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PC:八重・イートン・ニーツ・(ウピエル)
場所:ジュデッカ
NPC :ナスビ
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ウピエルがコモンウェルズで下車して数時間後、一行は深夜のうちに北端の最終駅で下車した。駅からジュデッカまで徒歩で、半日の距離だ。
「このまま、夜通し歩けば朝の開門までにはジュデッカに着くそうだ」
「そうですか…」
八重の言葉に、イートンは長時間座り続けて硬くなった体を伸ばしながら答えた。
二人の吐く息は、白い。
ジュデッカの土を踏んで、まず最初に感じたのは身を刺す寒さだった。数日前まで、暖かいオーディルの宿屋にいたのが嘘のようだ。
「…では、宿を探すのはジュデッカに着いてからですね」
その言葉に八重がほっと息をついたのが分かった。このメンバーで一番体力の無い自分が、これからの強行を渋るのを心配したのだろう。
ニーツにはああ言ったものの、八重はやはり焦っている。自分の運命を握るドクター・レンの居場所が分かったのだ。当然のことだ。次の満月までに何としてでも決着をつけたいに違いない。
彼と旅をするようになってから、イートンも月の満ち欠けに強く注意を払うようになった。
―――満月まで、あと18日。
大陸横断鉄道を利用して、日数を稼いだものの、脱出不可能と謳われるジュデッカ地下監獄に乗り込むには、けして十分な期間ではない。一体どんな方法でドクター・レンに会うのか。イートンにはさっぱり思いつかなかったが、きっとニーツには考えがあるに違いない。楽観的にそう考えていた。
「確かにお前は人を使うのが上手い。しかし、それは人に頼りすぎる短所でもある」イートンは小さい頃から、そう伯父に注意されてきた。残念ながら、その性格はちっとも変わっていないようだ。天才と呼ばれる伯父に育てられた分、自分が凡人である事を悟るのも早かった。不思議な伝説や、壮大な物語に憧れ作家を目指すのは
そんな無力な自分へのささやかな抵抗なのかもしれない。真実でも、作り話でも構わなかった。大きな運命や非凡なる者たちによって作り出される物語を知りたい、作りたい。その想いが今の自分の原動力になっていた。
「さぁ、急ぎましょう。八重さん」
今まさに紡がれる物語。
八重にとって少しでも幸せな結末が用意されている事を願いながら、イートンは彼の肩を叩いた。
★☆★
「ちょうど開門の時間に間に合ったようですよ」
町から聞こえる鐘の音に、懐中時計で時間を確かめながらイートンは指差した。朝が遅いこの土地では、門の開く時間も他の町より遅いようだ。もし、門の前で数時間待つことになっていれば、凍死したかもしれない朝冷えの中、無事に到着出来たことに安堵する。
「監獄はどこにあるんですか?」
「あそこに、旗が見えるだろ」
ニーツが指をさした先を目で追うと、城壁の向こうに3本の青い旗が僅かに顔を覗かせている。
「思ったより、小さいんですね」
大陸最大の監獄という名に期待を込めてそれをみたイートンは、思わず拍子抜けする。それを口すると、ニーツが呆れたように視線を向けた。
「デュデッカは地下監獄だぞ?地上の建物などほんの一部分。地下監獄は実際、この町に蓋をされるように建てられてるんだ。ただ、正規の入り口は一つしかない」
「正規の…ということは他の入り口もあるということか?ニーツ」
「あのイカレ吸血鬼が、監獄は最近一部が崩壊したと言ってたろう?抜け穴や工事の為に作られた別の通路があるやもしれん」
朝だというのに厚い雲に覆われる空は、今にも町を押しつぶそうとしているようだった。
――天上の光が届かない場所がある。罪深い人々が集まる町。
囚人たちは、天国よりも地獄に近い独房で終焉を待つ。
確か下車した駅で買った旅行本に、そんなフレーズがのっていた。
『えぇい、何をしりごみしておるのだ!早く進まぬか!』
歩みが遅くなったイートンを、背負う荷袋の上に乗っていたナスビが叱咤した。ナスビもまた、自分の創造主に会えることに高揚しているようだった。自分を創った者に会うというのはどういった気分なのだろう。イートンは自分の両親の事を思い出したが、何の感慨も起こらなかった。
遠くに見える山の中に教会が立っているのが見えた。ソフィニア周辺を本拠地とするイムヌス教の教会がこんな所にまであるのは少し意外だった。
まるで神のように八重とナスビを作り出したドクター・レンは一体どんな人物なのだろう?
