PC:イートン・八重・ニーツ・ウピエル
場所:大陸横断鉄道車内
NPC :ナスビ・乗務員s
--------------------------------------------------------------------------------
乗客名簿に指定席の客全員の署名がならんだのを確認して、車掌は運転士に出発の合図を出した。
この世界と異世界の技術を併せ、初めて完成した列車が鉄の道を行く――。
◆◇★☆†◇◆☆★
「さて、俺様はちょいと車内をみまわらにゃあいかんのでな。席を外させてもらうぜ」
「ふん、どこへなりと行くがいいだろう」
列車が動きだし無事空間を抜けて異世界を走り出すと、ウピエルは席を立った。ニーツの相変わらずそっけない反応に苦笑しながら軽く手を振って後部車両を目指す。当然のように、反応はなかった。まぁ初対面でああいう事をすればそれも当たり前か、とウピエルは自分で納得する。自分と同じくらいに生きている存在なんてそうそう会えるモノでもないからといって少々羽目を外し過ぎたといったか。予想以上にからかった時の反応がよかったので関係修復はムリかもしれない、とそこまで考えたところで最後尾の車両に辿り着いた。
「よう、なんか異常はあったか?」
偶然最後尾に居合わせた乗務員に声を掛ける。振り向いた乗務員は敬礼し、異常はありませんと答えた。それに「そいつァよかった」と相槌を打ちながらざっと全体を見て歩く。この車両は貨物車で、クーロンからソフィニアの方へ運ぶ荷物やらなにやらを載せてある。そして、その隅っこには乗るときにペットとして回収されたナスビの姿もあった。抵抗しても無駄だと悟ったのか、今ではただ哀愁が漂う背中をみせるのみだ。
「なぁ、そこのピンク色の物体の事なんだが」
「はい?」
乗務員は首をかしげ辺りを見回し……ああ、得心のいった声をあげる。
「このペットちゃんですね。どうかなさいましたか?」
自分の事に関する話題を聞きつけたのか、ピクりと反応するナスビ。直後に来る地獄の事を彼はまだ知らない。
「実はな、ソレペットじゃなくて今度商品化される予定の玩具だそうだゼ?」
「本当ですか!?」
「ああ。向こうでプレゼンするらしくて最終確認がしたいんだと。返してやれネェか?」
「ええ、そういう事なら大丈夫ですよ。それではアレイド様のところに届けてきますね」
そういって乗務員はナスビをケージから取り出した。
「しかしコレ、まるで生きてるみたいですね~」
言いながら体の各部を生物学的にアリエナイ方向へ動かそうといろいろいじくる。やめろぉぉぉ、と叫ぼうにも叫べないナスビの表情を思う存分堪能してから、あんまり弄って壊すなよ?と助け舟を出した。その言葉でようやく自分のやっている事に気付いたのか乗務員はそれ以上ナスビを弄るのをやめ、持ち主に手渡すべく貨物車両から出て行った。
貨物列車の隣は食堂車になっていて、一流に分類されるシェフが美味い料理でもてなさんと待機している。窓も大きめにつくってあり、特に景色と風景を楽しめる大陸横断鉄道の目玉だ。ここでも特に異常がない事を確認すると、ウピエルは次の車両に向かった。
「ああ、ちょうどよかった。ウピエル様、お手紙が届いております」
食堂車から次の客車に移動しようとしている時に、先ほどの乗務員と再び顔をあわせた。ナスビを持ち主?の元へ返し、戻ってくる所なのだろう。しかし、その手にはさっきまでは持っていなかった白い封筒が握られている。
「手紙?俺様宛のか?」
「はい、どうやら緊急の用事だそうで、先刻停車した駅でくれぐれも、と頼まれました」
移動距離を少しずつ増やしていった流れで、現在横断鉄道にはそれなりの数の駅が用意されている。もし操業となった場合にはもう少し厳選して数を減らす事になるのだが、とりあえず今は全部とは言わないまでもそれなりの数の駅に停車して、客や貨物を降ろしたり乗せたりしている。半分くらいは、鉄道の有益さのアピールもかねて。
