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PC:デコ、ヒュー
NPC:イーネス
場所:コタナ村
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辺りは雪とそれを被った木々が並んでいる。葉が落ち、茶色い地肌を晒している姿だけが、森であったことの証明だろう。雪はなかなか深いようで、通るものがいない道はすっかり白くなっていた。
その中に異物がぽつぽつとあった。
赤い色がぽとぽとと落とし物のように雪を色づけ、その先には毛皮の塊が転がっている。
毛皮の塊は荒い息をはき出した。森に入った時、気をつけなければならないことはいくつかある。まず、野生動物に会うこと。もう一つは山賊に会うこと。そして、猟師に撃たれることだ。
毛皮の中身、ヒュー・ウォアルは腹に突き刺さった矢を見ながらそう思った。他に左腕に一本、右足に一本刺さっているが見ることはできない。毒でも塗ってあったのだろう。全身に痺れを感じる。
「やっとしとめた! この人食い熊め!」
若い女の声がする。怒りの声を上げながらこちらに向かってくる。女の猟師なんて珍しい。青灰色の瞳で虚ろに眺めながめた。警戒は解いていないようで、動けばもっと撃ちこまれそうだ。あと十歩程度の距離に近づいた女が驚きの声をあげる。傷に響いたような気がする。しかし熊か、ひさびさに食べたいな。場違いな方向に意識は進んでから、消えた。
▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
矢ガモは聞いたことがある。だが、矢人間というも珍しい。アローマンっていうとちょっと格好いいな。文法合ってるかは知らんけど。そんなどうでもいいことを考えながら、居合わせた司祭は治療を終えた。呪文を使うほどでもない、比較的軽い傷だ。若いしほっとけば治るだろう。毒もそう危険なものではない。
不安げな様子で見ている少女の方が気になる。勝ち気な娘だったが涙目でしおらしくしてるのは違和感を覚える。彼女の本質は泣き顔ではないだろうに。
「デコ司祭……」
妙に細い声が辺りがもれた。石造りの壁に反響し、不安を煽る。ここも雪に負けないような家ではあるのだが、何分冷たい。日が落ちかけているためだけではないだろう。人の営みがこの家ではなされていないためだ。後が合っても最低限のもので、一月もすれば廃屋のようになってしまうだろう。
「安心しな、イーネス、死んだりはしない」
チヌタナから少し南に位置する小村コタナに寄った途端コレだ。いくらなんでも唐突すぎる。
「ん、少し寒いな、ちょっと薪を足してきてくれ」
分かった、とも言わず少女、イーネス・ビヨルンはばたばたと薪を足す。ここは彼女の家のはずなのだが、なんだか家主になったような気分だ。
薪が熱を帯び燃えていく姿を確認するとイーネスはデコをじっと見た。
「今夜の分も必要だから、少し割ってきてくれ。頼むよ」
イーネスは頷くと外へだっと出た。きっとなにかしている方が落ち着くだろう。デコは長く、息を吐き出した。
「さてさて、こいつはどこの誰なんだろうねぇ」
無精髭をいじりながらベッドに寝ている彼を見る。風貌はこの辺りの人間に近いが、潮風の匂いはしない。どちらかと言えば山の人間なのだろう。治療のため外したものを見れば傭兵か冒険者か。野盗という選択肢もあるが、徒党も組まずこんな所に来る野盗はそうそういない。
そうしているうちに、机の方から妙な圧迫感を感じた。患者が持っていた剣に妙に意識が引っ張れている。ちょうど神託を聞いた時のようだが、暖かみを感じない。硬質な意識が剣にはあるようだった。
鞘に収まっている剣を眺めていると、いつのまにか患者は目を開いてこちらを見ていた。灰色がかかった短髪を少し掻いた後、ゆるやかに体を起こす。目は少しぼうっと焦点があっていないようだ。
「おはよう、災難だったな」
「ええ」
ふらふらとした意識を立て直すように彼は口を結ぶ。冷たい印象を受ける顔で、氷像を思わせるものだ。無暗にしゃべられない人間らしく、それきり口をつぐんだ。
「まあ、この時期に来たのを災難だと思ってくれ。流氷のせいで船が出せないわ、冬眠できない熊が出て人が襲われるわで。気が立ってる。ま、冬の旅っていうのはやらない方がいい。下手すりゃ助からなかったんだ。傷はともかくあのままじゃ凍死だったね。村の連中だって山ん中歩きたくはないしな。んで俺が君のことをひっぱてきたわけだ」
しゃべらない患者の穴埋めをするかのように、口を巡らせる。無精髭が動くのが妙に患者の目に焼き付いた。