★☆★
“囚人の町”という陰気なイメージとは裏腹に、ジュデッカの町はそれなりに賑わっていた。
門の近くに出ていた粥の屋台でまずは身体を温めると、イートンは店主に宿屋の場所を尋ねた。
「あんた達、観光かい?それとも…身内に会いに来たのかい?」
思わず答えに窮すると、粥をすすっていたニーツが代わりに口を開いた。
「遠い親類がここに捕まってるって風の噂できいて、確かめにきたんだ」
「それなら、『バンチャの髭』って宿屋がいい。多少値は張るが、長い間泊まるならベッドが良い方がいいだろうよ」
「何日もかかるのか?」
店主の言葉に八重が眉をひそめた。
「朝からそんな景気の悪い顔をしなさんな。お客さん」
店主はそんな八重の器に、杓子で卵と香草の入った粥を注ぎ足した。湯気とともに、苦味のある香草の匂いが鼻に届く。その匂いには精神を安定させる効果があるといわれている。
「この監獄には大勢の囚人がいるからね。調べるのにも一苦労さ。それに、最近は親族の面会も厳しくなって、会えず泣く泣く帰っていく家族も大勢いるんだよ」
「どうして会えないんですか?」
「面会の折に、脱獄に加担しようとする者や、知人を殺された被害者が仇をうとうと近づいてくるのさ。最近そういう連中が増えて、看守たちも頭を悩ませているらしい」
店主の情報は、どれもイートンを落胆させるに十分なものだった。ため息をつきながら、荷物に手を伸ばすと、ナスビが転がって地面に落ちた。
「あぁ!ナスビちゃん大丈夫ですか」
『……』
慌てて拾い上げて汚れを払う。普段なら、ここでナスビの罵声が飛んでくるはずなのだが、ヴェルンの守護霊の宿った木兎はただ黙って、ガラスで出来た瞳をイートンに向けていた。
「ナスビちゃん…?」
「イートンどうした」
ナスビを激しくシェイクするイートンに気がついて八重が覗き込む。そんな八重に、イートンは真っ青になって叫んだ。
「た、大変です!ナスビちゃんが成仏しちゃった!!」
「じょ…成仏!?」
渡されたナスビは、確かにうんともすんとも言わない唯の木彫りの人形だった。二人は慌ててニーツを呼んだ。
「確かに、魂が抜け落ちてる」
ナスビを渡されたニーツは、目を細めてナスビを見ると、そう診断した。
「じゃ、じゃあ本当に成仏ですか!?」
「それは分からない。だが、この入れ物の中にはいない。多分ジュデッカの土地のせいだろうな。この町は魔法を制限する仕掛けが至る所に施されている。イートン、試しに何か魔法を使ってみろ」
「え!?」
突然の指名に驚きながらも、初歩的な〝光〟を唱える。本来なら蛍ほどの小さな光を灯すはずの呪文はジュデッカの冷たい風にあっさり吹き飛ばされた。
「駄目、みたいですね」
「君も使えないのか?ニーツ」
八重の心配そうな問いに、青い方の目を冷たく向けるとニーツは「まさか」と鼻で笑った。途端、粥屋の鍋の火がゴォと音を立てながら炎を増し、客を驚かせた。
「ナスビの魂はきっとこの町の何処かにいるはずだ。案外ドクター・レンのところに戻ってるんじゃないか?」
「ナスビちゃん…」
慰めるようにニーツにそう言われると、イートンはそっとナスビを荷袋の中にしまった。
★☆★
宿屋、『バンチャの髭』に着くとイートンはそのままベッドに倒れこんで眠った。粥屋の店主が言ったように、ベッドは他の町の宿屋に比べ値段の割りに上等で、いい夢を見れたように思う。
「あれ…八重さん…?」
起きてすぐに、同室に泊まっているはずの仲間の名を呼ぶが返事は無かった。窓の外はまだ十分に明るく、八重は出かけているようだった。
「起してくれれば良かったのに…」
ぼんやりとした頭で、部屋に目を走らせるとテーブルに書置きが残っていた。
「監獄資料館…?」
そこには八重の字で〝ジュデッカの西にある監獄資料館に行って来る〟と書かれていた。手がかりを探しに出かけたのだろう。身支度を整えると、隣のニーツの部屋をノックした。返事が無いということは、彼も八重と一緒に出かけたのかもしれない。
「西か…」
地図を広げて場所を確認すると、イートンは宿屋を後にした。
PC:八重・イートン・ニーツ・(ウピエル)
場所:ジュデッカ
NPC :ナスビ