どうやらこの手紙も食堂車でシェフと少し話をしている間に止まった駅で渡されたらしい。受け取ってひっくり返し、差出人を見ると古物商や屋敷の管理を任せているメイドの名前が記してあった。
「ふむ……まぁいい。サンキュ、助かった」
乗務員にチップを渡し、封筒を開ける。中にはもう一つ封筒があり、その封筒はどこぞの紋章で封印が押されていた。家宛に送られてきた手紙をわざわざこっちに転送してくれたのだろう。この列車の切符の手配といい、よく気が回る。彼女が居なければウピエルはかなり面倒な思いをする事になっていただろう。そこまで考えた所で、指に触れた蝋の感触に意識が手紙に引き戻される。見た事もない紋章を訝しがりながらもその封筒をあけ、中の手紙を読む事にした。手紙に使われている紙も同じ紋章が入っている特別製で、その手紙がどこかかなりの上流階級から送られてきたという事がよくわかる。
手紙を読み終わったウピエルはしばらく考え事をした後、唇の端をニィっと吊り上げた。
後ろから三両目、食堂車の隣にある客車はウピエルやニーツの席がある車両だ。乗ったり降りたりしているので満席ではないが、それなりに席は埋まっている。目新しいモノを試そうとする物好きな金持ちも、スポンサーというほどのレベルに限定しなければそこそこにいるといういい証拠だ。ちなみにニーツはというと、特にやる事もなかったのか小さな寝息を立てて眠っていた。――こうしていると本気で子供とかわんねぇなぁ――と、本人に知られたら烈火の如く怒るであろう思考がウピエルの脳裏を掠めていった。続いて、悪戯書きでもしてやろうかとも思うがこれ以上警戒心や敵対心をつくってもしょうがないので我慢して、次の車両へ進む事にした。
前から三両目、二つある客車の一両目に当たる。内装や混み具合は他方の客車と特に変わる所はなかった。こちらには、イートンや八重の席がある。
「よう」
二人+一匹が座る席にひょいっと顔を出した。イートンは興味深げに窓の外の景色を眺めている。八重は腕を組んで頭を背もたれに預けていたが、別に寝ているというわけではないようだ。ナスビは窓の枠の所でまるで置物のように硬直している。
「ああ、ウピエルさんですか」
外を見ていたイートンが振り返った。他の二人と違ってかなり警戒心がない動作に、この様子じゃあ二人とも苦労してるんだろうなぁと内心苦笑する。
「どーだい、この列車の乗り心地は?なかなかのモンだろう」
廊下からイートンの椅子の背に手を当てて窓を覗き込む。ちょうどてっぺんが白い雪に覆われた山の横を通過していく所だった。
「ええ、そうですね。すごく快適です」
もともとのスポンサー連が物好きとは言え上流階級の人間で、彼らは当然のように椅子の座り心地やらなんやら非常に拘った。食堂車に一流のシェフを乗せたのと同じように、客車の椅子にも一流の物を起用してあるのだ。その座り心地は硬すぎず柔らかすぎず、長時間座っていても平気なように計算しつくされたモノだった。それが快適でないハズがない。
「ここの二両後ろにゃ食堂車があるんだ。俺様の名前を出せば無料だから行ってみな」
ウピエルは先ほど見回ってきた時に客がこなくて暇だとぼやいていたシェフを思い出す。どの客もまだ馬車よりも早くしかも普段見慣れない風景の中を走る列車の存在が珍しくて、わざわざ食堂車にまで赴こうと思う者が少ないらしい。
「本当ですか?じゃあ後でニーツ君を誘って行ってみますよ」
「ああ、堪能してくれ。さて、あの坊やにとってはちょいと嬉しい知らせがある」
ひと段落ついたところで、ウピエルは本題を切り出す事にした。ポケットからついさっき受け取ったばかりの手紙を取り出しながら、これからの自分の行動を思考し、説明する。
