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PC ニーツ イートン 八重(ウサギ)
場所 ヴェルン湖
NPC 市長(ジェームス)・ナスビ・ベル=リアン
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最後にベル=リアンの瞳に映ったのは、冷徹で美しい、赤と青の瞳。
中性的な、歌うような少年の声が逆うことを許さない絶対的な魔力と共に審判を下す。
「お前を連れて行ってやろう―――絶望の淵へ」
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「うぅ……」
閉じた瞼に、容赦なく光が溢れた。目の奥を焼かれるような眩い光に、ベル=リアンは意識を覚醒させた。
「ここは…」
身体中が痛みを訴えている。治癒の速度が遅いのは、殺傷の意志を持った魔力に傷つけられたからだ。
後ろには、巨大な黒い怪物が伏していた。
(出来損ないの駄犬か)
彼ら兄弟がこの地に来た際、最初に目をつけた存在。人間などに魔族の魂を弄ばれるのは気に食わないのでいつか始末してやろうと思っていた……。その黒い毛並みに手を触れようとして、止める。
魔力が封じられている。
(ちっ。まずはこの結界から出なければ)
心の中で舌打ちして周りを見ると、光の壁の向こうで困惑気にこちらを見る紫の瞳と目が合った。
―――あいつが術者か。
「ねぇ、お願い助けてよ」
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イートンは、迷っていた。
あと一節唱えれば、魔方陣は完成する。市長の複数の人格を結び付けていた核――
―魔族の魂を魔界へ還せば全てが終わるのだ。しかし、ニーツが放り入れた少年魔族、ベル=リアンの存在が、イートンに戸惑いを生じさせた。
「コラっ、イートン!さっさとせぬか!夜が明けてしまうわッ」
「ねぇ!本当だよ。僕本当に反省してるんだ!人間とだって仲良く出来るよ。あんな
酷い場所に閉じ込める気なの!?」
「酷い・・・場所?」
思わずベルの言葉を反芻する。魔族を魔界に返す魔方陣。イートンは唯、彼らを元の場所に戻すだけだと思っていた。 だからこそ、呪文の最後の節とベルの狼狽ぶりが気になっていたのだが・・・。
「イートン!何をぼさっとしてる!」
先ほどまで、上機嫌だったニーツの顔が見る見る不機嫌なものへと変わっていく。
その殺気にイートンまでが身を竦ます程だ。
「おいおい、ニーツ。お主まで月の魔力に振り回されておるのか?」
ニーツの横でナスビが呆れた声を上げた。
「ニーツ君・・・これはどういう・・・」
イートンは問いを口に乗せるが、最後までいう事ができない。ベルの後ろで黒い影が動いた。
「・・・・・・ジェームズ」
陽炎のように身体を揺らめかせ、『月夜の野犬』が体を起こす。意識が覚醒する前から、本能的にこの魔方陣から脱出しようと輝く壁にその身体をぶつけた。二度、三度。グワァァンと音の波紋が広がり、結界内で反響する。その衝撃は、術者であるイートンまで伝わり、その激痛で胸を押さえる。
「くッ」
光の壁が破れぬことを知ると、次に『月夜の野犬』の行動を支配したのは《食欲》だ。脱出困難な場所において、野犬が狙うことができる獲物は唯一人。それも、幼く旨そうな――――
「や、やめろッ」
光の灯った野犬の瞳を見て、ベル=リアンは恐怖の声を上げた。先ほどの、イートンに対する演技とは違う。いくら魔族の運動能力を持ってしても、魔力の行使の出来ないベル=リアンでは獰猛な獣に勝つすべは無い。
「だ、誰か。に、兄ぃ……」
背が結界に触れた。光により生じた熱が、恐怖で震える少年の体を温めることは無かった。汗が頬を伝う。逆に、獲物を前にして、野犬の口から流れる涎は地に垂れ落ち、すぐに高熱の空間であっという間に蒸発した。
「ガルルゥ―――!」
貪欲な牙が、ベル=リアンの首元を狙った。咄嗟によけるが肩の肉を持っていかれる。それを胃袋へ流し込んだ野犬が再び襲い掛かる。地面に押し付けられると、野犬は少年の内臓を荒らし始めた。いっそ意識を失ってしまえれば良かったのに。しかし、魔族の驚異的な意思と生命力がそれを許してはくれなかった。鋭い牙に切断された組織が再び再生を始める。線維が絡み合い筋肉を形成し、再び食われていく。拷問のように激痛が繰り返される―――。
