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2024/05/17 06:47 |
モザットワージュ - 2/アウフタクト(小林悠輝)
件名:

差出人: 小林さん "小林"
送信日時 2009/12/31 02:56
ML.NO [tera_roma_2:0941]
本文: PC:アウフタクト
場所:ソフィニア-魔術学院

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(随分と様子が変わった……ような、気がする)
 アウフタクトは無機質な廊下を進みながら、そう思った。
 最後にソフィニアを訪れてから二年と経っていないが、魔術学院の敷地に足を踏
み入れるのは、七年か、或いは八年振りであるように思えた。というのも、成績不
良と校則違反で退学になってからというもの、学院に対して一切の用事も未練もな
かったからだ。
 元より学生時代からして、学業に対する思いは冷めたものだった。情熱に燃えた
時期もあったかも知れないが、その感覚は不確かだ。
 兎角、退学以来、学院とは縁のない人生を送ってきた。
 それが再び、研究棟の廊下を歩いている。時を遡りでもしたように現実感のない、
なんとも奇妙な気分だ。旅用のブーツの底に挟まった小石が床を叩く度、固い音が
響く。
 学部時代と内装は変わり様がないが、研究室の顔ぶれが変わったせいか、あちこ
ちに些細な違和感がある。三つの部屋を占有していた老齢の女教授は引退し、扉に
飾られていた華美な名札は消え失せている。扉の表面に残る接着剤の跡が、妙なも
の寂しさを感じさせた。
「先輩、こっちです!」
 行く手の扉から半身を乗り出した女が手を振っている。
 アウフタクトは余所見していた視線を彼女に据え、右手を上げ返した。手首で魔
除の銀鎖が鳴った。

 切掛は昨日だった。
 魔術の札を作るために必要な、特殊な墨を使い切ってしまったため、間道を抜け
てソフィニアに入った。
 魔術に使われるが魔力を持たないため販売を規制されていない品々を並べている
店で、その女に声を掛けられた。「あの、――先輩じゃ、ありませんか」
 振り向けば、立っていたのは五つ下の後輩だった。本来なら交流ないはずの年の
差だが、利発なその少女は高等部に籍を置いている頃から屡々、夕方になると、学
部の教養科目を聴講しに現れていた。目立たぬよう端の席を定位置にしていたアウ
フタクトは、たまたま隣に座った少女が覗き込める位置に教科書を動かしてやった。
それ以来の曖昧な付き合いだったが、退学と同時に途絶えた。
 少女はもう少女とは呼べない年齢になっていたが、相変わらず、利発そうだがど
こか無邪気な、昔と然程変わらない表情をしていた。「あの、このあと暇ですか?
 せっかくですから、飲みに行きましょうよ!」
 どうも昔の印象を消せず、彼女が酒を飲める年齢になったことに驚くあまり、つ
い頷いてしまった。そして気づけば、学生街の居酒屋で酒と焼き鳥を奢らされた上、
翌日の実験に付き合う約束まで取り付けられていた。

「この部屋、懐かしいでしょう! あたし今、ベニントン先生に教わってるんです。
先輩の担当教授だったって聞きましたよ」
「ええ、まあ。専攻分野が違うので、名目だけでしたが」アウフタクトは曖昧に答
えた。その教授は出張で留守だという。今更よく顔を出せたと嫌味を言われないの
は幸いだ。
 研究室は無人ではなく、数人の生徒達が屯していた。ベニントン教授は己が不在
の時でさえ学生のために書架を開放する稀有な――或いは酔狂な人物だったと、思
い出す。
 学生たちは一瞬だけ視線を上げたが、すぐにそれぞれの作業や読書に戻った。研
究室に卒業生が出入するのは珍しいことではないし、目の前ではしゃいでいる元少
女のことを知っているから、その同行人を必要以上に怪しむことはないのだろう。
「貴女、今、何年生でしたっけ?」
「四年です! 先輩と違って、留年なんかしてないですから」
 アウフタクトは苦い顔をした。「そういえば、実験って、何の実験です?」と話
題を逸らす。元少女は「こっちです」と研究室の奥へ進んだ。机と書架の先には、
簡素な仕切りで区切られた教授の机と、学生が実験や仮眠に自由に使える空間があ
る。
 自由空間の中央に設えられた台に鎮座していたのは、なにやら得体の知れない塊
だった。アウフタクトはその形を表す言葉を探したが、“本性の知れない”以上に
ふさわしい表現は見つけられなかった。大きさは両手で持てる程だ。木材や金属を
組んだ枠に、硝子球がいくつか嵌め込まれている。
「何です、これ?」
「個人の魔術特性を調べる機械です。クロフト式の診断機を元に作ったんですけど、
ちょっと精度を上げる細工をしたので、筐体に収まらなくて。見た目が悪いのは大
目に見てください」
「これが卒研なんて言いませんよね?」アウフタクトは呆れ声で尋ねた。
「まさか!」元少女は首を横に振った。「卒業研究が一段落ついたから作ってみた
んです。古典の再現をしてみたくて。でも、検体になってくれる人がなかなかいな
いんです」
「何故です? ちょっと手を置くだけでしょう」とはいえ、そのちょっとを忌避す
る魔術師は案外、多いが。
 元少女は困ったように首を傾げた。その頬の線は昔と変わらぬように見えた。
「……血が、必要なんです」
 笑い返しかけたアウフタクトは、表情を引きつらせた。「はい?」
「冗談ですよ」元少女はくすくすと笑った。「昨日、足りなくなった材料を買いに
出たときに先輩を見かけたので、声を掛けたんです。さっき完成したばかりなんで
すよ」
「はあ……それはご苦労様です」
「ほら、ここを触ると、この硝子球が光るんです。右から――」元少女は説明した
が、アウフタクトは聞き流した。クロフト式の診断機は、彼が教鞭と取っていた六
十年前に主流だった魔術特性の分類が廃れたためにすっかり過去の遺物になってし
まっている。こういった器具や分類法は流行りものだ。多くが発明され、多くが忘
れ去られた。次に本格的に実用化されると見られているのはベッケラート教授の検
査機器だったはずだ、というのも数年前の知識で、現在どうなっているのか知らな
い。
 少女が、こっちが光るとナントカ形で、こっちが……と話をしても、そういえば
そんな話を授業で聞いたことがあるかも知れない程度の思いしか沸かなかった。
 元少女が診断機の金属板に触れる度、左から二番目の硝子球が青く光る。やがて
彼女はアウフタクトを振り向いて、「さ、試してください」と言った。アウフタク
トは正直なところ、こういった診断機の類は好きではない。診断基準の正しさがあ
やふやで気味が悪いし、その癖、他の魔術師に手の内を晒すようで警戒心が働くか
らだ。
 それでも金属板に指先を当てた。きらきらした目の元少女を裏切るのは忍びない。

