第一話『異食なお客様達』
PC:ベアトリーチェ、ルフト
場所:どこかの街
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――暑い。
ベアとルフトの二人はある街の中央通りを歩いていた。気温そのものはそんなに高くないのだが、風がなく高湿度のじっとりとした空気が辺り一面を覆っていて、実際の温度よりもはるかに暑いように感じさせる。
――まったく、どうしてこんなに蒸し暑いのですかね。
ルフトが生まれ育ったオフィ砂漠ではあり得ない気候。あそこはいつでももっとカラっとしている。住んでいた当時はもっと水気があればいいとよく思ったものだが、その結果がこれではちょっとどころかかなりいただけない。
二人がこの街に訪れたのは、ある賞金首の情報を得たからだ。最近出るという、小さい女の子を狙う連続殺人鬼。被害もそれなりに出ていて、掛けられている賞金もそれなりに多い。それなりに腕もあるらしく、「いままでに挑んだハンター達はみな帰らぬ人になってしまったので、くれぐれも気を付けてくださいね」と情報を二人に渡した担当の人は言っていた。
必要な情報や賞金額の確認などを終えると、既に太陽は天頂から傾きゆっくりと下りはじめていた。とりあえず食事を摂ろうと、近くの食堂にはいる。昼食時を外して人が減り始めたので特に待たされる事もなく席に案内された。
「ご注文はお決まりですか?」
「あたしはこのサンドイッチのセットをお願い」
「私はカレーを……できれば、ご飯の代わりにナンをお願いできませんか?」
「はい、サンドイッチのセットとカレーですね。……ええと、申し訳ございません。もう一度おっしゃっていただけますか?」
この道三年を超え、そろそろベテランの域に入ってきたと最近自覚もでてきたウェイトレスだが、この日一日だけでその自信を喪失しそうになっていた。
――なんで今日はこんな良く分からない注文するお客さんが多いんだろう。
「ご飯の代わりにナンを、とお願いしたのですが、やっぱりいいです。普通にご飯でお願いします」
不思議そうな表情をするウェイトレスにこちらの方ではそういうモノを食べる風習はないと気づき、ルフトは慌てて注文を打ち消す。
「はい、確認させていただきます。サンドイッチのセットとカレーですね?少々お待ち下さい……」
「また何かあったの?」
厨房にて、店長の眼を盗んで行われる雑談。とはいっても狭い厨房の事、店長も当然気づいてはいるのだがあまり仕事に支障が出ない分には黙認することにしていた。締めるところはしっかり締めるが、ソレ以外には寛容に。それが、長年この店を生き残らせ続ける秘訣の一つなのだ。
「そうなのよ。今度はカレーのご飯の代わりに『ナン』っていうのを頼まれてね」
「『ナン』?……ご飯の代わり……ああ」
閃いた、というようにポンと手を打つ。
「知ってるんだ?」
「うん、西の……オフィ砂漠の辺りの民族料理だったかな?パンなんだけど平べったくてね。カレーにつけて食べたりするらしいよ」
なるほどねー、と言う間にサンドイッチとカレーの用意ができ、それを客の下へと運ぶ。言われて見れば、全身を覆っている怪しい格好にもそういう砂漠の民族っぽい雰囲気を感じる事ができる。
再び厨房に戻る途中、どうやって食べるのかが気になって振り返ってみると、顔を覆う布の下からスプーンを口に運ぶ姿と、「もういっそソレとっちゃいなさいよ」とツレの女の子が言うのが聞こえた。そして、新しく入って来たお客に「いらっしゃいませー」と営業スマイルを振りまいているうちに、彼女はそんな些細な事は忘れてしまった。
◆◇★☆†◇◆☆★
暗い部屋の中で、はぁはぁという荒い息遣いだけがよく響く。淀んだ空気は生臭さと微かな鉄の臭いで満たされていた。その部屋の主である男は街で手に入れた芸術品を大切に机の上に横たえると、彼はそれを更なる芸術へと昇華させるべく包丁を手にとった。本当はもっといい道具を用意したかったのだが、貧乏な彼には精々日用品である包丁が精一杯だ。余計な傷をつけないように、細心の注意と共に刃を引く。生暖かい液体が刃を濡らす感触に、男は軽く舌打ちをした。もう全部出し切ったと思ったのに。最初の2、3個くらいは上手に分ける事もできなかったが、回数を重ねたお陰でそれも大分上達した。無理をしないで継ぎ目を狙い、てこの原理で引き剥がし、体重で押し切ればいい。いままでダメにしてしまった芸術品のためにも、今度こそ上手にやらなくては。
続いて、中心に一本、包丁で線を引く。中に手を入れると、柔らかい感触が彼の手をつつんだ。しばらく楽しんでから、ゆっくりと線を左右に広げて行く。ここに至って男は初めて手元のカンテラに明りを灯した。揺れる光源に照らし出された桃色の領域を息を潜めてじっと見つめる。しばらくすると、赤黒い何かがじわじわとにじみでてきた。――なんていうことだ、間違えて傷をつけてしまったのか。
男はそれっきり机の上の壊れてしまった芸術品には興味をなくし、また新しいモノを手にいれるべく夜の街へとくりだした。
PC:ベアトリーチェ、ルフト
場所:どこかの街
