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2025/03/10 11:50 |
星への距離24/ロンシュタット(るいるい)
PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス、喰らわれた魂の永劫の牢獄(悪魔)
場所:セーラムの街、宿屋前の大通り


 悲鳴はすぐ金切り声に変わった。
 水が植物の蔦のように伸びてきて、近くにいた女の脚に巻きついた。
 女はそれを振りほどこうとしたが叶わず、逆に益々力強く絡みつく。
 街人がぎょっとして一歩離れると、蔦は女を本体である水柱へ引きずっていく。
 何が起こるのか分からないが、あの中に入ったら御終いだと、女は直感的に理解した。
 何とか逃れようと地面に手を付くが、女の力では(男の力でも)どうしようもない。ただ地面の土を掴むだけで、水柱へ近づく速さは微塵も落ちなかった。
 近づくにつれ女の形相は強張る。
 自分も近づいたらどうなるのか分かった街人が誰一人助けに来ないのを見た女は、絶望しながらも、生にしがみつこうと、地面に爪を立てる。
 何度も何度も懇願の視線だけを向けながら、ずるずると引きずられる女。
 爪が剥がれ、それでもなお死に抵抗しようと腕を振り回すが、悪魔が一度捕えた獲物を逃すことは無い。
 やがて水柱まで引きずられた女は、ゆっくりずぶずぶと柱に飲み込まれていく。
 誰かに引っ張ってくれ、死にたくないと腕を精一杯伸ばすが、誰も取ろうとはしない。
 腰が、胸が、顔が、最後に伸ばしてがくがく震える腕が飲み込まれ、女の死が決まった。地面に十本の細い血の跡だけを残して。
 
 だが、女はただでは死ねなかった。
 強い酸の中で溶かされているように、肉が剥離していく。
 頬の肉がごっそり削げ落ち、横から歯が見えたと思ったら、腹部が一度に取れ、勢いで上半身と下半身が割れた。水に流されているのか、まだ動いているのか、腕と脚がじたばたしている。
 しかし、それも長くなかった。
 最後まで残っていた首の肉が一度に溶け、悲鳴を上げるように、骸骨だけとなった頭が歯をがちがち鳴らすと、動きは止まり、流れに乗って外に吐き出された。
 一連の捕食が終わると、水の表面に、今飲み込まれた女の顔が苦悶に歪みつつ浮かんだが、これも他の顔と溶け合って沈んでいく。

 一斉に悲鳴と怒号が飛び交った。
 堰を切ったように我先にと柱から遠ざかる。
 自警団も背を向け、街人は蜘蛛の子を散らしたように放射状に逃げ出していく。
 その逃げ出す人の群れを割るように、ロンシュタットだけが微動だにせず向かい合っていた。
 それどころか、自分から悪魔に歩いていく。掴らない自信があるのか、掴っても振りほどく事ができるのか?
 ……いや、どちらも違うだろう。ただ彼は、剣の届く位置まで行かなければ倒せないから近づいているだけだ。
「分かっていても、普通はやらないぜ、こんな事。本当にお前はおっかない奴だよ」
 バルデラスが笑いながら話しかけるが、持ち主の返答は無い。
 柱から無数に蔦が伸び、ロンシュタット目掛けて振り下ろされた。
 身軽に飛び退き、あるいは踏み込み、四方八方からの攻撃に掠ることなく、瞬く間に柱まで到達するその動きは正に電光石火。
 踏み込む勢いを殺すことなく、長大な剣を横殴りに柱に叩きつける。
 まるで爆発でもしたように水が爆ぜ、飛沫が舞うが、水でできている身体は、すぐ元通り柱に戻る。
 水で物に穴を開けたり切ることはできても、水を切ることはできない。
 柱の周りをステップを踏んで移動しながら何度も切りつけるロンシュタット。だが、その攻撃に見合うだけの傷を悪魔に負わせることができない。
 一方、悪魔も散々蔦を伸ばし追い込もうとするが、ロンシュタットを捕えられない。
 それも当然のことだ。悪魔の存在を完全に把握できるロンシュタットは、こんな蔦など見なくても位置が分かる。眼は本体を見据えたままで、あらゆる攻撃を避けながら執拗に攻撃を仕掛ける。
 ならば、と作戦を変えたのか、蔦が何本も街人に向けられ伸びていく。
 再度上がる悲鳴と怒号。
 だが最初に逃げていたおかげで、捕えられることは無い。
 たったふたり、逃げ遅れた団長の子供と、逃げ場の無かった屋上にいるスーシャを除いて。
 
 背を向けて走り出そうとするふたりを、蔦はやすやすと捕える事ができた。
 今度は引きずらず、持ち上げて飲み込もうとする。
 幼い男女の悲鳴が上がる。
 その内、団長の息子の悲鳴はすぐに途切れた。
 取って返したロンシュタットが、また人間離れした跳躍をし、今まさに飲み込まれんとする子供を捉える蔦に剣を振り下ろしたのだ。
 水を切ることは出来なくとも、爆ぜさせることは出来る。
 飛び散る水と一緒に拘束を解かれた子供が落ちてくるのを、先に着地した彼は地面で受け止めた。
 ロンシュタットを見上げ、助かったことが分かった息子は脱兎のごとく、遠巻きに成り行きを、この世ならぬ戦いを見ている街人たちの所へ逃げ出した。
 しかし、彼を助けた事で、スーシャが飲み込まれるのを防ぐことは出来なかった。

