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PC 八重・イートン・ニーツ
場所 ヴェルン市長亭
NPC クリエッド・ワトスン市長(ハドソン・ジェームス)・ナスビ
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夜空の光を集め、目映くきらめくヴェルン湖の辺りを、二つの巨大な影が猛スピードで移動していった。
一つはウサギ、一つは野犬。光の悪戯としか思えない巨大な影は実際を持っても大きなものであったが、満月の悪戯であることも、また否定は出来ない。
肉眼では見えぬ、細く強じんな糸が幾十にもそのウサギの身体に巻きつき、自由を奪っていた。悶えながら引き摺られるその身体を黒い犬が追う。その距離を次第に狭
まっていた。
野犬がウサギに追いつくよりも早く、ウサギのするどい爪が身を拘束する糸を引きちぎった。勢いで軽くバウンドするが、すぐさま応戦の姿勢に入った。
「切れた。さすがルナシーというべきか・・・」
前方を走っていた青年が舌打ちとともに振り返る。
長い髪が音を立てて広がるが、赤い紐で結われていためすぐに彼の背中に落ち着いた。その色は月の白い光に酷似しながらも、仄かに赤みを帯びていた。その髪よりも
さらに暗い赤の瞳を半眼にして、青年はあとわずかに迫った魔方陣と、戦う二匹を交互に見た。
「イートンがどれだけ詠唱を終えたか分からぬからな・・・」
逆方向に走り出すこともないだろう。
そう見当をつけて青年は魔方陣の中枢へと跳んだ。
―――
詠唱が途切れた。それは節と節との間に置かれた束の間の休息。
イートンは額の汗をぬぐって一息吐いた。
「・・・ふぅ」
「おい。イートン」
「うわぁぁぁ!?」
いきなり後ろから声がして、心臓が止まるかというほど驚く。
「何をそんなに驚いておるのだ。
まぁ、ゲートを固定できた事は誉めてやらぬでもないが」
「・・・・・」
「どうした?」
イートンはその紫の瞳を見開いて、背後に現れた成年の顔を食い入るように見つめた。
「・・・ナスビちゃん?」
「いかにも。ふふん、我輩のビューティホーな姿に感服したようだな」
満足げにイートンを見下ろす成年・・ナスビは、木兎の時と変わらぬ尊大な赤い瞳を満足げに細める。
白い貫頭衣に、中から紅い薄布が重ねてある。全身を白に染め上げたその衣装にイートンは見覚えがあった。そう、ニーツの持ってきた本に描かれていた、ヴェルンの戦士の服だ。胸元には金の糸に通された赤い珠が幾つも光っており、その数により地位と強さが示されたという。
「うっわー」
ヴェルンの古代人に遭遇したイートンは頭のてっぺんからつま先まで無遠慮に見つめて、一言。
「かわいくない・・」
「な、何だと!このメガネがっ!」
その言葉にすぐさまナスビが反応する。
「だって、前の姿の方が絶対可愛いじゃないですかー!」
「我輩の美しさがわからんとは。だからお主はメガネなのだ!」
「こんなん、抱っこしてると思ったら悲しくなりますよ~」
「お主が勝手にやってるだけであろうが!!」
「もう遊んであげないですよ」
―――――望むところだ。
そうナスビが叫ぼうとした瞬間、ジェームズの咆哮が湖に響いた。
「・・奴らの存在を忘れておったわ」
「八重さんは、大丈夫なんですか!?」
「なに、そう簡単にはやられぬだろう。それより、ニーツはどうした?」
「それが僕にも・・野暮用が何とかって」
「ふぅん」
ナスビは生返事をしながらニーツの気配を探る。ルナシーやジェームズよりもさら
に抜きんでた魔力を放つ気配が一つ。そしてまた、別の存在も感知された。
「まぁ、心配要らぬ。これからジェームズを前方の魔方陣に招き入れる。お主はそこから出てはならぬぞ」
ヴェルン湖の辺(ほとり)に描かれた魔方陣は二つ。一つはイートンが立つ召喚用の魔方陣、もう一つは魔族の力を封じ、魔界へ送り返すための魔方陣だ。イートンが己の血を使わずにゲートを開いたのは、実際の召喚を避けるためであるあ。しかし、術者の血と代用できる動物は稀少で、今回使われたのが例の袋の中の・・・・謎の生き物である。
「八重さんは魔法陣の中に入っても大丈夫なんですか?」
「我輩が切り離す。良いか、絶対にこの外には出るでないぞ?術の失敗が市長のような存在を生むのだからな」
引きつった笑いを浮かべながらイートンは頷く。
そして、次の段階の呪文を唱え始めた。
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「どうした、ウサ公。」
ジェームズの振るった爪が深く八重・・・ウサギの肩を抉った。吹き出す赤い血が白い毛を染める。しかし、ウサギもまた低い唸り声を上げてジェームズに襲いかかる。
横に飛退いたジェームズだが、高く飛んだウサギは素早く身体を反転させて蹴りを放った。重心の低いウサギはそのまま続けてジェームズに体当たりを食らわせ、その
身体に歯を立てる。今度はジェームズが血をまき散らしながら、地を転がる。
二匹の力はほぼ互角だ。
お互いに見つめあったまま、態勢を整える。雲一つかかる事なく満月は彼らの上空にあった。その光を浴びてウサギの赤い瞳は獰猛さを増し、野犬は零れる月の光りを振り落とすように黒い身体を奮わせた。
二匹が同時に地を蹴った瞬間、その間に人の形をした影が滑り込んだ。
「離れよ。じゃれ合っている暇は無いのだ」
二匹の鼻先に両手を広げる。
掌より放たれた魔法に二匹はあっけなく吹き飛ばされた。
「我輩はヴェルンの守護霊なり。
この地での争いは我輩の審判無くしておこなうこと不可能であるぞ」
「おまえだな・・さっきから邪魔してるのは」
ジェームズがその鼻で素早くナスビの正体を察知する。
「邪魔なのは・・ぬぅあっち!」
ジェームズと向き合っていると、後ろからウサギが攻撃を仕掛けてきた。それをすんでで避けて、ナスビは水面に着地した。静かに波紋を広げるヴェルン湖に立ってナスビはうなる。
「本当に邪魔なのはウサギの方か・・」
一応正体は八重なのだから無駄に攻撃はできない。しかし、手加減などすれば危険なのは自分の方だ。
「全く、久々に元の姿に戻ったというのに・・・」
腕を組んで溜息をつくと、ナスビは再び戦い始めた二匹の前に割って入った。
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