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2024/05/17 02:02 |
『いくつもの今日と明日と世界と』 1章/香織(周防松)
PC:香織
NPC:小太りな少年
場所:クーロン 酒場『緑の峡谷(ウェッド・レヒ)』の物置

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


――気がつくと、としか言いようがない。
どうしてそうなったのか、なんて、本人だってわからない。


どんがんがらぐぁらがっしゃああんっ!


とにかく、気付くと、香織は、けたたましい派手な物音の中心にいた。


「い……ったた……」

あちこち痛む体をいたわりながら、香織はよろよろと身を起こす。
ついでに乱れた髪を手早く直し、スーツについたほこりをパタパタとはたき落とす。
スカートのほこりを落とそうと、視線を下に落とした時、
「やだっ、ストッキング伝線しちゃってる」
香織はちょっと顔をしかめた。
スカートからのぞく、膝頭の辺りにうっすらと線が入っている。
(あっちゃ~……後で買いに行かなきゃ)
トホホ、とため息をつく。

(それにしても……)

香織は、ぐるりと周りを見まわしてみる。
全体的にほこりっぽく、そしてジメジメした感じの空気が漂う、薄暗い室内。
隅の方には、何かの入った木箱が乱雑に積まれている。
天井付近に取りつけられた棚には、大小さまざまな鍋が積み重なっている。
足元には、倒れた棚。その下に、割れて粉々になった食器が、無残な姿をさらしてい
る。
その他にも、床にはスプーンだのフォークだの、いろいろなものが転がっている。

その空間は、香織の目に、物置――という風に映った。

(……ここ、どこよ……?)

香織の率直な感想は、その一言につきた。
ここは、マンション前の道路とは、あまりにかけ離れた場所である。
記憶にある限り、自分はマンション前にいたはずだ。

それが何故、こんな所にいるのだろうか?

手がかりを求めて、今までの行動を思い返してみる。
確か、マンションに帰ってきて、郵便受けを開けて、昔の担任からの手紙を見つけ
て、その手紙が風で飛ばされたのをキャッチして、水たまりに足を突っ込んで――
「あっ、手紙っ」
ようやくそこで手紙のことを思い出し、己の手に目を向ける。
幸い、手紙は、ぐしゃぐしゃに握りつぶされてはいるものの、ちゃんと残っていた。
香織は丁寧にシワを伸ばし、ハンドバッグにしまい込む。

がぼっ!

「きゃあっ」

そこへ突然、降ってきた何かが視界を覆い隠す。
あたふたしながら手をやると、ひんやりした、固い鉄のような感触があった。
どうも、円筒形の物体のようである。
両手でどけてみると、よくラーメン屋などでダシを取る時に使っている鍋――いわゆ
る“ずんどう鍋”というやつであった。

(もう、一体何なのよ)

ごとん、とずんどう鍋を床に置く。

気がついたら、いきなりワケのわからない物置みたいな場所にいるわ、鍋は降ってく
るわ。

(……そんなこと、どうだっていいの! 家に帰らなきゃ)
そう。
悠長なことをやっている場合ではない。
何せ、香織の勤める会社には、無断欠勤した者は問答無用でクビ、という社則があ
る。
月曜日までに家に帰るか、あるいはどうにかして会社に連絡をつけられなければ、そ
の恐るべき事態が待ちうけているのだ。
(あっ、携帯電話!)
手をポンと打ち、香織はハンドバッグをごそごそ探る。
こういう時のためにこそ、携帯電話はあるのだ。

「……あれ……?」

携帯を取りだし、香織は呟いた。
電源ボタンを押してみても、携帯の液晶が真っ黒いままなのである。
(おかしいな……)
首を傾げつつ、何度か電源ボタンを押してみるが……やっぱり電源は入らない。
昨日充電したばかりだから、電池切れ、ということはないはずなのに。
その真っ黒い液晶を見つめながら、やがて香織の脳裏に一つの結論が浮かぶ。

(……壊れちゃった?)

ああ、緊急時に使えないなんて、一体何のための携帯電話だ。
香織は、深くため息をつき、あきらめて携帯電話をハンドバッグに戻した。

――ギィ。

小さな、きしむ音。
くるりと香織は振り返り――ぎょっとして目を丸くする。
部屋についた、一つの木製のドア。
そのドアを小さく開け、そっとこちらの様子をうかがっている人物がいた。
よく見るとそれは、小太りな体型の、金髪碧眼の気弱げな少年だった。

香織は思った。

(が、外国人っ?)

とりあえず、少年の外見は、典型的な日本人のものではない。
(も、もしや、これは英語を話さなきゃいけない状況!?)
香織のこめかみを、冷や汗がたらりと伝う。
英語は苦手なのである。
(え、え、英語なんて、全然わからないのに)
あたふたと、学生時代に習った英会話を記憶の底から引っ張り出す。
ええと、まずは怪しいものではないということをアピールしておかねば。
いや、そもそも初対面の相手には、一体何と挨拶すればよいのだろうか。

ハウアーユー? それとも、ナイストゥーミーチュー?

(ああっ、でも両方なんか違う気がするっ!)

……国際人には程遠い英会話知識である。

(落ちつけ私! とにかく、敵意がないってことが伝わりゃいいのよ!)
香織は己を叱咤する。
黙っていても状況が好転しそうにないのなら、せめて、悪化しないように何らかの行
動を起こしてみるもの一つの手、である。
まずは、にっこりと微笑み、軽く片手を上げて友好的な態度をアピールしつつ、

「は、はろ~?」

香織の行動に、少年は目をまん丸くしたまま、固まっている。
(あ、あれ? 英語圏の人じゃないの?)
……こうなったらありったけ言ってみるしかない。
どれか一つくらいは当たるだろう。

「ボンジュール、ニイハオ、グーテンターク、アンニョンハシムニカ……」

なんとかコンタクトを取ろうとする香織の努力もむなしく、少年の香織を見る目は、
しだいに不審人物を見るそれに変わり始めた。 

……この人の母国語、一体何なのよ。

スマイルを浮かべたまま、香織は固まる。
もう、彼女の知る範囲内での「こんにちは」を意味する外国語は出尽くしてしまっ
た。
その場の空気が、確実に緊迫していく。
少年は見ていて気の毒になるほど青ざめ、大した熱さでもないのにダラダラと汗をか
いている。

「……えっと」

いたたまれなくて、ぽつっ、と小さく香織が声を漏らした、その時である。

「マスターっ!! ど、ど、ど、ど、どどっ、泥棒ッスーッ!」

少年は、突如として悲鳴とも絶叫とも取れるような声を上げると、ドタドタと逃げて
いった。
後に残された香織は、ぽかんとしながらその背中を見送った。

あの少年、今なんと言っただろうか。

ド ロ ボ ウ ?

誰が?

私が?

…………。


「ちょっ……だ、誰が泥棒よ、誤解だってば!」

香織は、慌てて少年を追いかけた。

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2007/02/11 23:14 | Comments(0) | TrackBack() | ▲いくつもの今日と明日と世界と

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