PC:リーデル ライン チップ
NPC:漸黄
場所:ソフィニア
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ろくな目にあわないことは覚悟していたが、まさか初日の夜に襲撃があると
は思わなかった。半ば嘆息しながら逃げつづける俺の目の前に、黒装束の男た
ちが地を蹴りつけながら現れる。やはりこの一帯は完全に包囲されていたらし
い。
斬魔刀『羅綺のルッケバイン』の刀身の向こう側で、暗殺者の手首で何かが
閃いた。とっさに仰け反った俺のすぐ横を何かが掠めて飛んでいく。おそら
く、ばね仕掛けで小さな矢を飛ばす、「袖箭」と呼ばれる暗器だろう。ラクフ
ェールの言う通り、これもなんらかの毒が塗られていたのか、矢の突き立った
木壁にはゆるゆると黒い染みが広がっていた。
こんなものを使うヤツに遠慮などしていられない。
爆裂系錬成術式『ヴァール』を包囲網の中心に撃ち放つ。生成されたこの世
で最も危険な白色針状結晶――ヘキソーゲン爆薬の閃光が数人の男を薙ぎ払っ
た。穴の開いた包囲網に先陣を切ったトェイブが身を躍らせる。旋回した棍が
暗殺者の身体を打ち付け、それに一体どれほどの力が込められていたのか、暗
殺者はまるで冗談のように吹っ飛び、近くの民家に叩きつけられた。
一瞬、その光景に目を奪われた俺の視界の隅で、爆煙を割って銀光がきらめ
く。だが、俺の死角をカバーするように動いていたラクフェールの剣閃が、極
小の矢を数本まとめて払い飛ばしていた。さらにラクフェールの手首が翻り、
いつの間にか手にしていたスローイングダガーが暗殺者の眼窩に突き立つ。
「貸し、ひとつだな」
ニヤリと笑ったラクフェールの顔が、一瞬で凍りつく。俺が後ろ腰に差して
あったもう一振りの斬魔刀『景仰のフェルナトーレ』を投げつけたからだ。回
転しながら飛ぶ刀身はラクフェールの顔面を掠め、後ろに迫っていた暗殺者の
一人に突き立った。
「返したぞ」
ラクフェールが何かを言う前に、俺は次の術式の発動をしていた。鋼成系術
式『サブナック』――炭素フラーレン単分子製のワイヤカッターが、死の旋風
となって生き残りの暗殺者を薙ぎ払う。
「……まさかこれほど早く全滅するとはな」
心臓を鷲摑みにされるような冷たい声は背後からだった。振り向くまもな
く、俺の心臓に短剣が突き立っていた。咄嗟にピアノ線をメッシュ状に編み込
んだ防刃装甲を生成する、鋼成系術式『オズ』を発動していなかったらと思う
と、我ながらゾッとする。
「ふん、面白い術を使う……」
短剣を投げ放ったらしい人物は、覆面の奥で乾いた笑い声をもらした。全身
黒装束という出で立ちは他の暗殺者と変わらないが、その身体から発する圧力
は全くの別物だ。おそらく、幹部クラスの人間だ。
左腕には手甲を装着しており、そこに刻まれていたのは、三本の矢をデルタ
状に配置した紋章だった。その紋章を目にした途端、俺は思わずうめき声を漏
らしていた。
「箭霧……」
聞き覚えがあるのか、他の二人も思わず俺に振り返っていた。
箭霧とは、大陸に数ある暗殺者集団の中でもトップクラスに位置する『四大
凶名(マガツナ)』と称される組織のひとつだ。本来はその名の通り、弓矢を
はじめとする遠距離武器による狙撃を得意とする集団だったが、5年前に当主
の座が本流の箭霧家から傍流の芥火家に移ってからは、そのスタイルが変化
し、今では暗器専門の暗殺者という認識が強い。
他の凶名――鬼人ごとき強さを持ちながら、構成員はわずかに5名しかいな
い『刀闇』や、奇人変人妖人怪人揃いで裏社会の人間からさえ忌み嫌われる
『薙祓』、その存在さえ疑問視されている『巫覡』などに比べ、圧倒的に裏社
会での知名度は高く、組織の規模も大きい。
「貴様たちもあの姉弟を狙っているようだが………諦めるのだな」
その言葉に俺はひっかかりを覚えた。
俺はてっきり例の誘拐犯の依頼でこいつらは襲いにきたと考えたのだが……
どうやら、箭霧自身がエルダート姉弟を追っているようだ。だとすると、これ
は意図された襲撃ではなく、アスクレピオスの動向を探っていた箭霧の警戒網
に俺たちが引っかかった結果のようだ。
