キャスト:ジュリア
場所:ソフィニア
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「お前は人間のくせに、人間のことを知らな過ぎるんだ」
久しぶりに会った友人は随分と老けていた。
老人と呼べば怒られるだろう。壮年の終わりに差し掛かった、という表現でも同じであろうが。しかし彼の年を直接口にすれば、それがいちばん怒られるに違いない。
対等に話せる、歳の離れた友人。
知り合った切欠はとうに忘れていたが、相手は覚えているかも知れない。しかし呆れられながら教わる程の意味を見出すことはできなかった。
「……お前は、人間のことを知っているから出世した?」
そう問い返せば、ソフィニアを根城とする大商会の重役は苦笑した。
ジュリアは暗紅の衣装の裾を指先で軽く整えてから、腰掛けた椅子の肘掛に腕を預け、首を傾げる。
「久しぶりに会って、いきなり説教から入る? 老けたから?」
「変に正直なところが相変わらずガキだな」
「お前にしか、こんなこと言わないよ」
言い返しながら、テーブルからグラスを取る。相手は更に続けてきた。
「それは光栄。
で、その格好はなんなんだ。お姫様か? お人形か?」
「じゃあ、お姫様。敬いなさいな」
何が「じゃあ」なんだ、と言われたのは無視。ジュリアは紅かかった色の双眸を伏せ、さして美味しそうでなさそうにジュースを飲んだ。
そして初めて、顔をしかめる。
「何が言いたい?」
「家庭教師、即行でクビだって? せっかく紹介してやったのに。
何をヘマしたのかと思えば、態度がでかいのが原因ってどーゆーことだ」
本当に頭を悩ませているようだった。実際に頭を抱えて呻きながら見上げてくる友人にジュリアは肩を竦め、少し乱れた黒髪を指で梳いた。
「……バート、訊いていいかな」
「なんだ、お嬢さん」
呼びかけに応える声に微妙な皮肉が篭められていたのは気にしないことにしながら、ジュリアは言った。
「私が貴族様の相手なんてできると本当に思うんだ?」
「敬語の使い方くらい覚えようぜ。それだけじゃ足りない気もするけどな」
「興味ないや」
ぎゃあぎゃあと、小悪魔[インプ]の悲鳴のような音が沸いて振り返れば、近くの建物の間から、鴉の群れが空へ散っていった。
言い返そうとしていた友人は口を噤み空を見上げる。
それなりに高級なレストランの窓に嵌められたガラスでもその音を防げなかったらしい。
役に立たないならば、すべて壁にして、魔法の灯りを灯しても同じことだ。
分厚い石壁の大げさな造りのせいで、元々、日光など殆ど入ってきていないのだから。
「……とにかく」
仕切りなおしの意を篭めたのだろう、バート――アルバートは咳払いをした。
促すつもりで沈黙を保つジュリアに彼は言う。
「そんな格好でハンターなんか続けてどういうつもりなんだ」
「気に入らない?」
「昔のお前は……悪い、今と比べたらちょっと吐き気がしてきた。
落ち着くまでちょっと待ってくれ」
今のは完全に無視することができなかった。グラスを乱暴にテーブルに叩きつけ、その余韻を測りながらジュリアは「忘れようか」と静かに囁く。
アルバートは、たっぷり十秒は沈黙してから、流すことにしたらしい。僅かに表情が引き攣っていたが。
「お前が何を思ってハンターやるなんて言い出したのかは知らないが、正直、向いてるとは思わないぞ。根っこからぐーたらしてるし。
まともな仕事が見つかればやめるって言ったから紹介してやったのに」
その物言いにジュリアは溜息をついた。
橙がかった照明が光を落とすテーブルに肘を突いて、身を乗り出す。そして問うた。
「何年前のことだか忘れたけど、それから私の気が変わってないなんて期待は」
「ハイハイ、勝手に心配した俺が馬鹿だったんだろうよ」
くだらないやり取りを延々続けて、レストランを出た頃には、日は暮れかかっていた。
「じゃあ、またな」
「近いうちに」
前にもそう言って別れた気がするが、あれはかなり昔だった気がする。
それでも、また会いたいという意思表示だけが再会の頼りなのだ。
少し歩いてから、宿まで送ってもらえばよかったと少し後悔した。
待ち合わせた広場からは、アルバートの斜め後ろを何も考えずについて歩いてレストランまで行ったから、帰り道がわからなくなったのだ。
あまり歩いていないような気がする。結構歩いたかも知れない。
なんど通りを曲がったか。二回以上なのは確かなのだが。
夕方の街は、何故か、昨日までの同じ時間帯よりもずっと人通りが少なかった。
都会の道を独り占めしているような気分になることは真夜中でもないと滅多にないから、宿があると思しき方向を意識しながら歩き回ってみることにした。
場所:ソフィニア
