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2024/11/01 12:44 |
ファランクス・ナイト・ショウ  17/クオド(小林)
登場:クオド, ヒルデ
場所:ガルドゼンド国内
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 朝方、客人があった。三日も前に先触れがあったが、忙しさで忘れていた。
 幸い主人と異なり記憶力と準備のよい使用人たちが出迎え、近状や昔話でヴィオ
ラがそこそこに身形を整える時間を稼いでくれた。ヴィオラが人々の集る広間へ入
ると、客人は火の入った暖炉の傍の椅子に腰掛け、兄と談笑していた。こういう時
ばかりは兄の要領のよさに感謝せざるを得ない。
 ヴィオラは主人として最低限の挨拶をした後、当たり障りなく微笑んで言った。

「お久し振りです、叔父上」

 恰幅のよい、好々爺たる外見の客人は、親しげに笑い返した。

「おお、久しぶりだ。
 相変わらず景気の悪い顔をしてるな、地獄で母親が呼んでるんじゃないか?」

「今日はご令嬢は一緒ではないのですか?
 彼女の元気と、体重の一部でも分けていただきたいものですが」

 無言で笑い合う。同点、と胸の内で呟くが、不毛だということも承知していた。
 愉快そうな兄を横目で睨み、客人に用件を問う。とはいえそんなものは決まり
きっていて、今度の戦に対する一族の態度をそろそろ定めねばならないということ
だった。

「大儀を表明せぬまま兵を整えては、周辺の貴族たちに不信感を持たれるぞ」

「ああ、そうでしたね。それに関しては――二、三日中にでも。
 こちらで少しばかり問題が起こっておりまして」

 問題? と客人は訊いた。ヴィオラは、せっかく造反組から誘いの手紙が来たの
に、その密使が領内でならず者に襲われて死んでしまった、と笑った。客人よりも、
むしろ兄が驚いた顔をした。

「どうするんだ」

 客人は目を細め、血族特有の、冴えない灰色の髪を掻いた。

「どちらでも」

 ヴィオラは投げ槍に答えた。個人的には嫌いだが、警戒しすぎても仕方がない相
手だ。血にしがみついている人種なので、家の存続の為には何でもやる。家長でな
いのが残念だ、と思ったが、言えば嫌味にしかならないので別のことを言う。

「……正直、関わりたくないですがね」

「無理だろう。ティグラハットが国内に侵入してきた以上、ここは守りの要になる。

 門を閉ざせば両軍から攻められるぞ。どちらかを選ばなければならない」

「宣戦布告として星落としを見せ付けたティグラハットか、それとも狂王陛下の殲
滅部隊か?」ヴィオラは鼻で笑った。「どちらに門を開いても食い荒らされます。
両軍ともこんな土地、占領地の一つとしか見ないでしょうから」

「だが、血は残る」

 客人の言葉にヴィオラは首を傾げた。一瞬の後で意味を理解し、ああ、と笑う。
民を見捨てても血を絶やすなと、つまりはそういうことだ。それも一つの価値観で
はあろうが。

 おい、と兄が声を上げた。普段は空気を読まない癖に、調和を取るのは非常に得
意だ。ヴィオラも場を荒立てるつもりはなかった。そしてその面で叔父と対立する
ことはないだろうとも思っていた。彼は彼の兵を、家のために使うだろう。その未
来を想像してみたが、特にこの場で諍いを起こさなければいけない理由は見当たら
ない。

「勿論、滅ぼすつもりはありません」

「――それで、死んだ密使とやらは、どうしたんだ?」

「遺体を整えて聖堂に。殺害した一団は昨日、壊滅させ、生き残りの尋問も終えま
した。彼らは、やったのは自分達ではないと言っていますが」

「ほう」

「黒い軍馬の、双剣の女がやったと」

 客人は沈黙して、嘆息した。

「……俺は、お前のその性癖がなければ、もう少し友好的に接してやってもいいと
思ってるぞ。その造反組とやらにつくつもりはないということだな?」

「首魁はともかく他の面子が悪い。仮に王を見限るにしろ、あんな烏合の衆に参加
するくらいなら単独でティグラハットに降った方がまだいいくらいです。事故のふ
りをして時間を稼げるならよし、そうでなくとも、彼らが本当にここへ攻め入るに
は、彼らの予想以上に深く侵攻したティグラハットが邪魔です」