 水の中で溺れるスーシャは、殺される恐怖よりも、息苦しい、ということしか感じられなかった。皮膚がひりひりするのも分からない。
 呼吸が出来ず、息を止めていられなくなった彼女は口を大きく開ける。そこに水が勢いよく侵入し、気管から胃に入る。
 その時、ふっと力が抜けた。
 身体が楽になり、浮遊を感じると、思考は少しだけ働いた。
 私も、死んじゃうのかなぁ?(あの女の人みたいに)
 このまま死ぬと、どうなっちゃうんだろう? やっぱりここに捕えられるのかな? でも、ここにいたって、何の足しにもなりゃしないよ(仕立て屋の人はみんな言ってた)
 わたし……駄目なんだなぁ。
 強くなりたかったなぁ。(でも、どうやって? そもそも強いわたしってどんなの?)
 目の前がいよいよ暗くなり、思考は停滞を見せ……。

 いきなり濁流に飲み込まれたように、身体に強い衝撃が走る。
 その衝撃が遠ざかる意識を鮮明にして、彼女は目の前が明るい事に気付いた。
 気付くと同時に、苦しさが再び襲いかかって来て、彼女は溜まらず水を吐き出す。吐き出された水の代わりに肺に入って来たのは、土と石の匂いのする湿った空気。咳き込んで飲み込んでしまった水を全て出すと、ようやく見回すことができた。
 ロンシュタットが、立っている。片手に剣を持ち、悪魔に向かい合い。
 だが、その左腕は皮膚が剥がれ肉が削げ落ち、骨が見えている。
 自分の服にその血が残るのを見て、ロンシュタットが柱に腕を入れ、力任せに引き抜いたのだと理解した。
 私は助かった、でも、あの腕じゃ……。
 彼の腕は力なく垂れ下がったままだが、それでも残る右腕で剣を振るい、蔦と柱を切り続ける。
 相変わらず馬鹿げた破壊力を持つ一撃だが、それでも両腕で振るうより力が劣る。
 どうしよう、と心配するスーシャは、ロンシュタットの左腕に蔦が巻き付くのを見る。
 あっ、と声に出す暇もあればこそ、ロンシュタットは飛び込むように柱に飲み込まれた。
 
 心配することが精一杯のスーシャは、どうすればいいのか見当も付かない。
 行けばまた飲み込まれるし、何もしなければロンシュタットが殺されてしまう。
 くるり、と振り向くと助けを求めて街人を見た。
 だが、彼らもこの人外の戦いをどうしていいのか分からない。怯えた表情でひたすら見ているだけで、誰も助けようとは思っていない。
 女の人の時と同じだ。わたしの時と同じだ。
 誰も、助けてくれない。
 ぽかんと助けを呼ぶ形に口は開いたまま、目から涙がこぼれた。
 涙が頬を伝い、地面に落ちると、ドン! と音がした。
 びっくりしながら、その音は前にどこかで聞いた音なのを思い出す。そう、あれは昨日の夜。雨に打たれていた時だ。
 街人が一斉に表情を変える。指差し、口に手をあて、皆、ああ、とうめく。
 後で起きている事を想像すると、振り返ることは出来ない。
 間を置かずに音がする。そして自分の影が夕方でもないのに長く伸びる。耳には聞いた事も無い、弾ける様な音が入る。
 はっとして振り返るスーシャは、街人と同じく、発光している柱を見た。
 いや、それは正確ではない。紫電に絡みつかれ、伸びる蔦の全てが内から放電されている柱だ。
 蔦は逃れるように伸び、地面へ潜るが、電撃はそれと同じ速さで追いかける。蔦の先から柱の頂点まで、悪魔の体内で雷が暴れ狂っている。
 柱は苦悶するように身をよじり、何とか逃げようとするが、紫電は更に大きく、太く、光の濁流となって悪魔を食い尽くしていく。
 浮かぶ顔が見れなくなるほどまぶしく光り、荒れ狂う雷は水面を突き破って所構わず放電を開始する。
 悪魔の生命力がバルデラスを退けるか、それとも力を解放したバルデラスの魔力が悪魔の身体を破壊するのが先か?
 長く続く命の奪い合いが激しさを増し、雷鳴にも似た轟音が響き渡る。本物の嵐を呼びかねない迫力で繰り広げられた闘争はしかし、急にバルデラスの放電の終了という形で幕を閉じた。

 愕然とする街人と、中にいるロンシュタットのことが心配なスーシャ。柱の中にいる以上、彼もあの電撃を受け続けているのだ。
 まさか、と思う。
 待っていろ、と彼女に言った青年は、戻って来れなくなってしまったのではないだろうか?
 柱は最初に形成された時と同じく、水面を揺らしながら立っている。
 その様を見守るスーシャの口から、苦しみと悲しみの入り混じる吐息が吐き出されようとしたその瞬間。
 轟!
 と耳を塞がずにはいられない爆音と同時に、柱と蔦は内側から一斉に爆散する。
 辺り一面に飛び散る水しぶきは、もう悪魔の身体ではなく、ただの水であった。
 降り注ぐスコールに全身を濡らし、長い髪を頬に纏い付かせるスーシャの前に、黒く長い剣を持った男が、爆心から歩んで来る。
「ロ……ロンシュタット……」
 昨夜、宿屋で言うことが出来なかった彼の名前を、スーシャは口にすることが出来た。
 名を呼ばれた青年ロンシュタットは、うっすら浮かび上がる虹を背にして、スーシャの元まで戻って来た。
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2008/07/02 00:34 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離

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