PC:ヴォル フィミル シオン クロース オプナ
場所:マキーナ「三匹の蛙亭」
NPC:ブレッザ・プリマヴェリーレ 鳥怪人素晴しき屍使いツクヨミ ロリコン
魔術師バーキン
――――――――――――――――――――
世の中にはごく普通の暮らしをしていても、非常識な災難に見舞われること
もある。
三匹の蛙亭の主人は何も出来ずにただ突っ立っていた。怪鳥――というよ
り、鳥の姿をした怪人だが――がいきなり窓を突き破って侵入してきたのだ、
それは仕方の無いことだろう。
「これはやっぱり人災なのかなぁ」
『そうね……、だから人助けなんてするものじゃないのよ』
頭の中で聞こえるブレッザのため息に苦笑しながら、ヴォルペはグローブの
感触を確め、鳥怪人を見据える。
『レン、わかっているとは思うけど』
「わかってるって、変身はしないって。よし、いくぞ鳥怪人!! ……って、
あれ?」
勢い良く人差し指を怪鳥に突きつけたまではよかったが、相手からの反応が
全くない。それどころか怪鳥の目からはいっさいの生気が見受けられない。
「ブレッザ、何か変だよ。あいつ、まるで死んでるみたいだ」
『あいつ、前に倒したのがアンデットとして蘇生されたみたいね。あんまりわ
からないけど、体は腐りかけてるみたいだし、それに……』
「ぎょGRUuアアアアア」
気味の悪い叫び声を上げた鳥怪人は翼をばたつかせて必死にヴォルペに飛び
かかろうとするが、羽毛を撒き散らすだけだった。
『脳ミソまで腐ってバカになってるわね』
「あの……、どうしましょう?」
テーブルの影からフィミルが尋ねてきた。グロテスクな外見に似合わずコメ
ディアンな鳥怪人にどうしていいか迷っているようだ。
「え、えーと、とりあえず隠れてて」
苦笑ながらそう言ったヴォルペはとりあえず目の前の鳥怪人の処遇を考え
る。
鳥怪人は翼をばたつかせどうにか飛ぼうと頑張っている、途中疲れたのか肩
を上下させて休んでいる。案外中に人でも入っているんじゃなかろうか……。
「……なんかさ、見てて可愛そうになってきた」
「GuaaああぁUuuu」
ついに飛んで襲い掛かるのを諦めたのか、鳥怪人は近くにあった備え付けの
テーブルを床から引き剥がしヴォルペに向かって投げつけた。
「よっ、とっと」
ヴォルペは軽く体をひねってテーブルをかわす。後からなにやらオッサンの
怒鳴り声が聞こえて気がするが、気にせずヴォルペは鳥怪人との間合いを詰め
ようとしたとき。
「伏せて」
「!?」
不意の声に従うようにヴォルペはその場に伏せると、頭の上を熱の塊が通り
過ぎ、鳥怪人を包み込む。
「GYううあああぁあ」
熱風を浴び悶絶する鳥怪人。ヴォルペは立ち上がり後を振り返り、一人の青
年を見据えた。熱風を放った張本人だ。近くに桜色のローブを羽織った――恐
らく魔術師の類だろう――女性がいた。
おそらく彼女が警告をしてくれたのだろう。後でお礼を言わないと。
「ちっちっち、ダメだよおねぇさん。教えちゃさ。おかげで愉しいオモチャが
一つ減ったじゃないか」
青年はオレンジ色の髪をかき上げながら言った。気のせいだろうかその態度
はひじょーにムカツク。が、それ以前に気になることがある。
「こいつは、あなたがけしかけたんですか!」
黒コゲになった鳥怪人を指差してヴォルペは叫んだ。
「そうだよ。ここに来る途中に手に入れたんだ。おもしろいオモチャだろ?
まあ、ホントはキミじゃなくて上の部屋で寝ている彼に使おうと思ったんだけ
どね」
薄い笑みを浮かべた顔で魔術師の女性を見る。知り合いなのだろうか。
「貴方、あの時の!」
「ふふ、シオンは元気かい?」
顔に浮かぶ笑みがさらに深く、不気味にしてオレンジ頭は言った。改造人間
としてのヴォルペの感性がかなりヤバイ奴だと警告を発する。
「シオン?」
女性は一瞬不思議そうな顔をする。がそれもすぐに納得のいった表情に変わっ
た。上の階から青年が降りてきたからだ。
「シオンは私のことですよ」
白髪、と言っても年を経て色が抜けたという感じではない、雪のようなまっ
さらで綺麗な白だ。白髪の青年、シオンの後ろには妹だろうか、似た感じのす
る少女が隠れるようにたたずんでいた。
「逢いたかったよ、シオン。ふふ、キレイなお友達が増えたようだね。ますま
す気に入ったよ」
魔術師の女性と少女を舐めるような視線をはわすオレンジ頭。その視線から
隠れるように少女はシオンの背後に隠れてしまう。
なんというか、あの視線で見られると隠れたく気持ちもわかる。
「ねぇブレッザ、普通に僕達現状からおいていかれてない?」
『いいのよ、危ない奴には近づかないにこした事は無いわ。とりあえず逃げる
べきよ』
「そう……だけど」
普通なら逃げるべき状況だ、狂人の相手をしているヒマなどヴォルペには無
い。だが困っている人を黙って見過ごせない……。
『考えてみなさい。今は貴方一人じゃないのよ? これ以上面倒を増やすつも
り?』
そうだ、今はフィミルの護衛を受けている立場だ。ヴォルペも彼女も何者か
に追われている、これ以上敵を増やすのは得策ではない。
「フィミル」
小声で呼びかけると、彼女もそのつもりだったらしくすでに荷物をまとめて
抱えている。
「あの人達には悪いけど、今のうちに」
「わかりました」
オレンジ頭をシオン達がひきつけて――もともとオレンジ頭の狙いは彼等の
ようだが――いる間にヴォルペとフィミルは静かに出入り口に向かう。
「あがっ!?」
ヴォルペがドアノブに手をかけようとした時、勢いよく、というか良すぎる
ぐらいドアが開いた。
扉の向こうからぬそっと入ってきたのは、黒いローブに身を包んだいかにも
といった感じの魔術師だった。
「ふははは、見つけたぞオプナ! 今日こそクロースを渡してもらうぞ!」
おもわぬ珍客に一瞬その場が凍りつく。その沈黙を破ったのはフィミルだっ
た。
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うん。ちょっと痛いけど」
不覚にもヴォルペは黒い魔術師が開けたドアに顔面からぶつかってしまって
いた。鼻血が出て少々かっこわるい。
「ぬ? なんだお主は? まあ、いい。さぁオプナ、クロースをこちらに渡
せ」
しりもちをついているヴォルペを一瞥し尊大な態度で黒い魔術師は、オプナ
――桜色のローブを羽織った女性――を指差す。フードを目深にかぶっている
ため顔はよくわからないが、なんとなく喋り方と雰囲気があっていない。
「……誰この変態魔術師?」
いぶかしげな表情でオレンジ頭は黒い魔術師を見据えた。
「変態とは心外な! 我輩は誇り高き魔術師、バーキン・ファルミーである
ぞ」
たしかにオレンジ頭に変態呼ばわりされるのは心外だろうが、街中で真っ黒
なフードを目深にかぶっているのもどうかと思う。
「主こそ、体中から屍臭が漂っておるぞ。お主こそ変態ではないか!」
「ふっ、屍臭は僕の証みたいな物だからね。でも変態に変態なんて言われたく
ないね」
会話の趣旨が微妙にズレているが、なにやら余計に現状がややこしくなった
のには間違いないらしい。
「ならば名を名乗れい! それが礼儀であろう」
胸をそらし、びしっとオレンジ頭を指差してバーキンはいきりたった。意外
と礼儀正しいようではある。
「ふふ、僕の名前かい? 僕は素晴しき屍使いツクヨミさ。まあ、今は苗字だ
け。ファーストネームは気に入った相手にしか明かさないからね、ふふふふ」
オレンジ頭、ツクヨミはシオンとその後ろのクロースに向かって不気味な笑
みを飛ばす。
「むぅ、キサマ、キサマもクロースを狙っておるのか!」
「おじさんもかい? 残念だったねあの子も、というかおじさんを除いたここ
にいる子は皆僕の物さ」
恍惚とした表情で両手を広げるツクヨミ。改めて周りを見渡してみるとヴォ
ルペ達以外誰もいない。当然といえば当然だが。
「それって私もですか!?」
間の抜けた声で自分を指差すフィミルに、ツクヨミはねちっこい視線を向け
て頷いた。
「ヴォ、ヴォルさ~ん」
「いや、僕に振られても……」
困ったように苦笑するヴォルペ。フィミルだけではなく、ツクヨミはヴォル
ペも自分の物だと言い張ったのだからヴォルペも被害者である。というかここ
に入ってから時々感じたあの粘着質な視線はツクヨミのだったのか。
「させん! 断じてさせんぞ! そこの頑固一徹傑女オプナはいいとして、ク
ロースだけは断じて渡さんぞ!」
「ちょっと、頑固一徹潔女ってなによ」
「ふふふ、嫌だと言えばどうするんだい? ロリコン変態魔術師さん?」
「ふわっはっはっは。それは決まっておろう。こうするまでよ」
ロリコン魔術師、もといバーキンはオプナの文句など聞こえない様子で、杖
を取り出し呪文を唱え始める。
「ふふふふふ、いいねぇ、そういうの嫌いじゃないよ」
『呆けてる場合じゃないわよ。今のうちに早く逃げるのよ』
変態二人のやりとりに呆気にとられていたヴォルペにブレッザが叫ぶ。
「フィミル、今のうちに」
「は、はい」
逃げる意図をオプナ達に目で告げると、軽く頷いて返してきた。好機ととっ
たのは向こうも同じようだった。
「死の淵よりいでし業火の化身よ……」
「氷艶を司りし狂える女王よ……」
変態二人は呪文の詠唱に入ったようだ。しかし詠唱反応を見る限りかなり大掛
かりな術ようだ……、しかも炎と氷という反属性である。
「今だ、逃げるよ」
「クロース、シオン君逃げるわよ!」
それぞれ別方向の扉から外に飛び出す。変態二人はそれに気付いたが詠唱を
途中でやめるわけにもいかず、術を解き放った。
「ビックバン・メテオ!」
「トルネイド・ブリザード!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
反属性の魔法がぶつかりあった時の反応は三通りある。一つはどちらか一方
の力が強く、片方が打ち消されてしまう場合。二つ目は両者の力が拮抗し、双
方ともに打ち消される場合。そして最後は……。
日もすっかり昇り、マキーナの商業地帯にもそれなりに人の姿が目立つよう
になっていた。出勤する人の波に紛れて不幸のオーラを撒き散らす男が一人。
「ああ、店が……私の人生と魂と経験をこめた店が……」
口ひげを生やした男、三匹の蛙亭の店長ががっくりと膝をつき新地になった
自分の城を眺めていた。
ツクヨミとバーキンの魔法は互いの反属性に反応し相乗効果で通常以上の威
力を発揮した。その結果三匹の蛙亭は見る影も無く柱一本残さずに消滅してい
た。
「店長、そんなに気を落とさないで。俺がついてますから」
「そうよ店長さん私達だって協力するから」
店員や常連客の暖かい励ましを受けて一番の被害者であった店長はなんとか
立ち直れそうであった。
「なんというか。よかった、のかな?」
苦笑してヴォルペはその場を離れた。
『まあ、隣の建物に被害がなかったのは奇跡ね』
「これからどうしましょうか……」
フィミルがザックを抱えてながら尋ねてきた。とりあえず変態二人の生死を
気にかけて時間が経ってから戻ってきたのだが、店があの状況では確認できな
い。この問題はひとまず棚上げだ。
「そうだなぁ……、とりあえずお腹も減ったし、朝ご飯食べようか」
「そう、ですね」
中途半端に終わってしまった食事のせいでやたらとお腹が減ってしまってい
る。二人はとりあえず近場の飲食店に立ち寄る事で落ち着いた。
店に入ると適当なテーブル席に座ってメニューを開く。胃に入ればなんでも
一緒とヴォルペは最初に目に飛び込んできた文字を口にだした。
「「とりあえずモーニングセット」」
不意にハモった声にヴォルペは驚いて後の席を振り返った。それは三匹の蛙
亭にいたオプナ達であった。
「あ、どうも」
「ど、どうも」
今朝の朝食は少し重い話に……なりえそうもなかった。
場所:マキーナ「三匹の蛙亭」
NPC:ブレッザ・プリマヴェリーレ 鳥怪人素晴しき屍使いツクヨミ ロリコン
魔術師バーキン
――――――――――――――――――――
世の中にはごく普通の暮らしをしていても、非常識な災難に見舞われること
もある。
三匹の蛙亭の主人は何も出来ずにただ突っ立っていた。怪鳥――というよ
り、鳥の姿をした怪人だが――がいきなり窓を突き破って侵入してきたのだ、
それは仕方の無いことだろう。
「これはやっぱり人災なのかなぁ」
『そうね……、だから人助けなんてするものじゃないのよ』
頭の中で聞こえるブレッザのため息に苦笑しながら、ヴォルペはグローブの
感触を確め、鳥怪人を見据える。
『レン、わかっているとは思うけど』
「わかってるって、変身はしないって。よし、いくぞ鳥怪人!! ……って、
あれ?」
勢い良く人差し指を怪鳥に突きつけたまではよかったが、相手からの反応が
全くない。それどころか怪鳥の目からはいっさいの生気が見受けられない。
「ブレッザ、何か変だよ。あいつ、まるで死んでるみたいだ」
『あいつ、前に倒したのがアンデットとして蘇生されたみたいね。あんまりわ
からないけど、体は腐りかけてるみたいだし、それに……』
「ぎょGRUuアアアアア」
気味の悪い叫び声を上げた鳥怪人は翼をばたつかせて必死にヴォルペに飛び
かかろうとするが、羽毛を撒き散らすだけだった。
『脳ミソまで腐ってバカになってるわね』
「あの……、どうしましょう?」
テーブルの影からフィミルが尋ねてきた。グロテスクな外見に似合わずコメ
ディアンな鳥怪人にどうしていいか迷っているようだ。
「え、えーと、とりあえず隠れてて」
苦笑ながらそう言ったヴォルペはとりあえず目の前の鳥怪人の処遇を考え
る。
鳥怪人は翼をばたつかせどうにか飛ぼうと頑張っている、途中疲れたのか肩
を上下させて休んでいる。案外中に人でも入っているんじゃなかろうか……。
「……なんかさ、見てて可愛そうになってきた」
「GuaaああぁUuuu」
ついに飛んで襲い掛かるのを諦めたのか、鳥怪人は近くにあった備え付けの
テーブルを床から引き剥がしヴォルペに向かって投げつけた。
「よっ、とっと」
ヴォルペは軽く体をひねってテーブルをかわす。後からなにやらオッサンの
怒鳴り声が聞こえて気がするが、気にせずヴォルペは鳥怪人との間合いを詰め
ようとしたとき。
「伏せて」
「!?」
不意の声に従うようにヴォルペはその場に伏せると、頭の上を熱の塊が通り
過ぎ、鳥怪人を包み込む。
「GYううあああぁあ」
熱風を浴び悶絶する鳥怪人。ヴォルペは立ち上がり後を振り返り、一人の青
年を見据えた。熱風を放った張本人だ。近くに桜色のローブを羽織った――恐
らく魔術師の類だろう――女性がいた。
おそらく彼女が警告をしてくれたのだろう。後でお礼を言わないと。
「ちっちっち、ダメだよおねぇさん。教えちゃさ。おかげで愉しいオモチャが
一つ減ったじゃないか」
青年はオレンジ色の髪をかき上げながら言った。気のせいだろうかその態度
はひじょーにムカツク。が、それ以前に気になることがある。
「こいつは、あなたがけしかけたんですか!」
黒コゲになった鳥怪人を指差してヴォルペは叫んだ。
「そうだよ。ここに来る途中に手に入れたんだ。おもしろいオモチャだろ?
まあ、ホントはキミじゃなくて上の部屋で寝ている彼に使おうと思ったんだけ
どね」
薄い笑みを浮かべた顔で魔術師の女性を見る。知り合いなのだろうか。
「貴方、あの時の!」
「ふふ、シオンは元気かい?」
顔に浮かぶ笑みがさらに深く、不気味にしてオレンジ頭は言った。改造人間
としてのヴォルペの感性がかなりヤバイ奴だと警告を発する。
「シオン?」
女性は一瞬不思議そうな顔をする。がそれもすぐに納得のいった表情に変わっ
た。上の階から青年が降りてきたからだ。
「シオンは私のことですよ」
白髪、と言っても年を経て色が抜けたという感じではない、雪のようなまっ
さらで綺麗な白だ。白髪の青年、シオンの後ろには妹だろうか、似た感じのす
る少女が隠れるようにたたずんでいた。
「逢いたかったよ、シオン。ふふ、キレイなお友達が増えたようだね。ますま
す気に入ったよ」
魔術師の女性と少女を舐めるような視線をはわすオレンジ頭。その視線から
隠れるように少女はシオンの背後に隠れてしまう。
なんというか、あの視線で見られると隠れたく気持ちもわかる。
「ねぇブレッザ、普通に僕達現状からおいていかれてない?」
『いいのよ、危ない奴には近づかないにこした事は無いわ。とりあえず逃げる
べきよ』
「そう……だけど」
普通なら逃げるべき状況だ、狂人の相手をしているヒマなどヴォルペには無
い。だが困っている人を黙って見過ごせない……。
『考えてみなさい。今は貴方一人じゃないのよ? これ以上面倒を増やすつも
り?』
そうだ、今はフィミルの護衛を受けている立場だ。ヴォルペも彼女も何者か
に追われている、これ以上敵を増やすのは得策ではない。
「フィミル」
小声で呼びかけると、彼女もそのつもりだったらしくすでに荷物をまとめて
抱えている。
「あの人達には悪いけど、今のうちに」
「わかりました」
オレンジ頭をシオン達がひきつけて――もともとオレンジ頭の狙いは彼等の
ようだが――いる間にヴォルペとフィミルは静かに出入り口に向かう。
「あがっ!?」
ヴォルペがドアノブに手をかけようとした時、勢いよく、というか良すぎる
ぐらいドアが開いた。
扉の向こうからぬそっと入ってきたのは、黒いローブに身を包んだいかにも
といった感じの魔術師だった。
「ふははは、見つけたぞオプナ! 今日こそクロースを渡してもらうぞ!」
おもわぬ珍客に一瞬その場が凍りつく。その沈黙を破ったのはフィミルだっ
た。
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うん。ちょっと痛いけど」
不覚にもヴォルペは黒い魔術師が開けたドアに顔面からぶつかってしまって
いた。鼻血が出て少々かっこわるい。
「ぬ? なんだお主は? まあ、いい。さぁオプナ、クロースをこちらに渡
せ」
しりもちをついているヴォルペを一瞥し尊大な態度で黒い魔術師は、オプナ
――桜色のローブを羽織った女性――を指差す。フードを目深にかぶっている
ため顔はよくわからないが、なんとなく喋り方と雰囲気があっていない。
「……誰この変態魔術師?」
いぶかしげな表情でオレンジ頭は黒い魔術師を見据えた。
「変態とは心外な! 我輩は誇り高き魔術師、バーキン・ファルミーである
ぞ」
たしかにオレンジ頭に変態呼ばわりされるのは心外だろうが、街中で真っ黒
なフードを目深にかぶっているのもどうかと思う。
「主こそ、体中から屍臭が漂っておるぞ。お主こそ変態ではないか!」
「ふっ、屍臭は僕の証みたいな物だからね。でも変態に変態なんて言われたく
ないね」
会話の趣旨が微妙にズレているが、なにやら余計に現状がややこしくなった
のには間違いないらしい。
「ならば名を名乗れい! それが礼儀であろう」
胸をそらし、びしっとオレンジ頭を指差してバーキンはいきりたった。意外
と礼儀正しいようではある。
「ふふ、僕の名前かい? 僕は素晴しき屍使いツクヨミさ。まあ、今は苗字だ
け。ファーストネームは気に入った相手にしか明かさないからね、ふふふふ」
オレンジ頭、ツクヨミはシオンとその後ろのクロースに向かって不気味な笑
みを飛ばす。
「むぅ、キサマ、キサマもクロースを狙っておるのか!」
「おじさんもかい? 残念だったねあの子も、というかおじさんを除いたここ
にいる子は皆僕の物さ」
恍惚とした表情で両手を広げるツクヨミ。改めて周りを見渡してみるとヴォ
ルペ達以外誰もいない。当然といえば当然だが。
「それって私もですか!?」
間の抜けた声で自分を指差すフィミルに、ツクヨミはねちっこい視線を向け
て頷いた。
「ヴォ、ヴォルさ~ん」
「いや、僕に振られても……」
困ったように苦笑するヴォルペ。フィミルだけではなく、ツクヨミはヴォル
ペも自分の物だと言い張ったのだからヴォルペも被害者である。というかここ
に入ってから時々感じたあの粘着質な視線はツクヨミのだったのか。
「させん! 断じてさせんぞ! そこの頑固一徹傑女オプナはいいとして、ク
ロースだけは断じて渡さんぞ!」
「ちょっと、頑固一徹潔女ってなによ」
「ふふふ、嫌だと言えばどうするんだい? ロリコン変態魔術師さん?」
「ふわっはっはっは。それは決まっておろう。こうするまでよ」
ロリコン魔術師、もといバーキンはオプナの文句など聞こえない様子で、杖
を取り出し呪文を唱え始める。
「ふふふふふ、いいねぇ、そういうの嫌いじゃないよ」
『呆けてる場合じゃないわよ。今のうちに早く逃げるのよ』
変態二人のやりとりに呆気にとられていたヴォルペにブレッザが叫ぶ。
「フィミル、今のうちに」
「は、はい」
逃げる意図をオプナ達に目で告げると、軽く頷いて返してきた。好機ととっ
たのは向こうも同じようだった。
「死の淵よりいでし業火の化身よ……」
「氷艶を司りし狂える女王よ……」
変態二人は呪文の詠唱に入ったようだ。しかし詠唱反応を見る限りかなり大掛
かりな術ようだ……、しかも炎と氷という反属性である。
「今だ、逃げるよ」
「クロース、シオン君逃げるわよ!」
それぞれ別方向の扉から外に飛び出す。変態二人はそれに気付いたが詠唱を
途中でやめるわけにもいかず、術を解き放った。
「ビックバン・メテオ!」
「トルネイド・ブリザード!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
反属性の魔法がぶつかりあった時の反応は三通りある。一つはどちらか一方
の力が強く、片方が打ち消されてしまう場合。二つ目は両者の力が拮抗し、双
方ともに打ち消される場合。そして最後は……。
日もすっかり昇り、マキーナの商業地帯にもそれなりに人の姿が目立つよう
になっていた。出勤する人の波に紛れて不幸のオーラを撒き散らす男が一人。
「ああ、店が……私の人生と魂と経験をこめた店が……」
口ひげを生やした男、三匹の蛙亭の店長ががっくりと膝をつき新地になった
自分の城を眺めていた。
ツクヨミとバーキンの魔法は互いの反属性に反応し相乗効果で通常以上の威
力を発揮した。その結果三匹の蛙亭は見る影も無く柱一本残さずに消滅してい
た。
「店長、そんなに気を落とさないで。俺がついてますから」
「そうよ店長さん私達だって協力するから」
店員や常連客の暖かい励ましを受けて一番の被害者であった店長はなんとか
立ち直れそうであった。
「なんというか。よかった、のかな?」
苦笑してヴォルペはその場を離れた。
『まあ、隣の建物に被害がなかったのは奇跡ね』
「これからどうしましょうか……」
フィミルがザックを抱えてながら尋ねてきた。とりあえず変態二人の生死を
気にかけて時間が経ってから戻ってきたのだが、店があの状況では確認できな
い。この問題はひとまず棚上げだ。
「そうだなぁ……、とりあえずお腹も減ったし、朝ご飯食べようか」
「そう、ですね」
中途半端に終わってしまった食事のせいでやたらとお腹が減ってしまってい
る。二人はとりあえず近場の飲食店に立ち寄る事で落ち着いた。
店に入ると適当なテーブル席に座ってメニューを開く。胃に入ればなんでも
一緒とヴォルペは最初に目に飛び込んできた文字を口にだした。
「「とりあえずモーニングセット」」
不意にハモった声にヴォルペは驚いて後の席を振り返った。それは三匹の蛙
亭にいたオプナ達であった。
「あ、どうも」
「ど、どうも」
今朝の朝食は少し重い話に……なりえそうもなかった。
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