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2025/10/21 23:55 |
アクマの命題 第二部 ~緑の章~【3】/オルド(匿名希望α)
「あれは~だれだ~……♪」

 ソフィニアの一角にある公園。
 少年はよくわからない歌を口ずさみながら軽い足取りで歩いている。
 天気は晴れ。夕方の斜光が射す中、彼はしまりの無い顔をしていた。
 涼しげな風が流れるこの時間の雰囲気からは浮いているが、良くも悪くも周辺
に人はいないようだ。

「ハリィアイは透視力♪ハリィイヤーは地獄耳♪」

 金髪蒼眼、そばかすのある少年。
 名をハリィ・D・ボッティと言う。

「あ~くま~のちから~手に~入れ~むっふっふ♪ カァッ!」

 目がキランと怪しく光った。
 その視線の先には……公園の外を若い女性が歩いてる。

「見える! わたしにも敵の下着が見える!」
「何色ですか?」
「それはもう、見紛うこと無きみd……!? え、あ、スレイヴ、さん!?」

 いつの間にか背後に立っていたスレイヴ・レズィンスに気づくハリィ。
 瞬時に2、3歩ほど間を空けるように引いた。

「買物に行かせただけだというのに、こんな所で白昼堂々覗きですか。悪魔の力
は目立ちます。イムヌスの異端審判にかかりたくなければ私の監視外では使うな
と何度言ったらわかるのですか。貴方という貴重な研究資料を失うのは残念です
が、貴方がどうしてもアメリア・メル・ブロッサムに会いたいというのなら止め
はしませんよ」
「会いたいですけどォ! でも僕には他にも沢山の妹(※注:妹候補)がいるんで
す! だから命を奪われるわけにはいかないんで「頼んでいた資材の調達はどう
なりましたか?」あ、う……うぅ」

 ハリィの叫びを無視して問うスレイヴ。
 熱意が伝わるはずもないが、反応の薄い対応をされたのでハリィは落胆した。

「辺りを回ったんですけど、緑系の染料だけがありませんでした」
「まぁ、なくても困りませんがもう数件探してみてください。手紙を出す余裕が
あるのならばまだ行けるでしょう」
「え、みみみ見られた!?」

 オーバーリアクションで驚いた表情を作ったハリィ。これが素なのだろうか。
 演劇の表現をしているかのようだ。

「宛先が遠方のご令嬢だなんて私は知りませんよ。ましてやその方が貴方より年
下なんて知るはずもありません」
「ぎゃー! あ、あの子は僕のたった一つの心のオアシスなんだ! 純真無垢で
僕を”お兄ちゃん”って慕ってくれるいい娘なんだ! 僕がたぶらかして…… じゃ
なかった。いろいろ教えてあげてるんだ! 僕だけの……僕だけの……!!」

 夕刻の赤光の中よろめき地面に倒れこんで呟きはじめるハリィ。こうなった場
合、周囲の声は耳にはいらないらしい。
 だが、それでもスレイヴは口の端を歪めながら聞こえるように言い放つ。

「さて、誑かされてるのはいったい誰なのか……」


‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡

 アクマの命題  ~緑の章~

          【3】


PC  メル オルド  スレイヴ
NPC         ハリィ
場所  ファイゼン(ソフィニアの北西)


‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡

「責任、とってよね」
「何の責任ですか!」

 可愛く言ったつもりだったオルドに即座に切り返す。
 その対応にちょっと快感。
 ソフィニアの北西の街『ファイゼン』にある食堂『とれびあーん』。
 その入り口から脇にそれ、裏手に引っ張り込まれたオルド。
 少し息を切らして脱力する様に手を離すメル。
 建物は間を置いて建っているので食堂の横は少し空き地になっている。
 傾きかけている太陽。その影の中に二人は立っていた。

「つーか俺様みてぇなオトコマエの手を掴んで走りだすなんざぁ、シスターも
「メルです」あ?」
「今の私はただのメルです」
「あん?」

 オルドの戯言をスルーして強い視線を送るメル。オルドはその視線を合わせた
まま眉間にシワを寄せる。
 食堂の騒音が壁越しに伝わっている中、オルドの考えが巡る。が、

「シスター辞めたのか? ロリシスターなんてもう一部で大人気だろってのによ」

 思考より先に口が出た。

「わた……しは……」
「それとも何か?辞めさせられたってか? 学院のアクマ騒動がバレたとか……
あ、もしかしてヤっちまったとかか? ひゃっはは! そりゃしゃーネェなぁオイ」
「……」

 ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべるオルド。
 話し始めるきっかけを失ったメルはうつむきつつ沈黙してしまった。
 そしてそれを表通りから視界を覆うように立ちはばかるガラの悪い男。
 側から見れば絡んでいるようにしか見えない。

「いやいや、わかってる。わかってるって。よくある潜入捜査ってやつでもぐり
こんでンだろ? ったくめんどくせーよなぁ末端構成員ってのはよ」
「! 知って……?」

 勢いよく顔を上げる。いや上げてしまったメル。眼を見開いてオルドを見る。
 だが、メルが確認したオルドの表情は少し呆けていた。

「テキトーに言ったンだがよ、そんな反応されちゃぁその通りって言ってるよう
なモンだぜ?」
「え、あ……」
「オイオイ、しっかりしろよ調査員さんよぉ? そんなンじゃ相手に裏ぁかかれ
るのがオチだっての」