「…なんですか?」
ニーツにとって嬉しい知らせ、それをウピエルが今自分達に言うという状況がよく分からなくてイートンは瞬きをした。
「実はな、俺様ちょいとヤボ用が出来て次の駅で降りる事になった」
そういってウピエルは取り出した封筒を振ってみせた。蝋で押された封印を重しにしてひらひらと揺れる。
「あれ、その紋章は断崖の国の……?」
地方の伝承というものにはそこの生活と密接な関係がある。また、その伝承を元にして紋章を創る一族も少なくはなく、結果としてイートンにはそういう方面の知識も多少は得る機会があった。そして、鳳凰を象ったその紋章は大陸でも北部にある宗教国家のそれと一致する。
「お、知ってんのか。そこの女王さんにちょいと頼まれごとがあってな」
ほれ、と封筒を放って渡す。イートンが中の手紙を取り出し、ざっと目を通すと丁寧な字で簡潔に纏められた文章が目に飛び込んできた。
--------------------------------------------------------------------------------
拝啓 ジグムンド・ウピエル・ギターマン様
本日は最近我が断崖の国コモンウェルズにおいて頻発している事件の解決に貴殿の知恵をお借りしたく、こうしてお手紙を差し上げる次第でございます。
急なお願いで誠に恐縮ですが、事情御賢察の上御高配くださいますようお願い申し上げます。
まずはとり急ぎご連絡いたします。
敬具
断崖の国コモンウェルズ 女王ピザ・マルガリータ
--------------------------------------------------------------------------------
「うわぁ……」
読み終わったイートンの目に不思議な輝きが宿った。断崖の国コモンウェルズは熱狂的な鳳凰信仰の国で、その形態は相当に閉鎖的だ。そんな国の女王から、人間ならざる者への事件解決の依頼が来ている。久しぶりに作家としての魂が揺さぶられるようなシチュエーションに興奮を禁じえない様子だ。
「そうなると、ドクター・レンの居場所の情報はどうなるんだ?」
イートンの次に目を通した八重が口を開いた。落ち着いた口調だが、その奥底には重い物が潜んでいる。そんな印象を抱かせるような声だった。
「ま、あの坊やもいる事だし大丈夫だろ……って言いたい所だけどな」
そこで一度言葉を切って、挑発するように八重の目を覗き込む。が、八重も心得ているようで無反応なので、ウピエルは諦めてさっさと続きを口にした。
「ま、ちゃっちゃと片付けてジュデッカ辺りで合流って所でどうだ?」
コモンウェルズがあるスズナ山脈は大陸北東部に位置する山脈だ。そこを抜けて北西に向かえばもうジュデッカ、やや遠回りではあるものの無茶というほどの距離ではない。特に、人並みはずれた身体能力を持つウピエルにはなんら苦となるものはないのだ。
「そういう事なら私は別にかまわないさ」
そうこうしているうちに列車はゲートを越え、工場に見せかけられた駅に停車した。
乗客の乗り降りや貨物の移動が行われ、自然と雰囲気が慌しくなる。
「ま、そういうコトだから俺様はいくわ。またジュデッカでな」
じゃ、と軽く手を振って立ち去ろうとするウピエルの服の裾をイートンがガシッっと捕まえた。
「お土産をお願いします。あの国は閉鎖的であまり資料がないんですよ」
椅子に座ったままウピエルを見上げるイートンの目は、未知なる情報への期待に燃えている。ウピエルはその様子にいっそある種の感動さえ覚えた。
「ま、土産話くらいでよかったら聞かせてやるさ」
「本当ですか!お願いします!」
イートンの手が離れたのを確認して、ウピエルは今度こそ降車口へと向かう。鳳凰が住まう国を目指して――
