークを囲んだ。
数人の警邏がこちらに駆け寄るのが見える。あとは「いやぁ、大変ですね。なにが起こったんですか?」などと一般市民を装うだけだ。
が、その駆け寄る警邏の後ろのクラークの異常にイェルヒは気づいた。
茨の蔦が指の間にまでからまっているクラークの拳。それに握られた包丁の刃に、なにか文字らしきものが光る。近くでないのでハッキリと読み取れはしないが、十中八九、それは古代文字であろう。
ブルブルと震えていた腕が急にピタリと動きが止まり、いきなり滑らかな動きで茨を断ち切った。
イェルヒはそのとき、思い当たった。
ただ、ひとつ、この男がここにいることが可能な方法を。
パジオの遺跡から、ソフィニアまで、100mダッシュのペースを保ったまま走り続けること。
「もぎょぉぉぉぉう!!!!」
クラークはなぜか断ち切った茨をくわえたまま叫んだ。
場所:ソフィニア近郊
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偶然などという話で済まされるものか。これは、あり得ない光景なのだ。
確率論などの話ではない。物理的な話で、この光景は在り得ない。
イェルヒは慄いた。
イェルヒは、あの古代文字の周囲に、簡易的な陣を描き、2つの細工をした。
ひとつは、残留魔力でも発動できるようにするための、強化の陣。
もう一つは、場所の変更。
物体の瞬間移動の魔法は、危険極まりないものである。移動物体の再構成ももちろんのことだが、それ以外にも、空高い場所に移動してしまい、そのまま墜落するという場合や、その逆として地中深い場所に移動させられ、そのまま圧死となる場合もある。
別種類の魔術が古代文字へ干渉しているので、効果が歪む恐れがあると思ったイェルヒは、どうせ歪むならばと思い、さらに魔法陣を加えた。
歪むならば、汎用性のある、つまり変化されやすい場所の指定の部分。そこを、「不定」にした。
通常、瞬間移動を使うのが難しいとされるのは、物体の再構成の部分。位置の指定はさほど難しくない。
最後の仕上げに、位置の指定の術式をタイミングを見計らい、直接魔力を陣へ送り込む。
イェルヒは、その場所の指定に、3つの条件を考慮した。
まずは、自分がよく見知っている場所。これが確かなイメージであればあるほど、場所のズレが少なくなる。
次に、広い場所。再構成場所にさまざまな物体があっては、失敗する恐れが高くなるからだ。
そして、安全な場所であるところ。
さて。今回の「安全」とは何か。
あの重度の躁病にかかっている人物達から一刻も早く遠ざかり、一般の世界に戻ること。
これ以外に無いとイェルヒは断言できる。
以上の条件からイェルヒが思い当たったのは、とある公園だった。買出しに出かける時、近道として通り抜けるのに利用する公園だ。これで第一条件はクリア。
今は昼過ぎ頃。通常ならば、そこは母と子供などが溢れ返って遊んでいる場所であろうが、昨日酒場で聞こえてきた話によると、昨日の昼ごろに街路樹に少女の死体が晒されるように放置されたという事件がその近くで起きたらしい。その翌日にその公園が賑わっている可能性は無い。第二条件クリア。
そして、この古代文字の移動は、通常は、上下にしか移動しない。つまり、普通に考えれば、あの短時間でこの遺跡から、ソフィニアの市街地まで、通常ならば到達できるはずがない。
これで第三条件もクリアのはず……だった。
目の前に繰り広げられる光景に、イェルヒは目を疑った。
「嘘だろう……?」
あまりの驚愕に、意識が遠のく。だが、ジュリアに服を引っ張られながらの「おい!」という声に我に返った。
公園になだれこむ、クラークを先頭とする有象無象達。
判断力が戻るのが少しだけ遅かった。クラークが、こちらの姿を認め、ニタリと笑みを作り、「ひゃへーい!」と叫びながらこちらに近づいて来る。
こんな恐ろしい光景は今まで100年近く生きてきたが、見たことが無い。イェルヒは底冷えするほどの思いに襲われた。
逃げなければ……!!
そう、生存本能が叫ぶ。しかし、その直後、理性がささやいた。
イェルヒは逃げようとするジュリアの肩を引っつかんでこちらを向かせる。
「離せ! あれが見えないのか!?」
「待て、アレを拘束するんだ!」
「はぁ? 何言ってるんだ、お前!」
そう言って、付き合いきれないとばかりに、ジュリアは再び逃げ出そうとした。
「関係者だと思われるぞ。
今なら口をふさぐことができる」
ジュリアの動きが止まった。
それ以上の言葉は何も必要なかった。
即座に、彼女は今までに無い本気の顔を見せ、魔力の構成を練りだした。強い意志のこもった彼女の目のふちには、キラリとなにか光るものがあったがイェルヒは気づかないフリをした。なぜならば、きっと今の自分も同じ状態だろうからだ。
イェルヒも即座に強化をつとめる。再び茨の魔法らしく、さきほどよりもサポートしやすかった。今度は戒めが目的であろうから、茨のしなやかさと強さの方向に流す。
ジュリアの魔法が完成し、こちらにせまってくるクラークの目の前に茨の壁が立ちはだかった。
さすがのクラークもそれには立ち止まる。茨の触手は更に伸びて分散し、クラークの体に巻きつき、口までもふさぐ。もがー、などという声が聞こえるが言葉にはなっていない。
突然の茨の出現に警邏たちも驚いていたが、包丁を振り回す狂人が拘束されるのをみると、「おぉ」などとどよめき、クラークを囲んだ。
数人の警邏がこちらに駆け寄るのが見える。あとは「いやぁ、大変ですね。なにが起こったんですか?」などと一般市民を装うだけだ。
が、その駆け寄る警邏の後ろのクラークの異常にイェルヒは気づいた。
茨の蔦が指の間にまでからまっているクラークの拳。それに握られた包丁の刃に、なにか文字らしきものが光る。近くでないのでハッキリと読み取れはしないが、十中八九、それは古代文字であろう。
ブルブルと震えていた腕が急にピタリと動きが止まり、いきなり滑らかな動きで茨を断ち切った。
イェルヒはそのとき、思い当たった。
ただ、ひとつ、この男がここにいることが可能な方法を。
パジオの遺跡から、ソフィニアまで、100mダッシュのペースを保ったまま走り続けること。
「もぎょぉぉぉぉう!!!!」
クラークはなぜか断ち切った茨をくわえたまま叫んだ。
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