キャスト:ジュリア リクラゼット イェルヒ
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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現代において“魔法”とは、理路整然とした一つの技術だが。
では過去には何だった? “魔”とは神の律に反するものであり、即ち、神が創りたもうた世界の一部を勝手に書き換える業。
ある魔法使いは言った。我々は芸術を持って世界と戦う者だと。
神の絵画を書き換える、大それた芸術家どもが振るう絵筆が魔法だと。
だから、魔力を行使するときには、一つの完成した絵画に好きな色の絵の具を塗りたくる様を想像してみればいい。きっと上手くいく。
「地下ならば根を伸ばせ、闇ならば蔓を伸ばせ。
お前に届かない場所はない、茨よ、来たれ、来たれ、――!」
無意識に師の教えを思い出しながら、ジュリアは呪文を叫んでいた。内容に意味はない。だから意味が通っていなくても構わない。ただ、思いつくままに、言葉[フデ]で魔力[エノグ]を叩きつける。
何もない空中から、茨の蔓が顕現する。かすかな魔力の匂い。
蔓は馬鹿弟とその付き人に忍び寄って絡み取る。
「なっなんだ、何をしたんだ兄さんッ!!」
「ルーク様になんて姑息な真似を!」
縛り倒された二人が喚いたが――別の人にやつあたりしてくれたから聞き流す。ジュリアは息を吐いて、吹き飛んだクラークの方を見た。いない。
「思い知ったか!」
振り返ると、いつの間にか復活した彼が勝ち誇りながら弟を足蹴にしていた。
「やはり追ってきていたか、弟よ。しかしお前に至宝を渡す気はない。
半裸まで雇ったというのに残念だったな」
「雇われ…?」
半裸の男が疑問の声を発したのをジュリアは聞いていた。無関係だろう、無関係なのだろう。格好は怪しいが、馬鹿兄弟とその付き人よりは話が通じそうな気がする。
しかし縋る目を向けかけ、いや待てよ、と考え直す。何故なら、彼は半裸だからだ。こんな場所に半裸で登場する意味がわからない。よって怪しい。
「というわけで先へ進むわよ西の魔女!」
何故かカマ言葉で叫んでクラークは部屋から飛び出した。彼と一緒に行動するのも嫌だったが、ここに残るのも嫌だったので、ジュリアは慌てて追いかける。
「あ、待てっ、コラ! 貴様に渡すわけにはいかない!!」
弟一味の怒鳴り声は華麗にスルー。
前のクラークは、大荷物を背負っているにも関わらず、やたら軽快なスキップで闇の奥へ直進していく。ジュリアが走るのと同じような速度だ。
確かに運動は苦手だが……スキップしている相手に追いつけないほどではないはず。ああ、ここは、やはり異次元なのか、そうなのか。悪夢だったらそろそろ醒めてくれ。
悪夢ではないのだとしたら、いっそ世界が滅んで欲しい。やたら世界を滅ぼしたがる大魔王とかの気持ちが少しだけわかった。
「……天使様、浄化の日は、いつですか?」
「魔女ってシューキョー信じるの?」
「まったく全然」
走りながら喋ったせいで息が切れる。脚に絡みつくスカートが鬱陶しい。
こんな格好をしてきたのは失敗かも知れないと思いながら、同時に、そう後悔したところで改めたりはしないだろうとも思った。ジュリエッタ・ローザンハインは変化を嫌う。訪れてしまえば享受するが――自分から望むことは、ない。
「じゃあ何を信じる?」
クラークの声は笑っていた。悪意も揶揄も忍ばせようがないほど純粋に明るく。
背後から騒ぎ声と、数人が走る音が聞こえてきた。意外と早かった。
「別に」
息が切れる。ぜいぜいと肺に空気を送り込む。返事は恐らく言葉にならなかった。何も信じないわけではない。信じるものがあるわけではない。つまり、そこらへんに転がっている自称無神論者よりは誠実で、自称敬虔な信徒よりは正直だということだ。
今、信じられないものはただ一つ。
“いちど手にすると、ことあるごとにチャーハンを作りたくなる呪いのナイフ”などというよくわからないもののために、馬鹿と遺跡にもぐって、しかもライバルが出現して、挙句の果てにそのライバルも馬鹿だという、どうしようもないこの現実だ。
すべて嘘だったらいいのに。作り事だったらいいのに。
誰か「これ全部ジョークでした」ってタネ明かしをしにしてくれないだろうか。そうしたら笑ってやる。そいつを捕まえて燃して潰して刻んで埋めてから。
「あ、誰かいる」
「え?」
キキキーッ! と、ありえない音を立ててクラークが急停止した。ジュリアは足を止め、肩を上下させながら振り返った。前は馬鹿が見ているから、馬鹿なりに対処するだろう。後ろからは馬鹿が追ってくるから、近づかれる前に処理しなければいけない。
「やあやあお兄さん、こんなところで一体何をしているのだにだ?
