キャスト:ジュリア リクラゼット イェルヒ
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
-----------------------------------------------------------------------
「……帰ろう」
そう呟いたのは、エルフか、それとも自分だったのか。
クラーク、ルーク、イマツの三馬鹿トリオではないことは根拠もなく確信できる。
暗い遺跡。目の前には重そうな大きな扉。表面には古めかしい模様が彫りこまれてるが、一体それが何なのかはわからない。石造りの表面を指でなでながらブツブツ呟き始めた半裸は、模様の意味を解こうとしているようにも、ただ単に現実逃避をしているようにも見えた。
だとすればさっきの呟きはエルフか自分だと判断。
常識人か、或いは同士を見つけたような希望に縋ってエルフを見ると、相手もおなじ結論に達したのか、ジュリアを見ていた。だがその目がたちまちのうちに曇って、クラークたちを見るのと同種類の視線になった。失礼この上ない。
目を逸らすのも同時。
駄目だ、ここには味方がいない。
軽く唇を噛んで黙考する。どうしよう。
どうしようと言っても、行くか引くかの二択しかないのだが。
馬鹿を黙らせる等の一時的な解決方法は、どちらかの付属物でしかない。
というか、問題はこの扉の向こうだ。何故、人がいるんだろう。
「おい!」
あくまでも名前は呼ばずに――クラークを怒鳴りつける。彼はルークたちと異世界語をやりとりしていたようだが、あっさりと振り返った。
「どうしたの?」
「どうかしまくってる。何、今の?」
「ああ、今のはねー」
何でもないことにように間延びした声だ。
クラークは無邪気に笑いながら、少しの間を置いて答えた。
「魔剣を守るチャーハン大魔王なんだな」
「「さあ、帰ろうか」」
エルフとジュリアの声が綺麗に重なった。双方共に、嫌な顔をしてそっぽを向く。
やっぱり味方はいない。それにしても、唯一話の通じそうな彼が人間ではないとは、他の連中は何なのだろう。同族(おなじ種類の生き物だと認めたくないが)不信になりそうだ。
「……チャーハン大魔王?」
半裸が扉から目を離してクラークを見た。髪に隠れたその表情は限りなく真剣に見える。真実を模索する研究者の目。手がかりを逃すまいと、危険な鋭ささえも滲ませて。もちろん、半裸だといういう時点でいろいろなものが危険だが。
「魔剣を守ってるのさー。人の手に渡ると危険だからね。
いや、それ以前に、彼自身が魔剣の魅力に取り憑かれてしまっているのかも知れない。この深い深い地下で誰にも邪魔されず、究極のチャーハンを作るために……!」
言っていることがちぐはぐだが、クラークの声はだんだんと熱を帯びていく。
半裸は熱心に聴いている。エルフは空虚な表情ですべてを聞き流している。
ルークとイマツは、馬鹿の発言が真実だというように頷いている。
ジュリアは――何をするにしろ出遅れてしまったので、呟いた。
「材料はどこから?」
「そんなものなくたって!」
「無理だし」
勢いで納得させられると思ったら大間違いだ。
くじけそうになっているだけで、判断力はまだ失われていない。
クラークが「ノリ悪いなぁ」と文句を言ってきたが、無視。
ため息をついて目の前の扉を見上げる。大きくて古い扉。それ以外の何でもない。半裸は模様の、文字のような部分を解読しようとしているらしい。エルフは手伝うフリをしながらウンザリしている。世界の常識的な部分を半裸に求めようとしている風にも見えるし、ただ単に、現実以外のことを考えることで精神を保とうとしている風にも見えた。
その様子を見ていると、クラークが軽快なスキップで扉に駆け寄った。
先にその場にいた二人が「何を」と問う隙もない。躊躇なく扉を開け放ったのだ。
その場にいる全員が硬直した。
扉の向こうはもうもうと湯気の立ち込める空間だった。空腹を思い出させる香ばしい湯気だ。何かが弾けるような音が、鍋の中の油だとすぐにわかったのは、予備知識があったからだろう。できればわかりたくなかった。