「助けた、ということは。あなたが、彼女の父親か?」
デコは思わず椅子から転げ落ちそうになる。まあ、そういう解釈もないこともないだろう。
「いやいや違う違う。デコ、デコ-バルディッシュつー隣の村の男だ。一応、タナクアの司祭をやっている。しかしまあ、旅だった早々コレだ。まったく先が思いやられる。陸に上がったマグロの加護なんざ、役に立たない。ったく、タナクアって奴は……」
少々リアクションに戸惑ったように、患者はほんの少し首を傾けた。
「タナクア? 知らないな。小神か? それともイムヌスの天使どもか?」
「んっ、ちっこい方だ」
どうでもよさげな返し言葉にさらに戸惑った様子である。
「バルデッシュ司祭。オレも神官だが、その答え方は良くない。祟る」
「意味が変わる訳じゃないさ。そして、事実だって変わらない。で、君の名前は」
肩をすくめて対応する司祭に、むっとしながらも患者は口を開いた。
「ヒュー、ヒュー・ウォアル。剣の神に仕えている」
小さな窓に強い風が打ちつけられた。地吹雪がゴウゴウと吹き、窓を覆う。
「こりゃ、酷いな」
いくつか薪を持ってイーネスが入って来るときにはとうとう上からも雪が降り始めたようだ。
「あ、あんた、起きたのか」
「ああ」
寒さで顔を真っ赤にしながら、イーネスは薪を暖炉近くに並べる。
本当なら固めた藁や糞などが欲しいところだが、なかなか買うとなると高く付く。鯨が捕れなかった年はどうも寒くてたまらない。そんな日常のことで気を紛らわせながら、イーネスは小さな声で謝罪した。
「ごめん。悪かったよ、アタシが焦ったばっかりにさ」
「いいや。こっちが油断してたせいだ。あのまま、君の獲物に会っていたら死んでいたかもしれないし」
ヒューは少し気恥ずかしそうに答えた。攻められると思っていたイーネスは気が抜けたようだ。人を殺しかけたのだ。狩りの動物でもない、人間を。その圧力がすっぽ抜けたためか、床によろよろとへたり込んだ。
デコがそちらに寄って行く。ヒューはなにも言えず、ベッドから退こうかどうかと思考を回した。
その時、ゴウッという音と共に、木で出来た窓がビキビキと揺れた。冬が襲って来た。ヒューはそう呟くと、雪避けの呪い文字小さく手のひらに書いた。
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PC:デコ、ヒュー
NPC:イーネス
場所:コタナ村
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辺りは雪とそれを被った木々が並んでいる。葉が落ち、茶色い地肌を晒している姿だけが、森であったことの証明だろう。雪はなかなか深いようで、通るものがいない道はすっかり白くなっていた。
その中に異物がぽつぽつとあった。
赤い色がぽとぽとと落とし物のように雪を色づけ、その先には毛皮の塊が転がっている。
毛皮の塊は荒い息をはき出した。森に入った時、気をつけなければならないことはいくつかある。まず、野生動物に会うこと。もう一つは山賊に会うこと。そして、猟師に撃たれることだ。
毛皮の中身、ヒュー・ウォアルは腹に突き刺さった矢を見ながらそう思った。他に左腕に一本、右足に一本刺さっているが見ることはできない。毒でも塗ってあったのだろう。全身に痺れを感じる。
「やっとしとめた! この人食い熊め!」
若い女の声がする。怒りの声を上げながらこちらに向かってくる。女の猟師なんて珍しい。青灰色の瞳で虚ろに眺めながめた。警戒は解いていないようで、動けばもっと撃ちこまれそうだ。あと十歩程度の距離に近づいた女が驚きの声をあげる。傷に響いたような気がする。しかし熊か、ひさびさに食べたいな。場違いな方向に意識は進んでから、消えた。
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矢ガモは聞いたことがある。だが、矢人間というも珍しい。アローマンっていうとちょっと格好いいな。文法合ってるかは知らんけど。そんなどうでもいいことを考えながら、居合わせた司祭は治療を終えた。呪文を使うほどでもない、比較的軽い傷だ。若いしほっとけば治るだろう。毒もそう危険なものではない。
不安げな様子で見ている少女の方が気になる。勝ち気な娘だったが涙目でしおらしくしてるのは違和感を覚える。彼女の本質は泣き顔ではないだろうに。
「デコ司祭……」
妙に細い声が辺りがもれた。石造りの壁に反響し、不安を煽る。ここも雪に負けないような家ではあるのだが、何分冷たい。日が落ちかけているためだけではないだろう。人の営みがこの家ではなされていないためだ。後が合っても最低限のもので、一月もすれば廃屋のようになってしまうだろう。
