キャスト:アルト オルレアン
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区
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――迫り来る不定の異形。
アルトは、その前に一人で立つ。
さて、困った。後は任せたと言われたが、打てる手はもう残っていない。
短剣はなくしてしまった。もう武器はない。いや、あったとしても通用しないか。
足元がふらつく。ひどく頭が痛い。先ほど自分で刃を立てた腕の傷が、ずぐずぐと疼
いている。熱が這い上がる。眩暈がする。何かないかと必死で考えようとする思考が
乱れて解れていく。わかっている、手があろうとなかろうと、これが最後だ。
生きるか、死ぬか? 死に方の選択に過ぎないのかも知れない。
だがオルレアンに頷いてしまったのだから足掻くしかない。必死に考える。奇策か、
奇跡か、とにかくそういうものを。闇精霊が騒いでいる。おなじことばかり繰り返し
て。うるさい、黙れ。ちりちりと首筋が痺れる。闇精霊が騒いでいる。人に憑かねば
生きられない――ああ、それは私のことか。ユーリィ。
溶けて頽れた瓦礫の廃墟。すべての絵の具をぶちまけた色の空には黒い月が出てい
る。人造精霊、と呼ばれる化物が、迫ってくる。速いようにも遅いようにも見えた。
猶予はあるのか、ないのか。どちらにしろ数秒の差だろう。
「―― “Siehst, Vater, du den Erlko"nig nicht ?
den Erlenko"nig mit Kron und Schweif;” 」
誰か答えてくれと思いながら口の中で呪文を呟くが、ここには狂っていない自然の
精霊はない。何も答えない。頭が痛い。剣を掲げるように、魔術を放つように、傷つ
いた腕だけ上げる。血と黒い粘液に塗れている。がたがたと震えているのが見える。
決して浅くない裂傷は、灼けたように痛む。いや、熱いのは全身か。
黒が迫る。オイデ、と影精霊が騒ぐ。
その声が聞こえた途端、雲間から注ぐ日が闇を払うように、悩みが晴れた。簡単な
ことだ。後は知らない。どうなるかもわからない。だが、このまま詰むよりはきっと
いい。
黒が迫る。黒が迫る。影精霊が騒ぐ。
アルトは叫んだ。呪文でも、何でもなく。
「 Gehen Sie fort !!! 」
(出て行け !!!)
ぞくん。背骨を抜かれるような悪寒。膝が崩れる。倒れこむのを、手をついて防ぐ。
目の前が暗転する。今まで自分だったものがごっそりと抜け落ちる。吐き気がする。
解き放たれた影が、それ自体の存在と相反する喜びでもって人造精霊へ殺到する。
“同胞ヨ”、と影が囁く。“サア、共ニ”。
そこから前は聞こえなかった。光とも錯覚する暗さが視界を埋め尽くす。
それでも、勢いがついた黒は迫ってきた。
影を纏わせて、互いに喰い合い、或いは喰われ合い、崩壊しようとしていたが、そ
れは緩やかなものだった。逃げるにも足が動かない。
潰される。
死ぬ?
恐い。嫌だ。
恐い恐い恐い恐い恐い――助けてくれ!!
もう、あなたのためなんて言い訳しないから。
弱さを切り捨てて澄ましたふりなんてしないから!
衝撃。
そして意識が途切れた。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
影が占めていた空洞から、ひどい虚脱感が湧き上がる。
壊れた壁から、すべて零れ落ちてしまいそうな錯覚。
夢うつつで混乱した感情を収める方法がわからない。
恐いのか、悲しいのか。これで帰れる?
