キャスト:ディアン・マレフィセント・フレア
NPC:イムヌス教司祭
場所:バッカ→クーロン、ある教会→バッカ手前の市場
……………………………………………………………………………………………
………………
夜の街並みは、けばけばしくも昼間に匹敵する明るさだった。
そして、その人工的な照明さながらの鮮やかさで仮装行列で練り歩く人々。
フレアとマレとディアンは普通に紛れて歩いていたつもりだった。
しいて言えばマレフィセントを隠さずに歩いていたが、この乱痴気騒ぎの中
だ。
「すげー」とか「本物みたーい」とマレを珍しそうに眺める人がいるものの、
もっと奇抜な人々の仮装に、すぐ目移りしていく。
「マレとディアンはそのままでもいいみたいだ」
「おいフレア、何か今さり気にトンでもない事言ってないか?」
ディアンがさも不服そうに突っ込むが、マレフィセントがディアンの裾をつま
んでは尻尾をぴょこぴょこさせ「お揃いだね」と暗に言っている気がして眉根
を顰める。
……………………………………………………………………………………………
………………
「それが卿の使命だ」
告げられた使命に対する反弁論を25分間続けたが、最後のその言葉で全てが
無駄だったと知らされ、男は唇を閉じた。
ある教会の一角。
午後も下りに差し掛かる陽光は、オレンジ色を強く投げかけ、教会のステンド
グラスから内部に光りを届けている。
ステンドグラスの豪華さよりも劣る質素な室内には、天使の風貌をもった美し
い黒髪巻き毛の美女の像が瞼を閉じてこちらを伺っている。
守護天使シェザンヌの頬を照らす陽光に目を細めながら、男は衣服を払った。
「…我らは奇跡を作るものではない。奇跡は、与えられるものだ」
「そうもいってられまい。我らが神の時は無限、有限にして矮小なる儚き人の
身で神の気まぐれの恩寵を指を咥えて待つか?時代はすぐに我らの滅びを寿ぐ
だろうよ」
不穏な返答を返した相手は僧衣を着込んでいた。イムヌス教の司祭だ。
イムヌス教派閥では各地の司祭と僧侶の所属は“族長(パトリアルシュ)”派
と呼ばれる。
“族長”派とは主に修道会を中心とした人々が属する派閥だ。その派閥の使命
は「遺産」たる聖遺物の保管や厳守、教えの布教と残された教典の復元・解読
など多岐にわたる。
“族長”派の守護天使は天使シェザンヌだ。良くも悪くもイムヌス教の内外で
知られる天使の一人である。
「…気乗りがせんな」
「個人の意志など必要ない。
…それに、卿には選ぶ余地はなかろう。清教徒派らの根回しは存分に深い、
“聖ジョルジオの悪夢”の現場に居合わせながら悪魔降臨を阻止できなかった
卿を『力量不足』として騎士団長から更迭させようとする動きも強い」
僧衣の男、いやすでに老年に近い男性の言葉には悪意も皮肉もなかったが、対
する相手…正教徒派最高位の騎士リノツェロスはわずかに口元を歪めた。
「耳に痛いな」
「御主の力量不足とは思わぬ。事実、まさか悪魔団長ベルスモンド…悪魔とさ
れる我らが絶対の敵対者どもの中でも、その名は悪魔にさえ恐れられたという
ぐらいだからな。
むしろ教会一つと、そこに居た信徒程度の犠牲で済んだ事がまさに奇跡だ…君
も感謝したまえ、一時的に団長座を『休養』するぐらいで済んだことを」
老人は苦々しいとばかりに虚空を睨む。
言葉の中に出てきたのは、イムヌス教第五派閥にして暗殺集団“追跡者(ポー
トカリス)”達が血眼になって追いかけ続けている悪魔の名前である。
リノツェロスはふと知り合いの悪魔憑きの少女を思い出したが、忘れるように
頭を振った。
「君達“族長”派も風当たりがキツイということかね?」
「無論」
手を後に組んだ司祭は、自らの守護天使の像まで歩む。その足元で敬虔なその
面を俯かせた。
「イムヌス教は黒き悪魔を決して許さない。だが、我らの守護天使シェザンヌ
はかつて異郷の神の御使い『堕天使』であり、老師クラトルの尊い導きにより
白き神の御使いへと昇華された。
我が派閥の教えは“許し”であるが故に、決定的な致命を孕んでいる。悪魔が
存在しなければ、我らの神秘は成り立ち得ない と」
例年にない悪魔の発生率。“聖ジョルジオの悪夢”を発端に次々と各国から悪
魔降臨、悪魔発生の情報がそれこそ蛆虫が沸くように知らされている。
ここ近隣でも信徒集団が「悪魔の森」という群生悪魔によって半数以上が死亡
している。
かつてイムヌス教の発端となった黒き悪魔の再臨。聖戦の再来は近いとする声
も日に日に高まる。
なら、再び奇跡は降りてくる。神話は繰り返される、そのためには神話と同じ