 この台詞でメルの警戒ランクが上がるのは承知の上。

(つーかコイツラ何調べてんだ? イムヌス教ってのは何やってのンだ?……獣人
嫌ってるってぐらいしかシラネーな。後で調べておくか)

 再び黙り込んだメルを見やる。自戒のためか、先程よりもきつく唇を結んでい
るようだ。
 素直な上に頑固。
 がんばっちゃってるこの子に免じて突っ込むのはヤメテやろう。と偉そうな事
を考えているオルド。
 自分が拉致?られた理由は理解できた。どうにも素性を周囲に明かされたくな
いらしい。
 まぁ、捜査であれ調査であれ、探ることには変わりない。教会のシスターと聞
けば出し惜しみされる情報もあるのだろう。
 こっちの情報は別にくれてやってもかまわないな、と判断した。

「俺様は今な、探しモンしてンだよ」
「さがしもの、ですか?」

 唐突に話が飛んだのでメルは訝しげに聞き返した。
 硬くなっていた雰囲気が少し和らいだようにオルドは感じた。根掘り葉掘り聞
かれると思っていたのだろうか。
 メルから視線をはずして「そ、探しモンだ」と続ける。
 周囲を一見。目立った視線も感じなかったので続きを話す。

「最近よ、俺様の縄張りでいつのまにか居なくなってるヤツラが多くてな。つー
か俺様が気づいたのもダチの弟が居なくなってからなンだけどよ。ってわけで俺
様はそのダチの弟とかその他大勢を探してンだ」
「お友達の弟さんですか……その人の特徴とかはわかりますか?」
「人ってか獣人だ。犬系のな。まぁ、普段は人間と同じナリしってっから見分け
つかねぇと思うけどよ。俺と同じぐらいの背で、学者が似合いそうな雰囲気の青
二才って所か……他の特徴はあれしかネェな。黒い髪の毛ン中にたて髪みてぇな緑
の髪の毛が頭の中央分断してンだ」

 オルドは「このヘンな?」といって自分の頭……額の中央から延髄辺りまで指で
滑らせて示す。
 前屈状態で見せたためメルからはオルドの脳天が見える。
 とりあえずオルドの髪の毛は白い。メルはオルドの髪の毛……頭をマジマジと見
つめた後、考える仕草を見せる。
 宿屋『とれびあーん』で働き始めてからどれくらい経っているのか知る由もな
いが、その記憶の中から答えを探している。

「わたしは……わかりません。もっと多くの人から聞いていればよかったのかもし
れませんが今は……すみません」
「あん? 謝ンなバカ。そン時ナイ情報を探せるはずもネェだろ。ソコまで期待
してねーよ」

 様子から察するにメルもメルなりに何か情報を探しているようだ。
 と、ここまで来て考え直す。
 食堂に身を置いてるってことは固定的な情報収集してる。オルドの縄張りと主
張しているのはソフィニアの東側中心。そして食堂『とれびあーん』は、ソフィ
ニアの北西にあるここ『ファイゼン』の街にある。
 旨く立ち回れば多くの情報が得られるかもしれない。

「つーワケで情報提携ってのでどうだ?」
「……」
「俺様以下二人はソフィニアの東とかでいろいろ情報聞きまわっていたワケよ。
広範囲カバーするためにここを集合地点にしたってンだが……」

 一息置く。
 声の応答は無かったが興味はあるようだ。
 オルドの目を見ている。
 そういや族長も言ってたな。「話す時、聞く時は相手の目を見ながらやれ」っ
て。臆せずもまぁ可愛いもんだ。

(そん時はガン付けしあって族長にブン殴られたな。「喧嘩売ってるんじゃない
んだぞ」とか言われたが)

 子供のコロの記憶がよぎる。
 話しかけられる度に睨みあって喧嘩になっていた。その対象は年下だろうが幽
霊だろうが関係なかった。
 喧嘩に明け暮れた日々を懐かしんでいたが、思考を現実へと引き戻す。

「っと。そっちも何か欲しい情報あンだろ? ついでに嗅ぎまわってやるよ。連
絡役は俺様か……ジョニーだな。こっち側はあンま来ねーからシス……メルがスタン
レーって、これダチの弟の名前な。スタンレーの情報を集めるって事でどうよ」

 一息で喋った後「ムサい野郎より可愛い嬢ちゃんのほうが集まりはイイって
な」と冗談めかした言葉を加える。
 メルは2、3まばたきした後、オルドから視線をはずして考えをまとめている
ようだ。

「こっちはおおっぴらに行動しても問題ねぇ。で、そっちの欲しい情報、アンだ
ろ?」


 ‡ ‡ ‡ ‡
 ‡ ‡ ‡ ‡


 ソフィニアの公園。

「あ。あと……」
「なんです?」

 我に返ったハリィは歯切れ悪そうに上目使いでスレイヴを見る。

「ネギが売り切れてました」
「そうですか」

 とりあえずブーツでハリィの顔を踏んだ。


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2007/06/21 02:33 | Comments(0) | TrackBack() | ○アクマの命題二部
Rendora - 6 /クロエ(熊猫)
キャスト:アダム・クロエ
NPC:シックザール・シメオン
場所:シメオンの屋敷→クリノクリアの森
――――――――――――――――