轟々と燃え盛る炎。逞しい背中。激しく振られる鉄鍋の中で米が踊る。
男の目には執念のようなものが滾り、ひたすらに米を睨みつけている。
扉が開かれたことにも気づいていないようだ。
彼の興味はチャーハンだけにある。
男のいる部屋は円形だった。燃え盛る炎と男。調理台にはチャーハンの具。無造作に置かれた包丁の刃には丸い穴が並んでいる。男は扉が開けられたことにも気づかない様子で、ただただ調理を続けている。
クラークがすすすっと扉の中へ滑り込んで、包丁を持って出てきた。
ぱたむ、と、扉が閉められる。熱気と光が遮られ、冷え冷えとした空気が戻る。
誰もが呆気に取られて見守る中、彼は、誇らしげに包丁を掲げた。
「念願のチャーハンソードを手に入れたぞ!」
「嘘ぉっ!?」
思わずツッコむ。それで我に返る。
ジュリアは異世界の生き物を見る目でクラークを見た。彼は小動物でも抱いているようなうっとりした顔で包丁に頬ずりし始めた。気味が悪い。
「……ルーク様を出し抜いてなんてことを!」
「そっ、そうだ! それを返せ、兄さん! 本当に世界を滅ぼすつもりなのか!?
いいや、そんなことはさせない! 貴様の野望はここで阻止してくれる!」
イマツの声で現実に帰ってきたらしいルークが声を張り上げたが、言っている内容は相変わらず異世界のことだった。
それとも、事態はそれだけ切迫しているのだろうか。チャーハンで。
「ひょーほほほほほほほほほーっ」
クラークはその場で一回転。なにやら怪しげな奇声を上げながらバックステップで通路の闇へと消えて行った。止める間もない、不自然なまでの素早さだった。
それを追ってルークとイマツが走り去っていく。残されたのはジュリアとエルフと半裸。この二人は、少なくとも意味不明なことを言って意味不明な行動をしたりはしない。
久しぶりに現実が(少なくとも現実に近いものが)手元に帰ってきたような気がした。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
-----------------------------------------------------------------------
「……帰ろう」
そう呟いたのは、エルフか、それとも自分だったのか。
クラーク、ルーク、イマツの三馬鹿トリオではないことは根拠もなく確信できる。
暗い遺跡。目の前には重そうな大きな扉。表面には古めかしい模様が彫りこまれてるが、一体それが何なのかはわからない。石造りの表面を指でなでながらブツブツ呟き始めた半裸は、模様の意味を解こうとしているようにも、ただ単に現実逃避をしているようにも見えた。
だとすればさっきの呟きはエルフか自分だと判断。
常識人か、或いは同士を見つけたような希望に縋ってエルフを見ると、相手もおなじ結論に達したのか、ジュリアを見ていた。だがその目がたちまちのうちに曇って、クラークたちを見るのと同種類の視線になった。失礼この上ない。
目を逸らすのも同時。
駄目だ、ここには味方がいない。
軽く唇を噛んで黙考する。どうしよう。
どうしようと言っても、行くか引くかの二択しかないのだが。
馬鹿を黙らせる等の一時的な解決方法は、どちらかの付属物でしかない。
というか、問題はこの扉の向こうだ。何故、人がいるんだろう。
「おい!」
あくまでも名前は呼ばずに――クラークを怒鳴りつける。彼はルークたちと異世界語をやりとりしていたようだが、あっさりと振り返った。
「どうしたの?」
「どうかしまくってる。何、今の?」
「ああ、今のはねー」
何でもないことにように間延びした声だ。
クラークは無邪気に笑いながら、少しの間を置いて答えた。
「魔剣を守るチャーハン大魔王なんだな」
「「さあ、帰ろうか」」
エルフとジュリアの声が綺麗に重なった。双方共に、嫌な顔をしてそっぽを向く。
