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2024/05/18 21:30 |
異界巡礼-12 「誰そ彼」/フレア(熊猫)
キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス・馬車の御者・馬車の主
場所:クーロンより南下へと続く街道
―――――――――――――――

鮮やかだった夕映えはその勢いを急速に衰えさせ、物言わぬ御者がリノを馬車に
乗せ終えた時には、すでに周囲は青み掛かった紫へと変じていた。

「これはどういう事だ」

騎士は憮然とした面持ちでそう言うと、こちらの顔を見上げた。

馬車の内部は思っていたより広く、長身のリノが横たわってもまだ余裕が
あるほどだった。
内部をぐるりと取り囲むようにしてあつらえられているソファは柔らかく、
フレアとマレフィセントが左側、横たわるリノが右側、そして声の主が
馬車の一番奥に座っている。

「だから――」
「何をそんなに怒ってらっしゃるの?」

フレアが口を開こうとするのを遮って、奥に座る馬車の主が答えた。

主――ベール付きの帽子を被っているために顔はわからないが、
声音からすればおそらく女、年令は30代前半といったところだろうか。
灯りはあるものの、わざとなのか偶然なのか光の範囲の外に彼女はいる。

「このお嬢さんは貴方を助けたい一心で私に声を掛けてきたのですよ」

あくまでも美しい声でありながら、しかし口調は最初に会った時よりも
ややくだけてきていた。

「それなのにそんな態度を取るなんて、可哀想だわ」
「…御婦人、私だってフレアを責めているつもりはない。ただ、
説明が欲しいのだ。なぜこのような事になったのか」
「他に手がなかった、それじゃあ駄目かしら」
「……」

騎士はそこで諦めたように深いため息を吐くと、むりに首を曲げて
壁ぎわに顔を向けた。おそらく身体ごとあちらに向けたかったのだろうが、
痛む腰ではそれも叶うまい。

「リノ」
「寝かせて差し上げなさいな。お疲れのようだから」

追い縋るように騎士の名を呼ぶフレアをやんわりと押し留め、女主人が囁いた。
そして退屈そうに椅子に沈むマレフィセントに目をやると、くすりと笑みの
ような吐息を洩らした。

「もう外套はいらなくてよ、小さいお嬢さん」
「いえ、あの――」

きょとんとして、主人とマレまでもがこちらに視線を向ける。フレアは
できるだけ不自然にならないように、それでいてめまぐるしく考えながら
答えた。

「この子、人見知りで…姿を見られるのは、ちょっと」
「あら、残念ね。――でも私もこんな姿ですから、おあいこ
かしら」

手のひらを自分の胸にあててその姿を示す女主人の声は明るかったが、
なにか罪悪感のようなものを感じてフレアは目を伏せた。

「すみません」
「いいのよ――あなた方も少し眠るといいわ」
「その湯治場まで、どのくらい…?」
「すぐよ。眠ってしまえばね」
「?」

眉根を寄せるこちらに気づいているのかいないのか、女主人はすっと
灯りのひとつに手を伸ばした。光に照らされた彼女の影が馬車の中に
浮かび上がる。
いつのまにか長い煙管など持っているが、その中身をランプの火の中に
入れてしまう――くべられたそれは灰というよりは粉だった。
炎なのか魔術の灯りなのかは判然としない光の中で、蒼く煌いて消える。

それがあまりにも自然だったので、質問するのが遅れた。
我に返って問おうと息を吸い込んだその肺に、甘く芳ばしい香りが
流れ込む。

「発香鱗よ。いい匂いでしょう」
「はっこうりん…?」

女主人の言ったことを繰り返しながら、向かいのソファにいる騎士を見る。
無理に曲げられた首はいつの間にか天井を向いており、厳しい横顔のまま
男は目を閉じて眠りに就いている。

肩に柔らかな重みがかかる。見ると、真紅の外套にくるまった少女が
長いまつげを頬に落として寝息を立てていた。その姿が霞む。

我知らずフレアにも睡魔が襲い掛かってきていた。抗うこともできず、
疲労も手伝って眠りの淵に沈んでいくことを自覚することしかできない。

(あれは……蝶…?綺麗…)

眠りに落ちる一瞬前、馬車の窓から見えた月。その前にひらりと
紙くずのように飛ぶ影を見たが、もうどうでもよかった。

――――――――――――――――
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2008/10/23 18:50 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼

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