「私はもう行かなくては」

厳しい眼差しで、隠し通路の入り口――今はしっかり閉じて、
漏れた光のみが視覚を補っているだけの――を見ながら
シメオンが言った。

「時間がない。――では、頼む」
『はいっ』

アダムとクロエで同時に返事をして、顔を見合わせる。
クロエはくすっと笑ったが、アダムはきょとんとしたままだった。
それは驚きというより、クロエの笑顔に疑問を抱いているような
感が否めなくも無かったが。

「頼んだぞ」

念を押すように繰り返すと、互いの肩が触れ合うほどの狭い通路の中、
シメオンはぐっと体を抜き出して壁に手を当てた。
ごくん、という重低音のあと、入り口をふさいでいた扉が開く。
物置部屋に繋がっているので眩しくはないが、明り取りの窓からは
午後の陽気が流れ込んで、少なくとも通路よりは明るい。

「シメオン」

彼の姿が見えなくなることに急に不安を感じ、クロエは思わず
友の名を呼んだ。
振り返りかけるシメオンの脇腹にしがみつくようにして
胸に額を押し当てる。

「お土産、持ってきますからね」
「土産…?」
「私は、出かけるだけなのでしょう?またここに帰ってきてもいいのでしょう?
寂しがり屋のあなたが一人でいていいはずはありませんね?」

顔を上げ、笑顔でシメオンを見る。彼は拍子抜けしたような面持ちで
答えを探すことも忘れているようだったが、何かに思い当たったように
応えた。

「あぁ」

それがどの問いに対しての答えなのか――

「そうだな」

わからなかったが、クロエは満足してシメオンから離れた。
アダムの手を握りなおし、半身だけ振り返って手を振る。

「行ってきます!」

シメオンは手を振り返しこそしなかったが、
いくらか和らいだ表情で見送ってくれた。

「クロエさん、走るよ」
「ええ」

クロエとは違い、夜目が利かないアダムにとって
通路の中は真の闇に近いだろう。
しかし彼はあえて手を握ったままで先行してくれた。
もっとも通路は一本道だ。よほど迂闊なことをしないかぎり
前に進めばとにかく出られるはずである。

『アダムー暗いよー怖いよー』
「お前こんな非常事態によくそういう事言えるな」
『なんで僕が言う事全部がさも冗談かのように言うのさー!』
「わかった、わかったよ喚くなよ頼むから!ここ反響率ばっちりなんだから」

そんなアダムと名も姿も知らない剣の軽口でさえ、
反響して重々しく聞こえる。通路はいったん下り坂になり、
最後は上り坂になった。
どうやら屋敷の地下を避けて掘られているらしい。

「てっ」

ふと、アダムが足を止めた。
張り出した木の根にでもぶつけたか、片手で額を押さえてうめく。

「あいたー…」
「大丈夫ですか?休みましょうか」

アダムの顔を覗き込む。確かに、額にうっすらと乾燥した泥がついて
その下がほのかに赤くなっていた。しかしアダムは笑みを返す。

「ん、大丈夫。それにほら、もう出口だ!」

額に当てていた手で、前方を指差す。
その先には、光が通路に射し込んできていた。
出口は茂みの中にでもあるのか、生い茂った葉のシルエットが
額のように四角い光を囲っている。
無言で頷いて、クロエは暗闇に慣れた目を細めた。
アダムが怪我をしている肩をかばうようにしながら足を進める。

と――

「!」

悲鳴が聞こえた。

一人や二人のものではない。形あるものだけのものでもない。
なんの前触れもなく、数え切れないほどの悲鳴が塊になって迫ってくる。

思わず、空いている手で耳をふさぐ。
人としての形に慣れていないせいでその動作はぎこちない。
しかし耳をふさいだところで、姿の無い槍は確実に耳を通して
心に突き刺さり続けていた。

濡れたシーツを被せられたかのように、引き剥がすことさえできない。

小さいもの、大きいもの。高いもの、低いもの。
クロエは命を持っている者でさえあれば、形がなくともすべてと意志を
通わせることができる。
それはドラゴンとして生まれたものにとっては珍しいことでもないが、
今だけはその能力を呪わざるを得ない。

多くは精霊の悲鳴だった。異質なものを取り込んで、吐き出したいのに
吐き出せず、むしろその異物に飲み込まれようとしている。

そんなあらゆる種類の悲鳴が、幾重にも重なる層になって押し寄せてくる。
その中で、クロエは確かに友の慟哭を聴いた。

(あの子…シメオン…泣いてるの…?)

