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2024/05/16 21:59 |
ファランクス・ナイト・ショウ   2/ヒルデ(魅流)
登場:ヒルデ
場所:ティグラハット ―ガルドゼンドとの国境付近
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 丘の上で、眼下に広がる平野を見下ろす人影が一つ。砂色のマントに身を包み、傍らには馬が一頭。風に揺れる長い金の髪から女性であろう事は想像できるが、何故こんな場所に一人でいるのかはまったくわからない。
 人影はただ景色を眺めているだけのようだった。それをもう20分も続けている。途中で余所見をする様子もないということは、何か目的をもって平野を見下ろしているのだろう。

「――つまりは、カモって事よ」

 丘から離れること約40m。戻ってきた偵察の話を聞いたアイパッチの男はそう話を締めくくった。周りにはそれぞれバラバラの装備を持った男が15人、適当に円形になるように座っている。
 ティグラハットがガルドゼンドに対して反乱を起こして以来、大きな戦いは収まったといえども両国の境目ではまだ小競り合いが絶えない。彼らはそういう地域に居を構え、死者の装備を剥いで売ったり人数の少ない部隊や戦いに勝利した直後の疲弊した部隊を襲って倒したりして生計を立てている、いわゆる山賊だ。

「でもボス、なんでこんな所に女が一人でいるんでしょう?」

 並み居る男達が女性を襲う事に肯定的な中、一人だけ疑問の声を上げるものがいた。男達の中でもひときわ小柄で、どうみても山賊にむいてるとは思えないような風貌を持つ少年。恐る恐る口火を切った彼に与えられたのは、周りからの冷たい視線だった。

「よぅマイケル。テメェ新入りの分際で余計な事言ってるんじゃねーよ」

 普通の社会では冷静と言われる彼の思考もここではただの臆病者。彼自身にも周囲から睨まれてまで自説を唱え続ける度胸はなく、そのまま黙り込んでしまった。

「ようし野郎ども。目標は馬と女、がっぽり稼いで今夜は宴会だぜ!」

「おおー!!」

 その決断がどんな結果を招くかなど露知らず。ノリノリな山賊たちは鬨の声をあげたのだった。

            ―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―

「やはり直接砦の方に当たるべきだったか?」

 眼下の平野を見下ろしながら、砂色のマントを纏った女性――ラインヒルデは呟いた。

「――そうだ。正面から砦に行っても追い返される公算が高い。だから今こうしているのだろう?」

「――分かっている。それでも、ただじっと待つのは私の性には合わないんだ」

 辺りに話をできるような人影はない。精々傍らに栗毛の馬がいるくらいだ。それでも、ヒルデはまるで誰かと会話しているかのように言葉を紡ぐ。その視線は遥か下の平野を見つめたままだ。

「……ふぅ。こんなだから姉様はおろか妹にまで差を付けられるのか」

 心中に溜まったものをゆっくりと吐き出すように声をだす。この間久しぶりに会った彼女らは着実に成果を上げていて、自分ひとり立つ瀬がなかった。このままではいけない。なんとしても、この地にいるという英雄アルスラーンに会い、彼を連れ帰らなければ。
 頭を振って、マイナス方向に沈みかけた意識をプラスの方へと引き上げる。ヒヒンという小さい馬の嘶き。――そういえば、先程から不自然に背後から葉ずれの音が聞こえる気がする。

 ヒルデが振り返るのと、少し離れた木立の中からバラバラと山賊たちが姿を現すのは同時くらいだった。7人くらいが半円を描くように囲みにかかる。中央にはこれみよがしなシミターを握った禿頭アイパッチの男。その顔に浮かぶ下卑な笑い顔がなんとも奸に障る男というのがヒルデの第一印象だった。

「ようネェちゃん。こんな所に独りでいるとアブないぜェ?おにーさんが最寄の街まで送ってってあげようかァ?」

 自分の下心を隠そうともしない程度の低さに呆れを通り越して憐れみさえ覚える。大人数で逃げ道塞ぐように囲んでるいかにもごろつき風の男を信用する者が一体どこにいるというのか。