「安心しな、イーネス、死んだりはしない」
チヌタナから少し南に位置する小村コタナに寄った途端コレだ。いくらなんでも唐突すぎる。
「ん、少し寒いな、ちょっと薪を足してきてくれ」
分かった、とも言わず少女、イーネス・ビヨルンはばたばたと薪を足す。ここは彼女の家のはずなのだが、なんだか家主になったような気分だ。
薪が熱を帯び燃えていく姿を確認するとイーネスはデコをじっと見た。
「今夜の分も必要だから、少し割ってきてくれ。頼むよ」
イーネスは頷くと外へだっと出た。きっとなにかしている方が落ち着くだろう。デコは長く、息を吐き出した。
「さてさて、こいつはどこの誰なんだろうねぇ」
無精髭をいじりながらベッドに寝ている彼を見る。風貌はこの辺りの人間に近いが、潮風の匂いはしない。どちらかと言えば山の人間なのだろう。治療のため外したものを見れば傭兵か冒険者か。野盗という選択肢もあるが、徒党も組まずこんな所に来る野盗はそうそういない。
そうしているうちに、机の方から妙な圧迫感を感じた。患者が持っていた剣に妙に意識が引っ張れている。ちょうど神託を聞いた時のようだが、暖かみを感じない。硬質な意識が剣にはあるようだった。
鞘に収まっている剣を眺めていると、いつのまにか患者は目を開いてこちらを見ていた。灰色がかかった短髪を少し掻いた後、ゆるやかに体を起こす。目は少しぼうっと焦点があっていないようだ。
「おはよう、災難だったな」
「ええ」
ふらふらとした意識を立て直すように彼は口を結ぶ。冷たい印象を受ける顔で、氷像を思わせるものだ。無暗にしゃべられない人間らしく、それきり口をつぐんだ。
「まあ、この時期に来たのを災難だと思ってくれ。流氷のせいで船が出せないわ、冬眠できない熊が出て人が襲われるわで。気が立ってる。ま、冬の旅っていうのはやらない方がいい。下手すりゃ助からなかったんだ。傷はともかくあのままじゃ凍死だったね。村の連中だって山ん中歩きたくはないしな。んで俺が君のことをひっぱてきたわけだ」
しゃべらない患者の穴埋めをするかのように、口を巡らせる。無精髭が動くのが妙に患者の目に焼き付いた。
「助けた、ということは。あなたが、彼女の父親か?」
デコは思わず椅子から転げ落ちそうになる。まあ、そういう解釈もないこともないだろう。
「いやいや違う違う。デコ、デコ-バルディッシュつー隣の村の男だ。一応、タナクアの司祭をやっている。しかしまあ、旅だった早々コレだ。まったく先が思いやられる。陸に上がったマグロの加護なんざ、役に立たない。ったく、タナクアって奴は……」
少々リアクションに戸惑ったように、患者はほんの少し首を傾けた。
「タナクア? 知らないな。小神か? それともイムヌスの天使どもか?」
「んっ、ちっこい方だ」
どうでもよさげな返し言葉にさらに戸惑った様子である。
「バルデッシュ司祭。オレも神官だが、その答え方は良くない。祟る」
「意味が変わる訳じゃないさ。そして、事実だって変わらない。で、君の名前は」
肩をすくめて対応する司祭に、むっとしながらも患者は口を開いた。
「ヒュー、ヒュー・ウォアル。剣の神に仕えている」
小さな窓に強い風が打ちつけられた。地吹雪がゴウゴウと吹き、窓を覆う。
「こりゃ、酷いな」
いくつか薪を持ってイーネスが入って来るときにはとうとう上からも雪が降り始めたようだ。
「あ、あんた、起きたのか」
「ああ」
寒さで顔を真っ赤にしながら、イーネスは薪を暖炉近くに並べる。
本当なら固めた藁や糞などが欲しいところだが、なかなか買うとなると高く付く。鯨が捕れなかった年はどうも寒くてたまらない。そんな日常のことで気を紛らわせながら、イーネスは小さな声で謝罪した。
「ごめん。悪かったよ、アタシが焦ったばっかりにさ」
「いいや。こっちが油断してたせいだ。あのまま、君の獲物に会っていたら死んでいたかもしれないし」
ヒューは少し気恥ずかしそうに答えた。攻められると思っていたイーネスは気が抜けたようだ。人を殺しかけたのだ。狩りの動物でもない、人間を。その圧力がすっぽ抜けたためか、床によろよろとへたり込んだ。
デコがそちらに寄って行く。ヒューはなにも言えず、ベッドから退こうかどうかと思考を回した。
その時、ゴウッという音と共に、木で出来た窓がビキビキと揺れた。冬が襲って来た。ヒューはそう呟くと、雪避けの呪い文字小さく手のひらに書いた。
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