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2024/05/19 09:09 |
異界巡礼(マレ&フレア) -0,2「長い別れ」/フレア(熊猫)
キャスト:ディアン・マレフィセント・フレア
場所:クーロン近くの丘
―――――――――――――――

フレアが次にディアンの姿を見たのは、雨があがったあとだった。

行列が通っていた丘からさらに横手にずれ、クーロンの街並みに沿う様に
点在している丘の、中腹。
祭りのざわめきと光が、ここからでも窺える。その先で、過ぎ去った
雷鳴がひかえめに瞬いていた。

雨に濡れた草木が、夜陰の中で輝いている。

つれてきたマレフィセントに、「ここで待ってて」と視線で言うと、
どうやら少女は理解してくれたようで、不安そうにだが歩みを止めた。
笑顔で頭を撫でてやってから、歩き出す。

ディアンは背を向けていた。彼の足元には、黒い塊。
それはちょうど5体あった。死の気配が、そこを満たしていた。

すぐにフレアが来たという事は分かったらしい。
振り返りもせずに、ただ一言。

「俺、行くわ」
「!?」

あまりに唐突な別れの言葉に、フレアは思わず一歩踏み出していた。

「自慢じゃあない、が…。俺はそのテの世界じゃちょいと有名人でな。
今までも何度かこういう事はあったんだ」

手に提げていた剣を一振りして、鞘に収める。そこで振り返った彼の顔は、
いつもとなんら変わらないように思えた。

「だが、今回ばかりは毛色が違うな」
「でも――」
「現にここまで刺客がきてたんだ。あいつらももう手段を選ばない…。
お前やマレを人質にとられる可能性だってあるんだ」
「だけど、ディアン!」

音すら、しなかった。

何か反論しようとしてさらに一歩踏み出すフレアの眼前を、白刄が遮る。
先をたどると、いまだかつて見たことのないほど険しい表情の、
ディアンの顔があった。

背を向けてしかも間合いがあったというのに。一瞬で、ここまで。

「このくらいならある程度の輩にゃできる。この意味、わかるな?」

眼球まであと数センチにまで迫っている銀から目を離せないまま、
ディアンの声を聞く。

「今回の相手はプロ中のプロだ。さっきのもな、Aランクから下の奴は
いなかったよ。ま…そんなのはどうでもいい」

いつ抜いたか知れない剣は、いつのまにか鞘に収められていた。

ディアンは面倒臭そうに、見ていた指輪やカードらしきものを放る。
ギルドでは、Bランク以上になると身分証明書となるギルドカードを
自分で好きな形状のものを持つことができる――という話は
フレアでも知っていた。
彼の話に嘘偽りがないのなら、ディアンはトップクラスのハンターを
複数相手にしておきながら、無傷でいるということになる。

「別に弱気になってる訳じゃねぇ。こいつが事実なのさ。
フレア、お前は馬鹿じゃないからわかるな?」

二度目の確認。つまり、それは。

お前では敵わない――と。

ディアンが気を使ってくれていた事はわかっている。
でも、そんなの。

――癪にさわる。

激昂にまかせ足元の草を蹴り飛ばして、フレアは怒鳴った。

「いきなりそんな事言われてわかるわけないじゃないか!
なんでもわかったような口きいて!人質?馬鹿じゃないからわかる?
一体なんなんだ!私を舐めているのか!?」

罵りの言葉しか出てこない。

「なぜ一緒に旅をしたんだ。どうせ別れるのならなんで出会ったんだ!」

――これでは繰り返しだ。
『なんにしろ、アンタは俺より出会いを楽しめる』
ヴィルフリードの言葉が蘇る。会いたい、会いたい。
リタの金髪と、快活な笑顔が脳裏をよぎった。会いたい、笑顔が見たい。

でもそれは、エゴだ。愛とか友情とか絆とか名前は変えても、結局は
ただのわがままだ。

だけど、だけど。

ディアンの眉間に皺が寄る。彼もまた別れがつらいのだろう――と、
今だけは自惚れてもいいのだろうか。

「フレア」
「マレフィセントはどうするんだ。あの子はディアンに懐いている。
ディアンがいなくなったらきっと悲しむ!」
「だからこそ、だ。これ以上一緒にいると危険に晒すことになる」
「そうはさせない!私が守る。マレフィセントも、ディアンも!」

言ってしまってから、心の底で自嘲した。守る?
Aランク級のハンターを短時間で倒す化け物みたいなこの男を?
途方もない力を持つ、それこそ人間外の魔物の娘を?

自分はその片鱗にすら及ばないというのに。

やれやれ…と、いつものようにディアンが嘆息した。

「そこまで言うんなら、俺から一本取ってみろ」
「一本…」
「そうだな…俺をここから一歩でも動かせたらお前の勝ちだ」

どうだ?と無防備に両手を軽く広げてみせる。
ゆっくりと収めた剣をふたたび抜き放ち、濡れた草を踏んで
身構えて。

「いくらでも打ち込んでこい。魔術でもなんでも使っていいぞ」
ただ時間がないんでな。手短に頼むぜ」

その言葉にはっとして、濡れた外套を脱ぎ捨て、自らも剣を抜く。

(何を言っても、無駄か)

ヒィン、と銀の刄が震えて鳴る。闇の中でなお目立つディアンの姿は
狙いやすいようにも思えた――渾身の突き。

カン、と澄んだ音ひとつ。払われた突きはあっさり軌道を変え、
彼の脇腹すれすれに通り過ぎた。反動で前につんのめる。

今度は逆にがら空きの脇腹を鞘で打たれて転倒する。痛みに唸る暇もない。
転がるようにして立ち上がり、下段からすくいあげるような払いを放つ。
当然のように防がれる斬撃。
すぐ切り返しをはかるが、それすら読まれて再度転ばせられる。
また切り結んで、叩き伏せられて。それが数回続いた。

転んで、がばと跳ね起きて――それだけだった。

どうしろと言うのだ。

ディアンは一歩も動いていない。
既に酸欠になりそうなフレアに対し、彼は息すらあがっていない。

草ごと柄を握って走り出す。彼の前ぎりぎりまで近づき、あと一歩で
体にあたりそうな位置で立ち止まると、上半身を捻った反動で
薙ぎを繰り出し胴を狙う。柱を狙うようなものだ。
外すはずが、ない――

「!?」

いきなり足が宙に浮いた。
ぐるりと視界が反転する。煌くクーロンの夜景と、草の群れが
そっくり上下逆さまになっていた。
そのまま視界は元に戻り――次の瞬間、フレアは思い切り
地面に叩きつけられていた。

肺に溜まった息が一気に口から飛び出す。地面は柔らかくそれほど
衝撃は強くなかったが、それでも肩が痺れるように痛んだ。

立ち上がると、なぜかディアンは離れたところにいた。
自分と、彼の間にフレアの剣が落ちているのに気づき、フレアは理解した。
ディアンは突っ込んできたフレアを抱え上げ、ここまで投げ飛ばしたのだ。
剣はその途中で落としたのだろう。逆に持っていたままなら自分で自分を
貫いていたかもしれない。

「時間だ、フレア」

かちん、と剣を収めて、ディアンはただ一言だけそう言った。

フレアは呆然と目を見開いてその声を聴いた。
が、すぐに表情を険しくして彼の元へ向かう。

「悔しいじゃないか…」

口からつぶやきが漏れる。
途中で落ちている剣には目もくれず、ただずかずかと
草を踏んで一直線にディアンの元へ早足で歩いていく。

「勝てっこないのはわかってた。何をしても無駄だってわかってた。
言葉でも、体でも、私の力では守ることも、止めることすらできないって。
全部わかってた。だから――」

彼の目の前で立ち止まり、ディアンの顔を見上げる。
当然のことながら、彼は困惑した表情で見返してきた。
その顔に、思い切り張り手を飛ばす。彼のかけていていた眼鏡が飛んだ。

「…一発くらい殴らせろ」

あえて避けなかったのか、不意をつかれてまともに受けたのかはわからない。
雨に濡れて湿った顔と手では景気のいい音は響かなかったが、それでも
闇の中で、叩いたところにうっすらと赤みが差したのが見える。



「さよなら、ディアン」



泣き顔を見られたくなかったので、フレアは彼に抱き付いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

数分後、フレアはただ一人で夜の雨上がりの丘に立っていた。

もう空に雲はない。かわりに、クーロンの灯をそっくり映したかのような
星空が頭上に広がっている。

膝から力が抜け、とさ、と草の上に座り込む。
しばらくぼんやりと星空を見ていると、かすかな羽ばたきが近づいてきて、
フレアの目の前で止まった。

へたり込んだまま、見上げる。マレフィセントだった。

少女は不安そうにこちらの顔を覗き込んできた。ずっと今まで一人にされて
寂しかったのだろう。「ごめんね」と言ってから、両手を広げる。
マレフィセントもまた座り込み、フレアの胸に頭をすりつけてきた。
しっかり、抱きしめてやる。

少女の肩に顔をうずめるようにしながら、囁く。

「…行ってしまった…」

御伽噺を聞かせるかのようにゆっくりとしたテンポで背中を叩いてやる。

ディアンはすぐに発った。いつもの笑顔といつもの仕草を残して。
それが自然すぎて、別れの言葉だとは気づかなかった。

『また会える』なんて気休めでは、今は寂しすぎる。
きっと、朝までには泣き止んでみせるから。だから。

「しばらく、こうさせて」

少女は答えなかったが、フレアは自分の背中に細い腕が回ったのを感じた。

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2007/02/12 23:14 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼

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