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――暑い。
ベアとルフトの二人はある街の中央通りを歩いていた。気温そのものはそんなに高くないのだが、風がなく高湿度のじっとりとした空気が辺り一面を覆っていて、実際の温度よりもはるかに暑いように感じさせる。
――まったく、どうしてこんなに蒸し暑いのですかね。
ルフトが生まれ育ったオフィ砂漠ではあり得ない気候。あそこはいつでももっとカラっとしている。住んでいた当時はもっと水気があればいいとよく思ったものだが、その結果がこれではちょっとどころかかなりいただけない。
二人がこの街に訪れたのは、ある賞金首の情報を得たからだ。最近出るという、小さい女の子を狙う連続殺人鬼。被害もそれなりに出ていて、掛けられている賞金もそれなりに多い。それなりに腕もあるらしく、「いままでに挑んだハンター達はみな帰らぬ人になってしまったので、くれぐれも気を付けてくださいね」と情報を二人に渡した担当の人は言っていた。
必要な情報や賞金額の確認などを終えると、既に太陽は天頂から傾きゆっくりと下りはじめていた。とりあえず食事を摂ろうと、近くの食堂にはいる。昼食時を外して人が減り始めたので特に待たされる事もなく席に案内された。
「ご注文はお決まりですか?」
「あたしはこのサンドイッチのセットをお願い」
「私はカレーを……できれば、ご飯の代わりにナンをお願いできませんか?」
「はい、サンドイッチのセットとカレーですね。……ええと、申し訳ございません。もう一度おっしゃっていただけますか?」
この道三年を超え、そろそろベテランの域に入ってきたと最近自覚もでてきたウェイトレスだが、この日一日だけでその自信を喪失しそうになっていた。
――なんで今日はこんな良く分からない注文するお客さんが多いんだろう。
「ご飯の代わりにナンを、とお願いしたのですが、やっぱりいいです。普通にご飯でお願いします」
不思議そうな表情をするウェイトレスにこちらの方ではそういうモノを食べる風習はないと気づき、ルフトは慌てて注文を打ち消す。
「はい、確認させていただきます。サンドイッチのセットとカレーですね?少々お待ち下さい……」
「また何かあったの?」
厨房にて、店長の眼を盗んで行われる雑談。とはいっても狭い厨房の事、店長も当然気づいてはいるのだがあまり仕事に支障が出ない分には黙認することにしていた。締めるところはしっかり締めるが、ソレ以外には寛容に。それが、長年この店を生き残らせ続ける秘訣の一つなのだ。
「そうなのよ。今度はカレーのご飯の代わりに『ナン』っていうのを頼まれてね」
「『ナン』?……ご飯の代わり……ああ」
閃いた、というようにポンと手を打つ。
「知ってるんだ?」
「うん、西の……オフィ砂漠の辺りの民族料理だったかな?パンなんだけど平べったくてね。カレーにつけて食べたりするらしいよ」
なるほどねー、と言う間にサンドイッチとカレーの用意ができ、それを客の下へと運ぶ。言われて見れば、全身を覆っている怪しい格好にもそういう砂漠の民族っぽい雰囲気を感じる事ができる。
再び厨房に戻る途中、どうやって食べるのかが気になって振り返ってみると、顔を覆う布の下からスプーンを口に運ぶ姿と、「もういっそソレとっちゃいなさいよ」とツレの女の子が言うのが聞こえた。そして、新しく入って来たお客に「いらっしゃいませー」と営業スマイルを振りまいているうちに、彼女はそんな些細な事は忘れてしまった。
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暗い部屋の中で、はぁはぁという荒い息遣いだけがよく響く。淀んだ空気は生臭さと微かな鉄の臭いで満たされていた。その部屋の主である男は街で手に入れた芸術品を大切に机の上に横たえると、彼はそれを更なる芸術へと昇華させるべく包丁を手にとった。本当はもっといい道具を用意したかったのだが、貧乏な彼には精々日用品である包丁が精一杯だ。余計な傷をつけないように、細心の注意と共に刃を引く。生暖かい液体が刃を濡らす感触に、男は軽く舌打ちをした。もう全部出し切ったと思ったのに。最初の2、3個くらいは上手に分ける事もできなかったが、回数を重ねたお陰でそれも大分上達した。無理をしないで継ぎ目を狙い、てこの原理で引き剥がし、体重で押し切ればいい。いままでダメにしてしまった芸術品のためにも、今度こそ上手にやらなくては。
続いて、中心に一本、包丁で線を引く。中に手を入れると、柔らかい感触が彼の手をつつんだ。しばらく楽しんでから、ゆっくりと線を左右に広げて行く。ここに至って男は初めて手元のカンテラに明りを灯した。揺れる光源に照らし出された桃色の領域を息を潜めてじっと見つめる。しばらくすると、赤黒い何かがじわじわとにじみでてきた。――なんていうことだ、間違えて傷をつけてしまったのか。
男はそれっきり机の上の壊れてしまった芸術品には興味をなくし、また新しいモノを手にいれるべく夜の街へとくりだした。
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