つまり、あの姉弟にはあの箭霧さえ動かす何かがあるということだ。おそら
く唯の遺伝病患者などではないのだろう。いよいよきな臭い仕事になってき
た。
それにしても、こんな連中の目に初日から引っかかるとは、どうやら俺たち
3人の運は全部足しても常人に及ばないらしい。
ゆらりとした足運びで暗殺者が進み出る。一応、斬魔刀を構えたが相手は暗
器使い。正攻法など使ってこないだろう。ならば、やることはひとつだ。
先手必勝。
炎熱系術式『バルバルス』を発動。アセチレンガスと100%酸素の混合ガ
スによって生み出された炎の竜は、凄まじい咆哮を上げてその顎に暗殺者を捉
えた。かに見えた。次の瞬間、炎の龍の背を突き破って黒装束が現れる。
そのままの勢いで繰り出された逆手に握った小太刀を、俺はすんでのところ
で躱した、はずだった。だが、実際には胸部に血の一文字が生まれる。血が吹
き出す寸前で、俺は黒装束の握った小太刀の正体に気づいた。鈍く輝く鋼の刃
の延長に、もうひとつ透明な刃が存在していたのだ。いわゆる偽剣の一種なの
だろう。
無論、見えにくいだけで全く見えないというわけではないのだが、高速で振
り抜かれる小太刀を視認しようとすると、どうしても鋼の刃のほうに目がいっ
てしまい、正確な間合いを計ることは極めて困難だった。
俺は吹き上がった鮮血と強烈な熱さを伴う激痛に抗うように、治癒系術式
『フェリックス』を発動。細胞の活性化による急速治癒と未分化細胞による傷
の癒着を同時進行。傷そのものは塞いだが、失しなった血液まではどうするこ
ともできず、その場に膝をついた。
さらに悪いことに、上級術式である『バルバルス』を2発、さらに『ヴァー
ル』、『サブナック』、『オズ』、『フェリックス』と立て続けに発動したせ
いで、両腕のプロテクターも兼ねた錬成手套内に収められていた計20基の呪
封子の残基はゼロになっていた。
錬成術式を拳銃に例えれば、呪封子は弾丸に相当する。つまり、これがなけ
ればいくら本人の魔力が有り余っていようが一切の術式が使えなくなる。特殊
な神経配置によって、限りなく発動時間を削り取った代償がこれだった。呪封
子を収めた呪封倉の交換時が、錬成術式士の最大の隙となるのだ。
だが、黒装束の追撃は、真横から伸びた銀光によって遮られる。突き出した
長剣を再び引き戻しながら、ラクフェールが前進。それに合わせるように黒装
束が後退したが、ラクフェールの足捌きの方が速い。再び襲いかかった長剣を
黒装束が偽剣で受け止めた。と、その刹那、偽剣にかかる圧力が消失する。
長剣を手放したラクフェールの両手には、まるで魔法のように2本のナイフ
が握られていた。長剣が重力によって地面に接するより早く、二条の剣閃が奔
る。それを黒装束は偽剣と手甲によって防いだが、安堵するには早すぎた。
挟撃の形をとったトェイブが、黒装束を背後から襲ったのだ。完全な奇襲で
あるにも関わらず、身を捻って棍の一撃を偽剣で受け止めた黒装束の体捌き
は、いっそ見事という他ない。だが、黒装束の誤算はトェイブの棍に込められ
た、あの不可思議な力だ。
暗殺者たちを容易く薙ぎ倒した棍の一撃が、偽剣ごと黒装束の右腕を砕い
た。時間差で繰り出されたラクフェールの斬撃は後方に大きく跳躍して辛くも
避けたが、その左胸には深い裂傷が刻み込まれていた。即死に繋がるような致
命傷ではないが、放っておけば命に関わるだろう。
敗色濃厚と判断したのか、黒装束は炸裂弾にも似た筒状の物体を2~3個ま
とめてこちらに向けて投げつけた。それは地面に接触した途端、凄まじい閃光
と大音響が炸裂し、さらに煙幕らしき白煙が吹き上がる。
「クソッ!!」
ラクフェールが悪態をついて追撃しようとしたが、トェイブの冷静な声がそ
れを押しとどめる。確かに、視界の効かない状態で暗殺者を追うなど無謀以外
の何者でもない。
と、俺が視認できたのはそれまでだった。どうやらご多分に漏れず、あの偽
剣にも毒が仕込まれていたらしい。震える指先で新たな10連装型呪封倉を手
套に装填しつつ、俺は暗くなりかけた意識の隅で、解毒用の術式をいくつか思
い出していた。
NPC:漸黄
場所:ソフィニア
