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2024/11/01 08:03 |
蒼の皇女に深緑の鵺 01/セラフィナ(マリムラ)
PC:セラフィナ ザンクード
NPC:
場所:カフール国境近辺
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 前日まで、酷い豪雨が続いていた。少なくとも、カフールへ急ぐ旅人が宿に
連泊するほどには、一帯は旅に不向きな環境であった。雨の勢いは強く、数件
離れた家も霞んで見える。窓をぼんやり眺め、それでも風がないだけましなの
だろうか、とセラフィナは考える。横殴りの雨ではなく、上から叩きつけられ
るような雨。修理の追いつかない宿の一角では、雨漏りが奏でる水滴の音が止
まずに響いている。もう何日降り続いていただろうか……急いで馬を駆ってい
たときには考えないようにしていた顔が浮かんでは消えた。何事もなかったか
のように目の前に現れ、笑いかけてくれたらどんなにいいだろう。だが、自分
が突き放したのだ。彼を危険に晒さずに済むようになるまで、会いには行けな
い。

 そんなもやもやを抱えたまま、さらに数日が過ぎ、ぬかるんだ大地にようや
く雲間から光が差し込んだ。

「……まだ止めといたらどうだい。足場が悪いし、馬が滑ると怪我するよ?」
「いえ、ちょっと急いでいるものですから」
「そうかい? 無理に引きとめはしないが、気を付けな」
「ありがとうございます」

 雨が止んで、一番に身支度を整える。祖国カフールへ戻るために。
 セラフィナは宿を出て街道を少し進むと、馬を山道の方へ向けた。今でもセ
ラフィナの命を狙っているものがどこかにいて、帰国を阻止しようとしている
はずだった。だから、街道沿いに国境を越えるわけにはいかない。普段人通り
のない山から入った方が無難だろう、という判断だった。

「この辺まで来れば、後は東へ向かえばいいはず」

 口に出しながら、雲間に途切れ途切れに顔を出す日の位置を確認する。もう
随分カフールへと近づいているはずだった。

「!?」

 川を渡ろうと浅瀬を探していたところ、上流に倒れた人のような姿が見え
た。豪雨のせいで川は増水し、川幅も広くなっている。もちろん流れも速い。
すぐにでも助けに行きたいところだが、その人影は泥にまみれ、反対側の川岸
に流れ着いているようだった。小さく唇を噛む。

「馬は渡れそうにないですね……」

 優しく馬を撫でると、馬具の後ろに積んだ旅支度を解き始める。毛布や携帯
食料の入った背負い袋を下ろし、縛っていたロープを解く。ロープは細めだ
が、長く丈夫なものだった。先に鉤状の爪が付いている。そのロープをヒュン
ヒュンと音を立てながら数度振り回すと、向こう岸へ投げた。そして頃合を見
計らって軽く引き寄せる。迫り出した木の幹に三度巻きつくと、鉤爪は狙い通
りにロープを固定した。セラフィナが安堵の息を漏らす。

 実際はここからが大変なのだ。ロープのもう片方の端をこちら側の木に結び
つける。ピンと張るのはなかなか困難な作業なのだが、向こう岸よりも高い位
置の太い枝にロープを引っ掛け、体重をかけて慎重にロープを張った。滑車が
あれば楽に渡れるだろうが、そんなものは旅支度に含まれていない。
 セラフィナは少し考えると、馬から鞍を外し、ロープの上に渡した。毛布も
背負い袋の紐で縛り付け、一緒に背負い込む。

「いずれにしても、渡る必要があるんですから……」

 自分に言い訳をしつつ、危険を承知で身を躍らせる。鐙(あぶみ)にかけた
手が、かかる重さに悲鳴を上げる。セラフィナは渋面になりながらも必死に堪
え、足が流れに飲み込まれないよう体を曲げた。硬い鞍はロープを滑るように
向こう岸へセラフィナを運ぶ。
 木にぶつかる前に足を何とかクッションにし、勢いのついた体を止める事が
出来た。しかし、手は真っ赤に染まり、じんじんと痺れが残っている。腕や肩
にも余計な負担をかけたようだが、倒れている人影の方が気がかりだった。息
はあるのだろうか。

 よろり、とセラフィナが立ち上がる。泥流にまみれた人影は、よく見ると人
ではない何かだった。しかし、かすかに動くのを見た事が、セラフィナに力を
与えた。

(アレは……蟲と呼ばれる種族かしら)

 セラフィナが蟲について知っていることは少ない。文献で読んだ中には、大
きく3つの勢力があることと、蜂種・蟻種には女王が存在することが書かれて
いたくらいだろうか。ああ、もっとも危険な殺戮集団“侵略種血統”を忘れて
はいけない。カフールでは殆ど見かけるどころか噂も聞かない蟲種だが、過去
に蟲種特有の毒で死者が出た事があったはずだ。カフール奥地の山に隠れ住ん
でいないとも限らない。

(でも、怪我をしている。助けなければ)

 複眼は見慣れないものだったが、その腕には深い傷が見えた。傷を閉じる前
に荷物を降ろし、毛布をかけて暖め、水筒の水で傷口をすすぐ。毒でただれて
いる様な傷口を出来るだけ触れないように両手で覆うと、解毒に集中する。

「……ね、え……さん」

 途切れ途切れに聞こえたのは間違いなく人が話す言葉で、一瞬意識が戻る
と、再び意識を手放したようだった。セラフィナは一度かすかに笑みを浮かべ
ると、まだ赤く腫れた両手で治療を再開した。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ぱちぱちっと枝が爆ぜる音がする。事情があって帰国を急いでいるにもかか
わらず、患者を放って行けないのがセラフィナであった。くたくたになるまで
治療を続け、解毒をし、傷を塞ぐ頃には日は傾いてきていた。山は夜に歩く場
所ではない。そのくらいは分かっているつもりだ。
 携帯食料をかじりながら焚き火に拾ってきた細枝をくべる。折れ落ちた細枝
は水分を含んでいるから、しばらくするとまたぱちっと火が爆ぜた。空には星
が出始めていた。雲も随分減ったようだ。

「……!?」

 気が付いたのだろう、毛布を跳ね飛ばして臨戦態勢になった患者に、セラフ
ィナは動じずに声をかけた。

「一応傷は塞ぎましたが、完治にはまだかかりますよ」

 穏やかに語りかける。蟲種の患者は傷跡と毛布を見比べ、辺りに殺気がない
ことから少し離れた位置に腰を下ろした。

「セラフィナです。あなたは?」
「……ザンクード」

 まだ警戒を解かない患者に、セラフィナは尋ねた。

「この川は、カフールを通っていますね。何があったんですか」
「……」
「答えられないなら違う質問にしましょう。ねえさんって誰です?」
「!?」

 ザンクードは目に見えて狼狽した。そして、しどろもどろに語りだしたのだ
った。

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2007/02/12 21:20 | Comments(0) | TrackBack() | ○蒼の皇女に深緑の鵺

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