 硝子球は光らなかった。
「あれ」元少女は首を傾げた。「おかしいな」それから彼女は他の学生を呼び、な
んだなんだと集まった彼らにも試させた。硝子球はぴかぴかと光り、元少女から解
説を聞かされた学生達は、おーと感心の声を上げた。元少女は彼らをすぐに解散さ
せた。
「先輩、魔力ないんですか? そんなわけないですよね。一般入試だって言ってま
したし」
「よく覚えてるなそんなの。俺がどうして退学になったか、教授から聞いてないん
ですか?」アウフタクトはうんざりと呻いた。理由は簡単で、扱える魔力が少なす
ぎ、理論はともかく実践についていけなかったからだ。そして暴挙に走った。
 元少女は首を傾げた。「家の都合で自主退学、ですよね?」
「……まあ、恐らく」あの件は隠蔽されたのか、教授の進退に関わるもんなぁと思
いながら、答える。「やめるとき、きみに教科書あげればよかったですね、どうせ
あれきり読みませんでしたし。私はそんな真面目じゃなかったので」
 元少女は、はっとしたような表情をした。「あの、あたしもです。不真面目で。
本当は、あの頃、講義の内容なんてわけわからなかったし、教科書買ったり、調べ
たりとかしないで……教授の話がちょっとだけわかるから自分って頭いいんじゃな
いかって思えて……いい気になって」
 アウフタクトは元少女を横目にした。落第生をフォローするために、自分まで貶
めることはないだろう。急に深刻そうに語り出すことと併せて、彼女の昔からの悪
い癖だ。
 嘆息。
「真面目や秀才のポーズ決められるだけ立派だ。大抵は、表面と現実の違いに挫け
て脱落します」アウフタクトは誤魔化しの言葉を発しながらとんとんと金属板を叩
いた。
 一瞬、手首に熱が走った。同時に全ての硝子球が鋭く光り、歪な筐体の内部で、
何かが焼けるような音がした。光は何度か不揃いに点滅し、消えた。
「「――あ。」」
 二人が同時に声を上げた。アウフタクトは手を引っ込め、反対の手で手首を押さ
えた。診断機を使う際には、魔力を帯びた品は身につけるべからず。と、テキスト
の一文が今更ながら脳裏を過ぎった。あれそれこれと所持品を思い描くが、服の衣
嚢に入れっぱなしの触媒も含めて三種類以上を身につけている。強力なものも含め
て。
「あー……すいません。魔法系の道具、結構持ってて……」
「い、いえ、大丈夫です」元少女は、あまり大丈夫でなさそうな表情で首を横に
振った。
 アウフタクトは気は進まなかったがいくらかの罪悪感は覚えたので、診断機を眺
めながら申し出た。
「直すなら手伝いますよ。どうせ今日は暇しています」
「本当ですかっ?」少女は顔を上げ、両掌をぱんと合わせた。「是非お願いしま
す! あたしはこれを分解してどんな故障か確かめますから、先輩は、図書館から
資料を持ってきてくれませんか?」
 アウフタクトは思わず頷いた。年頃の女の子は元気だな、自分がこの子のテン
ションで行動したら十分と持たないだろうなと雑念を働かせていたら、欲しい文献
リストの何割かをしっかり聞き逃した。元少女もそれを察したのか、「とりあえず
分解図とか断面図とか、それっぽいのが載ってればいいですから」と言い直した。
「たぶん、先輩ならすぐ見つけられます。あっという間です、ばっちりです」
 何だその根拠のない期待は。
 アウフタクトは、努力しますと呻いた。窓の外で、小鳥が莫迦にしたような声で
鳴いた。

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2010/02/03 03:09 | Comments(0) | TrackBack() | ○モザットワージュ

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