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2024/05/16 19:57 |
Tu viens avec moi 02  剣の影へ/ヒュー(ほうき拳)
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 ヒューの目には白い世界が見えた。冷たい空気、見慣れた白い空、白い大地、そして晴天の地吹雪。


 夢だとはすぐ分かる。もう死んだはずの居合いの師匠が横にいたからだ。小柄なカフール人だった。それ以外あまり覚えていない。カフール人といえば、彼であるのは間違いないのだけれど、カフール人の見分けなどつかない。
 来るぞ、と彼は言ったように思えた。白い世界のなにもない場所から、白い毛皮と赤い目を持つ猿のような化け物が何匹も顔を出した。体躯はちょっとした丘ほどあり、手は人を握りつぶせるほど大きい。

 自分の横手にはいつの間にか、過去の仲間達も並んでいる。生き残って料理人になった男もいる。
 弔うまで女と知らなかった同年代の戦士もいる。彼、いや彼女はヒューによくよく話しかけてきて、南のことを教えてくれた。ヒューは彼女に感謝していた。西方へ旅立った真っ赤なローブの魔術師が呪文を叫ぶ。寒さが急に和らぎ、雪は地面のように硬く感じられるようになった。戦いの後、どこかへ消えた騎士が両手剣を引きずって突撃した。戦いが終わっても死体が見つからなかった。突撃に合わせて傭兵達の怒号がそれに続く。

 猿たちはただ無言で不気味に近寄ってくる。ひときわ大きな猿が叩く胸の音を除いては。
 突撃に追随するヒューの後ろから、ビュウと強い北風があたりに吹いた。風が過ぎると、人も大猿も粉雪へと変えて吹き散らした。
 彼の周りはただいつまでも溶けることのなかった雪だけが残っている。


★ ・ ★ ・ ★ ・ ★


「ヒュー、起きろ、風邪引くぞ」
 意識を揺らす声だが、微睡みに打ち勝つほどではない。だいたいこんなに暖かいのになぜ起きる必要があるんだ。そう思うヒューの目ぶたはまだ重かった。聞こえてくる雨音が心地いい。この一年で慣れてきた異郷の音だ。初めて見て聞いたときは、はしゃぎすぎて眠れなかった。だが、今はいい子守歌だった。

「敵襲だ」

 ヒューはさっと立ち上がり、目を見開いた。あたりをざっと見る。空の皿が並んでいるテーブルがいくつかと、酒瓶を抱えた男が眠っているだけだ。背後は壁で、その後ろに気配はない。目の前には傭兵時代の仲間がにやついてた。

「そろそろ店じまいでね」

 喉を鳴らすように笑う仲間をヒューは軽く睨む。冗談なのだろうか。そういうものにはどう返せばいいのか、傭兵の少女に教わったことを思い出した。懐かしみを覚えながら口を開いた。

「悪い冗談だ」

 棒読みの台詞に、店の主人は困った顔を向ける。沈黙と微苦笑を合わせたような雰囲気だった。

「そうか、こういうの嫌いだったな」
「いや、そんなことはない。なかなかいい目覚めだったとは思う」

 店主は肩を落とした。戦場では頼りになる奴だったが、どうも表情が読めない。夜の森でゴブリンを探すぐらい難しい。またヒューが唇を動かす。彼が敵か、と酔っぱらいを指差す。そして腰に差した剣の柄に手をかける。

「ヒュー、おまえじゃ洒落に成らん」


 そうか、と肩を落とす。


「難しいな」
「まあ、誰にでも苦手はあるさ」


 店主は自身の体躯とヒューを比べた。頭一つ分、店主は小さい。年は倍以上違うし、ヒューはまだ子供といっていい年だった。きっとさらに伸びる。そう、きっと奴はオレとは別の方で、さ。テーブルを店主は撫でた。すると情緒無くおかれた食器の山が目に入る。彼の行くべき道は数ヶ月も前ふと決まったのだ。

 くつくつと店主は笑い、流れるように声を続ける。
「さあて、怖い嫁さんに怒鳴られる前に片付けるか。婿ってのはまったく肩身が狭いもんだ。お客をおまえの部屋に連れて行ってやってくれ、相部屋になるけど、いいよな」
 野宿でもかまわない、屋根があるだけでありがたい。ヒューは頷くと酔っぱらいを担ぎ上げた。

「構わない。今日は世話になる」

 いいってこった、店主はまた喉を鳴らした。



 隣のベッドに寝かせた酔っぱらいは、鉄の船の夢を見ているようだ。

 部屋は暗く、小さな蝋燭が灯っている。普段、酔いつぶれた客にたまに開放する部屋で、藁で作ったらしいベッドが三つ、無理矢理並べられている。ヒューはゆっくりと腰に差した剣を鞘ごと外し、抱えるようにしながら横のベッドに座る。目を瞑り、雨音に意識していく。いつものように奉ずる神に祈った。

 そうしている間にも隣から呻きと恨みが吹き出てきた。その寝言は家庭の崩壊が見て取れた。恐ろしいことだった。少なくとも、ヒューにとっては。鉄の船とは無茶苦茶だが、真剣に訴える家長のことを信じられない娘と妻だなんて。やはり文明の子は恐ろしい。


「文明の地に平穏はない。あの優しい女達さえ、暑さに腐ってしまう」


 父の警句が頭に浮かぶ。巨躯の戦士は集落に攻め入る大猿も、降り続ける雪も恐れなかったが、ただ、文明の腐敗を怖がっていた。


「けれど、ここは暖かいです。父さん。だれも凍りません」


 ヒューは少しだけ和らいだ声を出した。父から譲られた剣を抱きしめる。鞘にしみついた油の臭いが暖かみもなく、ヒューを包んだ。これに魅入られてここまできたのだ。今更、北に帰る気も、どこかで堕落するつもりもない。だが、剣の冷たさは決して彼を後押ししなかった。ただ、剣を振り、剣の道を極める。彼の人生と信仰はそれだけだというのに。

 ふと振動を感じて、ヒューはさっと剣を抜き放つ。冷たい刀身は蝋燭の炎を写し、かたかたと鳴っていた。刃にはぼんやりと薄い影が写る。見つめているヒューではない。鳥のように見えるうっすらとした影。二羽いるのだろうか、飛び回っているように見えた。一つは真っ黒い小鳥のような影だ、目は閉じたまま飛んでいる。そして、何気なくに剣から火の粉のように飛び出してくる。

 ケケッ、と笑う鳥があたりを飛び回る。目を見開いてケケケ、と続けて笑う。片目がボタン、片目が人の目。爪から時折、黒い液体がぬるりと落ちて、白い煙を吐き出す。


「神よ、何が言いたいのです」


 固い言葉で剣に語りかけるが、答えることはなかった。代わりに爆ぜるようにもう一羽の鳥がパッと飛び出した。銀で出来た繊細な細工の鳥だった。彼の周りを同じように飛び回る。

 ヒューは体を固くして、剣を握りしめる。ただ彼の神は剣に生きることを説いていた。だのに、これはいったいどういうことなのだろうか。ここ最近、彼に訪れる天啓は決まってこうだった。ヴァルカンへ近寄る度により鮮明になった。


 鳥たちを無視して、剣の切っ先を真っ直ぐ天に掲げる。神への問いかける、祈りの構え。

 すると今日は彼らは動いた。二羽は剣へ集まり止まった。そして、木材が砕ける音が響き、鉄と鉄がぶつかり合う音と火花が目の前で散る。腕に大猿の棍棒を受けたときのような衝撃が走る。鉄板がヒューに逸れ、藁のベッドに突き刺さった。ばらばらと雨と木片が降り注いだ。暗い闇が辺りを包んだ。蝋燭の灯は消えてしまったようだ。


 物音に気付いたようで、下からばたばたという音が寄ってくる。ヒューは雨に打たれるまま、戦友を待った。酔っぱらいは未だに寝言を絶やさない。ヒューでさえ、彼の妻と娘の気持ちが分かるような気がした。


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2008/10/23 18:43 | Comments(0) | TrackBack() | ○[ Tu viens avec moi ? ]

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