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PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン 市長邸・図書館
NPC 市長(クリスティ)・クーロン
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どうしても、理論に何かが足りない気がして、ニーツは本を閉じた。
夜の帳もすっかり落ち切り、既に月が皓々と地上を照らしている時間帯である。大体この時刻になると、クリスティやらエドガーやらが、何故かお茶を持ってこの部屋にやって来る。折角ハドソン夫人が八重に夢中だというのに、夜は彼が寝てしまうために、夫人も引っ込んでしまうのだ。代わりに出てくる二人は、何故かニーツに執心の為、こんな時刻にお茶、と言う事態が起こる。
出来れば、どちらかが来る前に、いなくなりたい。
窓を開けると、夜の冷たい風が、部屋の中にスッと入り込んできた。日がな一日本に向かっているニーツにとっては、心地良い。
フワリと、ニーツは窓の外に跳んだ。そのまま屋根の上に移動し、空を見上げる。今宵は十三夜。もうほとんど真円に近い月が、ニーツを見下ろしている。
「さてと…、こっちも気が進まないが、行くか」
なんだか最近、気の進まないことばかりさせられている気がする。心の中で自嘲したニーツの姿は、一瞬後には、其処になかった。
「おねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃん…」
「ああ、ちょっと待って下さいよ!今日くらいは!!」
嬉しそうにお茶を運ぶ市長-クリスティをと、それを必死で止めるイートンは、書斎の扉を開けた瞬間、キョトンと目を瞠った。其処には誰もおらず、開け放たれた窓から入ってくる夜風が、カーテンを揺らすのみ。
「おや…留守ですか…」
「えー、おねぇちゃんいないのぉ?」
「あの…何度も言うようですが、ニーツ君は女の子じゃないですよ」
「違うよぅ。おねぇちゃん、男の子じゃないわ」
ある意味、どちらも正しい。
「と、とにかく、今日はいないんですから、仕方ありませんよ」
「え~!!おねぇちゃんと遊びたい!!」
「遊ぶほど、ニーツ君は暇じゃないんですから。ほら、今日は僕が遊んであげますから」
エドガーとか、ハドソン夫人と入れ替わらなければ。心の中で、こっそりと付け足す。
「えー、じゃあ、仕方ないわ。イートンおにいちゃんで我慢してあげる」
「あ、ありがとうございます…」
(僕も明日は、蝙蝠とか運ばなきゃいけないのに…とほほ)
クリスティに答えながら、心から涙するイートンであった。
-トン-
軽い音を立てて、ニーツはその場に降り立つ。
「来よったな」
「来て悪いか」
すぐ右手の暗がりから聞こえてきた声に不機嫌に答える。
「此処は静かに本を読む場所だぞい。騒がれると困るのじゃがな」
「どうせ、俺しか来る奴はいないんだろう?」
「言いよるわい」
フッと奥の声の主は、鼻で笑った。
「久しぶり、という感じは全然しないのぅ」
「当たり前だろう」
「お前が来るんだったら、ポポル辺りを呼んでおけば良かったかの?」
「嫌味か?それは」
「おや?嫌いだったかね?ニーツちゃんニーツちゃん騒いでおるぞ?」
「その呼び方がなければ、な」
心底嫌そうに呟いたニーツに、奥の声は可笑しそうに笑った。
「今日は調べ物かね」
「ああ。見るくらいは良いだろう?」
「別に構わんよ。お前以外、来る者もいないしな」
ニーツは、声の方を見た。其処には、見覚えのある老人-クーロンの姿。
「それにしても、どうしてお前は、人間の為などに其処までするんじゃ?」
ふと、クーロンが尋ねた。次の瞬間、辺りの景色が一変する。真っ暗闇だった空間が、天まで届きそうなほど高く、広い本棚群に変わる。