帰ったら連れはまだいるだろうか。
黒い月が浮いている。
人間の声が、聞こえる。内容はわからない。
すぐ近くに黒い影が立っている。のを、朦朧と感じ取る。
そうだ。こいつのことをすっかり忘れていた。
変態紳士。名前は忘れた。
エディウスは最悪の国だ。
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場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区
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――迫り来る不定の異形。
アルトは、その前に一人で立つ。
さて、困った。後は任せたと言われたが、打てる手はもう残っていない。
短剣はなくしてしまった。もう武器はない。いや、あったとしても通用しないか。
足元がふらつく。ひどく頭が痛い。先ほど自分で刃を立てた腕の傷が、ずぐずぐと疼
いている。熱が這い上がる。眩暈がする。何かないかと必死で考えようとする思考が
乱れて解れていく。わかっている、手があろうとなかろうと、これが最後だ。
生きるか、死ぬか? 死に方の選択に過ぎないのかも知れない。
だがオルレアンに頷いてしまったのだから足掻くしかない。必死に考える。奇策か、
奇跡か、とにかくそういうものを。闇精霊が騒いでいる。おなじことばかり繰り返し
て。うるさい、黙れ。ちりちりと首筋が痺れる。闇精霊が騒いでいる。人に憑かねば
生きられない――ああ、それは私のことか。ユーリィ。
溶けて頽れた瓦礫の廃墟。すべての絵の具をぶちまけた色の空には黒い月が出てい
る。人造精霊、と呼ばれる化物が、迫ってくる。速いようにも遅いようにも見えた。
猶予はあるのか、ないのか。どちらにしろ数秒の差だろう。
「―― “Siehst, Vater, du den Erlko"nig nicht ?
den Erlenko"nig mit Kron und Schweif;” 」
誰か答えてくれと思いながら口の中で呪文を呟くが、ここには狂っていない自然の
精霊はない。何も答えない。頭が痛い。剣を掲げるように、魔術を放つように、傷つ
いた腕だけ上げる。血と黒い粘液に塗れている。がたがたと震えているのが見える。
決して浅くない裂傷は、灼けたように痛む。いや、熱いのは全身か。
黒が迫る。オイデ、と影精霊が騒ぐ。
その声が聞こえた途端、雲間から注ぐ日が闇を払うように、悩みが晴れた。簡単な
ことだ。後は知らない。どうなるかもわからない。だが、このまま詰むよりはきっと
いい。
黒が迫る。黒が迫る。影精霊が騒ぐ。
アルトは叫んだ。呪文でも、何でもなく。
「 Gehen Sie fort !!! 」
(出て行け !!!)
ぞくん。背骨を抜かれるような悪寒。膝が崩れる。倒れこむのを、手をついて防ぐ。
目の前が暗転する。今まで自分だったものがごっそりと抜け落ちる。吐き気がする。
解き放たれた影が、それ自体の存在と相反する喜びでもって人造精霊へ殺到する。
“同胞ヨ”、と影が囁く。“サア、共ニ”。
そこから前は聞こえなかった。光とも錯覚する暗さが視界を埋め尽くす。
それでも、勢いがついた黒は迫ってきた。
影を纏わせて、互いに喰い合い、或いは喰われ合い、崩壊しようとしていたが、そ
れは緩やかなものだった。逃げるにも足が動かない。
潰される。
死ぬ?
恐い。嫌だ。
恐い恐い恐い恐い恐い――助けてくれ!!
もう、あなたのためなんて言い訳しないから。
弱さを切り捨てて澄ましたふりなんてしないから!
衝撃。
そして意識が途切れた。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
影が占めていた空洞から、ひどい虚脱感が湧き上がる。
壊れた壁から、すべて零れ落ちてしまいそうな錯覚。
夢うつつで混乱した感情を収める方法がわからない。
恐いのか、悲しいのか。これで帰れる?
帰ったら連れはまだいるだろうか。
黒い月が浮いている。
人間の声が、聞こえる。内容はわからない。
すぐ近くに黒い影が立っている。のを、朦朧と感じ取る。
そうだ。こいつのことをすっかり忘れていた。
変態紳士。名前は忘れた。
エディウスは最悪の国だ。
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