第三話 遺跡へ
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PC:礫 ラルフ・ウェバー
NPC:メイ
場所:ポポル近郊遺跡
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男は握手を求めてきた。礫は求められた行為に応えた。二人は固く握手を交し合った。
新たな連れ合いができた。その事は別に悪くない。むしろ、人と触れ合っていたいと思っているから、嬉しいとさえ思える。しかも、この男は妖精を肩に乗せた自分を見てもおかしいと思わなかったのだ。嬉しくないはずは無い。ただ、これから行く遺跡は危険極まりない遺跡なのだ。その危険な場所にあえて連れて行こうというのか。礫の良心が疼いた。
「危険な場所なんですよ。いいんですか?」
「いいですって。丁度俺も遺跡に入るところだったし。ま、もっとも、合言葉か何かが必要のようでしたけど」
男はそういい終わると肩を竦めてみせた。どやら遺跡に張られた結界のことを知らなかったようである。それもそうか。自分も朧月のマスターに聞いてようやく知ったところなのだから。礫は一つ静かに溜息を吐く。
それにしても、この男は危険を危険と思わないのか。むしろ危険を楽しんでいる節もあるように思える。遺跡の前で写生をしていたことといい、変わった人物だな、と言うのが第一印象だった。
「解りました。――僕の名前は礫です。こちらは妖精のメイちゃん」
相手に名前を名乗らせるには、自分から名前を明かすのが礼儀だ。そのぐらいの儀礼ぐらい礫は心得ていた。
「メイリーフでーす」
メイも紹介を受けて礫の襟元から出て挨拶をする。ちょこんとお辞儀をする様は、かわいらしい。流石にこの流れでは名乗らなくてはならないことを察してか、男も自身の名前を口にした。
「俺はラルフ。ラルフ・ウェバーっていうんだ。よろしく」
ラルフ、いい名前ですね。と礫が言い、今度はこちらから握手を求める。ラルフのほうも求めに応じ、二人は固く手を握り合った。
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この遺跡の内部に何が眠るのか。行きて帰りし者がいないので誰も知る由もないが、噂だけは実しやかに流布していた。この遺跡の最奥部には死んだものを蘇らせる伝説の宝が眠っていると。確かめた者はいない。だからそれが事実であると言う確証も無い。ただ、男はこの噂を頼りにこの遺跡に潜ったのではないか、と礫は聞いている。そのことをラルフに言うと、好奇心の目で応えてきた。
礫は入り口の前から少し離れた場所に立つと、聞かされた呪言を口走る。「白き衣を脱ぎ捨てるとき、青き女王が眠りを覚ます」途端に、周囲に光の輪が広がり、遺跡の前に建っていた四本の石柱が鈍い音と共に光り輝いた。その光はまるで幾何学模様のようで、魔法が発動したのだと瞬時に悟った。それと同時に、振り返ってそれを確認した礫の後ろ――遺跡の入り口付近で空間が、軋んだ。暫瞬、何かが割れるような軽くて冷たい音が響き渡った。
「扉は開かれた」
何の前触れも無く、ラルフが言った。礫はぎくりとした。次の瞬間、何の意図があって言ったのだろう、と思った。暫瞬メイと目を合わせ、そのことをラルフに訊いてみることにした。すると、返ってきた答えがわからない、だった。ただなんとなく口走っていた、のだそうだ。
「え、だってー、何となく雰囲気出るじゃん」
自己紹介しあって打ち解けたからなのか、こちらのことを年下だと見たからなのか、ラルフはある瞬間からやや打ち解けた感じのため口をきくようになっていた。ただ、礫はそれでもいいと思っている。ため口は慣れ親しんだ証だ。友達の印のようなものなのだ。礫にはそれが嬉しかった。だから許しているのだ。
「じゃあ、遺跡の中に入りますよ」
掛け声も新たに礫が先陣を切った。恐らくこの結界は時間が経つと元に戻るシステムになっているのだろう。だから遺跡の内部に入るのは今、この瞬間を置いてない訳だ。いそいそと遺跡の入り口を通過する。ラルフが後ろから付いてくるのが気配で分かる。
「ふわぁ。黴くさーい」
メイが感嘆とは言い難い感想を述べる。誰も入ったことのない遺跡だから黴臭いのは当然だ。それも想定内である。暫くすればじきに慣れるだろう。さて、探し人はいったいどの辺まで潜ってしまったのか。礫が独りごちる。カンテラが必要だな。独りでに口をついて出た言葉。迂闊だった。カンテラが必要だとは推察できただろうに。
「持ってるよ」
ラルフがカンテラを揺らしながら言った。まだ灯りは点けていない。用意周到な人だ。いや、そもここの遺跡に潜る予定のある者ならば当然か。ありがとうと礼を言ってカンテラを受け取る。火口箱も受け取って灯りを点す。柔らかな橙色の光が周囲を照らした。辺りを観察してみる。通路は人工的に切り出した石に覆われていた。遺跡なのだから当然と言えば当然なのだが、礫はもっと岩肌が露出しているのを想像していたので面食らった。白くてらった石が通路の奥の方まで続いている。半径三メートルくらいしか照らせていないので、通路の奥の方は全闇で何も見えない。どうやら進んでいくしかないようだ。礫はゆっくりと一歩目を踏み出した。
■□
「カーチスさーん」
事前に聞かされていた探し人の名前を呼んでみる。虚しくも木霊となって返ってくるのみだ。
「へぇ、カーチスさんって言うんだ」
ラルフが初めて聞いたというふうに茶々を入れてきた。あまり興味は無いようだが、一応の同行者が探している人なので聞いてきたという感じだ。
「茶々を入れないでください。真面目に探しているんですよ」
礫が少しむきになって言うと、ラルフは肩を竦めて見せて礫の前に躍り出た。
「まぁ、そう言うなって。こういうのはさ、俺の専門なんだから」
「専門?」
聞き返した礫には答えず、ラルフはしきりに石畳の地面を見詰める。石畳にはうっすらと埃が降り積もっていた。それは積年の系譜であり、ここが未探査であることの証左である。しかし、よくよく見るとその降り積もった埃が部分部分取り除かれたような、舞い散ったような後がある。それを括目してみると薄っすらと人の足型が浮かび上がってくる。ラルフはその足跡を消さないように慎重に追跡して行った。礫とメイは静かにラルフの後ろを付いていくだけだ。邪魔しないように、慎重に。
通路が二股に分かれた場所に出た。不意にラルフが人差し指を嘗め、双方の行く手に翳した。片方の通路からは風が通っている感触があり、もう片方の通路からは風の感触は無い。
「多分、奥に行くとしたらこっちだな」
と、風の通っていない左の通路を指差すラルフ。
「どうして解るんですか?」
「勘だよ。風はどこから来ると思うかい?」
「風は遺跡の外から吹いてきますよね。……あ!」
「解ったかい」
「風が吹いているということは、遺跡の外に通じている、ということですね。つまり、遺跡の深部に行くには風の吹いていない方に行けばいいんだ。ラルフさん凄いです」
礫もメイも賞賛の念を込めてラルフを見詰める。ところが当のラルフはこんなことは遺跡荒らしにとっては当然のことだと、胸を張ることをしない。代わりにラルフがしたことは通路の壁にチョークで印を書き込むことだった。今まで通ってきた道には「入り口」と。風の通う方には「出口」と書き込んだ。さらに深部方向には「深部」と書き込む。
「これで解りやすくなっただろ」
にいっと笑顔を見せるラルフ。
「足跡は?」
礫の問いかけに、口元に人差し指を当てて静かにしろと合図を送る。
はたして、足跡はあった。迷い無く深部の方向に向かっていた。彼は恐らく遺跡探索の初心者ではないだろう事がはっきりと判った。備えもしてきているだろう。しかし、油断はならない。偶然という言葉もある。
「さあて、行きますか」
ラルフの言葉とそれはほぼ同時だった。
轟音と共に、それは壁を突き破って来た。
「なんだ!?」
驚く間も惜しむように、礫は刀を正眼に構えた。
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