「……私の事は心配してくれなくて結構だ。それよりも自分の身の安全を気にかけた方がいいと思うぞ」

 瞬間、静寂。そして、直後に爆笑が巻き起こった。新入りのマイケル以外の全員が半月程前の事を思い出す。彼らに対して同じようなセリフを吐いた女は今では薔薇の焼印を押される身だ。そして、今回もそうなるだろう。――もちろん、その前に存分に楽しむのだが。

 山賊たちが大笑いしている間も、ヒルデは表情を変えずに立っている。その口が小さく言葉を生み出しているのに気付いたのは、何故仲間が爆笑しているのかわからずにじっとヒルデの様子を見ていたマイケルだけだった。

「――大丈夫だ、この程度私一人でどうとでもなる」

            ―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―

「やっちまえ」

 ひとしきり笑いが収まるのを待って、ボスは命令を下した。相変わらず女は無表情のまま、馬もよほど訓練されているのか急に走り出す様子もなくただ立っているだけだ。
 両翼の二人がニヤニヤと笑みを浮かべたまま女に近付いていく。一人はブロードソード、もう一人の手にはロープ。

 ワリといい生地を使ったマントを羽織った女が一人、山賊に囲まれても怯える様子もないという事は……間違いなく、女には何かしら武器の心得があるのだろうと、その程度はボスも予想している。
 それでも、山賊の首領はまだ相手を侮っていた。ついこの間も自分が強いと勘違いしていた貴族の娘を返り討ちにして一儲けしたばかりだし、今回もきっと上手く行く。そんな根拠もない確信があったのだ。
 泣き叫ぶ貴族娘の様子を思い出して、目の前の女ならどういう反応をするかと連想する。気が強い娘を力で屈服させるその過程を思い浮かべた所で、何か妙な音が聞こえた気がしてボスは思考を現実に帰した。

 女を取り囲む二人の部下、状況は何も変わらない。ただ、何故か部下の一人が動きをとめていて――待て、その背中に生えているモノはなんだ?

 そのモノの正体にボスが気付いたのとほぼ同時にそれは部下の体の向こうに消えて行った。柔らかい肉がグズグズに裂ける聞き慣れた音だけが妙に生々しく辺りに響く。
 腹部を刺し貫かれた山賊が崩れ落ちるのとほぼ同時に、女がやった事を間近で見ていたただ一人の山賊が怒声をあげ――次の瞬間には首から血柱を上げて地面に倒れていた。

「何やってる、網を投げろ!」

 ようやく現実に理解が追い付いた首領が指示を飛ばし、部下が動く。
 この網には細い鋼線が編み込んであるので斬られる事はなく、端に括りつけられた重りのお陰で被されば間違いなく動きを止める事ができる。
 そして、両側から二つ投げられた網は逃げ場を残してはいない。網にくるんでしまえば後はどうとでもできる。ボスは今度こそ己が勝利を確信した。

「――silph」

 女は特に何をするでもなくこちらに向かって歩いてくる。そして網はまるで急な風に吹かれたかのように軌道を変え、明後日の方向に落ちてしまった。

「なっ……や、野郎ども、たたんじまえ!」

 もはやさっきまでの根拠のない自信は跡形もなく消えうせていた。斬りかかった手下達が次々と斬り伏せられ、女は着実にこちらへと迫ってくる。血の赤と太陽の照り返しが合わさって剣が燃えているようにも見え、もしかしたら今自分はアジトで寝ていて、これは悪い夢か何かなんじゃないかと本気で思い込みそうになる。むしろそうだったのならどれだけ幸せな事か。

 ヒュッという空気を裂く音が辛うじてボスの正気を保っていた。斬りかかる部下達の隙間の通して的確に女を狙うマイケルのパチンコが石を飛ばす音だ。
 ちょっとしたきっかけから彼を新入りとして迎えたのはほんの気まぐれだったが、思ったよりもいい拾い物だったらしい。こんな状況でさえなければ素直に喜べたのだが。
 だが、そのマイケルの石礫でさえ女には掠りもしない。避けられるか、剣の柄で叩き落されるか。そして、ついに最後の部下が倒された。

「やりたい放題やってくれたじゃネェか……!!」

 女の後ろには山賊一味が死屍累々とはこのことかとばかりに倒れている。まだ息がある者もいるが、あの出血では恐らく10分と持たないだろう。

「だから最初に言っただろう。自分達の身の安全を心配しろ、とな」

 そう言い放って女は剣を構える。山賊たちの血で赤く染まったそれは独特の波打った刀身を持つ細剣。俗にフランベルジュ・レイピアといわれているものだ。見た目の美しさとは裏腹に、斬った者の傷口をぐちゃぐちゃにして治りにくくするという機能を持つ。
 反面、刀身が細いこの剣は他のもっと太い剣とぶつけ合いになると確実に折れるし、同じ細剣を相手にしたとしても波打った刀身がやはり打ち払いを邪魔する。
 言ってしまえば、攻撃に偏ったバランスの悪い剣。実用的ではないため、実戦で使おうとする者は少ないし、使うならせめて防御のために盾の一つでも持つのが生き延びるコツというものだ。

「調子にのんじゃねぇ。てめぇのほそっこい剣なんざブランド様のこの円月刀で叩き折ってやるぜ!」

 言うなり両手で持ったシミターを袈裟懸けに振りぬいた。ブンッという豪快な風切り音が鳴り響く。

「ラインヒルデ――ヴォータンスドーティル。いざ」

            ―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―

 ――マズいヤバいどうしよう。

 盗賊団の新入りマイケルのここ最近一番の悩みは、唯一つ。
『どうやって、生き延びるか』

 ケチがつき始めたのは少し前の事。街道沿いの森に狩りに出かけて、山賊が旅人を襲っている所をうっかり目撃してしまった時からだ。殺されそうになったマイケルは自分のパチンコの腕と投網の技術を見せることで、山賊の仲間としてではあるがとりあえず生き延びる事には成功した。後は折りをみて逃げ出すだけ――そんな矢先にこの騒ぎである。
 武装した軍馬を連れた女の一人旅。どう考えたってリスクの方が大きいのに、ボスは何故か手を出すことを選ぶ。

 自分はまだ仲間になったばかり、ここで嫌だと言えば殺されるだけ……せめて女がこの山賊たちにどうこうされる程度の存在で、奇跡的にのちのち足がつかなければまだ道は拓ける。マイケルはそう考え、しぶしぶではあるが襲撃に加わる事にした。本当なら街道を見張る側に回りたかったが、逃げようという意思を持っている事をボスに悟られてはマズい。

 そして今。相手の女の名乗りを聞いて、マイケルは体中の血が引いていく思いを味わっていた。

 Wotan's daughter
 ヴォータンスドーティル。つまりはヴォータンの娘。

 戦を導く存在としてイムヌスによって封印されている悪魔スヴィズリル。彼の者は封印される前はヴォータンと呼ばれ、女性ばかりのある種族に加護を与える代わりに自らの尖兵としての役割を果たさせている。ヴァルキューレと名乗る彼女らは戦の影で英雄に助力し、英雄の死後かの魂を主の宮殿へと導くと言われているのだ。
 そんな英雄に加担して戦を勝利に導くような存在にたかが山賊が挑んで、勝てるハズもない!

 ボスはあちこちに傷を負いながらもまだ生きてラインヒルデとか名乗った戦乙女と斬りあっている。事情はよくわからないけど伝説の戦乙女にも全力を出せない理由があるらしい。――それなら、まだ今なら間に合う。なんとかボスが彼女を殺してくれればまだ故郷に帰れるかもしれない。

 ――俺は生きて、生き延びて考古学者になってアンディに求婚するんだ!

 さっき以上に全神経を研ぎ澄ましてパチンコから石礫を飛ばす。拳に満たないくらいの大きさの礫は、致命傷を与えるのは無理でも当たれば確実に体勢を崩す。その隙にボスが斬れば十分に勝機はあるハズだ。

 顔を狙って一発、二発。その全ては首を捻るだけであっさりと躱されてしまう。

 それでも顔を狙い、三発、四発。石礫があたる気配はない。どんなタイミングで放ってもヒルデはあっさりと躱してみせた。

 五発、六発。そろそろ避ける時に横目ですら礫を見なくなってきた。風切り音を頼りにして避けているのだろう。それでもマイケルは諦めない。

 七発、八発、九発。射撃ペースがいきなり増えた所為でヒルデの回避が少し揺らぐ。それでも、結局礫は一発も掠りすらしなかった。ブランドの傷もだいぶ増え、そろそろ止めを刺されるのも近いように感じてくる。

 そして、ついにブランドが斬り負け、体勢を崩して一歩下がる。止めを刺そうとヒルデが踏み込もうとして――そのタイミングで礫が飛ぶ。だがヒルデもそうくる事は予測済み、首を捻って冷静に躱していく。そして、最後の一発が肩口に命中した。

 自分のたくらみが上手く行ったマイケルは会心の笑みを浮かべる。単調に顔を狙い続け、相手が顔しか狙ってこないと思い込んだところで肩口に一撃。それも、常日頃動物の四肢を狙って礫を当て、動きを止めているマイケルだからこそできる高速四連射でやるからこそ成功するトリック。そして、その技は見事にヒルデの体勢を崩していた。

「くっ!」
「よくやったマイケルッ!」

 体勢を立て直そうとするヒルデに対してブランドは大きくシミターを振りかぶる。

「あ。」

 そして、即座に体勢を立て直したヒルデの刃がガラ空きになったブランドの喉を切り裂いた。倒れる首領の姿がものすごく遅く見える。同時に、マイケルの中の希望が音も立てずに崩れ落ちていく。

「後はお前一人か。しかし先程の一撃は見事だった。危うく本気を出さなければいけない所だ」

「……さすがは戦乙女様。成り行きとはいえ、敵対しちまった時点で俺の命運も尽きてたか」

 もはやパチンコ用の弾もなく、白兵戦では勝ち目がないのは明らかだ。不思議と安らかな気持ちで、マイケルは目を閉じた。

「ほう、この私を戦乙女と知ってなお石を放ったのか」

 ――ああそうか。戦乙女って気づいたんだから後は諸手を挙げて降参すりゃあよかったのかぁ

 閉じた瞼の裏に今も街で自分を待っていてくれているであろう恋人の姿が浮かんできて、思わずなきそうになる。それにしても、止めの一撃はいつになったら来るのだろうか?

 うっすらと目を開けると、既にマイケルに背を向け後始末に掛かっているヒルデの姿があった。あっけに取られている間にも彼女は血に塗れたマントを脱ぎ、剣についた血をふき取ったりしている。

「俺を……殺さないのか?」

 思わず呟いてしまうマイケル。言った後でしまったと後悔するが、それでも自分だけが見逃される理由が思いつかず、ぬか喜びではないかという思いがどうしても拭いきれない。

「私を戦乙女と知ってなお石を放ったお前の勇気と、その技量に免じて見逃そう。……ただし、次はないぞ。拾った命、精々大事に使うんだな」

 言うだけ言って、本当に馬に乗って走り去ってしまう。一人残されたマイケルはしばらくは尻餅をついた姿勢のままで固まっていたが、しばらくして生き残ったという実感を得ると、「ひゃっほぉぉぉぉぉぉおぉぉぉうっ!」と向こう数十メートルくらいにまで響きそうな大声をあげて、自分の愛する恋人が待つ街へと一目散に駆けていった。

            ―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―

 一方その頃。

「仕方ないだろう。あそこ以外に適度な距離から様子を見れる場所はなかったし、第一お前だって血臭が漂う場所で何日もすごすのは嫌だろうに」

 馬に乗って草原を駆け抜けながら、相変わらずヒルデは誰かと話をしていた。併走する馬も騎手もない以上近くに話ができる人間なぞいるはずもないのに。

「とにかく!こうなったらヒュッテ砦に直接向かってみるつもりだ。追い返されるかもしれないが……もしかしたら出てきた所を捕まえられるかもしれないからな」
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2007/02/12 16:51 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ

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