場所:大陸横断鉄道車内
NPC :ナスビ・乗務員s
--------------------------------------------------------------------------------
乗客名簿に指定席の客全員の署名がならんだのを確認して、車掌は運転士に出発の合図を出した。
この世界と異世界の技術を併せ、初めて完成した列車が鉄の道を行く――。
◆◇★☆†◇◆☆★
「さて、俺様はちょいと車内をみまわらにゃあいかんのでな。席を外させてもらうぜ」
「ふん、どこへなりと行くがいいだろう」
列車が動きだし無事空間を抜けて異世界を走り出すと、ウピエルは席を立った。ニーツの相変わらずそっけない反応に苦笑しながら軽く手を振って後部車両を目指す。当然のように、反応はなかった。まぁ初対面でああいう事をすればそれも当たり前か、とウピエルは自分で納得する。自分と同じくらいに生きている存在なんてそうそう会えるモノでもないからといって少々羽目を外し過ぎたといったか。予想以上にからかった時の反応がよかったので関係修復はムリかもしれない、とそこまで考えたところで最後尾の車両に辿り着いた。
「よう、なんか異常はあったか?」
偶然最後尾に居合わせた乗務員に声を掛ける。振り向いた乗務員は敬礼し、異常はありませんと答えた。それに「そいつァよかった」と相槌を打ちながらざっと全体を見て歩く。この車両は貨物車で、クーロンからソフィニアの方へ運ぶ荷物やらなにやらを載せてある。そして、その隅っこには乗るときにペットとして回収されたナスビの姿もあった。抵抗しても無駄だと悟ったのか、今ではただ哀愁が漂う背中をみせるのみだ。
「なぁ、そこのピンク色の物体の事なんだが」
「はい?」
乗務員は首をかしげ辺りを見回し……ああ、得心のいった声をあげる。
「このペットちゃんですね。どうかなさいましたか?」
自分の事に関する話題を聞きつけたのか、ピクりと反応するナスビ。直後に来る地獄の事を彼はまだ知らない。
「実はな、ソレペットじゃなくて今度商品化される予定の玩具だそうだゼ?」
「本当ですか!?」
「ああ。向こうでプレゼンするらしくて最終確認がしたいんだと。返してやれネェか?」
「ええ、そういう事なら大丈夫ですよ。それではアレイド様のところに届けてきますね」
そういって乗務員はナスビをケージから取り出した。
「しかしコレ、まるで生きてるみたいですね~」
言いながら体の各部を生物学的にアリエナイ方向へ動かそうといろいろいじくる。やめろぉぉぉ、と叫ぼうにも叫べないナスビの表情を思う存分堪能してから、あんまり弄って壊すなよ?と助け舟を出した。その言葉でようやく自分のやっている事に気付いたのか乗務員はそれ以上ナスビを弄るのをやめ、持ち主に手渡すべく貨物車両から出て行った。
貨物列車の隣は食堂車になっていて、一流に分類されるシェフが美味い料理でもてなさんと待機している。窓も大きめにつくってあり、特に景色と風景を楽しめる大陸横断鉄道の目玉だ。ここでも特に異常がない事を確認すると、ウピエルは次の車両に向かった。
「ああ、ちょうどよかった。ウピエル様、お手紙が届いております」
食堂車から次の客車に移動しようとしている時に、先ほどの乗務員と再び顔をあわせた。ナスビを持ち主?の元へ返し、戻ってくる所なのだろう。しかし、その手にはさっきまでは持っていなかった白い封筒が握られている。
「手紙?俺様宛のか?」
「はい、どうやら緊急の用事だそうで、先刻停車した駅でくれぐれも、と頼まれました」
移動距離を少しずつ増やしていった流れで、現在横断鉄道にはそれなりの数の駅が用意されている。もし操業となった場合にはもう少し厳選して数を減らす事になるのだが、とりあえず今は全部とは言わないまでもそれなりの数の駅に停車して、客や貨物を降ろしたり乗せたりしている。半分くらいは、鉄道の有益さのアピールもかねて。
どうやらこの手紙も食堂車でシェフと少し話をしている間に止まった駅で渡されたらしい。受け取ってひっくり返し、差出人を見ると古物商や屋敷の管理を任せているメイドの名前が記してあった。
「ふむ……まぁいい。サンキュ、助かった」
乗務員にチップを渡し、封筒を開ける。中にはもう一つ封筒があり、その封筒はどこぞの紋章で封印が押されていた。家宛に送られてきた手紙をわざわざこっちに転送してくれたのだろう。この列車の切符の手配といい、よく気が回る。彼女が居なければウピエルはかなり面倒な思いをする事になっていただろう。そこまで考えた所で、指に触れた蝋の感触に意識が手紙に引き戻される。見た事もない紋章を訝しがりながらもその封筒をあけ、中の手紙を読む事にした。手紙に使われている紙も同じ紋章が入っている特別製で、その手紙がどこかかなりの上流階級から送られてきたという事がよくわかる。
手紙を読み終わったウピエルはしばらく考え事をした後、唇の端をニィっと吊り上げた。
後ろから三両目、食堂車の隣にある客車はウピエルやニーツの席がある車両だ。乗ったり降りたりしているので満席ではないが、それなりに席は埋まっている。目新しいモノを試そうとする物好きな金持ちも、スポンサーというほどのレベルに限定しなければそこそこにいるといういい証拠だ。ちなみにニーツはというと、特にやる事もなかったのか小さな寝息を立てて眠っていた。――こうしていると本気で子供とかわんねぇなぁ――と、本人に知られたら烈火の如く怒るであろう思考がウピエルの脳裏を掠めていった。続いて、悪戯書きでもしてやろうかとも思うがこれ以上警戒心や敵対心をつくってもしょうがないので我慢して、次の車両へ進む事にした。
前から三両目、二つある客車の一両目に当たる。内装や混み具合は他方の客車と特に変わる所はなかった。こちらには、イートンや八重の席がある。
「よう」
二人+一匹が座る席にひょいっと顔を出した。イートンは興味深げに窓の外の景色を眺めている。八重は腕を組んで頭を背もたれに預けていたが、別に寝ているというわけではないようだ。ナスビは窓の枠の所でまるで置物のように硬直している。
「ああ、ウピエルさんですか」
外を見ていたイートンが振り返った。他の二人と違ってかなり警戒心がない動作に、この様子じゃあ二人とも苦労してるんだろうなぁと内心苦笑する。
「どーだい、この列車の乗り心地は?なかなかのモンだろう」
廊下からイートンの椅子の背に手を当てて窓を覗き込む。ちょうどてっぺんが白い雪に覆われた山の横を通過していく所だった。
「ええ、そうですね。すごく快適です」
もともとのスポンサー連が物好きとは言え上流階級の人間で、彼らは当然のように椅子の座り心地やらなんやら非常に拘った。食堂車に一流のシェフを乗せたのと同じように、客車の椅子にも一流の物を起用してあるのだ。その座り心地は硬すぎず柔らかすぎず、長時間座っていても平気なように計算しつくされたモノだった。それが快適でないハズがない。
「ここの二両後ろにゃ食堂車があるんだ。俺様の名前を出せば無料だから行ってみな」
ウピエルは先ほど見回ってきた時に客がこなくて暇だとぼやいていたシェフを思い出す。どの客もまだ馬車よりも早くしかも普段見慣れない風景の中を走る列車の存在が珍しくて、わざわざ食堂車にまで赴こうと思う者が少ないらしい。
「本当ですか?じゃあ後でニーツ君を誘って行ってみますよ」
「ああ、堪能してくれ。さて、あの坊やにとってはちょいと嬉しい知らせがある」
ひと段落ついたところで、ウピエルは本題を切り出す事にした。ポケットからついさっき受け取ったばかりの手紙を取り出しながら、これからの自分の行動を思考し、説明する。