はっとして耳から手を離す。それをつながった手で感じたのだろう、
アダムが訊ねてくる。

「クロエさん?」
「悲鳴(こえ)が…」
「とにかく出よう」

アダムはわからないでも、何らかの危険を悟ったようだ。そのまま
二人で出口に飛び込む。
しぶとく生い茂った葉の波を振り払いながら、外に出る――

そこは森の中に開けた場所だった。下草もなく、目立った石も
落ちていない踏み固められた地面が顔を覗かせている。
その一角の巨大なクリノクリアの木の根元から、二人は
這い出ていたのだった。

(ここは…)

幼い頃、クロエとシメオンが遊び場にしていた場所だった。

「なんっ…?」

思い出に浸る間もない。
周囲を見て、愕然とアダムが言葉を詰まらせた。

「なんだよこれ…火事か…」

まわりを囲むクリノクリアの繊細な木、幹、枝。梢。
それら全てが、まるで鋳型に流し込まれたばかりの鋼のように
赤く染まっている。果ては遠く、この森全てを包み込まんとしていた。

「シメオン!」

脳裏に閃くものを感じて、度重なる悲鳴の中でもひときわ大きく
クロエは絶叫した。
突然のクロエの声に面食らっているアダムの腕を掴み、
激しくゆさぶりながら必死で懇願する。

「アダム、戻りましょう!これはシメオンの力です。こんなに大規模に
力を使ったら、シメオンは――!」

シメオンの力が強大なのはクロエも知っている。だがそれが
無限ではないことを、本人が一番よく知っているはずだ。
クリノクリアの森は広大だ。ドラゴンのクロエが悠々と空を泳げるぐらいの
その範囲を御するのに、一体いかほどの魔力と精神力が必要なのか
クロエには想像することもできない。

さきほど聞こえた悲鳴は、決して気のせいではなかったのだ。

「アダム!」

再度叫ぶも、アダムは口を引き結んで動き出そうとしない。
逆に手を握り返し、あろうことか前に進もうとする。
あらがうように腕に爪を立てるが、それでも力は弱まらない。

「お願いです、このままでは取り返しの付かないことになります!」

アダムは答えてこない。今までの温和な顔に無理やり眉根を寄せて、
厳しく前方を見つめていたかと思うと、押し殺すような声音で呟く。

「クロエさん、行かなきゃ駄目だ」
「どうし――」

そこで言葉は中断された。真っ赤に熾(おこ)った木々が、漣(さざなみ)
のごとく葉を軋らせながら枝を伸ばしてきていた。
シメオンはこの地を護るトレントを操る。しかしそれは自衛のためであり、
間違っても無抵抗な者にその手を下すことはさせないはずだ。

確実に何かがシメオンの身に起きている。その思いによって、
波打つ心拍が早鐘のように感情を突き上げていた。

「駄目なんだよ」

迫る枝――それに触れてどうなるかはわからないが、まず
間違いなくいい事にはならないだろう。それから逃れるように
強引にクロエの手を引いて、アダムが再度走り出す。
その力は強く、元々走ることに馴れていないクロエは従うしかない。
ただ顔だけを後方に向けて、遠ざかる壮麗なシメオンの屋敷を見る。
それを遮るように、伸びた蔓や枝が重力すら無視して
追ってくると、二人の影をむなしく撫でた。

「クロエさん、シメオンさんはきっと大丈夫だから」
「…」

手を引くアダムの声には焦りが感じられたものの、聴く者への配慮があった。
確かに"何か"は起こっているのだろう。その理由を説明する暇すらなく。

そんな状況下でのアダムの行動は、何も知らないクロエから見ても
正しいものだと思う。

それでも答える言葉を見付けられず、クロエは覇気の無い顔をうつむかせた。
しかし視界の端々に映る赤と、今だ地鳴りのように響く悲鳴は
遮ることができない。

「…橋が」
「え」

走るペースはだいぶ落ちてきている。が、呼吸の合間にクロエは息を
はずませながら言った。
古ぼけた記憶の中からこの森の地図を引っ張り出す。

「橋が――あります。この先に。ヴィヴィナ渓谷はさらにその先になりますが、
そこが一番の近道です」
「わかった」

視界に広がる赤という色彩は、体感温度や感情にまで影響してくる。
それは遠い過去にあったあの惨劇を彷彿とさせないでもなかったが、
クロエはまだ青みを残している空を見上げて自制した。

・・・★・・・

「どちくしょおおおお!」

肺を苛めるようにひときわ大きな声で、アダムが叫びながら
鞘に入ったままの剣で銀の蔦を打ち払う。が、打たれた蔦は
衝撃にひるむことなく逆に刀身を絡め取った。
どのみち傷ついた腕ではさほどの威力も出せまい。

剣が悲鳴をあげる。

『ちょっ、やだー!絡むなー!なにプレイなのこれ!』

相変わらず枝葉や蔓を伸ばしてくる森は、中に芯でも入っているかのように
鋭くその姿を変えながら二人を射止めんとしていた。
その中で絡んだ蔦を思い切り振り払い、すりぬけてゆく。

新鮮な水の香りがあたりを満たしていた。もっと周囲が静まれば
水音さえ聞こえているかもしれない。

暑さすら感じる赤い景色の中、とうとうクロエは切り取られた
空間を見出した。
吊り橋のロープが見える。もう少し進めばずらりと並んだ橋げたが
姿を見せるだろう。その事に少しだけ元気が戻る。

「見えました!アダム、あそこです!」
『きゃーっ!』

返ってきたのは剣の叫びだったが、クロエはとりあわずに
目の前に茂った枝をやんわりと手で押しやった。
できれば森の木を傷つけたくない。葉の一枚まで赤銅色に
塗られたそれは、まだ扱い慣れない不器用な手に薄く
赤い線を引いて通り過ぎた。鋭い痛みに顔をしかめる。

(シメオン…)