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ろくな目にあわないことは覚悟していたが、まさか初日の夜に襲撃があると
は思わなかった。半ば嘆息しながら逃げつづける俺の目の前に、黒装束の男た
ちが地を蹴りつけながら現れる。やはりこの一帯は完全に包囲されていたらし
い。
斬魔刀『羅綺のルッケバイン』の刀身の向こう側で、暗殺者の手首で何かが
閃いた。とっさに仰け反った俺のすぐ横を何かが掠めて飛んでいく。おそら
く、ばね仕掛けで小さな矢を飛ばす、「袖箭」と呼ばれる暗器だろう。ラクフ
ェールの言う通り、これもなんらかの毒が塗られていたのか、矢の突き立った
木壁にはゆるゆると黒い染みが広がっていた。
こんなものを使うヤツに遠慮などしていられない。
爆裂系錬成術式『ヴァール』を包囲網の中心に撃ち放つ。生成されたこの世
で最も危険な白色針状結晶――ヘキソーゲン爆薬の閃光が数人の男を薙ぎ払っ
た。穴の開いた包囲網に先陣を切ったトェイブが身を躍らせる。旋回した棍が
暗殺者の身体を打ち付け、それに一体どれほどの力が込められていたのか、暗
殺者はまるで冗談のように吹っ飛び、近くの民家に叩きつけられた。
一瞬、その光景に目を奪われた俺の視界の隅で、爆煙を割って銀光がきらめ
く。だが、俺の死角をカバーするように動いていたラクフェールの剣閃が、極
小の矢を数本まとめて払い飛ばしていた。さらにラクフェールの手首が翻り、
いつの間にか手にしていたスローイングダガーが暗殺者の眼窩に突き立つ。
「貸し、ひとつだな」
ニヤリと笑ったラクフェールの顔が、一瞬で凍りつく。俺が後ろ腰に差して
あったもう一振りの斬魔刀『景仰のフェルナトーレ』を投げつけたからだ。回
転しながら飛ぶ刀身はラクフェールの顔面を掠め、後ろに迫っていた暗殺者の
一人に突き立った。
「返したぞ」
ラクフェールが何かを言う前に、俺は次の術式の発動をしていた。鋼成系術
式『サブナック』――炭素フラーレン単分子製のワイヤカッターが、死の旋風
となって生き残りの暗殺者を薙ぎ払う。
「……まさかこれほど早く全滅するとはな」
心臓を鷲摑みにされるような冷たい声は背後からだった。振り向くまもな
く、俺の心臓に短剣が突き立っていた。咄嗟にピアノ線をメッシュ状に編み込
んだ防刃装甲を生成する、鋼成系術式『オズ』を発動していなかったらと思う
と、我ながらゾッとする。
「ふん、面白い術を使う……」
短剣を投げ放ったらしい人物は、覆面の奥で乾いた笑い声をもらした。全身
黒装束という出で立ちは他の暗殺者と変わらないが、その身体から発する圧力
は全くの別物だ。おそらく、幹部クラスの人間だ。
左腕には手甲を装着しており、そこに刻まれていたのは、三本の矢をデルタ
状に配置した紋章だった。その紋章を目にした途端、俺は思わずうめき声を漏
らしていた。
「箭霧……」
聞き覚えがあるのか、他の二人も思わず俺に振り返っていた。
箭霧とは、大陸に数ある暗殺者集団の中でもトップクラスに位置する『四大
凶名(マガツナ)』と称される組織のひとつだ。本来はその名の通り、弓矢を
はじめとする遠距離武器による狙撃を得意とする集団だったが、5年前に当主
の座が本流の箭霧家から傍流の芥火家に移ってからは、そのスタイルが変化
し、今では暗器専門の暗殺者という認識が強い。
他の凶名――鬼人ごとき強さを持ちながら、構成員はわずかに5名しかいな
い『刀闇』や、奇人変人妖人怪人揃いで裏社会の人間からさえ忌み嫌われる
『薙祓』、その存在さえ疑問視されている『巫覡』などに比べ、圧倒的に裏社
会での知名度は高く、組織の規模も大きい。
「貴様たちもあの姉弟を狙っているようだが………諦めるのだな」
その言葉に俺はひっかかりを覚えた。
俺はてっきり例の誘拐犯の依頼でこいつらは襲いにきたと考えたのだが……
どうやら、箭霧自身がエルダート姉弟を追っているようだ。だとすると、これ
は意図された襲撃ではなく、アスクレピオスの動向を探っていた箭霧の警戒網
に俺たちが引っかかった結果のようだ。
つまり、あの姉弟にはあの箭霧さえ動かす何かがあるということだ。おそら
