第十四話 『天下御免の豚野郎』
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ウォーネル=スマン・従者・使用人のみなさま
場所:ムーラン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ムーランの一角に、とある富豪が屋敷をかまえていた。
名前をウォーネル=スマンという。
彼は世間一般に言う「成金」であった。
それも、自らの才覚によって大金を得たのではない。
苦労して財産を築いた祖父が死に、既に他界していた両親に代わり、その遺産をそっ
くりそのまま頂いただけなのである。
若くして働かなくても良い生活が手に入ると、人間というのはロクなものにならない
らしい。
ウォーネルの場合、その莫大な財産は飲み食いにあてられた。
『美食』などという素晴らしいものではない。
野菜なんかは一切食わず、大好物である脂っこいものばかりをひたすら食うのだ。
生来運動嫌いだった彼は、食べているものが食べているものだけに、たちまちぶくぶ
くと太った。
二重アゴどころか三重アゴになり、小さな目は厚ぼったい頬の肉とまぶたの中に埋没
して瞳の色が判別不可能になり、その代わりなのか、おちょぼ口は押し出されるよう
に
突き出して。
体型に至ってはもはや「ずんぐり」どころではない。
三段腹が醜く突き出ており、彼が笑ったりくしゃみをしたりする度にぶよよよ、と気
持ち悪く揺れた。
どうにか着こんだ衣服のボタンは、今にもはじけそうであった。
「何か、おもしろいことはないのか?」
今日も今日とて、ウォーネルは起きがけから飲み食いを始めながら、少し退屈そうに
従者の男に尋ねた。
今朝のメニューは、
・二度揚げした骨付きの鶏肉
・鶏肉の香草焼き
・ピザ
・サーロインステーキ
……胸のむかつくような脂っこいものばかりだ。
ちなみに飲み物はぶどう酒である。
「おもしろいこと、ですか」
「そうだ。こんなに退屈では食が進まないではないか」
べちゃべちゃと揚げ物の油で濡れた小さなおちょぼ口をとがらせ、退屈だ、と訴え
る。
すぐそばに控えていた使用人の女が、油で濡れた彼の唇を丹念に拭き取る。
「食が進まない方が健康に良いと思います」と言いたくなるのを、従者はぐっとこら
えた。
「ああ、そういえば。つい最近、変な連中がやってきたそうです」
「ほぉ」
ウォーネルは、口にぶどう酒を流しこみ、ぐちゅぐちゅぐちゅっ、と口をゆすいでか
ら、ごくっ、と飲みこんだ。
食事のマナーも礼儀作法も、まるっきりなっていない。
そもそも知らないのだと考えた方が自然かもしれない。
そんな食事風景である。
控えていた使用人達は、こっそりと顔をしかめた。
従者の方も胸がむかついたが、どうにか表情を変えずに耐えた。
「なんでも、街で一番豪華なホテルで贅沢三昧だとか。女が二人と、鷹を連れた大柄
な男の三人組らしいんですが」
「むむむ?」
ウォーネルは、女が二人、の部分に強く関心を示した。
「どんな女だ?」
イコール、美人か?という問いかけである。
「一人はまだ子供で、もう一人は二十代そこらみたいです。両方とも赤い髪だそうで
すから、どうも姉妹だろう、と」
「ほぉぉ……」
ウォーネルは、ごつごつした大きな指輪がいくつもはまっている芋虫のような太い指
で、ぶよぶよのアゴをなでた。
彼が思い浮かべているのは、二十代そこらの、赤い髪の女の方だ。
(一体それは、どんな女だろうか)
贅沢三昧している、というから、慎み深くたおやかな女性とは想像しにくい。
とすると、気の強い派手好みな女なのだろうか。
とにかく美人に違いない!と彼は結論付けた。
「会ってみたい。会ってみたいぞ、その女とやら」
脂肪がたっぷりついたひざをペチ、と叩き、ウォーネルはいやらしい笑みを浮かべ
る。
「姉の方を、ここに連れて来い! ブヒ、ブヒヒヒヒャヒャ」
豚みたいな笑い声に、従者は「かしこまりました」と頭を下げながら、思いきり顔を
しかめたのだった。
一方、豪遊している三人組。
「どうしよっかな、買い物行こうかな。アクセサリー見てまわりたい」
リンゴを上に放ってはキャッチする、ということを繰り返していたベアトリーチェ
は、不意に呟いた。
まるで、遊びたがっている子猫のようにうずうずしている。
「わざわざ出向かずとも、行商でも呼べばよかろう」
気だるげに答えるのはしふみである。
ゆったりとクッションに体を預けてくつろぎながら、目を閉じている。
「いろんなお店のを見て回るのが楽しいんじゃない」
「それもそうじゃが……あぁ、この辺りに美容関連の店はあるのかぇ?」
「ホテルの人に聞いてみれば、わかると思いますけど……」
傍らに立つルフトは、いつの間にか、羽根扇子で二人をあおぐ係をやらされている。
「香油マッサージと爪磨きと髪の手入れを頼みたいのじゃ。犬や、取り次いでおく
れ」
ゆぅらりと手を振り、なんとも横着な形でルフトに頼む。
嫌な顔一つせずに「わかりました」と取次ぎに行くルフトは、非常に良い奴である。
ゆるゆるとまぶたを上げ、その背中をぼんやりとしふみは見送る。
――それから、その目をベアトリーチェに向けた。
やっぱり、何だかアイツに似ているとしふみは思った。
ほんの少しの間、一緒に行動していたあの男。
名前は……名前は何だったか。
「何よ?」
いつまでもじっと見つめられ、ベアトリーチェは首を傾げている。
「さあ、何だったかの」
視線を逸らし、しふみは再び目を閉じた。