この奥には秘宝があって、弟に自慢した跡でチャーハンが世界を滅ぼす予定」
……後ろは気にしないことにする。ちょっと可哀想な気もしたが、こんなところに一人でいるのだから、やっぱり不審人物だろう。二人や三人でも怪しいが。いっそ、自分以外は全員が怪しいということでいいか。
馬鹿弟が追いついてきた。
ジュリアは口を開いた。
「そこで止まれ。馬鹿同士で鉢合わせたら面倒だから」
「なんだお前は!」
「遅っ」
今まで眼中になかったということか。いっそ見られないままのほうがよかったかも知れない、なんて少しだけ思う。いや、嘘だ。少しどころではない。一言目を発した時点でいきなり後悔しながら、ジュリアは半眼でルークとその連れを見た。
「ええと……後ろの馬鹿に雇われた。
お前らを亡き者にしつつ、馬鹿がくっだらないナイフを手に入れるのを手伝う」
後ろから声がかかった。
「いちおう弟だから生かしといてくれると嬉しいなり」
「……さっき、手段は選ばなくていいと言ったのに……まぁいいや」
どうしても殺したいということはない。存在ごと抹消したい気分がまったくないとは言わないが、いちいち実行していたら犯罪者だ。
ジュリアはわざとらしく咳払いして、ルークに指を向けた。
「そういうわけでお前ら帰れ」
「…………ふざけるなっ」
「ルーク様に向かってなんてことを!」
二人組は一瞬だけ黙った後、わかりやすいほど顔を真っ赤にして激昂した。
口々に言い返してくる。その間にも後ろで馬鹿が何か言っていて――何やら絶望しきったうめき声のようなものが聞こえたが、気にしないことにしよう。
二人組の背後に、歩いて追いついてきた、半裸の男が現れた。
もう、何がなんだかわからない。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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現代において“魔法”とは、理路整然とした一つの技術だが。
では過去には何だった? “魔”とは神の律に反するものであり、即ち、神が創りたもうた世界の一部を勝手に書き換える業。
ある魔法使いは言った。我々は芸術を持って世界と戦う者だと。
神の絵画を書き換える、大それた芸術家どもが振るう絵筆が魔法だと。
だから、魔力を行使するときには、一つの完成した絵画に好きな色の絵の具を塗りたくる様を想像してみればいい。きっと上手くいく。
「地下ならば根を伸ばせ、闇ならば蔓を伸ばせ。
お前に届かない場所はない、茨よ、来たれ、来たれ、――!」
無意識に師の教えを思い出しながら、ジュリアは呪文を叫んでいた。内容に意味はない。だから意味が通っていなくても構わない。ただ、思いつくままに、言葉[フデ]で魔力[エノグ]を叩きつける。
何もない空中から、茨の蔓が顕現する。かすかな魔力の匂い。
蔓は馬鹿弟とその付き人に忍び寄って絡み取る。
「なっなんだ、何をしたんだ兄さんッ!!」
「ルーク様になんて姑息な真似を!」
縛り倒された二人が喚いたが――別の人にやつあたりしてくれたから聞き流す。ジュリアは息を吐いて、吹き飛んだクラークの方を見た。いない。
「思い知ったか!」
振り返ると、いつの間にか復活した彼が勝ち誇りながら弟を足蹴にしていた。
「やはり追ってきていたか、弟よ。しかしお前に至宝を渡す気はない。
半裸まで雇ったというのに残念だったな」
「雇われ…?」
半裸の男が疑問の声を発したのをジュリアは聞いていた。無関係だろう、無関係なのだろう。格好は怪しいが、馬鹿兄弟とその付き人よりは話が通じそうな気がする。
しかし縋る目を向けかけ、いや待てよ、と考え直す。何故なら、彼は半裸だからだ。こんな場所に半裸で登場する意味がわからない。よって怪しい。
「というわけで先へ進むわよ西の魔女!」
何故かカマ言葉で叫んでクラークは部屋から飛び出した。彼と一緒に行動するのも嫌だったが、ここに残るのも嫌だったので、ジュリアは慌てて追いかける。
「あ、待てっ、コラ! 貴様に渡すわけにはいかない!!」
弟一味の怒鳴り声は華麗にスルー。
前のクラークは、大荷物を背負っているにも関わらず、やたら軽快なスキップで闇の奥へ直進していく。ジュリアが走るのと同じような速度だ。
確かに運動は苦手だが……スキップしている相手に追いつけないほどではないはず。ああ、ここは、やはり異次元なのか、そうなのか。悪夢だったらそろそろ醒めてくれ。
悪夢ではないのだとしたら、いっそ世界が滅んで欲しい。やたら世界を滅ぼしたがる大魔王とかの気持ちが少しだけわかった。
「……天使様、浄化の日は、いつですか?」
「魔女ってシューキョー信じるの?」
「まったく全然」
走りながら喋ったせいで息が切れる。脚に絡みつくスカートが鬱陶しい。
こんな格好をしてきたのは失敗かも知れないと思いながら、同時に、そう後悔したところで改めたりはしないだろうとも思った。ジュリエッタ・ローザンハインは変化を嫌う。訪れてしまえば享受するが――自分から望むことは、ない。
「じゃあ何を信じる?」
クラークの声は笑っていた。悪意も揶揄も忍ばせようがないほど純粋に明るく。
背後から騒ぎ声と、数人が走る音が聞こえてきた。意外と早かった。
「別に」
息が切れる。ぜいぜいと肺に空気を送り込む。返事は恐らく言葉にならなかった。何も信じないわけではない。信じるものがあるわけではない。つまり、そこらへんに転がっている自称無神論者よりは誠実で、自称敬虔な信徒よりは正直だということだ。
今、信じられないものはただ一つ。
“いちど手にすると、ことあるごとにチャーハンを作りたくなる呪いのナイフ”などというよくわからないもののために、馬鹿と遺跡にもぐって、しかもライバルが出現して、挙句の果てにそのライバルも馬鹿だという、どうしようもないこの現実だ。
すべて嘘だったらいいのに。作り事だったらいいのに。
誰か「これ全部ジョークでした」ってタネ明かしをしにしてくれないだろうか。そうしたら笑ってやる。そいつを捕まえて燃して潰して刻んで埋めてから。
「あ、誰かいる」
「え?」
キキキーッ! と、ありえない音を立ててクラークが急停止した。ジュリアは足を止め、肩を上下させながら振り返った。前は馬鹿が見ているから、馬鹿なりに対処するだろう。後ろからは馬鹿が追ってくるから、近づかれる前に処理しなければいけない。
「やあやあお兄さん、こんなところで一体何をしているのだにだ?
この奥には秘宝があって、弟に自慢した跡でチャーハンが世界を滅ぼす予定」
……後ろは気にしないことにする。ちょっと可哀想な気もしたが、こんなところに一人でいるのだから、やっぱり不審人物だろう。二人や三人でも怪しいが。いっそ、自分以外は全員が怪しいということでいいか。
馬鹿弟が追いついてきた。
ジュリアは口を開いた。
「そこで止まれ。馬鹿同士で鉢合わせたら面倒だから」
「なんだお前は!」
「遅っ」
今まで眼中になかったということか。いっそ見られないままのほうがよかったかも知れない、なんて少しだけ思う。いや、嘘だ。少しどころではない。一言目を発した時点でいきなり後悔しながら、ジュリアは半眼でルークとその連れを見た。
「ええと……後ろの馬鹿に雇われた。
お前らを亡き者にしつつ、馬鹿がくっだらないナイフを手に入れるのを手伝う」
後ろから声がかかった。
「いちおう弟だから生かしといてくれると嬉しいなり」
「……さっき、手段は選ばなくていいと言ったのに……まぁいいや」
どうしても殺したいということはない。存在ごと抹消したい気分がまったくないとは言わないが、いちいち実行していたら犯罪者だ。
ジュリアはわざとらしく咳払いして、ルークに指を向けた。
「そういうわけでお前ら帰れ」
「…………ふざけるなっ」
「ルーク様に向かってなんてことを!」
二人組は一瞬だけ黙った後、わかりやすいほど顔を真っ赤にして激昂した。
口々に言い返してくる。その間にも後ろで馬鹿が何か言っていて――何やら絶望しきったうめき声のようなものが聞こえたが、気にしないことにしよう。
二人組の背後に、歩いて追いついてきた、半裸の男が現れた。
もう、何がなんだかわからない。
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