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2024/05/16 14:28 |
MT「02.橋上の戦い」/アンシェリー(いずる)
PC.アンシェリー
NPC.買取屋,胡散臭い髭面の男
Place.ルバイバキエーロ通り三番街

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 「嬢ちゃん、あんた知っているかい?もうすぐルバイバで“魔道書市”が開かれるんだ」

 その情報を耳にしたとき、普段から「削るなら食費だ」と言って本の海に埋没しているのに
も関わらず、アンシェリーは単純に心躍るといった気持ちに浸ることが出来なかった。それ
は過去の苦い想い出がフラッシュバックしたからであった。

 去る年の十二月、要塞都市カールスベルグでは年末恒例である古書市が催されていた。
古代より戦火が絶えなかった都市とあって、魔道書は勿論、先述指南書等が多く目立つの
が特徴である。噂を聞きつけやってきていたアンシェリーは持ち前の審美眼を光らせながら
魔道書の品定めをしていたのだが、その最中、突然ぼろを纏った乞食の少女に体当たりを
食らわされ財布を盗まれたのであった。アンシェリーは決死の追走を敢行したが、複雑に入
り組んだ迷路のような要塞都市においては少女に地の利があった。魔力をフルに使用して
やっとのことで財布を取り戻すものの、市へ戻ったころには目星を付けていたものたちは既
に新たな主人の下へと奉公に出ていた。思いあまったアンシェリーは『財布の紐が堅くなる
本』などという理解に苦しむ本を買ってしまい泣くに泣けなくなった。

 そんなことがあったためどうにも素直に喜べないアンシェリーであったが、気付くと船の搭
乗手続きを済ませていたのだから体は嘘を付けないようだ。あまずっぱいとでも言えば可愛
がってもらえるだろうか。期待と焦りが混ざったような感情がアンシェリーの空に雲となって
広がっていた。

 魔道書を求めて旅をするアンシェリーは、各地で仕事をして生計を立てているのだが、そ
の傍ら、もう一つ生業としているものがあった。魔道書の転売である。これがなかなか儲か
るらしく、お金持ちとまでは言えないものの、アンシェリーが路銀に困るといったことは終生
なかったと言われる。しかしその反面、面倒事に巻き込まれやすいらしく、魔術学校の客員
教授に迎え入れられたり、地方宗教の神の使いに祭り上げられたりしたまではまだいいも
のの、邪教の徒として迫害を被ったり、魔女裁判にかけられ危うく極刑を言い渡されそうに
なったことまでもあった。

 そんな小金持ちアンシェリーが航海の旅を終え、ルバイバの街に到着して、魔道書市へ
の逸る思いを抑え、真っ先に行ったのが手持ちの魔道書の売却であった。

 ルバイバキエーロ通り三番街にて催されている魔道書市は、通りに架かる大小三本の橋
によって出店傾向が異なる。先ず、三番街の最も北に架かるのはソプラノ橋。名前に似合
わず三本橋の中で最も太く長い。がっしりとした造りのこの橋を叩いて渡るなど杞憂中の杞
憂である。面積の広いこの橋では、今回の目玉商品や有名魔道書、広範囲に使用されて
いる大系魔法を取り扱ったものや、魔法を使えない人にも楽しめる本が並んでいる。正統
派の魔術師であればこの橋を見て回るだけで用を済ませることが出来るであろう。実際来
客の殆どはこの橋に集中しており大変な賑わいを見せている。次に、ソプラノ橋の南、三番
街のほぼ中央に位置するのがアルト橋である。三本の橋では一番歴史が古く、施された彫
刻も非常に価値が高い。ここには一般にはあまり普及していない珍しい魔道書や、地方的
なものや、古代魔術の書等が並んでいる。ソプラノ橋と比べてしまうと客足は寂しいのだ
が、まあまあといった盛況ぶりである。そしてアルト橋を渡り更に南下し、しばらく歩くと三番
街の最後の橋に辿り着く。テナー橋。退廃的なアーチを描くこの橋上では、魔道書市の裏
の顔を見ることが出来る。元々治安が良くない地域に架かるこの橋に広がるのは、黒魔
法、呪術、屍霊魔法といった外道の類である。店を出す者も訪れる者も他の橋とは明らか
に雰囲気が違い、目が合っただけで殺されてしまいそうな気さえ起こる。

 そしてアンシェリーが今いるのはソプラノ橋の最南端にある、買い取り専門の店である。最
初アンシェリーが店を訪れるとまん丸の顔にちょび髭をのせた店主は迷子の仔猫を見つめ
るようないぶかしげな顔をし、手持ちの本を差し出すと、にっと嫌らしい笑顔を浮かべ良心的
な雰囲気を装いつつも、露骨に足元を見てきた。本の価値も解らない小娘だと思われること
は全く快くなかったが、アンシェリーは冷静を保って交渉に臨み、多少赤字ではあるが購入
金額とほぼ同額で売却することに成功した。

 思いがけず時間も体力も消費してしまったが何とか資金繰りが出来た。ここでへばってい
ては意味がない。アンシェリーは本を売りに来たのではない。買いに来たのだ。本番はここ
からである。