「ぐァああああああ!!!」
「駄目です!!僕は、黙って見てられません!!」
「ならばさっさとゲートを閉じる呪文でも唱えるんだな」
堪らず声を上げたイートンに、ニーツが冷ややかな返答を返した。既にゲートは降りている。あとは彼らを魔界へ帰すだけ。
「どのみち、死ぬより辛い場所に行くはずだったんだ。死ねるだけ幸いだろう。兄の元にも行けるんだしな」
「そ、そんな……酷い」
「酷いのはお前だろう?お前は市長との約束を破り、たかがあのガキの為に儀式を中断させる気か?失敗すれば、二度目は無い。八重の秘密を知るチャンスも同時に無くなるんだぞ?」
ニーツの言葉は正しかった。だから、イートンもまた従うしか無かったのだ。
胸が、ジュームズに結界を攻撃されたときよりも強く締め付けられ痛んだ。全身が、この行為を否定する。
「魔界への門番よ! 我は鍵を受け取りし者 極寒の檻の道を望む者
この獰猛なる獣を 永劫の沼地に身を沈めん―――!!」
コレデ、イイノ?――――
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ヴェルンの森から一筋の光が立ち昇った。
まるで湖に降り立った月の女神が、使者に誘われて満る月の都に帰って行く様な眩い光の橋。その異変に気がついた人々は、その幻想的な夜景に心を奪われたが、町の外れで、森の入り口で、この光景の真実を知るものだけが、複雑な表情で、安堵の息を吐いた。
「ようやく終わったようだな……」
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イートンを囲っていた魔方陣は余波の風と共に解け、魔法文字だけが、蛍のように微かな光を放っていた。
目の前には、市長――既に人の姿に戻っている――が倒れていて、ベル=リアンの姿は無かった。
ただ、血痕だけは、暗闇の中でも見紛うことなく広がり、己の目に焼き付けた生々しい光景がイートンの中でフィードバックする。
「どうして……言ってくれなかったんですか?」
「手に余る犬を二度と戻って来れ無い場所に捨てるのに何の問題がある」
「でも、あの子まで道連れにする必要は無かった!」
「イートン、お前はあいつが魔族だと言うことを忘れていないか?」
「でも、子供じゃないですか!!」
幼い頃、家の隣に住んでいた少年が突然消えた。満月の翌日だった。別に、彼がベル=リアンに似ていたわけではない。
彼ではなく、ベル=リアンと重ねたのはイートン自身だった。ニーツはベル=リアンに一切の情けもかけようとしなかった。確かに、彼は仲間ではない。それでも、いつか自分もこんな風に切り捨てられてしまうのではないかと恐怖を感じていたのだ。
そして、ニーツは今も訳が分からないと言う顔でこちらを見ていた。もちろん、少し怒っているようだったが。
「やっぱり、あなたは魔族なんですね」
足元で、発光していた文字が徐々に光を失い消えた。それは空が明るくなり始めた印でもあった。
一度もこちらを振り返らずにその場を後にしたイートンに、ニーツは小さく呟く。
「何を今更…」
それは彼の耳には届かなかったが、隣に立っていたナスビには十分に届く声量。
「お主こそ、いい訳くらいすれば良かったのだ。野暮用に随分と時間をかけておったではないか」
「ふん、たかが弱小魔族の相手をしただけだ」
「ほほぅ。ならば何故そのような顔をしておるのだ?いくら長き時を生きておろうと所詮は見かけ通りの子供だのぅ」
「五月蝿い!」
わざわざ腰を曲げて子供に言い聞かせるような仕草をしたナスビの足に、ニーツが蹴りを入れる。
しかし、衝撃は軽く無く、ニーツの足は勢い余って空を切った。再び兎の木彫り人形へと戻ったナスビがコロコロと転がっていく。
「コラーー!!ナニするのだ!」
「もう……朝か」
長い一夜を終えた彼らにも、普段と変わらず朝が訪れた。
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