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ウォーネル=スマン・従者・使用人のみなさま
場所:ムーラン
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ムーランの一角に、とある富豪が屋敷をかまえていた。
名前をウォーネル=スマンという。
彼は世間一般に言う「成金」であった。
それも、自らの才覚によって大金を得たのではない。
苦労して財産を築いた祖父が死に、既に他界していた両親に代わり、その遺産をそっ
くりそのまま頂いただけなのである。
若くして働かなくても良い生活が手に入ると、人間というのはロクなものにならない
らしい。
ウォーネルの場合、その莫大な財産は飲み食いにあてられた。
『美食』などという素晴らしいものではない。
野菜なんかは一切食わず、大好物である脂っこいものばかりをひたすら食うのだ。
生来運動嫌いだった彼は、食べているものが食べているものだけに、たちまちぶくぶ
くと太った。
二重アゴどころか三重アゴになり、小さな目は厚ぼったい頬の肉とまぶたの中に埋没
して瞳の色が判別不可能になり、その代わりなのか、おちょぼ口は押し出されるよう
に
突き出して。
体型に至ってはもはや「ずんぐり」どころではない。
三段腹が醜く突き出ており、彼が笑ったりくしゃみをしたりする度にぶよよよ、と気
持ち悪く揺れた。
どうにか着こんだ衣服のボタンは、今にもはじけそうであった。
「何か、おもしろいことはないのか?」
今日も今日とて、ウォーネルは起きがけから飲み食いを始めながら、少し退屈そうに
従者の男に尋ねた。
今朝のメニューは、
・二度揚げした骨付きの鶏肉
・鶏肉の香草焼き
・ピザ
・サーロインステーキ
……胸のむかつくような脂っこいものばかりだ。
ちなみに飲み物はぶどう酒である。
「おもしろいこと、ですか」
「そうだ。こんなに退屈では食が進まないではないか」
べちゃべちゃと揚げ物の油で濡れた小さなおちょぼ口をとがらせ、退屈だ、と訴え
る。
すぐそばに控えていた使用人の女が、油で濡れた彼の唇を丹念に拭き取る。
「食が進まない方が健康に良いと思います」と言いたくなるのを、従者はぐっとこら
えた。
「ああ、そういえば。つい最近、変な連中がやってきたそうです」
「ほぉ」
ウォーネルは、口にぶどう酒を流しこみ、ぐちゅぐちゅぐちゅっ、と口をゆすいでか
ら、ごくっ、と飲みこんだ。
食事のマナーも礼儀作法も、まるっきりなっていない。
そもそも知らないのだと考えた方が自然かもしれない。
そんな食事風景である。
控えていた使用人達は、こっそりと顔をしかめた。
従者の方も胸がむかついたが、どうにか表情を変えずに耐えた。
「なんでも、街で一番豪華なホテルで贅沢三昧だとか。女が二人と、鷹を連れた大柄
な男の三人組らしいんですが」
「むむむ?」
ウォーネルは、女が二人、の部分に強く関心を示した。
「どんな女だ?」
イコール、美人か?という問いかけである。
「一人はまだ子供で、もう一人は二十代そこらみたいです。両方とも赤い髪だそうで
すから、どうも姉妹だろう、と」
「ほぉぉ……」
ウォーネルは、ごつごつした大きな指輪がいくつもはまっている芋虫のような太い指
で、ぶよぶよのアゴをなでた。
彼が思い浮かべているのは、二十代そこらの、赤い髪の女の方だ。
(一体それは、どんな女だろうか)
贅沢三昧している、というから、慎み深くたおやかな女性とは想像しにくい。
とすると、気の強い派手好みな女なのだろうか。
とにかく美人に違いない!と彼は結論付けた。
「会ってみたい。会ってみたいぞ、その女とやら」
脂肪がたっぷりついたひざをペチ、と叩き、ウォーネルはいやらしい笑みを浮かべ
る。
「姉の方を、ここに連れて来い! ブヒ、ブヒヒヒヒャヒャ」
豚みたいな笑い声に、従者は「かしこまりました」と頭を下げながら、思いきり顔を
しかめたのだった。
一方、豪遊している三人組。
「どうしよっかな、買い物行こうかな。アクセサリー見てまわりたい」
リンゴを上に放ってはキャッチする、ということを繰り返していたベアトリーチェ
は、不意に呟いた。
まるで、遊びたがっている子猫のようにうずうずしている。
「わざわざ出向かずとも、行商でも呼べばよかろう」
気だるげに答えるのはしふみである。
ゆったりとクッションに体を預けてくつろぎながら、目を閉じている。
「いろんなお店のを見て回るのが楽しいんじゃない」
「それもそうじゃが……あぁ、この辺りに美容関連の店はあるのかぇ?」
「ホテルの人に聞いてみれば、わかると思いますけど……」
傍らに立つルフトは、いつの間にか、羽根扇子で二人をあおぐ係をやらされている。
「香油マッサージと爪磨きと髪の手入れを頼みたいのじゃ。犬や、取り次いでおく
れ」
ゆぅらりと手を振り、なんとも横着な形でルフトに頼む。
嫌な顔一つせずに「わかりました」と取次ぎに行くルフトは、非常に良い奴である。
ゆるゆるとまぶたを上げ、その背中をぼんやりとしふみは見送る。
――それから、その目をベアトリーチェに向けた。
やっぱり、何だかアイツに似ているとしふみは思った。
ほんの少しの間、一緒に行動していたあの男。
名前は……名前は何だったか。
「何よ?」
いつまでもじっと見つめられ、ベアトリーチェは首を傾げている。
「さあ、何だったかの」
視線を逸らし、しふみは再び目を閉じた。
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