 通常レベルでは潤沢と言っていい程の資金を得たものの、魔道書を買い漁るという夢のよ
うな行為には程遠かった。アンシェリーには限られた資金の中で効用を最大化する為の作
戦立案が要求された。良い物を、安く、速く、手に入れなければならないのだ。手当たり次
第欲しい物を買っていては一つの橋を回りきる前に資金が尽きてしまうし、一つ一つ吟味し
ていると良い物はどんどん買われていってしまう。用意するのは正確な観察眼と素速い決
断力、出来ることなら運も欲しいところだ。前述の三つのうち始めの二つをアンシェリーは持
っていた。しかし、三つ目に関してはあったともなかったとも言い難いものであった。後にア
ンシェリー本人に聞くと、「なかった」と即答されることだけは間違いないのだが。

 買い取り屋を後にしたアンシェリーは思案していた。無情にもここでも性急な決断が迫ら
れていた。楽しいお買い物という訳にはいかない。一国の命運を賭すにも値する、これは聖
戦なのだ。負けることなど決して許されない、玉砕覚悟の全面抗争である。その戦いの指揮
をとるのは弱冠18歳の将、アンシェリー・チェレスタである。彼女は今回のルバイバへの壮
大な遠征に際し、自軍を2:4:3:1に分割することを決断した。自国の防衛に当たる第一部
隊は全軍の二割にしか満たないが、これは決して少ない数ではない。通常の生活を送るに
は十分すぎる程の兵力をアンシェリーは残したのである。そして全軍の四割の兵力を保有
する第二部隊が先陣を切り、三番街ソプラノ橋への攻撃を開始する。文字通りその身を削
り、敵の大将を討ち取るのが使命である。その後、第二部隊の残存兵は全軍の三割の兵
力を持つ第三部隊に合流しアルト橋へと時間差攻撃を仕掛ける。最後に全軍最小の第四
部隊は終始遊撃に徹し各部隊の全滅を防ぐことを任務とした。

 かくしてアンシェリー・チェレスタ提督指揮の下、ルバイバキエーロ通り三番街魔道書市に
於ける戦いが幕を開けたのだが、提督の作戦は開始から三時間後、第二部隊がその兵力
の四分の三を消耗したところで脆くも破綻したのである。思いもよらない敵の、それもとんで
もない大物の、奇襲を受けたのである。

 それまで第二部隊は順調に作戦を遂行し、三つの手柄を立てていた。『聖魔法~Holy Vi
olence~』、『魔法の三分料理レシピ』、『桃色キノコ大全』。いずれも今日まで数々の武勲
あげてきた歴戦の名将であった。当然一筋縄では行かず、各々の討伐に当たった兵で生き
残った者は一人たりともいなかった。そして本作戦の最高責任者アンシェリー・チェレスタ元
帥はポーカーフェイスを貫きながらも心の内では満面の笑みを浮かべることを禁じ得なか
った。何もかもが上手く行っていたのである。アンシェリーは全能の神にでもなったような感
覚に溺れかけていた。そう、その瞬間までは。

 「そこのお嬢さん、ルバイバの魔道書市に来たなら最低、二冊は買って帰らにゃ死ねない
ぜ?」

 振り向き様に一瞬視線が交差した。目に入る髭面に何か感想を持つよりも、既に三冊買っ
ているというつっこみを入れるよりも早く、アンシェリーは敵の総大将のゼロ距離からの砲撃
を被った。それは余りに不意打ちすぎた。最早認識外となった男の持っていた青い装丁の
二冊の本。空の青と、海の青。曖昧な境界線。アンシェリーは眼前に広がる世界へと吸い
込まれていった。四角い二つの窓に映る世界こそが真の世界で、今自分たちのいる世界は
この広大な海と空の上にのった薄っぺらな贋の世界のように思えた。一度は総崩れになり
かけたが、アンシェリーは素早く部隊を再編し、吹き荒れる嵐と荒れる波の中、勇敢にも敵
の総大将に立ち向かった。雌雄が決したとき、アンシェリー軍の犠牲はついに7割に達し
た。

 アンシェリーが代金を差し出すと、ヒゲ面の男は所有権を体で主張するように乱暴に受け
取り足早に去っていった。アンシェリーの腕の中に穏やかに落ち着いた空と海だけが残っ
た。神は世界を手にした。 この二つの本が災いの種でしかなかったことなどは、このとき
神ですらも知るところでなかった。

 日は傾き、空は茜に染まる。紅い魔王が遠く聳えるストンビ山脈へと消えていく。各所で店
じまいの支度が始まるが、人々の往来は止まることを知らないかのようであった。家路へつ
く者、未だ書物を求める者、それぞれの目的を持った跫音が幾重にも重なり合う。そんな無
意識的な雑音の中から一つの音がアンシェリーの頭上に響いた。石畳を叩くような、鋭い跫
音。得体の知れない目的。第二音を奏でない旋律はすぐに無意識へと散っていった。アン
シェリーは五人にも上る将軍の首を重そうに抱えながら、ふらふらと雑踏の中へと消えてい
った。

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2007/07/18 22:09 | Comments(0) | TrackBack() | ○まじかる★たっぷ

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