 しかしこの地が戦場になるならば、血が流れる前に開城してしまった方がいいと
いう気はしていた。辺境の、権限を剥奪され繁栄から切り離された小貴族が、まと
もな戦などできるはずがない。卑怯者の謗りは受けようが。

「血族会議は」

「無視してませんよ、招集をかけるたびに席次で半月もめるのはどこの馬鹿共です
か」

 ここで話していても仕方がないことなので、と話題を変える。
 新しく騎士を叙任しましたと告げると、客人は、知らせは受けていると頷いた。
一族には失踪者が多いので、出自をでっち上げるには困らなかった。呼ばれて顔を
出したクオドは相変わらず困ったような顔で偽りの紹介を聞き、少し沈黙してから
「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 客人はどういうわけかクオドを気に入ったようで、椅子から立ち上がって彼の肩
を抱き、本人が知るはずもない架空の人物の昔話をしながら、背を押して広間を出
て行ってしまった。ヴィオラは古い記憶を辿り、叔父に男色の気はないことを思い
出したので、放っておくことにした。
 歩き回られたところで、見られて困るものは何もない――いや、祖母の遺品をだ
いぶ売り払ったか。気づかれなければいいが。



         + ○ + ○ + ● + ○ + ○ +



 客人は昔話をしたがったが、クオドが会話を合せられなくてもあまり気にしな
かった。古い話だから覚えていなくても仕方がないだろうと、朗らかに笑う様はク
オドの警戒を解かせた。書類上は自分の母親だという女は、この客人の従妹なのだ
そうだ。随分と歳が離れており、娘の年頃に旅の冒険者と駆落同然にいなくなった
というから、二十年以上、客人とは会っていない。

 幼いながらも信仰に厚い娘だった、と客人は言った。クオドは「そうですか」と
頷いた。
 客人は、砦の外の森にある聖堂の話をした。「あの娘は毎日あそこへ通っていた。
代が替わってあの聖堂へ行く者はもういないが、あそこは一族を知る上で重要な場
所だ」と、何も知らない新参者の私生児にものを教える口ぶりで言ったが、クオド
はわずかに違和感を覚えた。

 クオドは曖昧に頷いてその場を持たせた。あの聖堂にあるのは忌わしい記憶だけ
だ。
 客人はふと思い出したという様子で、蒼い石の嵌った聖印を取り出した。「あの
子が昔、持っていたものだ。息子が来ると聞いたから持ってきた」クオドは殆ど無
理やり渡されたそれを受け取って、反応に困りながらも辛うじて「ありがとうござ
います」とだけ答えた。

 客人は昼前に辞した。玄関で見送る時、耳の奥で女の声を聞いた。くすくすと、
楽しそうな笑い声を。
“あの森の道は、閉ざされて何百年になるのかしら”

 見下ろした手の中で、聖印の蒼い石が艶やかに光を跳ね返した。



「ヒルデさん」

 と、扉を叩く。現れた戦乙女は、若干、不機嫌そうに見えた。客人がくるから部
屋から出るなと言い含められた彼女は結局、午前を部屋で過ごした。食事は用意さ
れたはずだが、押し込められた一室で、独りで食べる食事はあまり美味しくないだ
ろう。

 客が帰ったことを伝えると、ヒルデは「そうか」と素っ気なく応じた。
 クオドは、親戚の方ですと大雑把すぎる説明をして、それから「今後の件で」と
言い足した。

「親族同士で対応に揉めていて。こちらの都合で軟禁みたいにしちゃってすみませ
ん。
 お詫びに――ええと、今日はご飯がちょっと豪華ですよ。お客さんがおみやげに
くれた鹿を調理します」

 ヒルデは眉間に皺を寄せた。

「クオド……本当に騎士なのか?」

「はい?」

「いや、なんでもない。気にするな」

 ヒルデは適当な動作で手を振った。何かを誤魔化された気がする。

「……昼食の席、子爵殿もいるのか?」

 ええ勿論と、クオドは頷いた。ヒルデは彼と仲があまりよくないようなので、答
えてからしまったと思ったが、「わかった、出よう」という言葉を聞いてひとまず
安心した。

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2010/01/30 01:21 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ

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