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2024/05/16 16:59 |
ファランクス・ナイト・ショウ  5/クオド(小林悠輝)
登場:クオド
場所:ガルドゼンド -イェッセン伯領ヒュッテ砦
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 ヒュッテ砦の城代を務めているのはテオバルドという騎士だった。
 豊かな黒髪を持つ三十絡みの大男で、片目が古い刀傷で塞がれている。カッツェはそ
の強面に内心たじろいだが、城代は外見に反した大らかな微笑み顔で「長旅ご苦労」と
ねぎらいの言葉をかけてきた。

「直々に出迎えていただき恐縮です」

 騎士の返答を聞いて、カッツェは慌てて書状を取り出し城代に渡した。
 大男は封を破り文字を目で追うと、わずかに眉根を寄せる苦い表情で騎士を見下ろす。
城代と騎士との身長差は大人と子供ほどもあるように見えた。

「ヴィオラ――いや、子爵は来れなかったか」

「ご主人が屋敷を離れるには人手が足りなくて」

「そうか……そうだよなぁ、あの家は」

 城代は言い淀んで、それから何かを取り繕うように「とにかく、よく来てくれた」と
続けた。その間にカッツェはぐるりと周囲を見渡した。

 ティグラハットとの国境とは逆側の小さな門だ。
 足元の地面は堅く均されている。視線を左に転じれば、正門が見えた。

 あそこから入った者は、右側に並ぶ背の低い建物群と、左側に並ぶ木造の厩舎、厨房、
倉庫などの先に、石造りの堅牢な主塔を見ることができるだろう。主塔は篭城の際に最
後の防衛線になる。物見が利くよう高く造られ、塀の外からでも頂辺付近が見えていた。

 ここは丁度、釜舎の裏に当たるらしかった。カッツェは正門から入ろうと主張したが、
騎士がその必要を否定したのだ。二度進言して二度とも断られれば不精ながらも従うし
かなかった。突然小門から訪れた一行の取次ぎは多少揉めたが、直接現れた城代は特に
機嫌を損ねている様子はない。

「私じゃ駄目でしたか」

「戦争に出たことはあるのか?」

 騎士は無言で頷いた。
 彼の連れていた軍馬が、早く休ませろとばかりに嘶いた。

 カッツェは騎士に声をかけて手綱を受け取ると、それを近くの召使に預けて厩へ連れ
て行くよう言った。引かれて去っていく馬に騎士が手を振る。「後で必ず会いに行きま
すからねー」という言葉は、まるで恋人との別れ際のようだった。

「みっともないですよ、クオド様。
 手を振るのは癖か何かなんですか?」

「だって挨拶はしないといけないでしょう?」

「さっきは誰もいないところに手を振ってたじゃないですか」

 言うと、騎士は困惑の表情を浮かべた。その様子にカッツェは逆に自分が間違えてい
るのではないかと不安になったが、あのときは本当に自分達以外には誰の姿もなかった
のだ。見晴らしのいいあの場所で人間を見逃すはずがない。
 騎士は恐る恐るといった様子で口を開いた。

「……テオバルド卿、この砦に女性はいますか」

「治療師がひとり女だが、それがどうした?
 ちょっかいかけようってんなら残念だったな、若くはないぞ」

「この近くで、武装した軍馬を連れた女性を見たんです。金髪で、背の高い……」

 城代は沈黙し、それから首を横に振った。「ここにはいないな」という返事を聞いて、
騎士は「そうですか」とだけ答えた。納得したようには見えない。大丈夫だろうか、こ
の人。カッツェがそう思っていると城代が口を開いた。

「本当に見たんだな」

「ええ」

「ティグラハットの者かも知れない。
 よく周囲をちょろちょろしてるんだ――捕まえられないから証拠は出ないが」

「証拠が出たら?」

「王が介入してくるだろうな。
 この辺りで、戦を望んでいる領主は少ない」

 城代は踵を返した。
 剣を抱えなおして追いかける騎士の後ろ姿が、カッツェにはとても頼りなく見えた。

 任期は今日から半年だ。何も起こらないことを祈るばかり。
 すぐに冬が訪れる。戦争には向かない季節。



         + ○ + ○ + ● + ○ + ○ +



「二月以内にヒュッテは陥ちます」

 騎士は会議から戻ってくると、何でもないことのような口ぶりでそう言った。彼は絶
句するカッツェの様子には頓着せずに部屋を横切ると、羽織っていた白外套を無雑作に
寝台へ放り出し、自身もそこに腰を降ろした。例によって剣は抱えたままだ。

「……攻撃を受ける、ということですか」

「ええ」

 細い窓から午後の陽光が差し込んでいる。騎士は朝からの会議で疲れているように見
えた。ヒュッテ砦へ到着してから、今日で三日目になる。今朝、ようやく到着した最後
の騎士を迎えて開かれた会議は随分と荒れていたようだ――その階中に城代の怒鳴り声
が響き渡っていたために、部屋の外で待機していたカッツェたち従士は階下へ追いやら
れたのだから。

「少なくともガルドゼンドはそのつもりのようですね」

「誰が言ったんですか」

「今朝到着したエーリヒ卿は王の書状を携えていました。
 ここの防衛は彼の管轄になります。彼の連れてきた魔法士二名も王の兵です」

 カッツェが黙っていると、騎士は穏やかな声で続けた。

「今、極めて不安定な状態のここに四十七人の兵力は多いと思いませんか。
 城代によれば、本来は三十六のところにエーリヒ卿が助力を申し出たのだそうです。
 どうして断れなかったのかは知りませんけれど、とにかく警備の増員は安易な挑発に
なり得ます。王が、承知した上で手を出したのだとすれば」

「必ず襲撃してくるという確証があって、しかもその対策も既に整っている……」

 呟いて、ぞっとした。四十七という人数はあまりに微妙すぎる。
 停戦状態を保つには危険であり、砦を守るには少なすぎる。
 この推測が当たっていれば、我々は開戦の捨て駒にされる。

 ――あり得ないことではない。今代の王ならば。
 自ら黒装束の殲滅部隊を率いて戦場に血の驟雨を降らせる狂王ハンディラグならば、
やりかねない。

 現在、ヒュッテ砦の防衛のために、手勢を或いは自らの手を割いているのは付近の領
主たちだ。カッツェの主人含め、彼らはティグラハットとの戦争を歓迎しない。自領が
戦場と化すことを恐れたイェッセン伯ゲルノートは、戦を望まぬ領主のみに援助を求め
たのだ。

 故に、この砦には王に親しい者は誰一人としていない。
 唯一の例外があるとすれば、書状を持って現れたエーリヒだけ。

「冬が……来るじゃないですか」

「ええ、雪が降れば大軍は動かせません」

 騎士は会話を終わらせようとしたらしく、ぱふりと寝台に倒れこんだ。それでも放さ
ない剣に何の意味があるのかと聞きたかったが、騎士は目を閉じて「少し休みます」と
宣った。

「起きたらヴィオラさんに手紙を書きますから、あなたは明日の朝早くにそれを持って
ここを出られるよう準備しておいてください――私の馬を使って構いません。
 彼女はあまり速くは走れませんが持久力がありますからね」

「……わかりました」

 相手の言う意味をすぐ理解できずわずかに逡巡してから答えた。
 目に付いたので騎士が放り出した外套を取り上げてたたみ直し、椅子の背にかける。

「だからちゃんとベッドに入って寝てください。
 もう冬が近いんですから変な寝方すると風邪ひきますよ」



         + ○ + ○ + ● + ○ + ○ +



 騎士が寝ついてしばらくすると、カッツェは言いつけられた用事のために部屋を出る
ことにした。まずは食堂で保存のきく食料を分けてもらい、それから馬の様子を見に行
かなければならない。

 馬――そう、軍馬。普通の乗用馬よりも一回り以上大きな体躯をもつ獣。戦場を駆け
巡り、時には敵兵を踏み拉く。騎士見習いたる従士にとって、先程の申し出は極めて魅
力的だった。借り物とはいえ軍馬を駆ることができる。考えるだけで鼓動が逸る。

 足取り軽く食堂へ向かったが、急に人数が増えたせいで食料に余裕はないという。
 今朝到着したばかりのエーリヒ卿の兵卒が、隅のテーブルを囲んで騒いでいる。砦内
でも武器を手放さない彼らを横目に料理番に頼みこみ、騎士の名前を出してようやく、
雑穀麺麭をいくつかと、布の水袋一杯の弱い麦酒を分けてもらった。

 食堂を出たときにはもう日は傾きかけていた。
 予想以上に時間を使ってしまった。騎士はもう起きただろうか。
 いないことで怒られるとは思えないが、気にかけないわけにもいかない。最後に見た
ときには、だいぶ深く眠っているようだった。寝付くとき、すうっと静かになった呼吸
に祖母の臨終を思い出してぞっとしたくらいだ。
 先程まであんな物騒な話をしていたのに、よくもまぁ平和に眠れるものだ。

 冬が近い。夕闇は速やかに地上を閉ざしていく。
 黄金色に染まった空。吹き抜ける風はひいやりと湿っている。
 視界の端を横切る白い何かに振り向けば、白い蝶がひらひらと宙を舞っていた。

 神が季節を間違えているのだろうか。今年の雪はいつ降るだろう。
 毎年、新年には実家へ帰るようにしていた。麦の収穫期ごろから必死で働けば、子爵
は「見返りを求める人間はよく働きますね」などと皮肉めかして苦笑いしながら、かな
らず十日前後の暇を出してくれた。

 今年も帰ることができることを望む。騎士の予想が当たらなければいいのだが。
 冬に戦争を始める者はいない――簡単な理由だ。寒さは兵の体力を削り続ける。雪道
の行軍は難しい。そして冬に収穫はなく、必要な量の半分の食料さえ確保できない。だ
から、冬は戦に向かない。

 厩は獣のにおいで満ちていた。
 人間よりも背の高い軍馬がずらりと並ぶ様は見るだに壮観で、カッツェは明日を思う
だけの理由でなく心臓をどきどきさせた。騎士の馬――シンシアというらしいあの葦毛
だけは、他の馬とは離して繋がせてある。雌馬は慎重に扱えと、厩番に念を押した甲斐
があったようだ――そうでなかった、などということがあっては困るが。

 葦毛はカッツェの姿を見ると、鼻を鳴らして蹄で地面を叩いた。
 カッツェはその首筋を撫でてやろうとしたが、葦毛が首を回したので、噛みつかれそ
うになって慌てて手を引っ込める。

「……明日から一緒に旅をするんだからな」

 呟く。葦毛は含み笑いでもするような感じで小さな嘶きを上げた。
 なんて可愛げのない。女は女でも、人間の貴婦人とは大違いだ。とはいえカッツェの
想像する貴婦人というのは所謂文学における騎士道物語の貴婦人そのものであり、必ず
しも現実の女性を見ているとは言い難い。が、少なくとも葦毛の態度は「雌馬も丁重に
扱うべきか」という些細な疑問を払拭するには十分だった。もちろん、借りる以上は乱
暴にするつもりはないが。

 カッツェは馬に向けて舌を出してから、厩番を呼びつけて、馬の足元の地面の汚物を
掃き水気を払うよう命じた。厩番は仕事が増えたことに嫌な顔をしたが、銀貨を投げ渡
してやると、一瞬前までとはまったく正反対の晴れやかな笑顔で「お任せください」と
請け負い、早速仕事に取り掛かりはじめた。

「蹄鉄はどうしますか」

 意欲に溢れた厩番の問いに、馬の世話は刷毛かけくらいしかしたことのないカッツェ
はどう答えていいものかわからず鷹揚なふりをして頷いた。

「明朝から長距離を走らせる。
 最も都合のいいようにしてくれ」

「承知しました」

 カッツェはその返事を聞くと、これ以上何か言われる前にと、落ち着いたような態度
は崩さないまま厩を後にすることにした。もう日は暮れ、兵舎の窓には光が灯り始めて
いた。吹き抜けた風が先程よりも冷たいように感じられる。夕餉のにおいが漂っている。

 兵卒の食事は、昨日一昨日とおなじ、あまり味の濃くない肉汁と麺包だろう。それで
もいくらかの香辛料が使われているのだから文句は言えないが、正直、物足りない。貴
族階級には果物が配られることもあるらしく、昨日、騎士は林檎をもらっていた。

 彼はその赤い果実を大切そうに部屋に持って帰って短刀で綺麗に切り分け、自分は一
切れだけとって残りはすべてカッツェにくれた。なんでも、果物は好きなのに、小食な
せいであまり食べられないらしい。
 民謡だか何だかにそういう女の子の話があったような気がする。

 ――騎士は起きているだろうか。
 いや、無理にでも起こさないと夕食を食べ損ねてしまう。
 二十歳まであと数年、今は食べ盛りなのだ。空腹で眠れなくなるのは嫌だ。

 カッツェはため息をついて主塔を仰ぎ見た。
 あの部屋の窓に明りはない。間違いなくまだ寝ている。

 いつの間にか月が出ている。
 その月が、


 一瞬、翳った気がした。


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2007/02/12 16:52 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ

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