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2025/03/10 12:00 |
ナナフシ _17.Licht ins Dunkel/アルト(小林悠輝)
キャスト:アルト オルレアン
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区
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 ――迫り来る不定の異形。
 アルトは、その前に一人で立つ。


 さて、困った。後は任せたと言われたが、打てる手はもう残っていない。
 短剣はなくしてしまった。もう武器はない。いや、あったとしても通用しないか。
足元がふらつく。ひどく頭が痛い。先ほど自分で刃を立てた腕の傷が、ずぐずぐと疼
いている。熱が這い上がる。眩暈がする。何かないかと必死で考えようとする思考が
乱れて解れていく。わかっている、手があろうとなかろうと、これが最後だ。

 生きるか、死ぬか? 死に方の選択に過ぎないのかも知れない。
 だがオルレアンに頷いてしまったのだから足掻くしかない。必死に考える。奇策か、
奇跡か、とにかくそういうものを。闇精霊が騒いでいる。おなじことばかり繰り返し
て。うるさい、黙れ。ちりちりと首筋が痺れる。闇精霊が騒いでいる。人に憑かねば
生きられない――ああ、それは私のことか。ユーリィ。

 溶けて頽れた瓦礫の廃墟。すべての絵の具をぶちまけた色の空には黒い月が出てい
る。人造精霊、と呼ばれる化物が、迫ってくる。速いようにも遅いようにも見えた。
猶予はあるのか、ないのか。どちらにしろ数秒の差だろう。

「―― “Siehst, Vater, du den Erlko"nig nicht ?
 den Erlenko"nig mit Kron und Schweif;” 」

 誰か答えてくれと思いながら口の中で呪文を呟くが、ここには狂っていない自然の
精霊はない。何も答えない。頭が痛い。剣を掲げるように、魔術を放つように、傷つ
いた腕だけ上げる。血と黒い粘液に塗れている。がたがたと震えているのが見える。
決して浅くない裂傷は、灼けたように痛む。いや、熱いのは全身か。

 黒が迫る。オイデ、と影精霊が騒ぐ。
 その声が聞こえた途端、雲間から注ぐ日が闇を払うように、悩みが晴れた。簡単な
ことだ。後は知らない。どうなるかもわからない。だが、このまま詰むよりはきっと
いい。

 黒が迫る。黒が迫る。影精霊が騒ぐ。
 アルトは叫んだ。呪文でも、何でもなく。

「 Gehen Sie fort !!! 」
  (出て行け !!!)

 ぞくん。背骨を抜かれるような悪寒。膝が崩れる。倒れこむのを、手をついて防ぐ。
目の前が暗転する。今まで自分だったものがごっそりと抜け落ちる。吐き気がする。
解き放たれた影が、それ自体の存在と相反する喜びでもって人造精霊へ殺到する。

“同胞ヨ”、と影が囁く。“サア、共ニ”。
 そこから前は聞こえなかった。光とも錯覚する暗さが視界を埋め尽くす。

 それでも、勢いがついた黒は迫ってきた。
 影を纏わせて、互いに喰い合い、或いは喰われ合い、崩壊しようとしていたが、そ
れは緩やかなものだった。逃げるにも足が動かない。

 潰される。
 死ぬ?

 恐い。嫌だ。
 恐い恐い恐い恐い恐い――助けてくれ!!

 もう、あなたのためなんて言い訳しないから。
 弱さを切り捨てて澄ましたふりなんてしないから!


 衝撃。
 そして意識が途切れた。




      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆


 影が占めていた空洞から、ひどい虚脱感が湧き上がる。
 壊れた壁から、すべて零れ落ちてしまいそうな錯覚。
 夢うつつで混乱した感情を収める方法がわからない。

 恐いのか、悲しいのか。これで帰れる?
 帰ったら連れはまだいるだろうか。


 黒い月が浮いている。
 人間の声が、聞こえる。内容はわからない。

 すぐ近くに黒い影が立っている。のを、朦朧と感じ取る。
 そうだ。こいつのことをすっかり忘れていた。

 変態紳士。名前は忘れた。
 エディウスは最悪の国だ。


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2008/10/23 18:54 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ

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