やっぱり味方はいない。それにしても、唯一話の通じそうな彼が人間ではないとは、他の連中は何なのだろう。同族(おなじ種類の生き物だと認めたくないが)不信になりそうだ。
「……チャーハン大魔王?」
半裸が扉から目を離してクラークを見た。髪に隠れたその表情は限りなく真剣に見える。真実を模索する研究者の目。手がかりを逃すまいと、危険な鋭ささえも滲ませて。もちろん、半裸だといういう時点でいろいろなものが危険だが。
「魔剣を守ってるのさー。人の手に渡ると危険だからね。
いや、それ以前に、彼自身が魔剣の魅力に取り憑かれてしまっているのかも知れない。この深い深い地下で誰にも邪魔されず、究極のチャーハンを作るために……!」
言っていることがちぐはぐだが、クラークの声はだんだんと熱を帯びていく。
半裸は熱心に聴いている。エルフは空虚な表情ですべてを聞き流している。
ルークとイマツは、馬鹿の発言が真実だというように頷いている。
ジュリアは――何をするにしろ出遅れてしまったので、呟いた。
「材料はどこから?」
「そんなものなくたって!」
「無理だし」
勢いで納得させられると思ったら大間違いだ。
くじけそうになっているだけで、判断力はまだ失われていない。
クラークが「ノリ悪いなぁ」と文句を言ってきたが、無視。
ため息をついて目の前の扉を見上げる。大きくて古い扉。それ以外の何でもない。半裸は模様の、文字のような部分を解読しようとしているらしい。エルフは手伝うフリをしながらウンザリしている。世界の常識的な部分を半裸に求めようとしている風にも見えるし、ただ単に、現実以外のことを考えることで精神を保とうとしている風にも見えた。
その様子を見ていると、クラークが軽快なスキップで扉に駆け寄った。
先にその場にいた二人が「何を」と問う隙もない。躊躇なく扉を開け放ったのだ。
その場にいる全員が硬直した。
扉の向こうはもうもうと湯気の立ち込める空間だった。空腹を思い出させる香ばしい湯気だ。何かが弾けるような音が、鍋の中の油だとすぐにわかったのは、予備知識があったからだろう。できればわかりたくなかった。
轟々と燃え盛る炎。逞しい背中。激しく振られる鉄鍋の中で米が踊る。
男の目には執念のようなものが滾り、ひたすらに米を睨みつけている。
扉が開かれたことにも気づいていないようだ。
彼の興味はチャーハンだけにある。
男のいる部屋は円形だった。燃え盛る炎と男。調理台にはチャーハンの具。無造作に置かれた包丁の刃には丸い穴が並んでいる。男は扉が開けられたことにも気づかない様子で、ただただ調理を続けている。
クラークがすすすっと扉の中へ滑り込んで、包丁を持って出てきた。
ぱたむ、と、扉が閉められる。熱気と光が遮られ、冷え冷えとした空気が戻る。
誰もが呆気に取られて見守る中、彼は、誇らしげに包丁を掲げた。
「念願のチャーハンソードを手に入れたぞ!」
「嘘ぉっ!?」
思わずツッコむ。それで我に返る。
ジュリアは異世界の生き物を見る目でクラークを見た。彼は小動物でも抱いているようなうっとりした顔で包丁に頬ずりし始めた。気味が悪い。
「……ルーク様を出し抜いてなんてことを!」
「そっ、そうだ! それを返せ、兄さん! 本当に世界を滅ぼすつもりなのか!?
いいや、そんなことはさせない! 貴様の野望はここで阻止してくれる!」
イマツの声で現実に帰ってきたらしいルークが声を張り上げたが、言っている内容は相変わらず異世界のことだった。
それとも、事態はそれだけ切迫しているのだろうか。チャーハンで。
「ひょーほほほほほほほほほーっ」
クラークはその場で一回転。なにやら怪しげな奇声を上げながらバックステップで通路の闇へと消えて行った。止める間もない、不自然なまでの素早さだった。
それを追ってルークとイマツが走り去っていく。残されたのはジュリアとエルフと半裸。この二人は、少なくとも意味不明なことを言って意味不明な行動をしたりはしない。
久しぶりに現実が(少なくとも現実に近いものが)手元に帰ってきたような気がした。
PR
トラックバック
トラックバックURL: