PC:セラフィナ ザンクード
NPC:
場所:カフール
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
セラフィナはザンクードに腕を掴まれ目を覚ました。まだ夜明け前だ。
宙を見たまま静止するザンクードをよく見ると、触覚が小刻みに揺れていた。
何かを察知したのだろう。おそらくは……追っ手。
「相手が人だろうが手加減する気はない」
冷たい声が、セラフィナに「今度の敵は同じ人間なのだ」と告げる。
出来れば殺したくなどはない。避けられるものなら傷つけることすら避けるだろう。
だが、今その余裕はなかった。全力で戦い、生き残れるかも怪しいのだから。
「分かっています」
セラフィナは静かに黙祷した。
素性の知れない命のために、これから失われる命のために。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
廃村に辿り着いたということは、カフール国内に入ったという証しでもあった。
ザンクードは何も言わないが、道の痕跡を辿れば、もう道案内など必要ない。
それでもここに留まっているのは、セラフィナとの約束のためだろうか?
セラフィナは空を仰ぎ見た。じきに日が昇る。
ザンクードとは別行動をとることになっていた。足手まといが側にいると動きづらいというだけでなく、木々の生い茂る廃村の外で奇襲をかけるためである。
追っ手の規模を、セラフィナはまだ知らない。ザンクードの手をかいくぐるような別動隊がいたときのために、備えておく必要があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
男は、配下の者をばらけさせた。アラクネと名乗る化け物の情報が正しければ、相手は自分達追っ手の存在にいち早く気付いているはずである。おそらく地の利が得られる廃村手前で奇襲してくる……そう予想していた。
手勢は少ない。アラクネに骨折させられた部下は使い者にならないと判断し、置いてきた。危険を感じてからでは遅い。屋外で催涙弾がどれほどの威力を発揮するかが鍵となるだろう。一瞬の迷いが死を招く……そう感じるのは、経験か。いや、今まで見てきた惨殺体の酷さのせいかもしれない。
催涙弾のピンに指をかけたまま、男は五感を研ぎ澄ます。
先に動いたのはザンクードだった。配下の一人の頭上から音もなく降ってくる。想定よりも速い動き。男はピンを抜きながら走った。不気味な複眼がこちらを捕らえているのは分かっている。催涙弾を落としながら、男は一直線に廃村へ向かって駆け抜ける。ザンクードが動くのが分かるが、急所である首、もしくは頭を狙っていることに賭けて、姿勢を低くしながら走り抜けた。頭のすぐ上を鎌状の武器が掠めた感覚がやけにリアルだった。
一気に視界が白く染まる。
催涙弾が発動したのだ。男の頭によぎったのは、煙の香りが「菊花香」によく似ている、ということだった。
「菊花香」とは、カフールに古くから伝わるお香で、山神の好きな香りとされている。昔はどこの家でも菊花香を焚いたものだが、最近は国外から入ってきた珍しい香などが好まれたり、家によっては香を焚く習慣自体が無くなってきているという古風な香だ。
その「菊花香」が、何故。
男は配下の者に敵の足止めをさせ、独りで「神の子」殺しに挑むつもりであった。自分の仕える姫と違い、一通りの護身術を学んでいるセラフィナはそう侮れる相手ではなかったし、そんな重荷を背負うのは自分一人で充分だったからだ。
森を抜け、視界に飛び込んだのは紫色の異質な煙。のろしだ。
古い民家を燃やしながら、煙は高く高く上る。
男は舌打ちした。こののろしに気付いて援軍が駆けつけるまでに姫を殺し、撤収しなければならない。民家の火を消すのは無駄だと判断、まだ遠くまで逃げてはいないであろうセラフィナ捜索に神経を傾けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昔カイに貰ったお守りを使ってしまった。セラフィナは燃え始めた廃屋を背に走り出した。
カイが近くにいるのなら駆けつけてもくれよう。だが、カイはいない。日の出とともに空を見上げ、こののろしに気付く者がどれだけいるだろうか?のろしの示す色の意味さえ知らないセラフィナは、人が様子を見に来てくれるかどうかも怪しいと思っていた。だが、誰かへの特定のメッセージだと追っ手が思いこんでくれればソレでいい。焦りは判断を鈍らせる。