普段は”知識”という形で保管されている膨大な量の蔵書は、こうして、司書の手によって”本”という形で再現されるのだ。勿論、来た客にどれほど知識を与えるかも、司書はコントロールする事も出来る。特に、貸し出し禁止の指定がされている本は、危険な知識等もあるため、司書が認めた一部の者たちしか見ることが出来なかった。
彼らが『知識の番人』と称される所以である。
「さあ、な」
本を一冊手に取りながら、ニーツは答える。本来なら、”知識”を全て把握しているクーロンに、蔵書の内容を尋けば良いだけの話なのだが、ニーツはこうやって、本を捲りつつ自分で探すのが好きだった。
それを知っているから、クーロンも何も言わないし、教えない。
「単なる好奇心って奴さ」
「ほおう…」
小さく関心の声を上げながら、クーロン。
「そう言えば、あやつも同じ事を言っておったのう…」
「あやつ?」
「お前を育てた男だ」
一瞬、ニーツのページを捲る手が止まった。そして、
「ああ」
気のない返事と共に本を閉じ、別の本を取り出す。
「人間とは、とても興味深い生き物だ。いつか人間と魔族が一緒に暮らせる日が来るとか何とか言っておったわい。所詮は夢物語だと思っておったがの。お前もその影響か?」
「………養父の事は、あまり覚えていない」
寧ろ、忘れていた。あの、エルフの森の一件以来、ぼんやりと思い出しているのだが…
「ふん。そうかい。では、今度ゆっくり話しでもするかの……それにしても、お前やあやつを見ていると、どうしても、思うな。知識ばかりのワシらより。お主らの方が色んな物を知り、様々な物が見えておると。羨ましいことだ」
「クーロン…」
「さて、これ以上邪魔しても悪いからの。ワシは退散するよ。また、見付からなかったら声を掛けておくれ」
「あ、ああ、悪いな」
小さな笑い声をあげて、クーロンの姿が消えた。
「人間との、共存か…」
一人残されたニーツは、静かに手に持っていた本を開く。
ニーツの、紙を捲る音以外、何も聞こえないこの空間で、ニーツは一人、思いを馳せる。
自分の生まれてきたことの意味。長く、考え続けていたその答を。
「これ、借りて行くぞ」
漸く見つけた『ドクター・レン』に関する本数冊を片手に、ニーツはクーロンに話しかけた。
「おや?お前は貸し出し禁止にしていた筈じゃぞ?見るだけだと言っておったじゃないか」
「まあ、良いじゃないか」
「駄目だ。…まあ、どうしても、って言うなら反省作文10枚追加で手を打っても良いが」
にやりと、意地悪そうな笑みを浮かべ、クーロンが言い放つ。
「せめて5枚」
「聞けんなあ」
「6枚」
「ふふふ」
一向に折れる様子のないクーロンに、ニーツは小さく舌打ちする。
「チッ。仕方ない」
「お前がどんな反省文を書いてくれるか楽しみだわい」
「追加分はお前への恨みで埋めてやるよ」
そう言って立ち去ろうとしたニーツを、クーロンはニーツ、と名を呼んで引き留めた。
「…何?」
「気を付けなされよ。あの土地には、未だレンの影響が色濃く残っている。あと、リアン兄弟のもな」
「ああ」
「ちゃんと戻ってくるのじゃぞ?まだ説教聞かせてないからな」
「…」
曖昧な笑みを浮かべ、ニーツの姿が消える。
それを見届けたクーロンは、寂しそうに呟いた。
「それにしても、あやつの事を忘れているとは。いや、自分で忘れたのかな。余程…」
メイルーン市長邸に戻ってきたとき、既に月は沈みきり、太陽が主導権を握る時刻となっていた。
今頃は、いつものごとく八重がハドソン夫人に追いかけられ、イートンは材料調達に行っていることだろう。実際、書斎の窓から中庭を見下ろすと、市長らしき人物が誰かを捜し回っているのが見える。八重は、今日も草むらに隠れているのが見えた。良い囮、というか生け贄になってくれている。夜もそうしてくれれば有り難いのだが。
「さあて。後はこの本に載っていた理論を組み込めば完成、だな」
ニーツは、一つ大きな伸びをして、窓から離れた。窓は、そのまま開け放しておく。
明日の夜までには十分間に合うだろう。
取りあえず、少し眠ろうとニーツは思った。
満月まで、あと二日。
PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン 市長邸・図書館
NPC 市長(クリスティ)・クーロン
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どうしても、理論に何かが足りない気がして、ニーツは本を閉じた。
夜の帳もすっかり落ち切り、既に月が皓々と地上を照らしている時間帯である。大体この時刻になると、クリスティやらエドガーやらが、何故かお茶を持ってこの部屋にやって来る。折角ハドソン夫人が八重に夢中だというのに、夜は彼が寝てしまうために、夫人も引っ込んでしまうのだ。代わりに出てくる二人は、何故かニーツに執心の為、こんな時刻にお茶、と言う事態が起こる。
出来れば、どちらかが来る前に、いなくなりたい。
窓を開けると、夜の冷たい風が、部屋の中にスッと入り込んできた。日がな一日本に向かっているニーツにとっては、心地良い。
フワリと、ニーツは窓の外に跳んだ。そのまま屋根の上に移動し、空を見上げる。今宵は十三夜。もうほとんど真円に近い月が、ニーツを見下ろしている。
「さてと…、こっちも気が進まないが、行くか」
なんだか最近、気の進まないことばかりさせられている気がする。心の中で自嘲したニーツの姿は、一瞬後には、其処になかった。
「おねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃん…」
「ああ、ちょっと待って下さいよ!今日くらいは!!」
嬉しそうにお茶を運ぶ市長-クリスティをと、それを必死で止めるイートンは、書斎の扉を開けた瞬間、キョトンと目を瞠った。其処には誰もおらず、開け放たれた窓から入ってくる夜風が、カーテンを揺らすのみ。
「おや…留守ですか…」
「えー、おねぇちゃんいないのぉ?」
「あの…何度も言うようですが、ニーツ君は女の子じゃないですよ」
「違うよぅ。おねぇちゃん、男の子じゃないわ」
ある意味、どちらも正しい。
「と、とにかく、今日はいないんですから、仕方ありませんよ」
「え~!!おねぇちゃんと遊びたい!!」
「遊ぶほど、ニーツ君は暇じゃないんですから。ほら、今日は僕が遊んであげますから」
エドガーとか、ハドソン夫人と入れ替わらなければ。心の中で、こっそりと付け足す。
「えー、じゃあ、仕方ないわ。イートンおにいちゃんで我慢してあげる」
「あ、ありがとうございます…」
(僕も明日は、蝙蝠とか運ばなきゃいけないのに…とほほ)
クリスティに答えながら、心から涙するイートンであった。
-トン-
軽い音を立てて、ニーツはその場に降り立つ。
「来よったな」
「来て悪いか」
すぐ右手の暗がりから聞こえてきた声に不機嫌に答える。
「此処は静かに本を読む場所だぞい。騒がれると困るのじゃがな」
「どうせ、俺しか来る奴はいないんだろう?」
「言いよるわい」
フッと奥の声の主は、鼻で笑った。
「久しぶり、という感じは全然しないのぅ」
「当たり前だろう」
「お前が来るんだったら、ポポル辺りを呼んでおけば良かったかの?」
「嫌味か?それは」
「おや?嫌いだったかね?ニーツちゃんニーツちゃん騒いでおるぞ?」
「その呼び方がなければ、な」
心底嫌そうに呟いたニーツに、奥の声は可笑しそうに笑った。
「今日は調べ物かね」
「ああ。見るくらいは良いだろう?」
「別に構わんよ。お前以外、来る者もいないしな」
ニーツは、声の方を見た。其処には、見覚えのある老人-クーロンの姿。
「それにしても、どうしてお前は、人間の為などに其処までするんじゃ?」
ふと、クーロンが尋ねた。次の瞬間、辺りの景色が一変する。真っ暗闇だった空間が、天まで届きそうなほど高く、広い本棚群に変わる。
普段は”知識”という形で保管されている膨大な量の蔵書は、こうして、司書の手によって”本”という形で再現されるのだ。勿論、来た客にどれほど知識を与えるかも、司書はコントロールする事も出来る。特に、貸し出し禁止の指定がされている本は、危険な知識等もあるため、司書が認めた一部の者たちしか見ることが出来なかった。
彼らが『知識の番人』と称される所以である。
「さあ、な」
本を一冊手に取りながら、ニーツは答える。本来なら、”知識”を全て把握しているクーロンに、蔵書の内容を尋けば良いだけの話なのだが、ニーツはこうやって、本を捲りつつ自分で探すのが好きだった。
それを知っているから、クーロンも何も言わないし、教えない。
「単なる好奇心って奴さ」
「ほおう…」
小さく関心の声を上げながら、クーロン。
「そう言えば、あやつも同じ事を言っておったのう…」
「あやつ?」
「お前を育てた男だ」
一瞬、ニーツのページを捲る手が止まった。そして、
「ああ」
気のない返事と共に本を閉じ、別の本を取り出す。
「人間とは、とても興味深い生き物だ。いつか人間と魔族が一緒に暮らせる日が来るとか何とか言っておったわい。所詮は夢物語だと思っておったがの。お前もその影響か?」
「………養父の事は、あまり覚えていない」
寧ろ、忘れていた。あの、エルフの森の一件以来、ぼんやりと思い出しているのだが…
「ふん。そうかい。では、今度ゆっくり話しでもするかの……それにしても、お前やあやつを見ていると、どうしても、思うな。知識ばかりのワシらより。お主らの方が色んな物を知り、様々な物が見えておると。羨ましいことだ」
「クーロン…」
「さて、これ以上邪魔しても悪いからの。ワシは退散するよ。また、見付からなかったら声を掛けておくれ」
「あ、ああ、悪いな」
小さな笑い声をあげて、クーロンの姿が消えた。
「人間との、共存か…」
一人残されたニーツは、静かに手に持っていた本を開く。
ニーツの、紙を捲る音以外、何も聞こえないこの空間で、ニーツは一人、思いを馳せる。
自分の生まれてきたことの意味。長く、考え続けていたその答を。
「これ、借りて行くぞ」
漸く見つけた『ドクター・レン』に関する本数冊を片手に、ニーツはクーロンに話しかけた。
「おや?お前は貸し出し禁止にしていた筈じゃぞ?見るだけだと言っておったじゃないか」
「まあ、良いじゃないか」
「駄目だ。…まあ、どうしても、って言うなら反省作文10枚追加で手を打っても良いが」
にやりと、意地悪そうな笑みを浮かべ、クーロンが言い放つ。
「せめて5枚」
「聞けんなあ」
「6枚」
「ふふふ」
一向に折れる様子のないクーロンに、ニーツは小さく舌打ちする。
「チッ。仕方ない」
「お前がどんな反省文を書いてくれるか楽しみだわい」
「追加分はお前への恨みで埋めてやるよ」
そう言って立ち去ろうとしたニーツを、クーロンはニーツ、と名を呼んで引き留めた。
「…何?」
「気を付けなされよ。あの土地には、未だレンの影響が色濃く残っている。あと、リアン兄弟のもな」
「ああ」
「ちゃんと戻ってくるのじゃぞ?まだ説教聞かせてないからな」
「…」
曖昧な笑みを浮かべ、ニーツの姿が消える。
それを見届けたクーロンは、寂しそうに呟いた。
「それにしても、あやつの事を忘れているとは。いや、自分で忘れたのかな。余程…」
メイルーン市長邸に戻ってきたとき、既に月は沈みきり、太陽が主導権を握る時刻となっていた。
今頃は、いつものごとく八重がハドソン夫人に追いかけられ、イートンは材料調達に行っていることだろう。実際、書斎の窓から中庭を見下ろすと、市長らしき人物が誰かを捜し回っているのが見える。八重は、今日も草むらに隠れているのが見えた。良い囮、というか生け贄になってくれている。夜もそうしてくれれば有り難いのだが。
「さあて。後はこの本に載っていた理論を組み込めば完成、だな」
ニーツは、一つ大きな伸びをして、窓から離れた。窓は、そのまま開け放しておく。
明日の夜までには十分間に合うだろう。
取りあえず、少し眠ろうとニーツは思った。
満月まで、あと二日。
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