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ウピエルがコモンウェルズで下車して数時間後、一行は深夜のうちに北端の最終駅で下車した。駅からジュデッカまで徒歩で、半日の距離だ。
「このまま、夜通し歩けば朝の開門までにはジュデッカに着くそうだ」
「そうですか…」
八重の言葉に、イートンは長時間座り続けて硬くなった体を伸ばしながら答えた。
二人の吐く息は、白い。
ジュデッカの土を踏んで、まず最初に感じたのは身を刺す寒さだった。数日前まで、暖かいオーディルの宿屋にいたのが嘘のようだ。
「…では、宿を探すのはジュデッカに着いてからですね」
その言葉に八重がほっと息をついたのが分かった。このメンバーで一番体力の無い自分が、これからの強行を渋るのを心配したのだろう。
ニーツにはああ言ったものの、八重はやはり焦っている。自分の運命を握るドクター・レンの居場所が分かったのだ。当然のことだ。次の満月までに何としてでも決着をつけたいに違いない。
彼と旅をするようになってから、イートンも月の満ち欠けに強く注意を払うようになった。
―――満月まで、あと18日。
大陸横断鉄道を利用して、日数を稼いだものの、脱出不可能と謳われるジュデッカ地下監獄に乗り込むには、けして十分な期間ではない。一体どんな方法でドクター・レンに会うのか。イートンにはさっぱり思いつかなかったが、きっとニーツには考えがあるに違いない。楽観的にそう考えていた。
「確かにお前は人を使うのが上手い。しかし、それは人に頼りすぎる短所でもある」イートンは小さい頃から、そう伯父に注意されてきた。残念ながら、その性格はちっとも変わっていないようだ。天才と呼ばれる伯父に育てられた分、自分が凡人である事を悟るのも早かった。不思議な伝説や、壮大な物語に憧れ作家を目指すのは
そんな無力な自分へのささやかな抵抗なのかもしれない。真実でも、作り話でも構わなかった。大きな運命や非凡なる者たちによって作り出される物語を知りたい、作りたい。その想いが今の自分の原動力になっていた。
「さぁ、急ぎましょう。八重さん」
今まさに紡がれる物語。
八重にとって少しでも幸せな結末が用意されている事を願いながら、イートンは彼の肩を叩いた。
★☆★
「ちょうど開門の時間に間に合ったようですよ」
町から聞こえる鐘の音に、懐中時計で時間を確かめながらイートンは指差した。朝が遅いこの土地では、門の開く時間も他の町より遅いようだ。もし、門の前で数時間待つことになっていれば、凍死したかもしれない朝冷えの中、無事に到着出来たことに安堵する。
「監獄はどこにあるんですか?」
「あそこに、旗が見えるだろ」
ニーツが指をさした先を目で追うと、城壁の向こうに3本の青い旗が僅かに顔を覗かせている。
「思ったより、小さいんですね」
大陸最大の監獄という名に期待を込めてそれをみたイートンは、思わず拍子抜けする。それを口すると、ニーツが呆れたように視線を向けた。
「デュデッカは地下監獄だぞ?地上の建物などほんの一部分。地下監獄は実際、この町に蓋をされるように建てられてるんだ。ただ、正規の入り口は一つしかない」
「正規の…ということは他の入り口もあるということか?ニーツ」
「あのイカレ吸血鬼が、監獄は最近一部が崩壊したと言ってたろう?抜け穴や工事の為に作られた別の通路があるやもしれん」
朝だというのに厚い雲に覆われる空は、今にも町を押しつぶそうとしているようだった。
――天上の光が届かない場所がある。罪深い人々が集まる町。
囚人たちは、天国よりも地獄に近い独房で終焉を待つ。
確か下車した駅で買った旅行本に、そんなフレーズがのっていた。
『えぇい、何をしりごみしておるのだ!早く進まぬか!』
歩みが遅くなったイートンを、背負う荷袋の上に乗っていたナスビが叱咤した。ナスビもまた、自分の創造主に会えることに高揚しているようだった。自分を創った者に会うというのはどういった気分なのだろう。イートンは自分の両親の事を思い出したが、何の感慨も起こらなかった。
遠くに見える山の中に教会が立っているのが見えた。ソフィニア周辺を本拠地とするイムヌス教の教会がこんな所にまであるのは少し意外だった。
まるで神のように八重とナスビを作り出したドクター・レンは一体どんな人物なのだろう?
★☆★
“囚人の町”という陰気なイメージとは裏腹に、ジュデッカの町はそれなりに賑わっていた。
門の近くに出ていた粥の屋台でまずは身体を温めると、イートンは店主に宿屋の場所を尋ねた。
「あんた達、観光かい?それとも…身内に会いに来たのかい?」
思わず答えに窮すると、粥をすすっていたニーツが代わりに口を開いた。
「遠い親類がここに捕まってるって風の噂できいて、確かめにきたんだ」
「それなら、『バンチャの髭』って宿屋がいい。多少値は張るが、長い間泊まるならベッドが良い方がいいだろうよ」
「何日もかかるのか?」
店主の言葉に八重が眉をひそめた。
「朝からそんな景気の悪い顔をしなさんな。お客さん」
店主はそんな八重の器に、杓子で卵と香草の入った粥を注ぎ足した。湯気とともに、苦味のある香草の匂いが鼻に届く。その匂いには精神を安定させる効果があるといわれている。
「この監獄には大勢の囚人がいるからね。調べるのにも一苦労さ。それに、最近は親族の面会も厳しくなって、会えず泣く泣く帰っていく家族も大勢いるんだよ」
「どうして会えないんですか?」
「面会の折に、脱獄に加担しようとする者や、知人を殺された被害者が仇をうとうと近づいてくるのさ。最近そういう連中が増えて、看守たちも頭を悩ませているらしい」
店主の情報は、どれもイートンを落胆させるに十分なものだった。ため息をつきながら、荷物に手を伸ばすと、ナスビが転がって地面に落ちた。
「あぁ!ナスビちゃん大丈夫ですか」
『……』
慌てて拾い上げて汚れを払う。普段なら、ここでナスビの罵声が飛んでくるはずなのだが、ヴェルンの守護霊の宿った木兎はただ黙って、ガラスで出来た瞳をイートンに向けていた。
「ナスビちゃん…?」
「イートンどうした」
ナスビを激しくシェイクするイートンに気がついて八重が覗き込む。そんな八重に、イートンは真っ青になって叫んだ。
「た、大変です!ナスビちゃんが成仏しちゃった!!」
「じょ…成仏!?」
渡されたナスビは、確かにうんともすんとも言わない唯の木彫りの人形だった。二人は慌ててニーツを呼んだ。
「確かに、魂が抜け落ちてる」
ナスビを渡されたニーツは、目を細めてナスビを見ると、そう診断した。
「じゃ、じゃあ本当に成仏ですか!?」
「それは分からない。だが、この入れ物の中にはいない。多分ジュデッカの土地のせいだろうな。この町は魔法を制限する仕掛けが至る所に施されている。イートン、試しに何か魔法を使ってみろ」
「え!?」
突然の指名に驚きながらも、初歩的な〝光〟を唱える。本来なら蛍ほどの小さな光を灯すはずの呪文はジュデッカの冷たい風にあっさり吹き飛ばされた。
「駄目、みたいですね」
「君も使えないのか?ニーツ」
八重の心配そうな問いに、青い方の目を冷たく向けるとニーツは「まさか」と鼻で笑った。途端、粥屋の鍋の火がゴォと音を立てながら炎を増し、客を驚かせた。
「ナスビの魂はきっとこの町の何処かにいるはずだ。案外ドクター・レンのところに戻ってるんじゃないか?」
「ナスビちゃん…」
慰めるようにニーツにそう言われると、イートンはそっとナスビを荷袋の中にしまった。
★☆★
宿屋、『バンチャの髭』に着くとイートンはそのままベッドに倒れこんで眠った。粥屋の店主が言ったように、ベッドは他の町の宿屋に比べ値段の割りに上等で、いい夢を見れたように思う。
「あれ…八重さん…?」
起きてすぐに、同室に泊まっているはずの仲間の名を呼ぶが返事は無かった。窓の外はまだ十分に明るく、八重は出かけているようだった。
「起してくれれば良かったのに…」
ぼんやりとした頭で、部屋に目を走らせるとテーブルに書置きが残っていた。
「監獄資料館…?」
そこには八重の字で〝ジュデッカの西にある監獄資料館に行って来る〟と書かれていた。手がかりを探しに出かけたのだろう。身支度を整えると、隣のニーツの部屋をノックした。返事が無いということは、彼も八重と一緒に出かけたのかもしれない。
「西か…」
地図を広げて場所を確認すると、イートンは宿屋を後にした。
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