木の陰に隠れ、様子を窺う。突然白い煙が森で広がり、この辺りまで香りを運ぶ。菊花香だ。目くらましの煙幕なら知っている。だが、ソレとはどうも異質なようだ。白い煙から一人の男が走り出てきた。見覚えのある男だった。あれは……姉の護衛剣士。つまり自分を狙う派閥の一つは姉の勢力と確定したわけだ。
一緒に育った間柄でもなければ、姉妹としての情も希薄だ。それでも命を狙われるほど憎まれているのか。
男はまだこちらに気付いていない。廃屋の燃える音が自分の気配を消してくれる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
男はしゃがんで地面の状態を確かめた。大雨の影響が残っている。踏み固められた道なら足跡を見つけるのは難しいだろうが、ここは廃村、永く人の行き来がなかった場所である。
近くで一度振り返り、炎上する廃屋の方へ走り出した足跡を発見するのは、そう時間がかからなかった。泥地ではないため足跡としては痕跡が薄いものの、歩幅や跡の大きさから女性と分かる。ほぼ確実にターゲットだろう。しかも彼女は「他に護衛を付けていない」。狩りを邪魔するものは他にいないのだ。
炎上する中を突っ切るわけには行かない。迂回しながら端々に視線を走らせる。追われる側は追っ手の動向を警戒する傾向にある。今もこちらを見ているかも知れない。もし追っ手を振りきるつもりで走り続けているのだとしても、体力ならこっちが上だ。追いつくことなど造作もないだろう。
何かがキラリと光った。とっさに茂みへ転がり込む。地面に残されたのは、針。一矢報いようとでも言うのだろうか。男は口の端だけで笑った。ターゲットのいる方向は、これで絞れた。
木を楯に、距離を詰める。針はその後飛んでこない。こちらが視認しにくい場所に入り込んだのだろうか。だとすれば、距離はそう遠くない。
音が、した。左前方の木の裏だ。男は駆け寄りながら剣を抜き、飛び出してきた何かを切りつけた。
しまった、罠だ。切ったのは落とされた蜂の巣で、無数の蜂が攻撃してくる。
少し離れたところで翻る青い布が見えた。ただの箱入り娘ではなく、身を守るための教育を思ったより徹底して受けているらしい。なるほど、今までの追っ手が手を焼いたわけだ。男は蜂の巣を焼き討ちにしながら、追ってくる蜂を無視しつつ、青い布の見えた方へ駆けだした。
針が再び飛んでくる。視認できたのは三本。急所を狙った二本だけは、何とか剣で打ち落とす。
が、残りの一本がまずかった。左足に受けた傷は、確実に運動機能を奪う。
麻痺針もしくは麻酔針と呼ばれる高度な技術。彼女を侮っていたつもりはなかったのに。
針を抜き、投げ捨てながらも片足で間合いを詰める。蜂蜜にまみれた剣は切れ味が劣るだろうが、首を取ってこいと言われたわけではない。叩きつけることで充分致命傷を与えられる。
不意に、セラフィナが姿を現した。一見無防備で、しかし片足の利かない現状では迂闊に飛びかかることも出来ず。空気が膠着する。
「神の子を殺めた貴方に残るものは何です?」
セラフィナの声は、悲しそうに響いた。彼女がそっと目を伏せた瞬間、男は間髪入れずに飛びかかる。
セラフィナはまるで分かってでもいたように体を引いた。そして正確に針を打つ。
四肢の自由を奪われ、崩れ落ちる男を見ながら、セラフィナは溜息を付いた。
「貴重な生き証人を、死なせるわけにはいきません」
ロープで自由を奪い、口に猿ぐつわを噛ませて、セラフィナは静かに男の治療を始めた。
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NPC:
場所:カフール
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セラフィナはザンクードに腕を掴まれ目を覚ました。まだ夜明け前だ。
宙を見たまま静止するザンクードをよく見ると、触覚が小刻みに揺れていた。
何かを察知したのだろう。おそらくは……追っ手。
「相手が人だろうが手加減する気はない」
冷たい声が、セラフィナに「今度の敵は同じ人間なのだ」と告げる。
出来れば殺したくなどはない。避けられるものなら傷つけることすら避けるだろう。
だが、今その余裕はなかった。全力で戦い、生き残れるかも怪しいのだから。
「分かっています」
セラフィナは静かに黙祷した。
素性の知れない命のために、これから失われる命のために。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
廃村に辿り着いたということは、カフール国内に入ったという証しでもあった。
ザンクードは何も言わないが、道の痕跡を辿れば、もう道案内など必要ない。
それでもここに留まっているのは、セラフィナとの約束のためだろうか?
セラフィナは空を仰ぎ見た。じきに日が昇る。
ザンクードとは別行動をとることになっていた。足手まといが側にいると動きづらいというだけでなく、木々の生い茂る廃村の外で奇襲をかけるためである。
追っ手の規模を、セラフィナはまだ知らない。ザンクードの手をかいくぐるような別動隊がいたときのために、備えておく必要があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
男は、配下の者をばらけさせた。アラクネと名乗る化け物の情報が正しければ、相手は自分達追っ手の存在にいち早く気付いているはずである。おそらく地の利が得られる廃村手前で奇襲してくる……そう予想していた。
手勢は少ない。アラクネに骨折させられた部下は使い者にならないと判断し、置いてきた。危険を感じてからでは遅い。屋外で催涙弾がどれほどの威力を発揮するかが鍵となるだろう。一瞬の迷いが死を招く……そう感じるのは、経験か。いや、今まで見てきた惨殺体の酷さのせいかもしれない。
催涙弾のピンに指をかけたまま、男は五感を研ぎ澄ます。
先に動いたのはザンクードだった。配下の一人の頭上から音もなく降ってくる。想定よりも速い動き。男はピンを抜きながら走った。不気味な複眼がこちらを捕らえているのは分かっている。催涙弾を落としながら、男は一直線に廃村へ向かって駆け抜ける。ザンクードが動くのが分かるが、急所である首、もしくは頭を狙っていることに賭けて、姿勢を低くしながら走り抜けた。頭のすぐ上を鎌状の武器が掠めた感覚がやけにリアルだった。
一気に視界が白く染まる。
催涙弾が発動したのだ。男の頭によぎったのは、煙の香りが「菊花香」によく似ている、ということだった。
「菊花香」とは、カフールに古くから伝わるお香で、山神の好きな香りとされている。昔はどこの家でも菊花香を焚いたものだが、最近は国外から入ってきた珍しい香などが好まれたり、家によっては香を焚く習慣自体が無くなってきているという古風な香だ。
その「菊花香」が、何故。
男は配下の者に敵の足止めをさせ、独りで「神の子」殺しに挑むつもりであった。自分の仕える姫と違い、一通りの護身術を学んでいるセラフィナはそう侮れる相手ではなかったし、そんな重荷を背負うのは自分一人で充分だったからだ。
森を抜け、視界に飛び込んだのは紫色の異質な煙。のろしだ。
古い民家を燃やしながら、煙は高く高く上る。
男は舌打ちした。こののろしに気付いて援軍が駆けつけるまでに姫を殺し、撤収しなければならない。民家の火を消すのは無駄だと判断、まだ遠くまで逃げてはいないであろうセラフィナ捜索に神経を傾けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昔カイに貰ったお守りを使ってしまった。セラフィナは燃え始めた廃屋を背に走り出した。
カイが近くにいるのなら駆けつけてもくれよう。だが、カイはいない。日の出とともに空を見上げ、こののろしに気付く者がどれだけいるだろうか?のろしの示す色の意味さえ知らないセラフィナは、人が様子を見に来てくれるかどうかも怪しいと思っていた。だが、誰かへの特定のメッセージだと追っ手が思いこんでくれればソレでいい。焦りは判断を鈍らせる。
木の陰に隠れ、様子を窺う。突然白い煙が森で広がり、この辺りまで香りを運ぶ。菊花香だ。目くらましの煙幕なら知っている。だが、ソレとはどうも異質なようだ。白い煙から一人の男が走り出てきた。見覚えのある男だった。あれは……姉の護衛剣士。つまり自分を狙う派閥の一つは姉の勢力と確定したわけだ。
