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人物:まめ子 アダム ランディ
場所:空
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夜空にまたたく流れ星ってこんな気持ちなのかもしれないなあ、なんてことを考え
ながら真直ぐに落ちていた。
そういえば、流れ星って最後は燃え尽き………いや、ちょっとそのことを考えるの
はやめておきたい。今ならば瞬く流れ星に感情を同調させてしまいそうだから。
とりあえず酸素は吸える。
気体を体内に取り込むも異常をきたすことは一応ない。
どうやら何とか生きられる世界に来たようで僕は胸をなで下ろした。
とりあえず。
「魔王様……ひっぐ………僕、ど、ど、どうすればよいのですか……?」
目前の景色がどんどんと全く違うものへと変化している。何故だかわからないけど
その変化は落下しているのにひどくゆっくりのような気がした。
以前人づてに聞いた話だけど、ふとした拍子で転んだりする時や非常時に人間の体
感時間はひどくゆっくりになるらしい。多分、僕の身に起こっているのもそういう現
象なのだろう。
魔力を封印しているほとんど僕はただの人間と同じ。
………人間の身体で墜落しても大丈夫なのかなぁ……。
そんなことを考えても落下速度は遅くなるどころか一層早まるばかりで、運命の時
はすぐそこだと嫌でも僕に囁く。未知の恐怖に身体が勝手に震える。
もしかしたら異界で僕はこの一生を終えてしまうのかもしれない。
呪いを解くこともなく、魔界へ帰ることもなく……
そんなことを考えていると強い衝撃と共に僕の落下が停止した。
(………何かに、上から釣り下げられているような感じが………)
僕はとめどなく垂れる鼻水をすすりながら恐る恐る後ろを振り向く。
「ぶひゃッ!」
悲鳴の代わりに鼻水が怒濤の勢いで飛び出した。
▼
ソフィニアの裏路地を若い男が毒づきながら闊歩している。
無造作なチョコレート色の髪に黒いファーコートという出で立ちの男は一見遊び人
のようにも見える。しかし、その背にある何本もの険類が男を冒険者ということを表
していた。
「あー、っくそッ!生ゴミくせー」
わざわざ口に出すのは苛立ちからか、それとも誰かに語りかけているのか……。し
かし裏路地には今、男一人しか存在しない。だというのにどこからか男に語りかける
声が裏路地に響く。
『怒りやすいのは優しさが足りない証拠★あ~あ、大人ってイヤな生き物だな~』
「うっせ。俺はまだ優しさが溢れんばかりの若者だ。」
そういいつつ、男は足下に散らばる生ゴミを足で払う。どうやら男は語りかけてく
る声に慣れているらしく自然に返答している。それは見るものが見れば腹話術のよう
に見えた。人通りの多い通りだと明らかに怪しいが、誰も居ないこの場では彼等を気
にかけるものは一人もいない。
「まったく……天下の魔術都市なんだから魔術でゴミ問題くらいも解決しろよ。」
延々と続くゴミの道を見据え、男はうんざりとした気分で呟いた。そうする間にも
声は語りかけてくるが軽くあしらいながら歩を進める。
ゴミの中には魔術の儀式に使われるマジックアイテムや使い古された薬草、はてに
は山羊や牛などの家畜の亡骸までもあった。魔術都市らしい廃棄物といえばらしいが、
あまりにその風景は異様である。
男はふと、ポケットの中の小箱の存在を思い出した。そっとポケットに手を差し入
れ、触れる。男の目が確かであればこの小箱に入ってるものは………。
そこまで考えて男はポケットから手を出した。
『ねえねえ、何か発汗量凄いんだけど昼間からウキドキ状態?』
声にそう言われ額に手をあててみると、びっしょりと冷汗をかいていた。
魔術都市として繁栄するソフィニアの大通りは、水と芸術の都として名高いコール
ベルにも勝るとも劣らぬ美しさを誇る。しかし、一歩裏路地へと入ればそこは魔術に
よる繁栄によって生み出された灰色の世界へと変わる。
魔術。その力に善悪はなく力を行使するものによってその善悪は決まる。光届かぬ
灰色の世界は魔術を行使し悪行を働くもの、または好奇心から禁断の領域へと踏み込