胸中で呼びながら、前を見て――クロエは呼吸をする事を
忘れた。

橋は確かにあった。クリノクリア・エルフの作ったものにしては
簡素なものだったが、遠い昔に渡ったときは頑丈そのものだった。
規則正しく張られたロープは橋げたを支え、上で飛び跳ねても
しっかりと体重を受け止めてくれそうなほどだった。

しかし目の前にあるのは、いくつか切られたロープ、そして
穴だらけの橋だった。しかも向こう岸に行き着くまでには橋げたが
数十枚ほど足りない。

初めて、クロエは自分が飛び越した年月の一端を見た気がした。
確かに橋は頑丈だった。百年前は。

「そんな――!」

切り傷の痛みを忘れて、クロエは絶望しながら橋に向かおうとし、
ぐん、と引き止められて足を止める。見ると、手で押しやったはずの
枝が蛇のように手首に巻き付いている。動けない。
それは粘菌のように枝分かれを繰り返しながら、じわじわと
棒立ちになって硬直しているクロエの身体を繋ぎとめていった。

「クロエさんっ」
『ぎゃー!!100パーセント檜風呂じゃん!』

首だけをひねってアダムの声に振向くと、彼もまた
木々に縫いとめられていた。その中で、繋いでいる手の
感覚だけが妙に生々しい。
剣の声も聞こえる。姿が見えないが、おそらく同じように
木の中に巻き込まれているのだろう。

服の上から肺を潰されて、ろくに呼吸もできない中でクロエは
目を閉じた。いまだ巻きついてくる蔦を頬に感じながら、
祈るように胸中で語りかける。

(シメオン…聞こえますか?)

木の精霊と話ができれば、それを操るシメオンともまた、
話ができるはずだった。しかし返事はない。

(貴方を助けるにはどうしたらいいですか?)

呻きが聞こえる。それはアダムのものに思えたが、
確認しようにも顔を覆った蔦を引き剥がさなければ
無理だった。

(お願いです、せめてアダムだけでも離してあげてください。
私はもう、人が消えるところなんて見たくないんです)

刹那。

ざぁっ、と鳥の群れが遠ざかるように、瞼を通して
光が差し込んできた。目を――いくらか自由になった目を
開くと、不恰好に伸びた枝や蔦から赤みがひいて、
もとの場所に戻ろうとしている。
それは時間が逆戻りするようでもあり、力尽きて落ちる
蛾のようでもあり、クロエの心をざわめかせた。

刹那。

ゴムのようにはじけた枝がクロエの身体を宙に放り出した。
だるま落としのように、意識だけを残して体だけが
横手にすっ飛んで行く。

空、赤みを取り戻した森、壊れた橋、驚いたアダムの顔、
伸ばされた手――

それらの断続的な光景がでたらめに配置され、
緩慢なその流れの中で、ついに身体は崖を通り過ぎた。

共に落ちた砂利が耳をかすめて上に流れる。
いきなり周りの速度が加速した。内蔵が浮き上がる感覚に
吐き気すら覚えながら、頭から落下してゆく。
耳を通り過ぎる風切り音は眩暈を感じるほど鋭く、痛みすらあった。

最後に見たのは、アダムの顔だった。

歯を食いしばりながらこちらに手を伸ばし、クロエの手を――
掴んだ。

「捕まえたッ!」
「!?」

少なくともクロエは数メートルは飛ばされたはずだった。
それに追いつくにはよほどの身体能力がないか、もしくは
落下地点を正確に予言できでもしなければ不可能である。

もっとも。

アダムは地を蹴り、クロエと同じ速度で崖から落ちていた。

『駄目じゃーん!!!!!!!』
「うるせぇー!」

剣のツッコミに、やぶれかぶれでアダムが切り返す。
クロエは落ちながら繋いだアダムの手を伝って身体を
引き寄せると、耳元で宣言した。

「しっかり、掴まっててくださいね」
「ふぇ?」

言われた台詞の内容より、耳元で囁かれた事に対して
アダムがぽかんと声を上げる。
クロエは手を繋いだまま身体を反転させると、
真っ向から地面に向き直った。
はるか下に、糸のように細く川が流れているのが見える。

目を閉じて意識をまっさらにする。それは念じるというより、
指輪を外すように容易い行為だった――。

クロエの身体が一瞬で光に包まれる。
瞬間、燐光を撒き散らしながら、クロエは元のドラゴンの
姿に戻っていた。

身体に沿うように畳まれていた翼を開く。
いったん空打ちした翼は風を孕み、歪んでいた長細い体躯は
一本の針のように伸びた。

ざあああああ、ともう目前に迫った河川の飛沫を真下に感じる。
流れに逆らいながら、クロエは急上昇して名も無い渓谷を
一気に脱出した。
急激な高低の移動によってかかる重圧すら心地良い。

ふと気になって――視線だけを後方に向けて問う。

≪アダムは、無事ですか?≫
『なんとか生きてるみたい。白目だけど』

剣と会話して、ほっとする。

暴風に晒された赤い森の――いくぶんかその範囲を狭め、
終息に向かっているようにも見えたが――木の葉が舞い上がり、
まるで紙吹雪のようにあたりに散って小さく渦を巻く。

≪行ってきます≫

遠い雷鳴のような鳴き声を森中に響かせ、クロエは
ヴィヴィナ渓谷から香り立つ濃い緑を嗅ぎながら、
はるか彼方に霞むフィキサ砂漠の白い砂を想像した。

この先へは、行ったことがない。

――――――――――――――――

2007/06/22 01:25 | Comments(0) | TrackBack() | ○Rendora
神々の墓標 ~カフール国奇譚~ 6/カイ(マリムラ)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:カイ ヘクセ
NPC:アティア
場所:カフール国、スーリン僧院
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 大僧正が担ぎ込まれるのを、カイはただ見送るしか出来なかった。客人待遇
とはいえ、正式な儀式も済ませていないカイには入れない部分も多かった為
だ。
 じっと大僧正の姿を見ていたへクセが、急にカイの袖口を引いた。
「アティアを見に行こう」
 僧院全体が騒然となっている中、ヘクセの目は揺るがない。
「起こして不安がらせるものじゃない」
「違う、アティアが危険だからさ」
 カイを置いて動こうとするヘクセ。見張り役として付いて行くカイは、人が
まばらになるのを待ってから、ヘクセに声をかけた。

「説明しろ」
「あれは大僧正ではないな」
 移動しながらの即答に、何故かカイの鉄拳は飛ばなかった。
「何故分かる?」
 不安と不審の入り混じった声。しかしヘクセは早足で歩くのをやめない。
「カイにも違和感があっただろう?それを認めたくないだけでさ」
 人気が無くなってくると、早足は徐々に駆け足へと変わる。
「アティアが危険だと思う根拠は」
「忘れたの?あの子はここのトップシークレットだよ?」

   *   *   *

 駆けつけた部屋からは、物音一つしなかった。アティアの静かな寝息も、寝
返りをうつ衣擦れの音もない。何者かに荒らされた様子もなく、アティアのい
た痕跡さえ見えない。
「……ふむ」
 そういったきり考え込むへクセ。暗くてヘクセの表情が読み取れなかった
が、カイは得体の知れない妙な沈黙に不安を覚えた。

 ……無音?そういえばさっきまで聞こえていたはずの騒々しさがまったくな
い。

「うわぁぁぁぁあ!!」
 悲鳴の入り混じった叫びが突如響いた。カイはヘクセを置いたまま、大僧正
の寝室へと走る。途中で他人とすれ違わない。やはり何かが、起こっているの
だ。血の独特の臭いがむせ返るほどに強い。よほどの大量虐殺でもなければこ
んなに酷い臭いにはならないんじゃなかろうか。

「大僧正!」
 襖を大きく両手で開く。部屋一面に飛び散った血痕、そして、ちらりと振り
向いたのは気を失い血の気の引いたアティアを掴んだ猿の化け物。傍には破り
捨てられた大僧正のものであったろう皮が無残な姿で散らばっている。
「待てっ!!」
 カイが叫ぶと同時に奥の障子を体当たりで破り、猿の化け物はそのままの勢
いで山を駆け上がる。カイは追おうとしたが、結界の存在を思い出し、ヘクセ
の元へ駆け戻った。

   *   *   *

「ヘクセ、お前どうやって山に入った!?」
「結界のほころびを見つけて?」
 当然のように答えるヘクセ。
「白く毛の長い猿の化け物がアティアを掴んだまま山に上った。追うぞ」
「ははは、実は嘘のようでもあり本当のようでもあり」
「ふざけている場合じゃない!」
「結界はね、消せるよ。でも一時的。
 山神の力を使って修復を始めるように組んであるから」
 殴られないように頭を庇いながら走り出すヘクセ。
「本当だろうな!」
「ついてくれば分かるさ。見せてあげる」
 ヘクセはカイを振り返って言った。
「歴史に興味はあるかい?面白い仮説も聞かせてあげるよ」


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2007/06/25 22:17 | Comments(0) | TrackBack() | ●神々の墓標~カフール国奇譚~
立金花の咲く場所(トコロ) 42 /アベル(ひろ)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ラズロ リリア リック 女将
場所:エドランス国 

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 無事手続きを終えた5人は町の中をとおり、女将のしめした採取のできる山に
行くのに
一番近い門を目出していた。

「それにしてもリリアもリックもさすがになれてるよな。」

 通りをてくてく歩きながら感心したようにアベルが言った。
 書類の書き方からどこの誰に話しておくか、万一のために出かける先などの情
報を保安
課に念のために直接伝えておくなど、初めてだらけのアベルたちには感心しきり
のことだ
った。
 
「あはは、そんなことないよ。」

 なんとなく前にアベル、ラズロ、リックの三人が並び、後ろにはヴァネッサ、
リリアが
続く隊列をとっているため、アベルの背中に向かってリリアが明るく返す。
 横を歩くリックも照れたように言う。

「慣れてくれば、っていうか皆慣れなきゃいかんことだろ。」

 その言葉に釣られて皆が笑う。

「お、おそこらへんに目印の看板が見えてるだろ?」

 リックが指をさす通りの先のほうに、城壁の上のほうに扉の絵の看板が見えて
いた。
 このエドランスはもともとある王城とその城下町があり、並ぶようにアカデ
ミーがある。
 戦争を知らないこの王都は、城から真っ直ぐ伸びるメインストリーとの先に正
門がありそ
れとは別にいくつかの中門が城下町とアカデミーに作られている。
 アベルたちが始めて訪れたのは、町側に作られた中門の一つだったが、今向
かっているは
さらに小さい通用門だった。
 この通用門は今回のアベル達のように街道を使わない目的地、つまり近くの森
や山に行く
ときに大回りしなくていいように作られてるのだった。

「ま、利便性考えてなんてこの国ぐらいだけど、遠回りせずにすむのはありがた
いな。」
「あ、そうか、リックもリリアも他国からきたんだっけ?」
「ん、まあな。」

 そんなことを話しながら城壁に近づくと、簡単なつくりの開き戸の門がある手
前に、門番
と思しき兵士と、見慣れたウサギ型眷属が立ち話をしていた。

「ん、あれ?女将さん?」

 アベルがおや?とだした声を捕らえたのか、ぴくりと長い耳を動かして振り向
いた女将さん
らしきウサギさんは手を振って皆を呼んだ。

「まあまあまあ、ちゃんとここをとおってくれてよかったわ。」
「やっぱり女将さん。どうかしたの?」
「あのね、これを渡しておこうと思って。」

 女将はアベルに一枚の手紙のようなものを渡した。

「これは?」
「大丈夫と思うけど、あの山の近くに私の村があって山を管理してるの。それで
一応私の使いっ
てわかるようにね。」

 男子三人はふーん、といったところだった。
 女将の口ぶりだとなくても問題ないが念のためといった感じだし、香草といっ
ても野草あつめ
だから今回は関わる事もないだろうと思ったからだ。
 しかしなぜか後ろの二人の女の子は目を輝かせて頷きあった。

「き、きいた?」
「うん、ウサギさんの村?」

 前に聞こえない程度にささやき会う少女達は、下手な冒険以上にこのクエスト
に胸躍らせていた。


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2007/06/25 22:20 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
神々の墓標 ~カフール国奇譚~ 7/ヘクセ(えんや)
件  名 :
差出人 : えんや
送信日時 : 2007/06/26 22:17


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PC:ヘクセ カイ
NPC:アティア 魔猿
場所:カフール国、スーリン僧院
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クォンロン山の山裾には結界が張り巡らされている。
資格無き者が立ち入れば、方向を失い、山を降りてしまうのだ。
その境目を示すように、古い石仏が点在していた。
もちろん山の登り口とて例外ではない。
山頂まではるかに続く石段。
その両脇に石仏が立っている。
石段という道があっても迷い、いつしか下ってしまうあたり、
結界は徹底していた。
「どう入る?」
カイは呟いた。ヘクセは石仏の一つに近づいた。
「この石仏は女なのだよ。知ってた?」
そう言いながら、ヘクセは手近な石を掴んだ。
「えいっ。」
そう言って石仏にその石を振り下ろす。
乾いた音を立てて石仏の表面が削れた。
「おい!何してる!?」
「この石仏で結界を構築してるんだ。
 今、この石仏の結界の紋様を一部削ったから、結界に穴が開いたよ。」
そう言うと、ヘクセは無造作に歩き出した。
「…そうやって前回も霊廟に忍び込んだのか…。」
カイはヘクセを後ろからひょいと抱えると、駆け出した。
だがしばらくすると、カイは急によろけて膝をついた。
目が回るようで、顔も青ざめ、頭を抑えている。
「慌てすぎだ。気持はわかるが落ち着け。」
「…結界は…破ったん…じゃ…なかった…のか?」
「その症状は結界のせいじゃない。
 正確に言うなら、あの迷いの結界は、
 こうなる者が踏みこまないための予防策だ。
 禊で俗界の気も払わずに、山の気に体を馴染ませずに入ってるんだ。
 手順をすっ飛ばしたぶんだけ、ちょっときつかろう。」
ヘクセはカイの額に手を当てた。
「普段気を練るときのように、丹田に意識を集中して深呼吸してみろ。
 頭の中で自分のイメージを描くんだ。」
カイは言われたとおりに深呼吸をしていた。やがて顔色も落ち着いてくる。
「自己をしっかり保てよ。さもなきゃ正気を失うぞ?」
ヘクセはカイにそう言うと、先頭を歩き出した。
「…これは…一体なんだ?」
カイはまだ息が荒い。
「この辺りは気が濃すぎるんだよ。
 結節というかね。自然の気脈の集まりやすい場所なんだな。
 龍脈といえばわかるかい?
 この手のことに耐性がないと、影響を受けてしまう。
 この辺りの山には物の怪の伝承も事欠かないだろう?
 この国の足元には龍脈が集中しているようでね。
 その中でも、この山が云わば胴体。一番龍脈が集中している。
 今でこそだいぶ流れが整えられているが、昔はもっと酷かったようだよ?
 それこそ大地を揺るがし、地形をも変えてしまうほどに。」
ヘクセは山の影響を受けてないのか、涼しい顔で歩いている。
「あの猿はなぜ平気で入れる?」
「山の気は山の者を拒絶しない。
 波長が似てるんだよ。
 魚が水の中で窒息しないのと同じ。
 ここでの奴は少々手ごわいぞ。
 …麓の結界が正しく機能してるなら、
 あれが入り込むこともなかったんだろうが…
 前回忍び込んだときも思ったんだけど、
 どうも時間が経ち過ぎて、麓の結界は脆くなってるね。」
ヘクセは世間話をするように言葉を続けた。
「伝承によると、昔は山の頂から火を噴いたり、
 赤き龍気が山を覆ったり、雷が天へと上ったり、
 そりゃあもう酷かったらしい。
 この辺りに龍の伝承が多いのも、このためだね。」
「…昔話はどうでもいい。
 何故、奴はアティアを連れ、山頂へ向かう?」
カイの問いに、ヘクセは眉をしかめた。
「…どこから話したものやら。
 多分に私の推測が混ざってるんだけどね。
 まぁ、その昔話がどうでも良くなかったりするんだ。
 建国の伝説は知っているね?
 後の祖霊神となる、異界の神ラスカフュールは
 山神の巫女をつとめる、後の聖皇母に恋をした。
 しかし、巫女は山神に一生を捧げる誓いを立てていたので、
 その想いには答えられない。
 そこでラスカフュールは山神に取引を持ちかけた。
 人の形を持たぬ山神に器となる身体を与えようとしたり、
 山神を土地の束縛から解放しようとしたり、
 でも、駄目だった。
 最後にラスカフュールは自らの持つ全ての魔力を与えると約束した。
 ラスカフュールは神の力を捨てると言ったわけだ。
 結果。山神は唸るような地響きで歓喜の返事をしてめでたしめでたし。
 で、この二人が結婚して出来た子供が、カフール国を建国した。
 これが建国の伝説なわけなのだけれど…。