一緒に育った間柄でもなければ、姉妹としての情も希薄だ。それでも命を狙われるほど憎まれているのか。
男はまだこちらに気付いていない。廃屋の燃える音が自分の気配を消してくれる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
男はしゃがんで地面の状態を確かめた。大雨の影響が残っている。踏み固められた道なら足跡を見つけるのは難しいだろうが、ここは廃村、永く人の行き来がなかった場所である。
近くで一度振り返り、炎上する廃屋の方へ走り出した足跡を発見するのは、そう時間がかからなかった。泥地ではないため足跡としては痕跡が薄いものの、歩幅や跡の大きさから女性と分かる。ほぼ確実にターゲットだろう。しかも彼女は「他に護衛を付けていない」。狩りを邪魔するものは他にいないのだ。
炎上する中を突っ切るわけには行かない。迂回しながら端々に視線を走らせる。追われる側は追っ手の動向を警戒する傾向にある。今もこちらを見ているかも知れない。もし追っ手を振りきるつもりで走り続けているのだとしても、体力ならこっちが上だ。追いつくことなど造作もないだろう。
何かがキラリと光った。とっさに茂みへ転がり込む。地面に残されたのは、針。一矢報いようとでも言うのだろうか。男は口の端だけで笑った。ターゲットのいる方向は、これで絞れた。
木を楯に、距離を詰める。針はその後飛んでこない。こちらが視認しにくい場所に入り込んだのだろうか。だとすれば、距離はそう遠くない。
音が、した。左前方の木の裏だ。男は駆け寄りながら剣を抜き、飛び出してきた何かを切りつけた。
しまった、罠だ。切ったのは落とされた蜂の巣で、無数の蜂が攻撃してくる。
少し離れたところで翻る青い布が見えた。ただの箱入り娘ではなく、身を守るための教育を思ったより徹底して受けているらしい。なるほど、今までの追っ手が手を焼いたわけだ。男は蜂の巣を焼き討ちにしながら、追ってくる蜂を無視しつつ、青い布の見えた方へ駆けだした。
針が再び飛んでくる。視認できたのは三本。急所を狙った二本だけは、何とか剣で打ち落とす。
が、残りの一本がまずかった。左足に受けた傷は、確実に運動機能を奪う。
麻痺針もしくは麻酔針と呼ばれる高度な技術。彼女を侮っていたつもりはなかったのに。
針を抜き、投げ捨てながらも片足で間合いを詰める。蜂蜜にまみれた剣は切れ味が劣るだろうが、首を取ってこいと言われたわけではない。叩きつけることで充分致命傷を与えられる。
不意に、セラフィナが姿を現した。一見無防備で、しかし片足の利かない現状では迂闊に飛びかかることも出来ず。空気が膠着する。
「神の子を殺めた貴方に残るものは何です?」
セラフィナの声は、悲しそうに響いた。彼女がそっと目を伏せた瞬間、男は間髪入れずに飛びかかる。
セラフィナはまるで分かってでもいたように体を引いた。そして正確に針を打つ。
四肢の自由を奪われ、崩れ落ちる男を見ながら、セラフィナは溜息を付いた。
「貴重な生き証人を、死なせるわけにはいきません」
ロープで自由を奪い、口に猿ぐつわを噛ませて、セラフィナは静かに男の治療を始めた。
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