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2024/05/16 18:49 |
探し求める者たちの軌跡5「つまらない男」/アイリス(とばり)
PC :ギゼー メデッタ サノレ アイリス エスト
NPC:研究者
場所 :ソフィニア市街・レストラン


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 何故ここまでしなきゃならないんだ、と男は神妙な顔つきのまま思った。
 目の前の席には、デザートまで運ばれきったセットメニューがずらりと並ん
でいた。鴨をまるまるローストにして仕上げたそれらは、男でも食べきるには
少々骨が折れそうな量である。しかし今、向かい合って食事をしているのは、
どう見ても女性なのであった。
 象牙色の肌に包まれた輪郭を覆うのは、紫色の細い巻き毛。黒いコートの下
はやはり黒で、無駄のない四肢を強調するようなタイトスカートだ。華奢に見
えるその体のどこへそんなに入るのか、彼女は前菜からメインディッシュま
で、まったく速度を落とさずに手を動かし続けている。
 遠慮も何もない食べっぷりなのは、男の奢りだからに違いない。この店で一
番値の張るものを頼まれて悲鳴を上げかけた時、にっこりと微笑まれて―――
凄まれて?―――何も言えなくなった男は、ふるふると首を振った。
 仕方がないのだ。これもすべては研究のため、そう信じることにしよう。男
は1人で頷く。
 食事の誘いをかけられたということは、少なくともこちらの話に興味がある
ということだ。うまく懐柔さえしてしまえば、こっちのものだろう。

「どうしたの、変な顔して」

 声をかけられ、顔を上げる。フォークを止めて女がこちらを見ていた。じっ
と視線を投げかける濃い灰色の瞳は、奥を覗こうとすればぎくりとするほど深
い。

「いや……どうすればあなたが僕の話に乗ってくださるかと、考えていたので
すよ」

 慣れた愛想笑いを浮かべて、試すように言ってみる。早く本題に入りたいと
いうのが本音であった。女は手早く口元を拭い、弓のようにきつく描かれた眉
をちょっと上げてみせた。

「要するに、あなたに雇われてみないか、っていう話?」

 道端でずいぶんしつこく、回りくどーく説明してくれたけど、とつけくわえ
る。皮肉っぽい笑みにあてられ、男は頬を引きつらせないよう、笑う口元に余
分な力を入れた。
 ―――回りくどい? そりゃあそうさ。人を丸め込むのに、直球勝負に出る
奴はいない。
 男は気を取り直して、女が頼んだものとは違う安物のワインを1口含んだ。

「わかっていただけたのなら、話は早い。あなたも見たでしょう? あの、人
が消える魔方陣を―――」

 街で少女が、消えた。
 事実、少数ではあるが目撃証言の残る、不可思議な出来事だ。
 あの出来事を見て、男はこれだと思った。そして自分の隣で、焼け焦げたよ
うな魔方陣を妙に熱心に見つめる、見知らぬ女を目に留めたとき、きっといけ
る、とも思った。
 徹夜明けで、疲れた頭が見せる夢想だとは、考えもしなかったが。

「なんでもあなたは、Bランクの冒険者だっていう話じゃないですか」

「あら、どうして?」

「ギルドから出てくる所、あの騒ぎの前に見たんですよ。そこで聞いたんです
……あなたのような美人、目立ちますから」

 女の造作は正直、さほど男の好みをくすぐるものではなかったのだが。とに
かく、紫の巻き毛と黒い衣装が目立つのは事実だ。
 しかし予想に反して、女はどこか嫌そうな顔をした。まさか思ったことが顔
に出ていたかと焦ったが、瞬きの間に、目の前の表情は何事もなかったかのよ
うに、さっきまでの取り澄ましたものに戻っていた。

「それはどうも。それで?」

「ですから、どうか僕と一緒に、謎を突き止めてほしいんですよ」

 男はできるかぎり必死の顔をつくって(事実必死だったが)、女の様子を
窺った。かなりの腕利きと聞いている。これでうまくすれば―――。

「確かに私は、外であの光景を見たけど……それとこれとは関係ないんじゃな
い? ―――あなた、魔法学研究者、とかって言ってたわね。気になるなら、
ご自分で捜査なさいな」

「いや、それは……」

 食い繋ぐために研究所に入ったけど、実際に危険な目に逢いたくない。でも
成果が上がらなければ今度こそ追いだされる―――などと、本当のことがまさ
か言えるわけがなかった。
 口ごもる男に、女は容赦をしなかった。
 
「ギルドも通してなければ、筋も通ってない。第一、報酬は?」

「―――この謎を解明して発表すれば、充分なお返しができます!」

「そんな不確かな口約束じゃ、私はおつきあいできないわ。詐欺師のまねごと
は、研究者さんにはちょっと難しかったみたいね。どうも、ごちそうさま」

 あっさりと切り捨てて、立ち上がろうとする。詐欺師とまで言われて(あま
り否定もできない自覚はあったが)怒る間もない動作に、男は慌ててテーブル
越しにその腕を掴んだ。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 少々きつめの女の目許が、さらに吊り上がる。ぎょっとするほど鋭い光がよ
ぎったかに見えたが―――

「てめぇ、なにさらしとんじゃあ!!」

 豪快に食器がぶちまけられた音、そして続く怒声に、思わずそっちの方向を
向いてしまった。
 どうやらウエイトレスが、転んで客を怒らせてしまったらしい。数人が立ち
上がって何やら話をしているのを、うっかり空気に呑まれて見つめてしまって
から、男ははっと我に返った。

 掴んでいたはずの腕がない。振り向けば、紫色の巻き毛をなびかせながら歩
き去っていく、黒いコートの背中が遠くなっていた。










 最近、めっきりとつまらない。
 今の男もそうだ。人が消えた後にのこされた魔方陣、それそのものには確か
に面白そうな予感はある。しかし絡まれてつらつらと話をされているうちに、
その興味もなんだか醒めてしまった。
 首尾よく腹も満たしたことだし、さっさとこの街を出ようか? 赤く塗った
唇をゆるめ、「女」はヒールのかかとを鳴らしもせずに、真っ直ぐ出口へと向
かった。 
 ―――しかしそこでは、まだちょっとした騒ぎの余韻が残っていた。
 黒いマントをつけた長身の男、金と黒に別れた髪をした少女。ウエイトレス
の手を握りしめて何やら力説する栗色の髪の男に、褐色の肌の少年とも呼べそ
うな若者―――
 まとめて見ると目立つその組合わせに、なんとなく足を止めた。たまたまこ
ちらに向けたらしい、褐色の肌の中の鋭く青い目と視線が合ったからでもあっ
た。
 騒ぎからは蚊帳の外にいたが、大体の事情は静まり返ってしまった周囲のお
かげで、わかっていた。彼が上手いこと丸く収めたのだろう。立ち姿を見るか
ぎり腕も立つだろうに、あえてそちらを誇示せず公平に立ち回ったようだ。た
だ面倒だったのか、それとも性格か、どちらかはわからないが。
 そんなことを考えながらじっと見ていると、さすがに不審に思ったのか、彼
は小さく眉根を寄せた。怪訝さの色濃く滲む声で、低く、しかしきっぱりとし
た声で言う。

「誰だ、あんた」
 
 訊ねられたら、答えなくてはならないだろう。今度ははっきりと微笑んだ。
何だか楽しいことが起きそうだ。それは直感であり、予感だった。

「アイリッシュ・ミスト」

 長いからアイリスね、とつけ加えるのも、忘れなかった。

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2007/02/12 17:42 | Comments(0) | TrackBack() | ▲捜し求める者達の軌跡

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