むものの世界だ。光が生ずる時、また闇も生ずるのは逃れられぬ運命。そうやって光
の世界が繁栄し、闇の世界もまた繁栄しているのだ。
ぽつっ。
「あ?」
男が足を止める。
『どうしたのサ?もしかしてお便秘?うわ~野グソは勘弁だよ★』
「ンなわけないだろ。何だか水が顔に……」
雨かと思い空を仰ぐが、空は真っ青の快晴である。どこからか水が漏れている可能
性もあるが水道管はどこにも見当たらない。一体何の水かと指ですくうと、その液体
はゆっくりと糸を引いて男の頬と指を繋げた。
「んげ。何かネバネバしてるぞコレ!」
『ヤダ!何だかキモいヤバいマズい液体なんだったりして!』
「あー。服に落ちなくて本当に良かった……」
『うわー!僕になすりつけないでよ!汚い!大人って色んな意味で汚いー!!』
「だから若者だって。っていうか……」
言いかけた男にまた、液体がぽつりと落ちる。先ほどのと同じねばついた液体だ。
雨ではないとはわかっているが、もう一度確認する意味で空を仰ぐ。すると、先程ま
でにはなかった物体が男達の真上に浮いていた。
「……まさか…天使……?」
男は我が目を疑った。逆光でその姿をきちんと確認することは出来ないが、ヒトガ
タをしたその影の背には大きな翼が生えていた。その姿はまさに天使。天使とは正に
天の使い、その姿を確認できるのは稀なことだという。
男の脳裏に今朝の言葉が蘇る。
『そうそう、アダムの占いはネー。
ええと”落下物注意、ふんどしと秘書は幸運の天使、………』
幸運の天使。そして。
「そこのはだけた人ッ、どいてくださああああああいいいいいいい!」
「うべしッ!!」
人間型の被害物。
男ーアダムは今朝に引き続き今回も発動しなかった異常眼を恨みつつ、ゆっくりと
後ろに倒れた。人間型の被害物に押し倒される格好で。せめて女に押し倒されるなら
本望ではあるが、刹那の瞬間見えたのは涙と鼻水にまみれた青年。どこからどう見て
も幸運の天使には見えやしなかった。
そんな彼等の上から翼のはためく大きな音が響いてきた。真っ赤な羽に大きな嘴、
そして長い尾をもった鳥がこちらを見下ろしていた。ヴァルカン地方からこっちの方
向へと渡ってくる火山鳥という大鳥の一種だ。彼等は珍しいものを嘴に加えて旅をす
るが、飽きた時はところ構わずソレを捨てるという習性がある。
どうやら青年はあの鳥に捕まえられ、落とされたらしい。
「あああああッ!大丈夫ですかッ?!生きてますかッ?!」
緑色の青年は泣きわめきながら、自分の下で倒れているアダムを前後に揺らすが芳
しい反応はない。
「…ああ、魔王様……僕、こっちにきてから早速殺人を……ひっぐ……魔王秘書であ
るランディ=フォルネウス=タングスの名に泥をぉぉぉぉぉぉぉぉ」
ランディと名乗る青年は、反応がないアダムの上でひたすら嗚咽をあげる……かと
思うとおもむろに懐から取り出した細長い布で涙を拭きはじめた。その細長い布の両
脇には長い紐がついている。明らかに、ハンカチの類いのものでないことは確かだ。
……実を言うとアダムの意識ははっきりとしていているのだが、自分の上から垂れ
てくる鼻水と涙の激流に襲われ、色んな意味で反応できないのだ。
(喋ったが最後……俺の体内に鼻水が……!頑張るんだ俺!)
とりあえずこの危機的状況を打破しようと一発殴ってみるか、そう思い拳を固めた
アダムの視界が何かの異変を捕らえた。
かさり、かさり。
先ほどの衝撃でポケットから出てしまったのであろう、あの小さな箱がかすかに蠢
いていたのだ。驚きに思わず口がちょっと開き、口腔に鼻水がちょっと侵入した。少
ししょっぱい。
『ホーラ!僕の占い当たったデショ?さあ!どんどん崇めていいヨ!!』
アダムの腰から聞こえる声が何か言っているが、何処か遠くから響いてくる言葉の
ように聞こえる。
ふと、突然現れた声に驚くランディの注意がアダムの腰の剣に向けられた。正しく
は、突然現れた声の発生元へと。
「……け、剣が……喋った……?」
その言葉を、「また『腹話術』とか『電波』とか言われるのか』とうんざりした思
いでアダムは聞いていた。
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