 問題は、この山神の巫女なんだな。
 もっとも元の話に近いとされている『カフール書記』でも
 巫女は山神に嫁ぐと記してある。
 で、スーリン僧院に巫女の系譜があったよね?
 聖皇母より前の巫女は全て在位が25年なんだ。決められたようにね。
 さらに言うなら、その在位25年目の時に、
 聖皇母より前の巫女が欠かさず行ってきた儀式が『神婚の儀』なんだ。
 なぜ巫女が神様に嫁いだその年に、次の巫女が選ばれる?
 私にはこの答えは一つしか思い浮かばない。
 …生贄だ。
 おそらく巫女は自らの命を捧げることで、
 龍気を鎮め、この地を守ってたんだ。」
「………」
カイは青い顔をしながらも、黙って聞いている。
ヘクセは山頂へと歩を進めながら、言葉を続けた。
「アティアはたぶん山神の巫女なんだよ。
 それ以外にあの僧院にいられるわけがないんだ。
 ちなみに系譜によると山神の巫女は聖皇母以降、
 3代までは常に僧院に存在していた。
 それ以降は、異常気象や世情不安の折にのみ
 巫女は僧院に存在していたようだ。
 これも巫女が龍神を鎮める生贄と考えれば納得がいく。
 ラスカフュールが龍を鎮めたと言ったところで、
 人々はにわかには信じがたかったのだろう。
 それが聖皇母以降の3代の巫女の存在であり、
 凶兆時の巫女の存在に繋がった。

 あの猿がどこまで正確に把握しているかは知らんが、
 見るべきものが見れば、巫女の血に眠る龍気と
 山に満ちた龍気くらい結びつけよう。
 山神にもう一度生贄を捧げれば、ラスカフュールが眠らせた山神の力を
 自分のものに出来るとでも考えたんじゃないかな?」
ヘクセがそう言ったとき、不意に後ろから抱え上げられた。
振り向くと、カイが鋭い眼光で山頂を睨んでいた。
カイの呼吸はもはや通常のものとなっていた。
(…へぇ。)
ヘクセは内心感嘆した。
このような場所で自己を保つことは、慣れぬ者にとって困難を極める。
しかし、カイはそれをやってのけているのだ。
(たいした集中力とセルフコントロールだ。
 錬気術の下積みがあったとはいえ、なかなかできるものではない。)
カイはヘクセを抱えたまま、呟いた。
「あの猿はアティアを生贄にしようというんだな。」
カイはそれだけ言うと、山頂目指して一気に駆け上がった。 

   *   *   *

山頂にあるスーリン僧院の本殿は祖霊神の霊廟が祭られているだけの建物で、
居住するところではない。
スーリン僧院の他の建物とも全く別の建物であるかのように、
ただ山頂にぽつんと存在している。
(そもそも他の建物はクォンロン山の麓にしかない)
あるのは、霊廟と祖霊神が残したと言われている、丸い穴の開いた石碑<フー
>だけだ。
ここにいるのは、僧院の中でも選びぬかれた守護者が数名だけ。

しかし今、そこは歓迎されざる客人によって荒らされていた。

踏み込んだとたん立ち込める血の匂い。
四肢を引きちぎられ、物言わぬ骸と化した守護者達。
本殿の屋根や木の上で威嚇の唸り声をあげる猿の群れ。
…そしてアティアを抱えた魔猿。

「…カイ。あの魔猿は任せた。
 私は猿の群れを相手にしてよう。」
「猿の群れだって危険だ。」
「言い合う余裕はないと思うぞ。
 君がすべての相手をするのは不可能だし、
 私はあんな化け物とやりあいたくはない。」
ヘクセがそう呟くと同時に魔猿の咆哮が夜空に響いた。
「コロセ!!」
魔猿がそう言うと同時に猿達は一斉に襲い掛かった。
魔猿もアティアをその場に捨てると、カイに向かって跳躍した。


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2007/06/26 22:59 | Comments(0) | TrackBack() | ●神々の墓標~カフール国奇譚~

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