く唯の遺伝病患者などではないのだろう。いよいよきな臭い仕事になってき
た。
それにしても、こんな連中の目に初日から引っかかるとは、どうやら俺たち
3人の運は全部足しても常人に及ばないらしい。
ゆらりとした足運びで暗殺者が進み出る。一応、斬魔刀を構えたが相手は暗
器使い。正攻法など使ってこないだろう。ならば、やることはひとつだ。
先手必勝。
炎熱系術式『バルバルス』を発動。アセチレンガスと100%酸素の混合ガ
スによって生み出された炎の竜は、凄まじい咆哮を上げてその顎に暗殺者を捉
えた。かに見えた。次の瞬間、炎の龍の背を突き破って黒装束が現れる。
そのままの勢いで繰り出された逆手に握った小太刀を、俺はすんでのところ
で躱した、はずだった。だが、実際には胸部に血の一文字が生まれる。血が吹
き出す寸前で、俺は黒装束の握った小太刀の正体に気づいた。鈍く輝く鋼の刃
の延長に、もうひとつ透明な刃が存在していたのだ。いわゆる偽剣の一種なの
だろう。
無論、見えにくいだけで全く見えないというわけではないのだが、高速で振
り抜かれる小太刀を視認しようとすると、どうしても鋼の刃のほうに目がいっ
てしまい、正確な間合いを計ることは極めて困難だった。
俺は吹き上がった鮮血と強烈な熱さを伴う激痛に抗うように、治癒系術式
『フェリックス』を発動。細胞の活性化による急速治癒と未分化細胞による傷
の癒着を同時進行。傷そのものは塞いだが、失しなった血液まではどうするこ
ともできず、その場に膝をついた。
さらに悪いことに、上級術式である『バルバルス』を2発、さらに『ヴァー
ル』、『サブナック』、『オズ』、『フェリックス』と立て続けに発動したせ
いで、両腕のプロテクターも兼ねた錬成手套内に収められていた計20基の呪
封子の残基はゼロになっていた。
錬成術式を拳銃に例えれば、呪封子は弾丸に相当する。つまり、これがなけ
ればいくら本人の魔力が有り余っていようが一切の術式が使えなくなる。特殊
な神経配置によって、限りなく発動時間を削り取った代償がこれだった。呪封
子を収めた呪封倉の交換時が、錬成術式士の最大の隙となるのだ。
だが、黒装束の追撃は、真横から伸びた銀光によって遮られる。突き出した
長剣を再び引き戻しながら、ラクフェールが前進。それに合わせるように黒装
束が後退したが、ラクフェールの足捌きの方が速い。再び襲いかかった長剣を
黒装束が偽剣で受け止めた。と、その刹那、偽剣にかかる圧力が消失する。
長剣を手放したラクフェールの両手には、まるで魔法のように2本のナイフ
が握られていた。長剣が重力によって地面に接するより早く、二条の剣閃が奔
る。それを黒装束は偽剣と手甲によって防いだが、安堵するには早すぎた。
挟撃の形をとったトェイブが、黒装束を背後から襲ったのだ。完全な奇襲で
あるにも関わらず、身を捻って棍の一撃を偽剣で受け止めた黒装束の体捌き
は、いっそ見事という他ない。だが、黒装束の誤算はトェイブの棍に込められ
た、あの不可思議な力だ。
暗殺者たちを容易く薙ぎ倒した棍の一撃が、偽剣ごと黒装束の右腕を砕い
た。時間差で繰り出されたラクフェールの斬撃は後方に大きく跳躍して辛くも
避けたが、その左胸には深い裂傷が刻み込まれていた。即死に繋がるような致
命傷ではないが、放っておけば命に関わるだろう。
敗色濃厚と判断したのか、黒装束は炸裂弾にも似た筒状の物体を2~3個ま
とめてこちらに向けて投げつけた。それは地面に接触した途端、凄まじい閃光
と大音響が炸裂し、さらに煙幕らしき白煙が吹き上がる。
「クソッ!!」
ラクフェールが悪態をついて追撃しようとしたが、トェイブの冷静な声がそ
れを押しとどめる。確かに、視界の効かない状態で暗殺者を追うなど無謀以外
の何者でもない。
と、俺が視認できたのはそれまでだった。どうやらご多分に漏れず、あの偽
剣にも毒が仕込まれていたらしい。震える指先で新たな10連装型呪封倉を手
套に装填しつつ、俺は暗くなりかけた意識の隅で、解毒用の術式をいくつか思
い出していた。
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