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「お前は人間のくせに、人間のことを知らな過ぎるんだ」
久しぶりに会った友人は随分と老けていた。
老人と呼べば怒られるだろう。壮年の終わりに差し掛かった、という表現でも同じであろうが。しかし彼の年を直接口にすれば、それがいちばん怒られるに違いない。
対等に話せる、歳の離れた友人。
知り合った切欠はとうに忘れていたが、相手は覚えているかも知れない。しかし呆れられながら教わる程の意味を見出すことはできなかった。
「……お前は、人間のことを知っているから出世した?」
そう問い返せば、ソフィニアを根城とする大商会の重役は苦笑した。
ジュリアは暗紅の衣装の裾を指先で軽く整えてから、腰掛けた椅子の肘掛に腕を預け、首を傾げる。
「久しぶりに会って、いきなり説教から入る? 老けたから?」
「変に正直なところが相変わらずガキだな」
「お前にしか、こんなこと言わないよ」
言い返しながら、テーブルからグラスを取る。相手は更に続けてきた。
「それは光栄。
で、その格好はなんなんだ。お姫様か? お人形か?」
「じゃあ、お姫様。敬いなさいな」
何が「じゃあ」なんだ、と言われたのは無視。ジュリアは紅かかった色の双眸を伏せ、さして美味しそうでなさそうにジュースを飲んだ。
そして初めて、顔をしかめる。
「何が言いたい?」
「家庭教師、即行でクビだって? せっかく紹介してやったのに。
何をヘマしたのかと思えば、態度がでかいのが原因ってどーゆーことだ」
本当に頭を悩ませているようだった。実際に頭を抱えて呻きながら見上げてくる友人にジュリアは肩を竦め、少し乱れた黒髪を指で梳いた。
「……バート、訊いていいかな」
「なんだ、お嬢さん」
呼びかけに応える声に微妙な皮肉が篭められていたのは気にしないことにしながら、ジュリアは言った。
「私が貴族様の相手なんてできると本当に思うんだ?」
「敬語の使い方くらい覚えようぜ。それだけじゃ足りない気もするけどな」
「興味ないや」
ぎゃあぎゃあと、小悪魔[インプ]の悲鳴のような音が沸いて振り返れば、近くの建物の間から、鴉の群れが空へ散っていった。
言い返そうとしていた友人は口を噤み空を見上げる。
それなりに高級なレストランの窓に嵌められたガラスでもその音を防げなかったらしい。
役に立たないならば、すべて壁にして、魔法の灯りを灯しても同じことだ。
分厚い石壁の大げさな造りのせいで、元々、日光など殆ど入ってきていないのだから。
「……とにかく」
仕切りなおしの意を篭めたのだろう、バート――アルバートは咳払いをした。
促すつもりで沈黙を保つジュリアに彼は言う。
「そんな格好でハンターなんか続けてどういうつもりなんだ」
「気に入らない?」
「昔のお前は……悪い、今と比べたらちょっと吐き気がしてきた。
落ち着くまでちょっと待ってくれ」
今のは完全に無視することができなかった。グラスを乱暴にテーブルに叩きつけ、その余韻を測りながらジュリアは「忘れようか」と静かに囁く。
アルバートは、たっぷり十秒は沈黙してから、流すことにしたらしい。僅かに表情が引き攣っていたが。
「お前が何を思ってハンターやるなんて言い出したのかは知らないが、正直、向いてるとは思わないぞ。根っこからぐーたらしてるし。
まともな仕事が見つかればやめるって言ったから紹介してやったのに」
その物言いにジュリアは溜息をついた。
橙がかった照明が光を落とすテーブルに肘を突いて、身を乗り出す。そして問うた。
「何年前のことだか忘れたけど、それから私の気が変わってないなんて期待は」
「ハイハイ、勝手に心配した俺が馬鹿だったんだろうよ」
くだらないやり取りを延々続けて、レストランを出た頃には、日は暮れかかっていた。
「じゃあ、またな」
「近いうちに」
前にもそう言って別れた気がするが、あれはかなり昔だった気がする。
それでも、また会いたいという意思表示だけが再会の頼りなのだ。
少し歩いてから、宿まで送ってもらえばよかったと少し後悔した。
待ち合わせた広場からは、アルバートの斜め後ろを何も考えずについて歩いてレストランまで行ったから、帰り道がわからなくなったのだ。
あまり歩いていないような気がする。結構歩いたかも知れない。
なんど通りを曲がったか。二回以上なのは確かなのだが。
夕方の街は、何故か、昨日までの同じ時間帯よりもずっと人通りが少なかった。
都会の道を独り占めしているような気分になることは真夜中でもないと滅多にないから、宿があると思しき方向を意識しながら歩き回ってみることにした。
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