「…なんですか?」
ニーツにとって嬉しい知らせ、それをウピエルが今自分達に言うという状況がよく分からなくてイートンは瞬きをした。
「実はな、俺様ちょいとヤボ用が出来て次の駅で降りる事になった」
そういってウピエルは取り出した封筒を振ってみせた。蝋で押された封印を重しにしてひらひらと揺れる。
「あれ、その紋章は断崖の国の……?」
地方の伝承というものにはそこの生活と密接な関係がある。また、その伝承を元にして紋章を創る一族も少なくはなく、結果としてイートンにはそういう方面の知識も多少は得る機会があった。そして、鳳凰を象ったその紋章は大陸でも北部にある宗教国家のそれと一致する。
「お、知ってんのか。そこの女王さんにちょいと頼まれごとがあってな」
ほれ、と封筒を放って渡す。イートンが中の手紙を取り出し、ざっと目を通すと丁寧な字で簡潔に纏められた文章が目に飛び込んできた。
--------------------------------------------------------------------------------
拝啓 ジグムンド・ウピエル・ギターマン様
本日は最近我が断崖の国コモンウェルズにおいて頻発している事件の解決に貴殿の知恵をお借りしたく、こうしてお手紙を差し上げる次第でございます。
急なお願いで誠に恐縮ですが、事情御賢察の上御高配くださいますようお願い申し上げます。
まずはとり急ぎご連絡いたします。
敬具
断崖の国コモンウェルズ 女王ピザ・マルガリータ
--------------------------------------------------------------------------------
「うわぁ……」
読み終わったイートンの目に不思議な輝きが宿った。断崖の国コモンウェルズは熱狂的な鳳凰信仰の国で、その形態は相当に閉鎖的だ。そんな国の女王から、人間ならざる者への事件解決の依頼が来ている。久しぶりに作家としての魂が揺さぶられるようなシチュエーションに興奮を禁じえない様子だ。
「そうなると、ドクター・レンの居場所の情報はどうなるんだ?」
イートンの次に目を通した八重が口を開いた。落ち着いた口調だが、その奥底には重い物が潜んでいる。そんな印象を抱かせるような声だった。
「ま、あの坊やもいる事だし大丈夫だろ……って言いたい所だけどな」
そこで一度言葉を切って、挑発するように八重の目を覗き込む。が、八重も心得ているようで無反応なので、ウピエルは諦めてさっさと続きを口にした。
「ま、ちゃっちゃと片付けてジュデッカ辺りで合流って所でどうだ?」
コモンウェルズがあるスズナ山脈は大陸北東部に位置する山脈だ。そこを抜けて北西に向かえばもうジュデッカ、やや遠回りではあるものの無茶というほどの距離ではない。特に、人並みはずれた身体能力を持つウピエルにはなんら苦となるものはないのだ。
「そういう事なら私は別にかまわないさ」
そうこうしているうちに列車はゲートを越え、工場に見せかけられた駅に停車した。
乗客の乗り降りや貨物の移動が行われ、自然と雰囲気が慌しくなる。
「ま、そういうコトだから俺様はいくわ。またジュデッカでな」
じゃ、と軽く手を振って立ち去ろうとするウピエルの服の裾をイートンがガシッっと捕まえた。
「お土産をお願いします。あの国は閉鎖的であまり資料がないんですよ」
椅子に座ったままウピエルを見上げるイートンの目は、未知なる情報への期待に燃えている。ウピエルはその様子にいっそある種の感動さえ覚えた。
「ま、土産話くらいでよかったら聞かせてやるさ」
「本当ですか!お願いします!」
イートンの手が離れたのを確認して、ウピエルは今度こそ降車口へと向かう。鳳凰が住まう国を目指して――
PR
トラックバック
トラックバックURL: