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2024/05/16 21:06 |
第四話「曙光」/オプナ・クロース(葉月瞬)
PT:クロース、オプナ、シオン
場所:マキーナ付近の森~マキーナの街
NPC:魔術学院の方
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 それは、白き戯れだった。
 其処だけ何処か、色が抜け落ちているようだった。
 月下の舞踏。
 そんな印象を、オプナはその光景を目の当たりにした時、不謹慎にも抱いて
しまったのだった。

  ◇〇◇

 其の少年は、怪我をしていた。
 オプナ達が罪の意識を少しでも軽くする為に少年に近付いた時、既に少年は
意識を手放した後だった。そして、オプナ達の背後で男の呟きが聞えたと思い
きや、炎が燃え上がる音とほぼ同時に鎮火した時の何とも抜けたような音が聞
えて来た。オプナが咄嗟に振り向いた時には、男は火の粉を一欠けら残し消失
した後だった――。

「……あいつ……、何者だったの……? 少なくとも、只者じゃない事だけは
確かだけれど……。……この、坊やもね」

 オプナが再び見下ろした其の少年の腕は、焼け爛れ酷くボロボロになってい
た。特に痛々しく映えているのが、右腕の燃え縮れた包帯から見え隠れしてい
る、火傷とは明らかに違う黒く走る傷跡だった。たった今付いた訳ではない、
惨憺たる傷跡。其の傷跡に、オプナは只ならぬ力の波動を感じていた。

「……クロース、一寸退いていて。治癒するから」

 自分と同じ銀髪の少年にしがみ付く様に覗き込んでいたクロースが、オプナ
の声に反応して振り仰ぐ。オプナは彼女に向かって一つ頷くと、手で制するよ
うに下がらせる。そして、口の中で小さく何事か呟くと、若葉色をした前袷
(あわせ)の奇妙な服を着た少年の両腕に掌を翳した。

「【治癒(ヒール)】」

 掌が燐光に包まれ、見る間に傷口が癒えていく。
 だが、思った以上に火傷の進行度は深く、広範囲に広がっていた。

「くっ、駄目だわ。私の治癒魔法じゃ追い付かない。せいぜい、応急手当が関
の山か……。早く、病院に連れて行かないと……」

 夜明けが近い事を示すかのように、稜線が徐々に茜色に染め上げられてい
く。
 オプナは其の朝焼けを目に焼き付けながら、街の方角を確認していた。懐か
しき避暑の街、マキーナはもう直ぐ其処だ。

「もう! 仕様が無いわね。感知されるから余り魔法は使いたくはなかったの
だけれど……仕方ない。飛ぶわよ、クロース。【我が内なる魔力よ、この身を
包み給へ……飛翔(フライ)】!!」

 この飛翔の魔法は、精霊力と反発する魔力の性質を利用して移動する魔法
だ。精霊達は魔力を嫌う性質がある。それを利用して、移動する魔法なのだ。
術者自身の身体を魔力で包み込む事によって大地や大気を形成している精霊達
と反発して、移動の原動力を得るのだ。当初この性質が発見された時は、画期
的だと持て囃された。しかし今は、どのような低級魔術師でも扱える一般的な
魔法だ。
 真っ白き少年を胸に抱き、クロースの手を引いたオプナの身体が魔力による
燐光に包まれた。それと同時に、風に乗るように身体がゆっくりと上昇してい
くと、マキーナの街の方角へと飛び去っていった。

 曙光に煙るその飛行影を、森の中で唯一人視認する者が居た。

「クククッ。遂に見つけたぞ。クロース。そして、オプナ!」

 真っ黒きローブに身を包んだ男が呟くように吐いた其の言葉は、外気と同じ
ように何処か寒々としていた。そして、少し皺の寄ったその口元に微笑を浮か
べ、飛び去った人影を何時までも飽きずに見送っていた――。

  ◇○◇

 オプナの中でマキーナの街のイメージは、炭坑の街というよりも寧ろ避暑地
としてのイメージが強い。元々魔法鉱石が発見されるよりも以前のマキーナ
は、避暑地として栄えていた街だったからだ。高原という事もあって、夏の盛
りの時期にも冷気が溜り外界との一寸した寒暖差が発生する。そういう事もあ
ってか夏場、特に盛りの時期には日に数十人は避暑に訪れる。それも、貴族連
中が優先的ではあるが。
 オプナはソフィニアの貴族の家庭に出生した。当然の事ながら、避暑地マキ
ーナへも何度か連れて来てもらった事があるのだ。幼少時で記憶はあやふやだ
が、「来た」という事実は頭脳に刻み込まれていた。だから、彼女にとってマ

ーナは第二の故郷とも言うべき街だった。
 オプナは昔を懐かしむように数度街の上空を旋回すると、街の中央部に位置
する時計塔広場に悠々と着地した。
 着地と同時に、口元も緩むオプナ。
 昔と余り変わらないな、オプナはそう思った。
 昔と余り変わらない。そう、魔法鉱石が発見され、鉱山人足達が駐屯するよ
うになっても長閑(のどか)で緩やかな空気そのものまでが変わった訳ではなか
った。人も土地も高山植物も、緩やかに、そして静かに時を刻んでいた。
 昔と変わらない。だが、昔と変わった所が一点だけあった。

「……雪……?」

 オプナの差し出した掌に、緩やかに舞い落ちる何かがあった。其れは白く、
脆く、儚げで、そして冷たかった。其れは、たった今天より生まれた粉雪だっ
た。
 そもそもオプナが避暑に来ていた幼きあの日には、雪など降る素振りも見せ
ていなかった。雪と呼ばれる氷の結晶体など、生まれてこの間見た事も、触れ
た事も無かったのだ。それは隣にいて首を四方へ伸ばし好奇心を満たそうとし
ているクロースも同じらしく、何処か寒そうに身動ぎしている。

「寒い? クロース」
「……冷たい」
「……そうね。この寒さじゃ、この子も体力を削られるばかりだし……。早く
病院を見つけなきゃ……」

 和装の薄着を身に付けただけの少年に、身を切るようなこの寒さはさぞ堪え
るだろう。それで無くとも、気絶する程の火傷を負っていて体力が削られてい
くのだ。彼の体力が限界を超えるのも、時間の問題か。そう、思考を巡らせな
がら少年に視線を這わせるオプナ。彼女の大方の予想通り、彼は薄着で寒さに
打ち震えているように見える。そして、両腕に負った見事なまでの火傷――。

「!?」

 火傷を見詰めたまま、信じられない物を見たと言うように、オプナは凍りつ
いた。同時に思考も。
 其の火傷は、徐々に回復しつつあった。それも、常人には有り得ないほどの
速度を持って。つまり自然治癒力が常人よりも高いと言うことなのだが、それ
にしてもこの回復の速さは尋常ではなかった。既に皮下組織は再構成を果たし
つつあるようなのだ。そして、表皮も少しずつではあるが再構成されつつあ
る。

(こっ、これはっ!? ……きょっ、興味深い素体ね……。既に病院に連れて
行く必要は無い、と言うことか……。観察のしがいは十分にありそうだけど)

 それにしたって宿屋は取って置くべきねと、オプナは宿を探すべく周囲を見
回した。隣では、クロースが少しでも暖をとるべく両手を口を覆うように揃え
て息を吹き掛けている。微笑ましいその光景にオプナは幽かに微笑を浮かべる
と、クロースの為にも、という言葉も付け加えた。

  ◇○◇

 程なくしてオプナは、“三匹の蛙”という名の宿屋兼酒場を見つけた。広場
に面した商業地帯にそれはあった。時計台の向かい側に、閑静な佇まいを見せ
ていた。
 その宿屋は“一流”とまではいかないまでも、そこそこ評判の良い中規模な
宿屋だった。一階には酒場もあり、食事を楽しみながら酒を嗜めるという。夜
にもなれば鉱山労働者が屯し、一寸した賑わいを見せる。町の人々にとっては
憩いの場所、そんな建築物だった。
 少なく見積もっても築五年は硬いであろう“三匹の蛙”亭の扉を、未だに意
識を取り戻せていない少年を背負ったままのオプナが如何にも難儀な素振りで
押し開く。途端に中から、外の市場から響く喧騒とは裏腹な静寂が鼓膜を静か
に叩いた。丁度今は明け方である。当然の事ながら、酒場には一人の客も見当
たらない。扉に「閉店」の文字が刻まれた掛け板が掛かっている通り、酒場は
店を閉ざしている刻限なのだ。しかし、宿屋としては受け付けているようだ。
カウンターには一人の中年男性が鎮座していた。
 オプナとクロースは、徐にカウンターに近付くと主人らしき男に声を掛け、
部屋を二つばかり手配する。

「今日一日泊めて欲しいのだけれど……空いているかしら?」

 にこやかに微笑んで、愛想を振りまく事もやはりオプナは忘れてはいなかっ
た。その笑顔に差して魅了された風でなく、宿屋兼酒場の主人はぶっきら棒に
言った。

「ああ。今日は、二つばかり空いてるよ。一番奥の部屋だ。……悪いが、うち
は前払い制を取っていてね……」

 そう言い終わるか終わらないかの内に、主人は手を掌を差し出した。どうや
ら金を出せと促している様だ。
 オプナはそれを目の当たりにし、一つ頷くと「それは当然よ」と心の中で呟
きながらも一晩泊まれるだけの銅貨を手渡した。取り敢えずは、相場通りの値
段だ。主人はその銅貨の枚数を数えると、一つ頷いて見せる。今渡した金額は
取り敢えずの値段だ。後は部屋にチップでも数枚置いて宿を発てば十分に満足
して貰える事だろう。

 軋む階段に足を掛け、オプナとクロースと背負われたままの少年は階上に消
えて行った――。
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2007/02/17 00:41 | Comments(0) | TrackBack() | ○造られし者達

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