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2024/05/18 19:39 |
異界巡礼-10 「苦痛の名称」/フレア(熊猫)
キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス・宿屋の女将
場所:クーロン/宿屋の食堂
――――――――――――――― 

ピークを過ぎた食堂は落ち着きを取り戻していた。
少し前には向こうのテーブルで喧嘩が始まったりもしていたが、
どうやらおさまったようだ。

「すまない、遅くなってしまって」
「いや、おかげで助かった」

腕の中で泣き疲れて眠る少女の背中をさすりながら、
フレアはリノの顔を見た。

「昨日はあまり眠れなくて…」

寝不足で頭の中に芯があるような感覚。記憶の暗闇の中では
幽鬼のように笑う一人の男。
あのいけすかない男にここまで狂わされている自分に腹が立つ。

「そうか」

というリノの言葉は簡潔だったが、決して冷淡なものではなかった。
フレアは軽く微笑んでから、すぐに真顔に戻って言葉を続ける。

「それで…これは」

マレフィセントが握り締めている、青い布の包みを目で示す。
しっかり握られているので無理矢理引き剥がすのも可哀想だったため、
まだ断片しか見られなかったが。

「確かなのは、ただの木炭ではないという事くらいか」

それは冗談に聞こえ無くもなかったが、リノの表情に変わりはない。

「これを目にした途端、なぜか非常に興味を示した」

再び少女の手に握られているものを見やるが、それを遮るようなタイミングで
マレフィセントがふいに寝返りをうったので、謎の板切れを目にすることは
やはりできなかった。

「親か、同族のもの?」
「それくらいしか思いあたらんな」

こちらの呟きに頷いて、カップを傾けるリノ。フレアはそっと、水の流れに
浸すように、眠る少女の髪に手を置いた。
こうして触れてみた限りでは、人間と差異はないように思える。
しかし、流れる髪のすぐ向こうには異質な硬いもの。

(悪魔の…象徴…)

赤いフードの隙間から覗く、悪魔の角。
なめらかな曲線と、あらゆる物質にはない硬さと柔らかさ。
むらのない美しい色。

頑強そうなその禍々しいものを戴き、悪魔は無垢な寝顔を見せている。

(でも、この子が一体どんな"悪"さをするというんだ?)

一緒にいればいるほど、フレアにはこの少女が悪魔だと思えなくなっていた。
最初に出会った時よりも、ずっと。

「なにか、思いあたる節はないか」

軽い沈黙を破り、リノ。フレアは顔をあげないままぽつりと答えた。

「…これ、手触りが似ている気がするんだ」
「手触り」

ふむ、と繰り返しつぶやく騎士に頷き返して、続ける。

「気のせいかもしれないけれど。マレフィセントの角と」

フードごしに角があるあたりを撫でる。もちろん今感じているのはその
外套の手触りだったが、記憶している感触は思い出せた。

「それが本当だとすれば、やはりそれは同族のものと見て間違いないだろうが…
何にせよ、憶測でしかないな」
「うん…これが見つかったのは、確か」
「南だ。岬にある使われていない聖堂という事だったが、少し調べて見なければ
ならないだろう」
「…そうだな」


岬。海。あわ立つ波。水。青白い――


(!?)

ふと脳裏に走る痛みに眉をひそめる。そして喉が絞まるような感覚。
呼吸するのを促すように、フレアは自分の喉に手のひらをあてて押し黙った。
それは思案しているように見えたのだろう、カップの中を空にして、
騎士は問いかけてきた。

「どうする。行く意思はあるか」

喉から手を離すと、息苦しさはもうなかった。
何かを振り払うようにして、こっくりと首を縦に振る。

「行く。どこまでも」
「わかった」

静かな声音でリノも答えた。
と――

「顔色がよくないねぇ。ちゃんと食べたのかい」

少女二人と壮年の男という組み合わせが珍しいのだろう、話している間も
世話好きらしい女将が何かと干渉してきた。

「はい、ご馳走様」
「あらまぁ、こっちの子は朝っぱらから寝てるのかい。食べたり泣いたり
眠ったり!まったく忙しい子だねぇ」

フレアが僅かに笑って答えると、女将は足掛かりを得たとばかりに
後を続けてくる、が、それをリノが遮った。

「朝寝といったところか。フレア、君も仮眠をとっておいたほうがいいだろう」
「え」
「行き先は決まったのだ。まだ時間もあるのだし、そう無理をしていてはもたない」

面食らうフレアと女将に有無を言わさず、リノが席を立つ。

「それに」

身をかがめて、小声で囁いてくる――

「これ以上ここにいたら“場所代”がかさみそうだ」

きょとんとして目で問うが、そこで話は終わりらしい。出鼻をくじかれた
女将も(商品を売りつけるつもりだったらしい)、肩をすくめて違うテーブルへ
移っていった。

「さ、行こうか」

そう言ってフレアの上からいまだ眠るマレフィセントを抱え、
立ち上がろうとする。が、

「っ!」

いきなり呻いてその場に膝をついてしまう。
辛うじてマレフィセントを放り出すことはなかったものの、フレアの
膝の上にはふたたび重みが戻った。

「リノ!?大丈夫か!?」

慌ててマレフィセントを膝に抱いたまま、しゃがみ込んだリノへ手を差し伸べる。
苦痛に耐えるその姿さえ騎士然とした彼には似合いと言えたが、
まったくそれどころではない。

「き、君は」

リノはぜえはあと荒い息をつきながら、息も絶え絶えになって顔を上げて――


「ぎっくり腰というものを知っているか」


脂汗を浮かべて、顔面蒼白の騎士は、やはり冗談とも本気ともとれる静かな声音
でそう言ってきた。

――――――――――――――――
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2008/09/22 00:22 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼

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