現象が起きねばならない。
「君達“騎士団”の奇跡が悪魔殲滅ならば、我ら“族長”派の奇跡は悪魔救済
による神の許容性にある。すなわち“神は万能ゆえに救えない者はありはせ
ぬ”のだ。全てを受け入れ、弱きもの愚かなもの小さきもの醜きものあらゆる
者は我ら“族長”派の教えでは救われる存在でなければならない。どんな人間
でも救われる、なぜなら神は悪魔でさえ救済可能なのだから。
逆説的に言えば、全ての者は神に拠って救われるために悪であり、魔となるの
だ」
堕天使の面影などないシェザンヌの像は半身が影に覆われて沈んでいた。元々
宗教など、どこもかしこも矛盾だらけなのだ。それを埋められるのは論理でも
統合性でもない。
それは人の信仰心のみが、神の矛盾を埋められるのだ。
すでに時刻は夜へと映りつつあるのだろう。
暗く翳りゆく教会の中、だから、こそと老人は呟いた。
それが卿の使命だ、と。
「騎士リノツェロスよ、奇跡にあたう悪魔を見つけ出せ。
目指すは守護天使シェザンヌの再来である。…悪魔でありながら我らの奇跡と
なりうる者、“シェザンヌの奇跡”の素材を見出すのだ」
……………………………………………………………………………………………
………………
「馬を一頭、買いたいんだが」
大陸中央は訛りが少ない。大陸の中央はいくつもの都市が隣接しているので、
比較的豊かな人々が多い。
商人が品物を揃える手を止めて、声をかけてきた相手を一瞥で判断。
服装は旅人の通常スタイルを頭から足先まで揃えたものだったが、一度に全部
揃えたのだろうか、全部に汚れが見当たらず、また腰には金飾りをつけた帯剣
をしているところから売り手は即座に、相手は金を持っているだろうと判断し
て、これ以上ないほどの業務用笑顔をふりまいた。
「ヘイヘイ、よろしゅうございますとも…うちのは大人しいし忍耐は強いし、
まるで出来た妻のように賢い馬ばかりですぜ」
「なるほど、確かにそれは理想的な連れ添いの条件だな…ノクテュルヌにはな
い素質だ」
「どなたですってぃ?」
売り手は首を傾げたが、リノツェロスは穏やかに笑っただけだった。
「では、その理想的な馬を一頭……さて、仮装祭(パレード)に追いつければ
いいのだが」
NPC:イムヌス教司祭
場所:バッカ→クーロン、ある教会→バッカ手前の市場
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夜の街並みは、けばけばしくも昼間に匹敵する明るさだった。
そして、その人工的な照明さながらの鮮やかさで仮装行列で練り歩く人々。
フレアとマレとディアンは普通に紛れて歩いていたつもりだった。
しいて言えばマレフィセントを隠さずに歩いていたが、この乱痴気騒ぎの中
だ。
「すげー」とか「本物みたーい」とマレを珍しそうに眺める人がいるものの、
もっと奇抜な人々の仮装に、すぐ目移りしていく。
「マレとディアンはそのままでもいいみたいだ」
「おいフレア、何か今さり気にトンでもない事言ってないか?」
ディアンがさも不服そうに突っ込むが、マレフィセントがディアンの裾をつま
んでは尻尾をぴょこぴょこさせ「お揃いだね」と暗に言っている気がして眉根
を顰める。
……………………………………………………………………………………………
………………
「それが卿の使命だ」
告げられた使命に対する反弁論を25分間続けたが、最後のその言葉で全てが
無駄だったと知らされ、男は唇を閉じた。
ある教会の一角。
午後も下りに差し掛かる陽光は、オレンジ色を強く投げかけ、教会のステンド
グラスから内部に光りを届けている。
ステンドグラスの豪華さよりも劣る質素な室内には、天使の風貌をもった美し
い黒髪巻き毛の美女の像が瞼を閉じてこちらを伺っている。
守護天使シェザンヌの頬を照らす陽光に目を細めながら、男は衣服を払った。
「…我らは奇跡を作るものではない。奇跡は、与えられるものだ」
「そうもいってられまい。我らが神の時は無限、有限にして矮小なる儚き人の
身で神の気まぐれの恩寵を指を咥えて待つか?時代はすぐに我らの滅びを寿ぐ
だろうよ」
不穏な返答を返した相手は僧衣を着込んでいた。イムヌス教の司祭だ。
イムヌス教派閥では各地の司祭と僧侶の所属は“族長(パトリアルシュ)”派
と呼ばれる。
“族長”派とは主に修道会を中心とした人々が属する派閥だ。その派閥の使命
は「遺産」たる聖遺物の保管や厳守、教えの布教と残された教典の復元・解読
など多岐にわたる。
“族長”派の守護天使は天使シェザンヌだ。良くも悪くもイムヌス教の内外で
知られる天使の一人である。
「…気乗りがせんな」
「個人の意志など必要ない。
…それに、卿には選ぶ余地はなかろう。清教徒派らの根回しは存分に深い、
“聖ジョルジオの悪夢”の現場に居合わせながら悪魔降臨を阻止できなかった
卿を『力量不足』として騎士団長から更迭させようとする動きも強い」
僧衣の男、いやすでに老年に近い男性の言葉には悪意も皮肉もなかったが、対
する相手…正教徒派最高位の騎士リノツェロスはわずかに口元を歪めた。
「耳に痛いな」
「御主の力量不足とは思わぬ。事実、まさか悪魔団長ベルスモンド…悪魔とさ
れる我らが絶対の敵対者どもの中でも、その名は悪魔にさえ恐れられたという
ぐらいだからな。
むしろ教会一つと、そこに居た信徒程度の犠牲で済んだ事がまさに奇跡だ…君
も感謝したまえ、一時的に団長座を『休養』するぐらいで済んだことを」
老人は苦々しいとばかりに虚空を睨む。
言葉の中に出てきたのは、イムヌス教第五派閥にして暗殺集団“追跡者(ポー
トカリス)”達が血眼になって追いかけ続けている悪魔の名前である。
リノツェロスはふと知り合いの悪魔憑きの少女を思い出したが、忘れるように
頭を振った。
「君達“族長”派も風当たりがキツイということかね?」
「無論」
手を後に組んだ司祭は、自らの守護天使の像まで歩む。その足元で敬虔なその
面を俯かせた。
「イムヌス教は黒き悪魔を決して許さない。だが、我らの守護天使シェザンヌ
はかつて異郷の神の御使い『堕天使』であり、老師クラトルの尊い導きにより
白き神の御使いへと昇華された。
我が派閥の教えは“許し”であるが故に、決定的な致命を孕んでいる。悪魔が
存在しなければ、我らの神秘は成り立ち得ない と」
例年にない悪魔の発生率。“聖ジョルジオの悪夢”を発端に次々と各国から悪
魔降臨、悪魔発生の情報がそれこそ蛆虫が沸くように知らされている。
ここ近隣でも信徒集団が「悪魔の森」という群生悪魔によって半数以上が死亡
している。
かつてイムヌス教の発端となった黒き悪魔の再臨。聖戦の再来は近いとする声
も日に日に高まる。
なら、再び奇跡は降りてくる。神話は繰り返される、そのためには神話と同じ
現象が起きねばならない。
「君達“騎士団”の奇跡が悪魔殲滅ならば、我ら“族長”派の奇跡は悪魔救済
による神の許容性にある。すなわち“神は万能ゆえに救えない者はありはせ
ぬ”のだ。全てを受け入れ、弱きもの愚かなもの小さきもの醜きものあらゆる
者は我ら“族長”派の教えでは救われる存在でなければならない。どんな人間
でも救われる、なぜなら神は悪魔でさえ救済可能なのだから。
逆説的に言えば、全ての者は神に拠って救われるために悪であり、魔となるの
だ」
堕天使の面影などないシェザンヌの像は半身が影に覆われて沈んでいた。元々
宗教など、どこもかしこも矛盾だらけなのだ。それを埋められるのは論理でも
統合性でもない。
それは人の信仰心のみが、神の矛盾を埋められるのだ。
すでに時刻は夜へと映りつつあるのだろう。
暗く翳りゆく教会の中、だから、こそと老人は呟いた。
それが卿の使命だ、と。
「騎士リノツェロスよ、奇跡にあたう悪魔を見つけ出せ。
目指すは守護天使シェザンヌの再来である。…悪魔でありながら我らの奇跡と
なりうる者、“シェザンヌの奇跡”の素材を見出すのだ」
……………………………………………………………………………………………
………………
「馬を一頭、買いたいんだが」
大陸中央は訛りが少ない。大陸の中央はいくつもの都市が隣接しているので、
比較的豊かな人々が多い。
商人が品物を揃える手を止めて、声をかけてきた相手を一瞥で判断。
服装は旅人の通常スタイルを頭から足先まで揃えたものだったが、一度に全部
揃えたのだろうか、全部に汚れが見当たらず、また腰には金飾りをつけた帯剣
をしているところから売り手は即座に、相手は金を持っているだろうと判断し
て、これ以上ないほどの業務用笑顔をふりまいた。
「ヘイヘイ、よろしゅうございますとも…うちのは大人しいし忍耐は強いし、
まるで出来た妻のように賢い馬ばかりですぜ」
「なるほど、確かにそれは理想的な連れ添いの条件だな…ノクテュルヌにはな
い素質だ」
「どなたですってぃ?」
売り手は首を傾げたが、リノツェロスは穏やかに笑っただけだった。
「では、その理想的な馬を一頭……さて、仮装祭(パレード)に追いつければ
いいのだが」
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